十三式大回転

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zoom RSS 蟲の檻。(3)

<<   作成日時 : 2006/03/03 22:41   >>

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ぐちゃぐちゃ、ぐちゃ。
心が削れていきます。
少しずつ、心が削れていきます。
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃ。
きっと、これは罰なのでしょう。
きっと、これは罪の証なのでしょう。
いくら、痛くても。
いくら、泣きたくても。
そんなことは赦されません。
だから、私は黙って削られます。
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃ。
たとえ、それで死ぬことになっても。
わたしは構わない。

心臓の悪魔が別の悪魔を呼ぶのです。



氷室鐘はぼんやりと、音楽室の鉄扉を見ていた。
「鐘ちゃん」
由紀香は、心配そうに氷室の顔を覗き込む。
「大丈夫?」
氷室は微かに微笑んで頷いた。
強い子だと思う。震える自分を抑えて、怯える私を感じ取って慰めてくれるのは。
本当に、由紀は凄い。
ちらり、と視線を向けた先には蒔寺と牧村と小山が寄り集まって何か話している。
牧村がバシバシと蒔寺に背中を叩かれていた。
アイツも、無意識の内で他人を引き込む魅力がある。
私は、何ができるだろうか。
また、考え始めた私の手を由紀が強く握った。
「鐘ちゃん、……一緒にいてね」
それは、この状況ではとても難しい事に思えた。
だが、氷室は頷いて手を握り返した。
「ああ」
お互いに微笑み合った。

呻き声が聞こえた。
「くっ……あ……は」
間桐桜が体を九の字に折る。
「いた……あっ……う」
皆の視線が間桐桜に集った。
頬は青いのを通り越して土気色になり、顔からは脂汗が流れている。
牧村が、何かに気付いたかのように鉄扉に視線を向けた。
鋭い目がさらに細められる。

かり、かり、かり。

「あ……づ…あ」
由紀香が近づき、桜に大丈夫と声を掛けようとした瞬間。

轟音と供に鉄扉が凹んだ。
大きな生き物が何度も体当たりをするような轟音が響く。
牧村と小山は咄嗟に目配せをした。
牧村は氷室達の方に駆け出し、小山は桜に向って駆け出している。
「こっちだ!!」
窓を開けて、大声で蒔寺が叫んでいた。
「この程度の高さだったら飛び降りられる!」
桜を背負った小山が悲鳴を上げた。
「無理ッすよ! 人一人抱えて飛んだら足折れますって!」
「やるしかないんだよっ!!」
牧村が、氷室と由紀香を連れてきた。
「この高さは、危ない」
牧村が言葉少なげに言った。
「だったらどうする!」
鉄扉が凹む。
「小山、間桐さんを抱えて飛べ」
「だから無理ですって!」
「やれ、やらなければ死ぬ」
その長身から来る威圧感に、小山は黙り込んだ。
ぶんぶん、と坊主頭を振った。
「ああ、わかりましたよ! わかりました!」
小山は真剣味を帯びた表情になると桜を背負い直した。
「俺だって、鍛えてますからこれぐらい余裕っす!!」
ヤケクソ気味に叫ぶ。
「蒔寺、氷室さん、三枝さんを頼む」
べこん、と扉が凹む。
蒔寺が不安そうに問いかける。
「アンタは……?」
牧村は、凹む鉄扉に目を向けた。
「注意を惹きつける」
グラウンドに飛び出せば、姿は丸見えだ。
目の前に見える獲物を、バケモノが逃がすか?
答えは否。
扉の留め金が弾けとんだ。
「行け」
牧村のその一言と同時に、この学校の中で一番堅牢だった筈の鉄扉は玩具のように吹き飛んだ。
怒声。
「死ぬなよ!」
蒔寺の声が後から聞こえた。

ぞろり、と扉をから出て来た異形を見ても、牧村の表情は一切崩れなかった。
内心、この鉄面皮に感謝する。
そう、体は恐れてはいないのだ。
その筈だ。
震えそうになる脚と腕を叱咤して牧村は、重量感のあるピアノの椅子を持ち上げた。
それをブン投げる。
椅子は蟲の顔面に辺り、口の牙によって粉々に砕かれた。
これが、お前の未来だとでも言うように、蟲は唸り声を上げた。
牧村は呟く。
「来い、化け物」
怯える心を叱咤して、この場で一番『力強く』『体格』の良い牧村は言った。
自分に出来る役目などそれこそ、これぐらいしかなかったから。



美作は、ちらちら慎二の顔を盗み見ていた。
(何なんだコイツは……?)
慎二は階段の上で待ち構えていたかのように、居た。
そして、美作に言った。
『どうせ、ホンモノを見てビビって逃げ帰ってきたんだろう』
ふざけるな、と言う美作。俺は全然ビビっちゃいない。
『それでもいい。そういうことにしてやるよ。嫌、そういうことしたほうがいいのか?』
疑問の唸り声を漏らす。何故か妙に喉が渇いていた。
『ボクが取り持ってやるよ、君は何も言わなくてもいい。恥を隠すとか取り繕うとか余計な事を考えなくていいんだ』
全部、ボクがやってやるよ。そう甘く囁かれた。
美作にしてみれば、それは正に渡りに船だった。反抗的なポーズを取りつつも彼は頷いた。
それも今思えば……。タイミングが良すぎやしないか?
あの時は、必死で良く考えずに頷いてしまったが。
まるで、俺がアレを見たことを知っているような。
そんな口ぶり。
もしかして、コイツが―――――。
美作の思考がそこまで到達しようという瞬間に、重低音の音が響いた。
山岸が顔を上げる。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい…………ッ!!!」
走り出した。
綾子も遅れて走り出す。
凛は微かに迷う動作をして―――――
「……っ!!」
―――――綾子の後を追い始めた。
慎二と美作の二人はそこに残っていた。
「行かないのかい?」
美作は青い顔をして首を左右に振った。
アレを一度でも見て、向う者は自殺志願者か、馬鹿かのどちらかであろう。
「……それよりさ。俺気付いちゃたんだよね」
美作は、何時もの彼らしい笑みを浮かべた。
「――――――――――へぇ」
慎二は平坦な声で応じる。
その様子に気圧されながらも、美作は言った。
「お前が、全部やってるんだろ」
慎二は答えない。
「俺も、誰かに告げ口しようとか思ってはいないさ。保障して欲しいのは俺の身の安全だけ」
諂いの笑みを浮かべた。
そう、力関係を誤ってはいけない。
弱いのは俺だ。強いのは、間桐慎二。
俺は、生き残る。
「いい条件だろ、当然俺に手伝わせたい事があるなら手伝うよ」

「―――――心が壊れる瞬間って知っているかい?」
慎二は何の脈絡も無く、呟いた。
「は?」
「過度のストレスによる重圧は容易く、今まで積み上げてきた人格を変えてしまう」
慎二は、制服のポケットに手を入れた。
そこから取り出されたのは一本のナイフ。
「元々、ボクなんてあってないようなモンでさ。いやいや、確かにボクらしいボクってはいたんだよ。でもね、それは魔術師じゃなかった頃のボクなんだ。ボクの目的は魔術師になることでそれ以上は何もかも行き止まりだった」
慎二は、優しい笑みを浮かべながら、ぱちりとナイフの刃を出す。
美作の全身にどっと汗が吹き出る。
「ようやく見つけたことが、今までできなかった事をやるとかっていう凡百極まりないものでね。これには流石のボクも落胆したさ、間桐慎二は特別じゃなきゃならないのに」
「おい……」
美作が後に、じりじりと下がった。
慎二は悠然と一歩一歩進んでくる。
「それで思いついたものがコレさ。ボク一人の為に皆が死ぬ。それこそ数人殺したいだけなのに皆纏めて殺す。……神様みたいだろ? 事実この状況じゃあボクは神様さ。この場には英雄も魔術師も存在しないのだから」
「…………」
「怯えるなよ」
慎二は軽く肩を竦めた。
「まあ、簡単に言うとさ。気付いたから殺すって発想じゃないんだ。ボクが全ての元凶だなんて少し考えれば分かるんだよ。ただ、あそこに居た奴等は『供に戦う仲間』を疑う気になれないだけさ。疑う事が出来る奴は、知識を持ちすぎていて怪しいが犯人じゃないって感じになってる。……遠坂には、ボクが妹を犯しているなんて発想は思い浮かばないんだろうね。なんたって妹だからね」
美作は喚きだした。
「狂ってる! アンタは狂ってる!!」
「ボクは、冷静だよ。今この場でボクより冷静な奴がいたら見てみたいぐらいだ」
ナイフを振り上げた。
「それじゃあね。バイバイ美作明君」
「ひっ…………!」
美作は逃げようとしたが、足が縺れて転んでしまう。
慎二は笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄り、ナイフを振り落とした。
ナイフは、美作明の心臓を正確に貫き、死に至らしめた―――――。



「衛宮お前が隠している事を全部吐け」
「いや、待て一成……」
「安心しろ、如何な荒唐無稽な事であろうとも信じてみせる」
一成は胸を叩いた。
士郎は苦笑いを浮かべる。
「一成、確かに俺はお前に隠している事がある」
「うむ」
「でも、言えない」
「それは、俺が信じられないからか」
「違う。俺は一成を信頼している」
むう、と一成は唸った。
「一成が知りたがっている事は、あまりこの状況には関係しないことだ」
「そうか……」
一成は納得いかないものを感じたが、無理に聞きだすことではないと思い、それ以上追求を止めた。
「衛宮はこれからどうすればいいと思う」
一番の法は魔術が使えるようになることだが、一成にそれを言っても仕方が無い。
「取り合えず、今は皆を守る事を第一に考えよう」
「そうだな」
そして、一成がさらに口を開こうとした時、大きな音がそれを遮った。
「何の音だ?」
士郎は異常事態を感じ取り咄嗟に飛び出そうとしたが、一成に抑えられた。
「……衛宮、慎重に動こう」
「だけど……」
「俺達が迂闊な行動をすれば回りに被害が及ぶ事もある……」
士郎はその言葉に渋々ながら頷いた。
士郎と一成は、慎重に生徒会室から出た。
廊下は静かなものである。
もう、先程から聞こえていた音は聞こえなくなっていた。
「……音が止んだな」
「取り合えず音楽室まで行くぞ」
一成が先導して歩き出す。
士郎は周囲に注意を払っている。
「衛宮」
「何だ?」
「俺が死んだら………」
その言葉に士郎は思わず、一成の背中を見た。
「……いや、忘れてくれ」
「ああ」
二人は無言で歩き続けた。
角を曲がると、一成は手で止まれ指示する。
「どうした」
「人が倒れている」
士郎の顔が険しくなった。
「生きてるのか?」
「わからん」
士郎が前に進み始めた。
「衛宮……ッ」
「助けなきゃまずいだろ」
その言葉に何も言えず、一成は士郎の後ろに続いた。
「うわ、何だこれ」
倒れている男―――――美作の周囲にぬらぬらと光る粘液のようなモノが飛び散っていた。
「おい、大丈夫か」
揺さぶると、美作は低い唸り声を発した。
生きていることに安心し、笑みを浮かべる士郎。
美作が目を開いた。
「……あ?」
美作は自分でゆっくりと起き上がり、頭を軽く抑えた。
「大丈夫か?」
一成が聞く。
「凄い顔色だぞ」
「あ、ああ」
美作は頷いて、周りを見回した。
「うげっ……何だこりゃ」
美作の制服は粘液に浸されベトベトになっている。
気持ち悪、と呟いて美作は再度頭を抑えた。
「気分が優れない所悪いが、何があった?」
「ああ……ええっと」
暫し考えた後で、美作が大声を上げた。
「そうだ! 音楽室からスゲエでかい音が聞こえたんだよ! それで皆走っていっちまったんだ」
その言葉を聞いて、士郎は顔色を変えると一目散に走り出した。
「衛宮っ! くっ……!
一成も後を追いかける。
「ま、待ってくれよ!」
美作も遅れて走り始める。
みちみちと、筋肉が軋んだ。
何故か、走っているのに全く息が漏れない。
美作はそれを気にする事無く、走り続けた。
(あれ、俺なんであそこにいたんだっけ…………?)
ぼんやりとそんな事を考えながら。
死体である美作明は、士郎達の後を追った。



次々と備え付けられていた、パイプ椅子を投げていく。
牧村は止まらない。
止まったら自分はあの蟲の腹の中に直行だろう。
パイプ椅子は蟲に当たるが、何分重く勢いが無い。
「くっ………!」
迫ってくる牙を、転がるようにして避ける。
いい加減、腕が重くなってきた。緊張感で精神が磨り減る。
蟲はゆっくりと口を開いた、溢れ出た唾液が床に零れ落ちる。
(この、バケモノは…………)
確かにデカイが、人を何人も食えるほど体が多きい訳ではない。
美作ではないが、それこそもう満腹になってもおかしくない所だ。
だが、旺盛な食欲で蟲は牙を剥く。
(飲み込まれたら、一瞬で消化されるのか……?)
一瞬という訳には無いにしろ、かなり早くどろどろに溶かされるのでは無いだろうか。
あの、鋭い牙で噛み砕かれて。
牧村は、最後のパイプ椅子を投げた。
それは蟲には当たらずその手前に滑るように落ちる。
腕が、重い。
牧村がいくら恵まれた体躯を持っており、体力が多いにあったとしても。
ただ、バケモノと向き合っているだけで体力は面白いように削れていく。
蟲は体をうねらせながら、牧村の出方を伺っている。楽に食える相手では無いと悟ったからであろうか。
牧村は直にでも動けるように体を屈めた。そう、今の自分に出来る事は少しでも生き延びる為に動く事だ。
ふっと、頭の中に家族の姿が過ぎった。
大雑把だが優しい両親。
二人の兄と一人の姉。
そして、笑わない自分を気持ち悪いと言った。義理の妹。
ぐるぐると、多くの人の顔が声が頭の中で回っているような感覚に陥る。
妹はこんな所に取り残されてはいないだろうか。
いや、あいつは要領がいい奴だからさっさと家に帰っているに違いない。
そうじゃなきゃ困る。

「牧村ァッ!!!」
山岸の大声と同時に、蟲の体が九の字に折れた。
後から、山岸が勢いをつけて飛び蹴りを放ったようだ。
蟲はすぐさま、首を反転し肉薄していた山岸に口を開く。
だが、その隙を牧村が見逃すわけが無く。
牧村は、蟲の手前に落ちてしまっていたパイプ椅子を素早く持ち上げて、両手でハンマーのように振り下ろした。
蟲の口が、上からの突然の攻撃により勢い良く閉まる。
「助かった!」
山岸と牧村は互いに転がるように音楽室を飛び出た。
「他の奴等はっ?!」
「逃がした!」
お互い怒鳴りあいながら、勢い良く走る。
そこに凛の声が飛んだ。
「アンタ達、頭下げて飛び込んで来なさい!!!」



「小山、氷室、三枝、蒔寺…………っ!」
音楽室の扉が破壊され、山岸の目にはそこから見える蟲の姿が見えるのであろうか。
山岸はバケモノの姿に臆する事なく、飛び込んでいった。
そこで、孤軍奮闘する牧村の姿を見て叫ぶ。
「牧村ァッ!!!」
そのまま飛び蹴りを喰らわせた。
凛はその姿に思わず、口をぽかんと開けてしまった。
それがどれ程のモノか、知らないわけではないだろう。
いや、むしろ山岸はもっとも最初に襲われた人間の中の一人だ。
命からがら逃げ延びて、生きている。
怖い、と漏らした彼が。怖くてたまらないと漏らした彼が。
どうしてこんなに雄々しいのか。
凛はポケットに手を突っ込んだ。
かちり、と手に触れるのは赤い宝石。
魔術回路が発動しない今、自分は無力な少女でしかないのだろうか。
女だから? 魔術が使えないから? そんなの無力の言い訳にはなりはしない。
そうだ、そんな事は重要ではない。重要なのはそんなことではない。
何が出来るかではなく、何をするかだ。
魔術回路を起こす、当然のようにその動作はキャンセルされた。
だが、発動させる所まではいくのだ。
恐らく、この結界は魔術回路を発動させるスイッチを機動不可能にするモノ。
あるいは、外界のマナを全て吸い上げて発動できないようにしているのかもしれないが―――――。
凛は、魔術回路も起こさずに無理矢理、魔術刻印を発動させ魔力を己の腕に付加させた。
体に張り巡らされた、己を守るべき刻印が自身を苛む。
痛い。ぎちぎちと体が軋む。みしりみしりと頭蓋は割れそうに痛い。
口から無意識に吐息が漏れる。
だが、凛はそれらを全部捻じ伏せて、宝石を掴んだ。
狙いは付かないし、宝石の属性自体を発動させる事はできない。
だったら、アゾット剣のように単なる破壊エネルギーとして使用するだけ。
手榴弾みたいなものか、と凛は思考の片隅で思った。
向ってくる二人に叫ぶ。
「アンタ達、頭下げて飛び込んで来なさい!!!」
言う内に綾子に手で下がれと促し、自分も後ろに飛びながら宝石を投げた。
解放の呪をオマジナイ程度に唱える。
放られた宝石は、凛の想像どおりの効果を及ぼした。
閃光―――――



―――――閃光。
「どわ……っ!」
「…………っ!!」
凛が投げた宝石が文字通り爆発し、余りの衝撃に牧村と山岸はごろごろと転がった。
周囲の窓ガラスが全て砕け散り、壁は煤け、サッシは熱で歪んでいる。
「とんでもねー」
山岸は起き上がりながら呟いた。
「遠坂は、あれか。実は退役軍人だったりするのか」
丁度良く隣に吹き飛んで来た山岸に、凛は鼻を鳴らした。
「そんな都合の良い設定は無いわ。……まあ、本当はもっとトンデモなんだけど」
後半の呟きは小さく、山岸は散々たる周囲を見回している。
牧村はでんぐり返しが失敗したような格好になりながら、低く唸っていた。
流石の綾子も呆然としていた。
「なんなんだ。遠坂、何をした」
「……さあ?」
凛は視線に拒絶の意を込めながら肩を竦めた。
綾子は微かに憮然とした表情をし、それ以上の追及をやめた。
「今はイチイチ色んな事に突っ込んでいる場合じゃねえだろ」
何時の間にか立ち上がっていた牧村も頷いた。
「そういうものだ、と納得しておく」
山岸が乾いた笑を漏らした。
「常識が、生存率を下げるなんて俺が一番知っていた筈なのにな」
その呟きには、誰も何も返せなかった。
その空気を振り払うかのように山岸は言った。
「流石に、死んだだろ」
未だ、もうもうと立つ煙の中に蟲の影は見えない。
凛は肩を竦めた。
「あれで生きていたら、処置無しね」
凛が山岸に視線を向けて肩を竦めた瞬間。
煙を突き破ってくる、蟲。
蟲は凛を狙って恐ろしい速さで飛び掛って来た。
咄嗟に綾子が凛を突き飛ばし、その反動で自分も反対側に飛ぶ。
蟲の不意打ちの牙は空を切り、唾液を周囲に撒き散らす。

山岸はその中で一人、蟲に背中を向けていた。
誰かの足音がこちらに向ってくる。

―――――関係ない。

「こっちだ、この糞虫野郎!!!」
山岸は大声を上げると供に駆け出した。
蟲は、急激に動き出した獲物に反応し、後を追い始める。
後で誰かが叫び声を上げた。
それが凛だったか、牧村だったか、綾子だったか。
蟲に追われる山岸には判断がつかなかった。



舐められるのが一番気にいらない。

景色が高速で後に流れていく。
俺は誰だ? 俺は何だ?
ビビって泣き言垂らして、結局守ると決めた奴すら守ってやれなかった。
糞っ! 俺は何だ! 俺は誰だ!
目の前で衛宮士郎と柳洞一成そして美作明が見えた。
―――――関係ない。
ここは俺のトラックだ。
俺の競技場。俺の決闘場。
誰がコースの上に立っていようと関係ない。

俺は、誰の背中も拝まねえ!!!

一瞬で抜きさる。
蟲も士郎達を無視して、追撃する。
ああ、わかってる。
テメエだ。俺を恐怖のドン底に叩き込んだのはテメエだ。
わかってる。テメエのそのデカさ。テメエのその牙。テメエのその面。
誰が間違えようが、俺は間違えやしねえ。
何で、俺を追ってくるか。
簡単だ、逃がした獲物が目の前にノコノコ出て来たから追って来てるんだろう?

舐めやがって、俺を、この俺を、この俺を! 俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を!!!!!

この俺を簡単に抜きされると、簡単に腹の中に治める事が出来ると。
貴様が引き摺っていた餌が無ければ、お前はとっくに俺の腹の中だとでも?
糞、糞、糞、糞糞糞クソ虫がっ!!!

俺は、誰だ! 俺は、何だ!
俺は、何だ! 俺は、誰だ!

舐められて良い存在か?
見下されて良い存在か?
俺がテメエの餌か?
逆だ!

お前が俺の餌だ!
俺の糧だ!
俺の敵だ!
食い破ってやる。
喉元噛み千切ってやる。

曲がり角を曲がり、階段を駆け上がり。
山岸は乱れぬ呼吸で、明瞭な声で叫んだ。

「俺は、山岸薫だ!!」

舐めるな! 舐めるな! 舐めるな!
死ぬ事が前提のように語るな、生きることが無理のように語るな。
捻じ伏せてやる。その傲慢な自信。
人を餌だとしか思っていない、お前のクソみてえな、記憶に脳髄に刻んでやる。
山岸薫を見せ付けてやる。

山岸の動く体は豹の如く素早さで、階段を、廊下を、駆け切った。
本来ならば、階段など追いつかれてもいいような所でさえ。
これっぽっちも追いつかせやしなかった。
そして、目指す場所。
屋上まで上りきった。

鉄の扉が弾かれるように開いた。
転がり込んでくる山岸、数瞬後で蟲が追ってくる。
夕日が、屋上を赤く染めていた。

「来い、来い、来い!」
止まるな、と山岸は叫んだ。
自分への鼓舞でもあったし相手への宣戦布告でもあった。
「俺がテメエを食ってやる!」
灼熱する頭で、自分の仲間を守りきれなかった不甲斐なさで、殺させてしまった仲間への慟哭で、山岸は猛っていた。
普段の自分など吹き飛んでいた。
常識も、非常識も、無理も、無茶も、無謀も、意味も、無意味も考えずに。
あるいは思考すら捨てて。
「ブッ殺してやるって言ってんだよ!!」
叫んだ。
蟲が山岸に飛び掛る、転がるようにして避けた。

ブッ殺してやる。凡百、何処にでも有り触れている台詞。
だが、これ以上の表現は無い。
これ以上の宣告は無い。
食うと言った。
殺すと言った。
後は、言葉は重ねない。
ただ、やるだけ。

牙は軽々おフェンスを噛み千切り、柵を叩き壊していく。
山岸は冷静に蟲を誘導し、転がり動き、走った。
順調に柵は壊されていく。
「…………っ!」
テンポがズレた。
避けられるという確信が消え、当たるという現実が残る。
山岸は一度の体当たりで吹き飛ばされ、フェンスに突っ込んだ。
半ば突き破り、腕に刺さった針金から血が伝う。
「…………」
冷えた思考、熱い体。
焦りは無い。こいつは死ぬからだ。
蟲は悠然と体をくねらせて、山岸の前に来た。
かぱり、と口を開け唾液を撒き散らす。
「へっ…………」
咄嗟に腕を差し出した、ゆるゆると牙が食い込んでいく。
嬲る気か、味わう気か。
どっちだか知らないが、失敗した。
山岸は自嘲した。
こいつは、俺を食えると思っていい気になってやがる。
負けた。俺の負けだ。
『下』に叩き落せねえ時点で俺の敗北だ。
「だけどよぉ……」
扉から飛び出してくる二つの影。
衛宮士郎と、牧村徹。

来るよなあ、お前らは。

二人は、山岸の腕に噛み付く蟲を。
全力の体当たりで、弾き飛ばした。
ゆるく突き刺さっていた牙は簡単に抜けた。
その威力は―――――鍛え抜かれた衛宮士郎の肉体は、恵まれた牧村徹の体躯は。
蟲を屋上という舞台から叩き落した。
己の壊した柵が、当然落下を食い止める程のモノで在ろう筈も無く。
蟲は墜落しながら叫び声を上げた。
正に、断末魔の叫びであった。

山岸は噛まれた手を軽く動かした。
「よう」
牧村は黙って、士郎は苦笑しながら。
手を上げたのであった。

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