十三式大回転

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zoom RSS 蟲の檻。(6)

<<   作成日時 : 2006/03/04 22:28   >>

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誰もが叫んでいた。
誰もが注意を逸らしていた。
否。唯、一人牧村沙紀を除いて。
沙紀は、掴まれたナイフを軽く捻る。
走った痛みに、牧村が反射的に手を離した。
「御免なさい」
そのまま、膝を思いっきりブチ当てる。
跳ね除けるまではいかなかったが、怯ませる事には成功した。
その隙を突いて、するりと抜け出す。
素早く立ち上がり、走り出した。
牧村の手が沙紀の髪にかすった。
突撃する。
ナイフを構えて猛然と突進する。
無駄口も、無駄な動作も一切行わない。
完全なる殺人。伊達に六人も練習で殺していない。
力の強い男には、女である沙紀は敵わない。
だが、一撃で死ねば別だ。
この手にある銀色の刃は、総ての力の差を覆してくれる。
衛宮士郎は、牧村沙紀に注意が向いていない。
未だ、あの訳の分からない男が落ちた窓を見ている。
実にあの男は、訳が分からなかったが役に立った。
思わず遭遇してしまい、話しかけてしまったが単純に殺したいなら余計なモノを挟むべきでは無かった。
この男には、弁明も弁解も赦す気は無いのだから。
その感情から来る失敗を帳消しにしてくれたのが、あの男の行動だった。
実に、ついている。
別に洒落る訳では無いが、殺しの数も七人目。
ラッキーセブン。
実に、いい響きじゃないか。

後にいた兄が気に掛かる所だ。
本当なら、自分が人を殺すところなど見せたくなかった。
何だかんだ言っても、彼は自分を妹と呼んでくれたのだ。
この人となら、家族になれるかもしれないと一瞬でも思わせてくれたのだ。
ああ、だが現実とは何て数奇なものだろう。
あの憎きクソ野郎を殺す妹を見て、我がお兄様は何を思うのだろうか。
責めるだろうか、怯えるだろうか、怒るだろうか。それともあの時のように何も言わないのか?

思考の間にも、突進は止まらない。
目の前に衛宮士郎の体が迫る。
頭を刺せば確実だが、外すと面倒だ。
ここは、内臓を狙い刺した上で捻りを加えよう。
それだけで人は死ぬ。
超人なんて存在しないのだから。

衛宮士郎が流石にこちらに気付いた。
驚嘆の表情を浮かべている。
沙紀の顔は笑みすら浮かばなった。
驚くなよ、殺すって言っただろう。
あんだけ、殺すと言ったのに有耶無耶になる事でも期待していたのか馬鹿が。
いくら言葉を飾っても、いくら別の表現をとっても。
意味は同じだ。
――――――――――殺す。
沙紀は走る。
誰もが驚きの表情を浮かべ、兄が後から追ってくる足音を聞きながら。

牧村沙紀は、遠坂凛の腹部を――――――――――。

「は」

止まった。
行動、思考。何もかも停止した。
必殺の動作を取る前に、後から牧村が沙紀を引く。
浅く刺さっていたナイフはそれだけで抜けた。
「遠、さか」
士郎が呟いた。

そう、遠坂凛はこの少年から目を離してなどいなかった。
だから、沙紀の行動にも一速く気付いたし、体を滑り込ませることが出来た。
凛の体はボロボロだ。
そこ等中に切り傷があり、片方の腕など『赤い』と表現するしかないモノに成り代わっている。
そして、腹部の刺し傷。
致命ではない、致命ではないが。
「ああ、糞。やっぱり私って馬鹿だ」
膝が笑い、崩れ落ちようとする凛を士郎が支えた。
「遠坂!! 遠坂っ!」
魔術刻印が働いていた。
この場では魔術は顕現できないが、刻印そのものは機能する。
その刻印が、凛の意識を保たせていた。
士郎は、止血をしようと自分の制服を破る。
そう簡単に破る事の出来る材質では無いのだが、まさに火事場の馬鹿力という奴だった。

必死に声をかける衛宮士郎と、それに駆け寄る二人の少女。
牧村沙紀は呆然と手の中のナイフを見つめた。
何故、迷った。
殺せばよかった。
あんな、女。殺しても別に良かった。
肩を強く掴まれている。
振り向いた。
そこには、相変わらずの無表情の兄がいた。
だが、唇は震え、手も震えている。
ああ、この人の所為か。
沙紀は思った。
恨みがある衛宮士郎を殺すなら、まだ沙紀の中では言い訳がたった。
兄の前で、あの沙紀の人生の中の悪性の塊のような男を殺しても言い訳が立ったのだ。
だが、兄の前で何の恨みも無い女を殺すのは抵抗があった。
きっと戻れないと思ったからだ。
この無骨な少年は、例え沙紀が衛宮士郎を殺しても、その感情を理解することに努めるだろう。
そして、彼の感情に関わらず彼は沙紀を拒絶しないだろう。
自分の中でその感情に対する折り合いを終え、衛宮士郎の墓参りには永遠と通う。
この牧村徹という男はそういう男だった。
家族を見捨てる事はできない男だった。
だが、遠坂凛を殺すのは違った。お門違いという奴だった。
いくら、牧村徹でも『そんな事』を『兄』の目の前で『妹』が行ったら拒絶される。
分かりにくい善性。分かり安すぎる程の家族への情。

それが、今や牧村沙紀には邪魔だ。
無償の愛などいらない。
無償の労わりなどいらない。
無償の優しさなどいらない。
行動を阻む、牧村徹への好意なら無いほうが良かった。

牧村は黙って、沙紀を後に追いやった。
士郎の前に立つ。
「すまなかった」
出た言葉はそれだけだった。
その言葉は彼の父にそっくりだった。
「あれは俺の妹だ」
だから、そういう行動が邪魔なのだ。
「だから、家族の事は家族で決着をつけさせてもらいたい」
何を、いっているのか。
士郎は黙って、牧村を見ていた。
牧村は深く頭を下げた。
この場で行う行動としては滑稽すぎた。
その長身を小さく折り曲げて呟く。
「頼む」
士郎は頷いた。
声をかける様子も無かった。
彼にだって憎しみという感情はあるのだろう。
まったくもって分不相応だ。
士郎は凛を背負い、背中を向けた。
その後を蒔寺と三枝が追った。
何処に行くつもりなのか。
ちら、っと考えたが今はどうでも良い事のように思えた。
目の前に兄が立つ。
殺すべき対象が遠ざかっていく。
だが、今は兄と向き合う事の方が重要に思えた。

それは小さな救いだった。

「諦めることはできないのか」
この男は知っているのだろう。自分の過去、自分の境遇。
そこから導き出される衛宮士郎への殺意。
「ええ、できません」
自分と同じ目にあった人間しか、この感情は理解できない。
一人ぼっちの病室を知っている。
自分の家は最早、誰とも知らない人間がいる。
苛立たしかった。悲しかった。
叫びだしたかった。
恨んでいる、憎んでいる。
殺してやりたい。
そこまで思えないなら、その孤独と殺意を知らないのなら。
牧村―――――否、高宮沙紀を止める事なんてこの兄ですらできはしない。
「そうだ」
呟いた言葉は自分への納得の言葉だ。
忘れていた、ずっと忘れていた。
誰もが呼ばなくなった自分の本当の名前、本当の旋律。
「たかみや、さき」
呟けばそれは魔法の言葉のようだった。
兄への密やかな好意、未来への執着。総て抜け落ちていく。

―――――そう、少女高宮沙紀には未来なんてない。












棒立ちの牧村。
言葉は巧く形にはならず、どうすれば妹を止められるのかも分からない。
自分の鉄面皮と口下手を呪った。
―――――気持ち悪い。
この少女が暗い表情で呟いた自分への言葉。
―――――笑わない顔が、気持ち悪い。
鈍器で殴られたようだった。
少女を、何時も泣いている少女を助けてあげたかった。
自分は兄弟の中で末っ子だったから、単純に妹ができるのが嬉しかった。

笑わせてあげたかった。

だから、その言葉を言われた時。
牧村徹は、一人の少女の前で笑顔でいる事を決めた。
未だに笑顔は巧く作れない。
引きつるだけだ、顔が。
だが、もしやと思う。
この笑っていても、泣いている少女は。
自分が楽しそうに笑えば、この気持ち悪い牧村徹が少しでも改善されれば。
―――――見たこともないような、綺麗な表情で笑ってくれるのではないかと。

こないで。
ちからよらないで。
かまわないで。
かぞくづらしないで。

―――――きもちわるい。

それでも、一人は寂しいと泣いていた少女が。
手を伸ばして、その手が届く前に握り締めてしまった自分の手が。
殴られても、妹だと言えたその日の帰り道の夕日を良く覚えている。
初めて―――――兄さんと呼んでもらったあの日。
自分が自然に笑えた最後の記憶。
―――――その事を良く覚えている。

「もう、止めてくれ」

涙が出た。
無表情の顔に一筋の涙が伝った。
「もう、良いんだ」
忘れてしまっても良い。
もう、俺達は家族の筈だ。
支えあって生きても良い筈だ。
もう、良いだろう。
終わりにしよう。沙紀。
もう、こんな真似は止めだ。
二人で帰って、叱られよう。
あの日のように、あの二人が始めて兄妹になった日のように。
―――――家に、帰ろう。
きっと、叱られた後で。
また、お前は俺を兄と呼んでくれて。
俺はきっと、そうすれば自然に笑える。
お前も、笑う。
それで良いじゃないか。
それじゃ、駄目なのか。

とん、と『高宮』沙紀が牧村に向って一歩足を踏み込んだ。
トス、と驚くほど軽い音がする。
牧村徹の心臓にナイフが突き刺さっていた。
「もう、良いんです」
泣いていた、世界で一番笑っていて欲しい家族が泣いていた。
「もう、家族なんて良いんです」
首を振る。涙が飛んだ。
「期待なんてしません。生きることに希望なんて抱きません。―――――新しい家族なんて欲しがりません。一人で良いです。一人が良いです」
ずぐり、とナイフがさらに深く刺さる。
泣いている、泣いている。『牧村』沙紀が泣いている。
「兄さん、兄さん兄さん兄さん。不器用な兄さん、優しい兄さん、私を何時も守ってくれる兄さん、愛してくれる兄さん。全部知ってました」
でも、と言葉を繋ぐ。
「起こってしまったんです。こんな、狂った状況に私は放り込まれてしまったんです」
意識が遠くなる。沙紀にもたれかかるように崩れていく。
「否定しました。いらないって言ってました。冷たい態度をとりました。理解してない振りをしていました」
妹だと言って、庇ってくれた。その行為の意味が分からない程、子供だった訳ではないのに。
「でも、さようなら徹さん」
私は、この思いを捨てきれない、と。
沙紀はナイフを持つ手に力を込めた。
牧村は最後の力を振り絞って、彼女を抱きしめた。
意味なんて無かった。
縋りつくような格好で、兄は妹を抱きしめた。
泣く妹に―――――兄は自然に笑いかけた。

―――――笑っていて欲しかった。

何時かきっと綺麗な表情で笑ってくれると。幸せを知ってくれると信じていた。
もう思考なんて働いていなかった。
沙紀が自分に何をしているかなんて、わからなかった。
ただ、泣いていた。
それしか分からなかった。
「なんで、なんで………笑うんですか」
牧村はその問い掛けに口を開く。

















―――――遠く、懐かしい日の夢を見る。

赤い夕日が道を照らし、前を行く父親の影が長く伸びていた。
口の中を切ったのか、鼻血は止まっているのに未だ血の味がする。
妹の手を無理矢理とって歩いていた。
沙紀は小さな嗚咽を漏らして泣いていた。
悔しかったのか、苦しかったのか。
その気持ちは分からなかった。
唯、妹が泣いているのが悲しかったのを覚えている。
ひっぱらないで、と妹が言った。
ごめん、と兄が謝った。
手は離さなかった。
家へと続く帰り道。
少女が不意に漏らした言葉を今でも覚えている。

ありがとう、にいさん。

嬉しかった。
きっと、これから自分達は家族としてやっていける。
だってこうして、今日。
牧村徹と牧村沙紀は兄妹に成れたのだから。

喜びに踊る胸で、振り返る。
その顔には自然な笑みが浮かんでいた。




「妹が泣いてたんだ、当然だろ」




「馬鹿な徹さん」
死体を抱きしめる、沙紀は呟いた。
「私はもう、貴方の妹じゃありません」
ゆっくりと、優しくその死体を横たえた。
「でも、もしかしたら」
もっと、別の道があって。
そこでは私達が仲の良い兄妹になれていたのかもしれない。
沙紀は、優しくナイフを引き抜いた。
「これで、もう後戻りはできない」
後に道は無くなった。
涙を流しながら、高宮沙紀は呟く。
浮かぶ姿は家族の肖像だ。
「―――――殺してやる」
そして、衛宮士郎が消えた方角に向って歩いていった。



柳洞一成は血が噴き出すのも構わずに無理矢理立ち上がった。
「お、おい! 柳洞」
慌てて綾子が、無理を止めようとするが一成はそれを手で制す。
「二十分は過ぎた」
崩れ落ちそうになる体を壁に寄りかかり支える。
「そして、衛宮を探している時間は俺には無い」
腹部から血が未だに流れ出ていた。
ここまで深い傷に、止血は不可能だったのだ。
しかも、胴体。
綾子は、唇を噛んだ。
柳洞一成が生き残る為には、遠坂凛が二十分以内に総てを解決し、彼を病院に連れていかねばならなかった。
「待て……」
もう少し待ってみようと、開いた口は続きを発しない。
血走った眼で、一成は扉に向う。
「止めろ!」
思わず綾子は叫び声を上げた。
「本当に死ぬぞ!」
ふん、と柳洞一成はその言葉を鼻で笑った。
「美綴、俺は何をやった」
「何?」
「この状況で、誰もが泣いて、震えて、助けを待つ状況で俺は何ができたかと聞いている」
一成の足は止まらない。
「この事態を何とかするどころか、逆に足手纏いになっている」
咳き込んだ。
比喩ではなく、血を吐く。
「美綴、遠坂は何と言った。生きてみよ、そう言ったのではないか」
さらに咳き込んだ。綾子は慌てて一成の側に駆け寄り、崩れそうな身を支える。
「こんな誰にも影響を及ぼさない所で、美綴に迷惑をかけて一人で死ぬ事が『生きる』ということなのか」
一成は扉に手をかけた。
「違う、断じて違うぞ。俺はまだ何もしておらん。誰も助けておらん」
開いた扉の先は危険が満ちる世界だ。
「美綴、頼みがある」
綾子は何も言えなかった。
一成は最早どこも見てはいない。
視点は前に固定されているが、瞳には何も写っていなかった。
「放送室に連れて行って欲しい」



防音用の鉄扉を開けて綾子は、一成を椅子に座らせた。
「おい、ついたぞ」
「椅子まで……頼む」
綾子は黙って、一成を椅子に座らせた。
深く息を吐く。
「美綴」
「ん?」
一成は目の前にある機材の電源を入れていく。
「お前はもう、戻れ」
綾子は黙って首を振った。
マイクを一成の前まで引き寄せてやる。
「柳洞一人でできないことだってある。……帰り道だってあるだろ」
一成は綾子の方に視線を向けずに、すまんと呟いた。
その顔色は青を通り越して白くなってきている。
震える唇を近づけて、柳洞一成は言葉を紡いだ。

『生徒会長の柳洞一成だ。皆、聞いて欲しい』

一人で震えていた者が、集団で隠れていた者が、自暴自棄になっていた者が顔を上げる。

『皆、このような事に巻き込まれて辛いと思う。苦しいと思う』

一成は、震える唇を一度強く噛み、震えを止めた。

『だが、諦めないで欲しい。助けは呼んだ』

そんな、訳が無い。ここは最早、外とは切り離されている。
だが、柳洞一成は言った。
嘘を言った。
優しい、震える者に勇気を希望を与える嘘を言った。

『……夜明けまで、夜明けまで待って欲しい。耐えて欲しい』

咳き込んだ、音を漏らさないように口を無理矢理閉じる。
血が唇から伝った。

『だから、生きている者よ、誰かと一緒にいる者よ、一人でいる者よ。諦めるな、夜明けだ。夜明けまで待てば助けが来る。家に帰れる。絶対に、だ』

凛を背負っていた、士郎が足を止めていた。
「一成……」
嘘だという事は、士郎には分かっている。
ならば、この切実な懇願は。
夜明けまで待て、という願いは。

士郎は唇を噛んだ。

「蒔寺さん」
士郎は背負っていた凛を、蒔寺に渡す。
「怪我していて、辛いと思うんだけど」
「……良いよ、貸してみ」
よっと、と掛け声をかけ凛を背負う。
「まあ、遠坂とは知らない仲じゃないからね」
「ごめん……。後、学校内は危険だと思うからなるべくなら外に」
「外の方が危なくないか?」
「……いや、もう終わらせるから」
士郎は、噛み締めるように言った。
「夜明けまでに、終わらせるから」

『だから、友人同士で傷つけあうことは無い』

沙紀がこつこつ、と足音を立てて廊下を歩く。
向かい側から、慎二が現れ沙紀に向って微笑んだ。
沙紀は無表情、慎二は微笑みを浮かべながら。
すれ違う。

もう遅い。

彼等、彼女等はもう傷だらけだ。

『信じて欲しい、自分を誰かを』

桜は、歯に引っ掛かった制服を吐き捨てる。
「ん………はあ」
もうそこには氷室鐘の死体の欠片も残っていなかった。
口から、つるりと髪の毛を取り出す。
ぼんやりとその髪の毛を眺め再度口に含んだ。
今度は口の中に残らず、嚥下されていく。口の中に残るのは未だ噛み切れない幾つかの氷室鐘だったモノ。
桜の制服は血で夥しいまでに汚れ、肌―――――特に顔は血で真紅に染まっている。
「足りない」
ゆっくりと立ち上がる。

『絶対に、絶対に、帰ることができるから』

慎二が、分厚い鉄扉の前に立った。
扉に手を伸ばす。
唇がゆっくりとつり上る。

『だから、諦めないで欲しい』

士郎は走る。
そう、この事態を終わらせるためには、蟲を殺し結界を解除しなければならない。
魔術回路が働かない今、結界の解除は難しいかもしれないが、方法が無い訳ではない。
(結界の支点を見つけて、直接投影した宝具を叩き込めば……或いは……)
先ほどの投影の要領で果たして、どこまでの物が投影できるか分からないが、もうこれ以上、待ってはいられない。

親友の願いを聞いた。

理由はそれだけで充分であろう。

士郎は走る。
その前に立ちはだかる者があった。
「衛宮さん」
ぎらり、とナイフが赤く光る。
「…………っ」
士郎の足が止まった。
目の前に、牧村沙紀の姿があった。
「ここで、終着です」
ナイフについた血、何処か生気の無い眼。
―――――この少女は。
「牧村を…………」
「ええ、殺しました」
沙紀は首を左右に振る。
「だから、何だと?」
「…………」
「貴方に、何も言われる筋合いは無い筈です。違いますか」
士郎は黙って、手を前に突き出した。
「投影、開始―――――」
世界が歪み、自身が否定され、自分の中の焼け付く死すら乗り越えて現れる一振りの鋼。
「そこをどいてもらう」
「貴方が私を殺したら、私が貴方を殺したら、総て叶うでしょう」
歌うように言って、沙紀もナイフを突き出した。

『皆で、家に帰るんだ』

もう遅い。

慎二が扉を開け放つ。
「やあ」
にこやかに笑う慎二。
「間桐……?」
美綴が不審そうに眉を顰める。
慎二は手を突き出した。
腕が燐光を放つ。
「そういうことされるとさ。迷惑なんだよね」
手の先には放送の機材。
放たれた、閃光は一撃でそれを破壊した。
一成が衝撃を受け、床に転がる。
「…………ッ!!」
呻き声を上げる一成を見て、綾子は咄嗟に慎二に向って声を上げようとした。
「お前、何やって…………!」
ぺたり、と慎二の手が綾子の頭を触る。
慎二は微笑んだ。
「そろそろ、仕上げなんでね。柳洞の言うとおり、夜明けまでに終わらせてやるさ」
衝撃が腕から放たれ、綾子は壁まで吹き飛ばされた。
慎二は思う。
もうそろそろ、この楽しい茶番もお終いだ。
巧く行っているように見えて、色々失敗をしているが。
まあ、良い。
最低限、衛宮士郎を殺し、遠坂凛を手に入れることができれば良いのだから。
そして、それはそんな難しい事ではない。
「でもさぁ……」
ここまで、やったのだ。
今さら、校内に閉じ込めれらている人間に希望を持たれても面白くは無い。
もっと絶望し。もっと傷つけ合えば良い。
「くっ……お……」
一成が這うようにして、綾子に近づく。
「んー?」
慎二は一成に近づいた。
「何やってんのさ、柳洞」
一成は答えず、ただ張って綾子に近づく。
「無視するなよ」
脇腹に蹴りを入れた。
苦痛の呻き声を上げる。
それでも動きは止めず、綾子まで辿りつき、その上に覆いかぶさった。
「―――――は?」
慎二の唇が歪む。
「何それ、美綴を庇うって訳? 格好良いな、格好良いじゃないか柳洞」
何度も蹴りを入れ始める。
その度に、一成は苦痛の呻き声を上げる。
「まったくもって、お前は何時もそうだな柳洞。糞下らないね、なんだい? なんなんだい? お前。ヒーローの心算かいまったく、おめでたい奴だな」
一成はもう苦痛の呻き声も上げない。
ただ、蹴りを入れられる度に微かに痙攣する程度だ。
「あれ、死んだ? 死んじゃった?」
脇腹を蹴るのを止めて、顔を覗き込む。
「……間桐……貴様」
「なんだ、まだ生きてるじゃん。死んだフリしてんじゃないよ」
顔面を蹴る。一成の眼鏡が飛んだ。
「まあ、もういいけどね」
肩を竦めて、慎二はしゃがみ込む。
「……何、だと?」
「柳洞、お前。生き残らせてやるよ」
傷口に手をやる。
「美綴も殺さないでおいてやるよ、優しいだろう?」
「―――――何を言っている」
それでは、間桐慎二が―――――。
「あれ、気付いた? そうボクがコレを起こした犯人って奴」
驚愕し、口を開こうとする一成を遮る。
「あ、何も言うなよ。余計な事言ったら殺しちゃうよ」
腕が燐光を放ち、一成の傷口を塞いでいく。
「お前、何を期待してるんだ? あんな放送して、嘘の希望を皆に持たせてそれでどうしたいんだ?」
「…………」
「ま、いいさ」
慎二は軽く頭を振った。
傷口から手を離し、立ち上がる。
「柳洞が期待している正義の味方って奴は『衛宮士郎』、それとも『遠坂凛』かい?」
慎二は上から一成を見下ろした。
「遠坂は無理だけど、衛宮の首だったら後で見せてあげるよ」
「―――――な」
慎二は開け放たれた扉に向っていく。
「―――――なあ、柳洞。知ってるかい? 一度希望を持たされて、裏切られると凄く辛いんだぜ?」
慎二の口が吊り上がった。
それは今まで浮かべていた、何処か優しげな笑みとは程遠い物。
「貴様ああああああああああああああっ!! 間桐ッッ!!!!」
一成は無理に立ち上がろうとするが、流した血の量が多すぎた。口から放たれた大声と供に意識が遠くなる。
「大声出すなよ、五月蝿いな。全部終わった後で、大声だったら好きなだけ吐かしてやるよ」
慎二はひらひらと手を振った。










それでは、誰もいなくなった校舎で、また会いましょう。



ゆっくりと揺り籠に揺られている。
話し声が遠くに聞こえる。
無理矢理瞼をこじ開ければ、自分の体が勝手に歩いていた。
否、誰かに負ぶさられているのか。
「あ、起きたか?」
「……蒔寺さん?」
「…………ああ」
軽く下ろして、と合図を送り地面に自分の足で立つ。
少しの睡眠で大分疲れも取れているし、出血も止まっていた。
自分の姿を見下ろしてみるが、もの凄い有様だ。
体中自分の血と、火を使ったお陰で制服が所々焦げ付いてる。
貧血を起こしそうな頭に手を当てて周囲を見回した。
何時の間に此処まで来たのだろうか。
もう、昇降口まで来ていた。
「士郎は?」
「……生徒会長の放送を聴いて走り出していっちまったよ」
「放送?」
「さっきまで、流れてたんですけど」
由紀香が不安そうに顔を俯けた。
「突然、ぶつりと」
「―――――っ!!」
止まっていた頭が活動を再開した。
二十分などとっくに過ぎている。
ならば、柳洞一成が『生徒会長』として動いたと考えた方が良い。
「ごめん、私もちょっと行って来る」
蒔寺は諦めたように、頭を振った。
「止めても、聞かないんだろ?」
「まあ、そうね」
にっこりと笑い、身を翻した。
「あの」
「ん?」
振り向いた先には、由紀香の姿がある。
「鐘ちゃんを見つけたら、私達は外で待っているって伝えてください」
「ええ、わかった。……一階にいるのね?」
「多分な」蒔寺は頷く。「あたし等より、要領いいから心配はしてないけどさ。頼むよ」
頷き返し、凛は今度こそ歩き始めた。
顔は険しく、角を曲がったと同時に走り出す。
「まずい、まずい、まずい……!」
柳洞一成も、美綴綾子も、氷室鐘も、生きているだろうか。
生きていてくれるだろうか。
走る走る走る。時間が惜しい。一分一秒でも速く。
「とりあえずは、放送室っ!」
傷口が傷むが、構ってはいられない。自分の努力で誰かが助けられるのなら努力すべきなのだ。これこそ、遠坂凛の甘さだが。ええい、知った事か。
誰にもいなくなって欲しくない。
様はそれだけの事だ。
階段を目指し、疾走する。
その目の前に―――――。
「―――――桜」
「姉さん……」
『姉』その言葉の響きに、凛の心が揺れる。
「あんた、その姿」
血だらけの姿に、凛は息を飲む。
「姉さんだって、似たようなものですよ」
苦笑を浮かべ桜は言った。
ゆっくりと、凛に手を伸ばす。
凛は反射的にポケットに手を入れて宝石を掴む。
掴んでどうするのかは考えていない。まさか、妹に投げつける訳もいかない。
桜の血塗れの手が、凛の肩にかかった。
「姉さん。私さっきから渇いて渇いて渇いて仕方がないんです。空腹で空腹で空腹で仕方がないんです」
唇が合わさるような距離に、桜の顔が近づく。口から強く血の臭いがした。
開いた口から除くものは―――――。
「桜、あんた」
「あは」
微笑んだ口から、小さな音を立てて爪が落ちる。
「やっぱり、噛み砕けない物や口の中に残るものってありますね」
指先が口元から、ポロポロと落ちていく。
「しつこく噛んでたんですけど駄目でした」
「―――――っ!!」
ポケットに入れていた手を抜く、手には輝く宝石。少し願うだけで妹と自分の腕を焼き壊す凶器。
躊躇う。こんな瞬間まで躊躇う。どうすればいい。遠坂凛はどうすればいい。
妹を殺すのか、自分の腕で。ずっと遠くから見守ってきた妹を。
遠坂凛が殺すのか。
桜は凛を抱きしめる。
凛の腕は、彷徨う。
殺すと決意する事も、抱き返す事もできなかった。
「……最後の時も抱きしめてくれないんですね姉さん」
桜は俯いて凛を突き飛ばした。
「じゃあ、そろそろ終わりにしましょう。もう、全部。過去も現在もそして未来も総て巻き込んで終わりしましょう」
凛の手が震える。
妹は、間桐―――――否、遠坂桜は。
やってはいけないことをして。
なってはならないものになってしまった。
「馬鹿、大馬鹿」
凛は声を漏らした。その言葉は自分に向けたものか、桜に向けたものか分からなかった。

桜の背中から、蜘蛛の足のようなものが突き出している。

強く握り締めすぎた手から血がこぼれた。

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