十三式大回転

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<<   作成日時 : 2006/03/04 22:29   >>

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繰り出されるナイフの軌道は躊躇いが無く、思い切りが良い。
士郎の頬を刃がかする。
「避けないでくださいよ、大人しく殺されてください」
沙紀は、ナイフを再度構える。
その動作は速く、士郎の体が自然に強張る。
嘲るように沙紀は笑う。
「速く、先に進みたいんでしょう」
とん、と左胸をナイフの柄で押した。
「ここですよ、ここ。ここをその剣で軽く押すだけで私は貴方の邪魔ができなくなりますよ」
やらないんですか、と首を傾げる。
士郎は首を振る。
「どいてくれ」
沙紀は黙って、素早く一歩踏み込んできた。
突き出されたナイフが再度士郎の頬を裂く。
「くっ……」
後に下がろうとするが、がくんと足が縺れた。
沙紀が、士郎の制服の裾を踏んでいる。
バランスが崩され、士郎は咄嗟に剣を自分の頭を防ぐように構えた。
金属音。
「―――――下らない」
沙紀は、そのまま片足で士郎の腹を蹴り上げそのままの勢いで倒れ込むように進む。
士郎は、転びそうになりながらも後ろに下がっていく。
「なんで、殺そうとしないんですか。殺されそうなんですよ。どんな平和主義者だって自分の喉下にナイフを突きつけられれば、命乞いか反抗をするでしょうに」
だん、と強く踏み込んだ足が音を立てた。沙紀は追撃をする為にさら突進する。
目が細く引き絞られ、眉が苦痛を感じているように歪んだ。
その目は、絶望の色をしている。
「本当に、下らない」
士郎は何も言わない。
唯、後退し。攻撃をいなすだけだ。
「私に同情しているなら、大人しく殺されてくれればいいいでしょうに」
沙紀がまた強く踏み込んだ、士郎も合わせたように後に飛ぶ。
「くっ……!?」
だが、跳躍は失敗した。
士郎の足元にナイフが突き刺さっている。
沙紀が手に持っていた物を投げたのだ。
そのまま沙紀は、地を滑るように体を低くし勢いのままナイフを引き抜く。
完璧にタイミングがずれた。
いまから、回避しても間に合わない。
かといって、手に持つ剣で相手をつき殺す事も出来ない。
防御するには時間が足りず、他の手段を考える余裕も無かった。
士郎は、自分の呼吸が止まるのを自覚した。
迫る刃。停止する思考。あの崩れた城で見た。弓兵の最後が浮かぶ。
数多の剣に串刺しになれた弓兵の背中が浮かぶ。
死。迫る死。回避すべき死。赦されない死。
そう、衛宮士郎がここで死ぬことは赦されない。

あれ程の人間を見捨て生きてきたのだ。

頭がどうしようもなく、空白に侵される。
ああ、思えば目の前の少女の名前すらちゃんと自分は知らない。
体が自然に動いた。
突き出される刃。衛宮士郎が生み出した一振りの鋼。
その動作は緩慢で、楽に避けられる物だった。
意の欠ける攻撃など、必殺の瞬間に繰り出してもそれは単なる凡庸な一撃にしかならない。
沙紀は、当然避けようとした。
このまま、繰り出された剣を避け。死に体になった衛宮士郎にナイフを突き立てれば良いだけの話。
簡単な動作だ。『七』人殺した、沙紀にはお釣りが来るほどに。
避けるための一歩。
必殺のための一歩。
だが、それは踏み出される事無く終わった。

『もう、止めてくれ』

―――――兄の言葉を思い出した。

ずぶり。

何故、こんな時にこんな言葉が浮かぶのか。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
あれ。
もう、捨てた筈じゃなかったのか。
躊躇いなんて、容赦なんて。
もう、自分には無かった筈の物ではなかったのか。
あんな、あんな言葉一つで止まってしまうなんて。やめてしまうなんて。
それじゃあ、私は何のために―――――。

一人目の男。
外見が衛宮士郎に似ていた。
巧く殺せなかった。
二人目の男。
外見が衛宮士郎に似ていた。
巧く殺せなかった。
三人目の男。
外見が衛宮士郎に似ていた。
少し、巧く殺せた。
四人目の男。
近くに居ただけのヒト。
私に乱暴をしようとしたので。
上手に殺してやった。
五人目の男。
善良な男だった。馬鹿だった。
卓越。
六人目の男。
外見は良くわからなった。
一撃。
七人目の男。
家族になれたかもしれない、ひと。
わたしを殺した、おにいちゃん。
酷く、無様に殺した。

「なんだ」
自分に突き刺さった刃をぼんやりと見つめる。
こほ、と咳き込む。
「なんだぁ……」
もう、駄目だったのだ。
もう、無理だったのだ。
牧村徹を殺した時点で、沙紀はもう死んでいた。
もう、人なんて殺せなかったのだ。
『もう、止めてくれ』
それだけだった。そんなたった一言の言葉で。
七人も殺した、高宮沙紀は。
もう、誰も殺せない牧村沙紀に戻ってしまっていた。
なんてことだ。
なんて、こと。
それだったら、あの兄を殺す必要だって無かっただろうに。
彼を殺したのは結局、自分のこの行き場の無い苛立ちだったのか。
遠ざかる衛宮士郎を追うのではなく。
兄に向き合って話しをしたのは。
何処かで、もう止めたいなんて思っていたからなんて。

―――――ああ、でもそんな都合の良いことは言えません。

こほ、こほ、と咳き込む。
私は七人殺しました。
知らない人を。知らない人を。知らない人を。知らない人を。知らない人を。知らない人を。

―――――家族を。

ころしてしまいました。

「あ」
衛宮士郎の呟きが聞こえる。
沙紀は笑った。
ずぶ、ずぶ、と自分の体に刃が入り込むのも構わずに衛宮士郎に近づいていく。
目の前まで来て、沙紀は士郎の耳元に唇を寄せた。
「殺さないなんて無理でしたね。正義の味方さん」
甘くはないんだ。甘い結末なんて誰も望まない。
例え、総てが意味をなくしてしまっても。ここまで来てこれさえ止めてしまったら本当に何も残らない。それだけは嫌だった。
殺せないなら、呪いを残してやる。衛宮士郎が何処に居ようとも何をしていようとも。
その身をねじ切られるような呪いの言葉を吐いてやる。
「耳を澄ませよ、偽善者。聞こえるだろう」

―――――死ね。

士郎の頭に何故か、見たことも無い地下の情景が浮かんだ。
思わず剣を手放し、耳を塞ごうとする。
沙紀が手を伸ばしそれを掴みとった。
優しい声色で囁く。

「みんな、お前を呼んでいるよ」

―――――死ね。

崩れ落ちる沙紀と供に、衛宮士郎の絶叫が響いた。



士郎はその体を引き摺りながら進んでいた。
立ち直っては居ない。
心の中の傷は血を流し続けている。
沙紀の死体の頬には涙の後があった。
痛かったのだろうか。辛かったのだろうか。
今となっては何もわからない。
流石に胸に突き刺さった剣を抜く勇気は、士郎には無かった。
「何やってんだろうな、俺は」
放送室の前まで辿りつき中を見る。
一成と綾子が重なり合うようにして倒れていた。
慌てて近寄り、首元に手を当てる。
「生きてる」
ほっと、息を吐いた。
そうだ。これぐらいの救いがあってくれても良い。
世界がいくら優しくなくて、残酷でも。
これぐらいの救いがあってくれても良い。
士郎はゆっくりと立ち上がった。
まだ、守れる人が居た。

―――――死ね。

頭の中の声は消えないけれど。
心から流れる血は止まらないけれど。
行かなきゃ。
体を引き摺っていく。
自然と、足はその目的地を決めていた。
あからさまな挑発。
ここまで魔力の流れがあからさまなら。
気付く。気付いてしまう。
「そこにいるのか―――――」
引き摺っていく、引き摺っていく。
屋上までその体を引き摺っていく。
そう、考えれば単純な話だった。
例え可能性が低くても、残った物が正解なのだ。
魔術という存在を知っているのが。
凛と自分。そして、慎二だけなのなら。
おのずと答えは見えてくる。
「―――――慎二」
分からなければ良かった。盲目のまま過ごせていたらどんなに良かっただろう。
衛宮士郎のもう一人の親友。
供に学校生活を送り。
供に弓を放ち。
過ごした期間、そう友人として過ごした時間は一成よりも長いのに。
知っていた、彼が自分を利用しようとするものを遠ざけてくれている事を。
口にはださなかった。それでも、嬉しかった。
友人から示された友情とも言えるべき行動が嬉しかったのに。
「何を、やっているんだ」
足は重く。呟く言葉は小さかった。
今の自分への言葉なのか、慎二への言葉なのか。
無意識に漏れた言葉は暗闇に吸い込まれて消えた。



重い扉を開ける。
「やあ」
慎二は月を背負って立っていた。
「ようこそ、衛宮」
士郎は周囲を見回す、滅茶苦茶に壊れた屋上。
そして、中心から噴き出す魔力の奔流。
「待ってたよ」
慎二は笑った。
「慎二、か」
「違う人物でも期待していたのかい? ここまで来てどんでん返しがあるとでも?」
「……信じたくなかっただけだ」
「それは残念だったね。“これ”が結末だよ衛宮。そして、ボク達はここで殺し合いをする」
「……俺は誰も殺したくない」
「まだ、そんなことを言ってるのか」
救いようが無い。と慎二は漏らす。
何かを思いついたように、慎二は笑った。
「―――――そうだ、衛宮。やる気がでるような話を聞かせてやろうか」
士郎は無言だ。慎二に目を向けながら、意識は結界の支点にいっている。
「ボクが魔術回路を持っている理由は何となく想像がつくだろ? でもさ。無理矢理通した回路があっても魔力がなきゃどうにもならないんだよね」
そう、それは良く知っている。
自分も魔力が足りなかった。
「ボクは弱ったさあ。困ったよ。蛇口を捻っても水が出てこないんだからね。―――――でも、それは案外簡単に解決したんだ。いや、この言葉は変だな。そう、こう言い直そう。
解決していたんだ。ボクと桜の体にはもうしっかりとしたラインが引かれていたのだからね」
「―――――」
それは。
「言葉が出ないかい? 驚いているかい? 考えてみろよ、衛宮。桜はお前の為に飯を作って、その夜にはボクの下にいたんだぜ。あんな純真そうな顔を、態度をしていて夜は女だった。なあ、衛宮。味わったか? 抱いてやったか? 桜はお前を求めていたんだぞ」
思考が曖昧だ。
無償に喉が渇く。
舌が縺れて、喋ろうとする言葉が出てこない。
慎二はナイフを取り出した。
士郎に突き出す事無く、自分の腕に向ける。
「やる気、出ただろう。殺したくなっただろう。じゃあ殺し合おうか。無様に行こうぜ、格好悪く行こうぜ、誰の期待も裏切るような汚さを見せてみろよ」
慎二はナイフを盾に走らせ、自分の腕を切り裂いた。
血が噴き出す。
自分の血の返り血を浴びながら、慎二は笑った。
地面に血が落ち、ゆっくりと広がっていく。
血が。
血が。
血が。
血が、屋上を埋め尽くす。
「魔術、魔術、魔術。自分の魔力を使わない、素晴らしい魔術」
鏡と化した、屋上の床に在り得ない物が映りこむ。
それは―――――数多の蟲であった。
芋虫のような、巨大な蟲。
蝿人間。
体を蟲に犯された男。
それは、山岸が殺した蟲であり。
衛宮士郎が殺した美作明であり。
あったかもしれない、山岸薫の姿である。
「驚いたかよ衛宮。ボクはこんな事だってできるんだ」
慎二は笑う。
「衛宮、お前なんかと違う。ボクは優れている。そうだボクは……天才、だ」
呟いた。
「くっ!!!」
蝿人間がぎちぎちと顎を鳴らして、士郎に飛び掛ってくる。
「投影、開始―――――!」
がくん、と体が揺れた。
体を痛めつけすぎている。これ以上はやってはいけない。やれば戻れなくなる。無理なのだ。無理を通そうとすれば対価を払うのが道理。

払おう。幾らでも払おう。この身が砕けても。
目の前で笑う親友を救えるのなら/目の前で笑う敵を殺せるのなら。
そこに躊躇いなどは無い。

現れたのは何の伝承も無い、出来損ないの鋼。
刃は振るわれ、蝿人間を切り裂く。
甲高い叫び声を上げるが、すぐさま体が元に戻る。
芋虫が床を這い、飛び掛ってくる。
躊躇わず、踏み込み大上段からの一撃。
それは、芋虫を真っ二つに切り裂いた。
だが、それすらも直に元に戻ってしまう。
大体、切った感覚が無い。
士郎は後ろに飛んだ。
床に映りこむ、自分。
鏡。鏡の中の自分も衛宮士郎を見た。
映りこんでいる。
在りえぬ物が出現し、這い出てきている。

在りえぬのなら、あれは幻。

体を蟲で侵された男が飛び込んでくる。一閃した。
目の前の奴は切り裂かれたのに、移り込む姿は何も変わっていない。
すぐさま、再生しその腕を振るう。
士郎は剣で受け、転がった。

確信が持てた。あれは幻。鏡に映りこむ、在りえぬ姿。
しかし、どう破る。
それが分かった所で、対応策は浮かばない。
慎二は、それが分かっている。如何に簡単に見破られる魔術でも、それを打ち破れなければ死ぬのはこっちだ。








きしり、と脳髄が悲鳴を上げた。








―――――ならば、死を持って死を打倒するしかない。
襲い掛かってくる蟲を避けながら、未だに距離を取る慎二を見る。
唇が震えながら言葉を紡いだ。
「体は」






剣で出来ている。








凛は逃げ回るしかない。
蜘蛛の足は縦横無尽に振るわれ、今や満身創痍の凛には危機と呼んで余りあるモノだ。
桜は何も言わない。今や顔には何も浮かんではいない。
どうするのか。
どうするべきなのか。
否、そんな問答の答えは分かっている。
殺すべきなのだ。魔術師として。
救うべきなのだ。姉として。
どうすればいい。
どうすればいい。
どうすれば、あの子を――――――――――救える。
一人で泣いて、一人で溜め込んで。
破裂してしまったあの子を、突き放す事なんて凛にはできない。
「甘い」
呟いた言葉は、自分でも驚く程冷たかった。

ああ、そう。甘い。
遠坂凛は甘すぎる。
魔術師じゃなければ、良かった。
そう一瞬思う。
例えば。本当に例えば。
遠坂が魔術も何も関係が無い普通の家で。
父さんも母さんもいなくならず、妹もずっとそこにいて。
もっと普通に学校に通って。
ある日、士郎と知り合えたら。

凛の口が開いた。
「ふざけんじゃ」
ない。
弱い。その考えは弱い。甘いなんて考えじゃない。今の考えは逃避だ。現実から逃げようとしている。どう足掻いた所で現実は何も変わらない。何も変わってはくれはしない。
何時だって、世界は残酷で。私達に絶望を突きつけてくる。
良いじゃないか。面白いじゃないか。
その酷薄さ。面白い。
現実の冷たさ、どうしようもなさ?
知ったことか。
知りたくもない。
姉は妹を助けるし、正義の味方は悪党をぶっ倒して帰ってくる。
それでこの話はオシマイだ。
何処に文句がある。何に文句がある。
もう一度口を開いた。
「ふざけんじゃないわよ、桜ぁ!!!」
蜘蛛の足が、凛の顔の脇を通り過ぎ髪の毛を切り飛ばした。
「なんで、あんたは何時もそうなの! 一人で悩んで、一人で何でも片付けようとして!」
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。整理されていない思考すら口から飛び出てくる。
「私に言えば、良かったじゃない! そりゃあ私は頼りないかも知れないわよ! あんたを放って置いたのは事実だしね!」
ぎゃり、と凛の手の中で宝石が鳴った。
手に突き刺さり、血が出るほど宝石を強く握り締める。
そう、そこにどんな思いがあろうとも。遠坂凛は間桐桜を放っておいたのだ。
変わりはしない。変わってくれない。
「でも、士郎だって居たじゃない! アイツは何があってもあんたを絶対に見捨てないわ!!」
そう、絶対に。
衛宮士郎は彼女を見捨てないだろう。
一々理由付けなどいらない。
正義への理想、託された理想、再確認した理想。
そんな大仰なもので括らなくても良い。
士郎はただ、優しいのだ。
目の前で泣く人の涙を止めてあげたくて、自分の身を砕く。
「―――――ない」
桜は小さく呟いた。
「聞こえない!」
凛は叫ぶ。少しずつであるが桜に近づいていく。
「言えるわけ無い! 言えるわけ無いじゃないですか!」
桜は髪を振り乱して叫ぶ。
「好きな人に、初めて好きになった人に自分がどんなに汚れているか話すんですか!?」
桜の目から涙が飛ぶ。
「もうとっくに私の体は汚されているんです! もうどうにもならないんです!」
「だから、どうしったって言うのよっ!!!」
凛は息を吸い込んだ。足が止まる。例え、この身が両断されたとしてもこれは言わなければいけなかった。
「あんたが! 間桐桜の惚れた男が、その程度の事であんたを見捨てる訳ないでしょうがっ!!」
確かに凛を両断する軌道だった蜘蛛の足が、逸れて凛の髪のもう片方を切り飛ばした。
首元が涼しい、なのに汗が吹き出てくる。畜生。
信じる。姉妹だから、同じ男に惚れた女だから。
そんな決意も目の前にある死の前では、冷や汗を止める役にも立ってはくれない。
ああ、畜生。口では偉そうな事を言っていても自分も怖いものは怖い。
英雄なんていない。ヒーローなんて駆けつけてくれない。
聖杯戦争で見た数々の英霊達も人間的すぎた。
あいつらも英雄ではないのだろう、震えるまま戦い、血を吐き、涙し、世界の矛盾に吼えたから英雄と呼ばれる様になったのだ。
桜は、呆然とした顔で体を震わせている。
凛は静かに足を踏み出した。桜に一歩ずつ近づいて行く。
もう戻れない所まで来ているだと、あの子が。
そんな訳ある筈がない。
あの震えを見てみろ、自分の体を抱く腕を見てみろ。
例え、人を殺してしまったとしても桜は桜のままだ。
家族だから、どんな非道も赦す。
赦してやる。自分の血は別に冷たくは無い。
ここで桜を断罪しようとか思う馬鹿がいたら、そいつこそ魔術師に向いている。
人を殺したら、自分も死ななきゃならないなんて決まりは無い。
誰に恨まれ、傷つけられようとも、凛だけは桜を見捨てない。
頭の片隅で、あの馬鹿に影響されている自分を笑う。
昔はこうじゃなかった。こうなる事を望んでいたのかもしれないけど。
優しくじゃなく、冷たくなりたかった。
言い訳を幾ら並べても、遠坂凛は魔術師として大成しないだろう。
人間、切り捨てる物が多い奴が勝つのだ。
才能もある、美貌もある、だがほんの少しの残酷さが足りない。
だから、凛は魔術師を名乗っていても本質的に魔術師になることは、ない。
でも、さらに情けない言い訳を並べるのなら。
だから、妹が救えるのだ。
思考の中、不意に体から力が抜ける。
「え」
その様子は桜も同じだ。
「そんな、兄さん」
漏らした言葉を凛は聞いた。
一瞬、気が遠くなる。
自分の中にある潤沢な魔力が吸い出されていくのが分かる。
だが、それ以上に。
桜の漏らした言葉に眩暈がした。

―――――もう、とっくに私の体は汚されているんです。

ぎし、と頭が軋んだ気がした。
鈍い自分を呪い殺したくなる。
魔術封じの縛りがなければ、ガンドくらい頭に食らわせていたかもしれない。
様々な事実に頭の中がかき乱される。

犯された妹。犯した兄。聖杯に取り込まれた馬鹿。穏やか過ぎる狂気。
思えば、アイツはあの時から歯を見せて笑っていない。
聖杯に取り込まれて何を見たのか。何を得たのか。
糞、馬鹿な自分に腹が立つ。
士郎は自分のこんな所を『うっかり』などと言うが、そんなの緊急時に頭が回らない馬鹿というだけだ。
体から抜き出されていく魔力のおかげで、体に力が入らない。
それは桜も同じのようで、膝をつく。
これ程の魔力を使う、魔術なら一つしかない。
そして、それをこの場所で使う事は。
凛は自分の使い物にならなくなった腕を見る。
―――――吐き気がした。



「血潮は」
鉄で。
「心は」
硝子。
「幾たびの戦場を越えて」
不敗。
「ただ一度の敗走も」
なく。
「ただ一度の勝利も」
なし。
「担い手はここに」
独り。
「剣の丘で鉄を」
鍛つ。
「ならば、わが生涯に意味は」
不要ず。
「この体は」






無限の剣で出来ていた。






体中から血が噴き出し、ありとあらゆる箇所が破裂する。
士郎は血の霧の中心にいた。
二十七の死を乗り越え、それは完成した。
慎二が何か怒鳴っている。顔には先程までの余裕がない。
世界が改変されていく。
先程まで、ここは慎二の世界だった。
幻の蟲が消えていく。
だが、ここからは。衛宮士郎の世界だ。
腕が腐る。
頭から髪の毛が数本抜け落ちる。
その色は驚くほど、綺麗な白だった。
「Unlimited blade works」
呟いた言葉は、勝利宣言。
屋上は剣の丘に変わり、少年はかつて見た英雄にその身を毒される。
だが、構わない。いかなる対価でも払うと決めた。
「なんだ、なんなんだよこれはっ!!」
慎二が取り乱す。思えば、こんな慎二を見るのは久しぶりだった。
士郎は、腕を振り上げる。
狙いは、間桐慎二ではなく改変された世界の中でも未だに魔力を放っている結界の支点。
ありとあらゆる伝説が、空に現れた。
「衛宮、お前はまた」
慎二の声は士郎が放った剣の轟音にかき消された。



間桐慎二の生涯は笑ってしまうほど不幸だ。
生まれた時、魔術回路が無かった。
その事に祖父は怒り狂い、わざわざ自分が物心つくまで待って母を自分と父の前で蟲に食い殺させた。
小便が漏れたのを覚えている。
涙は流れなかった。
その後、父の必死の懇願により慎二は生かされた。
慎二は父が好きだった。
守ってくれたし、彼が育ててくれなければ自分はきっと二桁の歳まで生きることはできなかっただろう。
ある暗い夜。屋敷に轟音が響き、驚いて駆けつけるとそこにじゃ脂汗を垂れ流す父と暗い表情で笑う祖父の姿があった。
否、あともう一人。
中央に英雄がいた。
魔術回路がない自分でも、威圧される。
彼と父は契約を交わし、祖父とに二言三言交わして家を出て行った。
最後に見せた自分を哀れむような視線の意味がわかるのはもう少し先のことだった。
その二日後、父の生首が庭に転がされていた。
祖父は舌打ちし、蟲を使ってそれを処理した。
それだけで、慎二が関わった最初の聖杯戦争は終わった。
それから、しばらくして遠坂の家から養子を貰う事になったと祖父が漏らした。
魔術回路が無い自分はこれで始末されるのかと怯えたが祖父は薄く笑うだけで何もしなかった。
あれは、あの祖父が見せた最初で最後の慈悲だったように思う。
桜が来た。
暗い表情で俯いている、黒髪の女の子。
歳にしては発達しているその肢体に唾を飲み込んだ。
浮き上がる妄想を頭から振り払い、慎二は表向きににこやかに挨拶をした。
桜はちらりとこちらに視線を向けるだけで何も言わなかった。
ほとんど間を待たずに、桜の髪の色が変わり慎二は彼女を組み伏せた。
シタ後の余韻は酷く倒錯的で、背筋が震えた。
魔術師云々。長男云々などの思考も一時の快楽の前では無意味だった。
それから何度も犯した。女を知らない訳でもなかったが、憤りをぶつけるのにこれ程都合の良い相手はいなかった。
だが、しばらくして止めた。
毎日呼び出すことはしなくなった。
理由は簡単だ。魔術以外の自分の新しい価値をみつけたから。
そう、それが弓だった。
集中し、的を穿つ。
面白いように当たった。だから、それを確かな物にするために努力を繰り返した。
周りにはまったく、努力などしてない振りをして天才を演じた。
綾子だけにはばれていたように思う。彼女は自分の擦り切れた指を見て薄く微笑んだ。
その日は久しぶりに、桜を犯した。
早朝、慎二は何時も練習をする。
何時も通りに、弓道場に行くと先客がいた。
一瞬、綾子かと思ったがいたのは短髪の男だった。
真剣な表情をして、的を穿つ。綺麗に中央に当たった。
自分もあそこまで行くのには苦労した。
初めて中央に当たられた時の喜びは未だに胸にある。
そう、こいつも努力しているのだ。
慎二は笑った。胸の中で仲間意識が芽生える。
その日は練習せず、そのまま教室にいった。
早朝練習するという事は自分と同じで見られたくないのだろう。
しかし、疑問に思うのは弓道部にあんな奴がいたかという事だった。
その日は一日中機嫌が良かった。
家に帰り、ぐっすりと眠った。
次の日の放課後、新入部員という事で衛宮士郎を紹介された。
慎二はついに来たか、と思った。
弓道部に入っていないのなら、個人的に相当な修練を積んだのだろう。
綾子が何か話していたが、慎二は自分の練習に戻った。
今は、あまり話しかける気がしなかった。
放課後、何気なく見た教室に衛宮士郎がいた。
何か作業をしているようだった。
周りには誰もいない。士郎だけが汗を流しなら作業をしていた。
その様に、独り取り残された様に。
自分を重ねなかったと言ったら、嘘になる。
結局慎二は悪態をつきながら衛宮士郎を手伝った。
作業の途中、二人は多くの会話をした。
士郎が理想を漏らす。
正義の味方になりたい。
恥ずかしげに言う姿は何故だが、凄く好感が持てた。
慎二は自分も“魔術師になりたい”という理想を口に出しそうになったがそれは寸前の所で飲み込んだ。
代わりに本心からの言葉を漏らす。
「ああ、できるんじゃないのお前なら」
そっぽ向きながら言うと、士郎は嬉しそうに微笑んだ。
二人は夜遅くまで作業をして、家に帰った。
「慎二、じゃまた明日」
「ああ、またな士郎」
そう、この時は士郎と呼んでいた。名字で呼んでいなかった。
たった数時間の付き合いだったが、親友ができたと思った。
そして、それは当たっていた。
それから先はとても楽しかった。士郎は真っ直ぐで、見ていると目を逸らしたくなる時もあるがやはり一緒にいると楽しかった。
総てが崩れ始めたのは、桜が祖父の命令で士郎の家に通うことになってからだ。
少しずつ、桜の表情が明るくなり彼女も弓を習い始めた。
気に入らなかった。士郎の前でしか笑わない桜が。
だけれど、犯すことはしなかった。親友の下に通う妹に手を出す気になれなかった。
だけど、ある日手を上げた。
理由は些細な事だったと思う。殴るときは顔を殴らないようにしているのに感情が高ぶっていて顔を殴ってしまった。そして、その事を士郎に知られた。
親友という関係の終わりだった。
弓道場で喧嘩をした。こいつは知らないだろうがこの関係が始まった所で終わるのならそれでも良いと思った。結局は因果応報なのであろう。自嘲した。
そう、この関係はこれで終わりだと思った。
ある日、苛々を振り払う為に弓を引いていると、綾子がやってきた。
こいつの前では自分の努力の姿を隠す必要が無い。知られているのに隠すのも馬鹿らしい。
なんて事の無い会話をし、暫くして綾子あふと呟いた。
「いや、それにしても衛宮凄いよな。弓初めてまだそんなに経ってないのに」
―――――何かが壊れた気がした。
「昔からやってるんじゃないの?」
「違うみたいだな。天才っているもんだ」
「でもアイツは入部する前に弓、射ていた」
綾子は驚いた顔をして、慎二を見た。
「なんだ、知ってたのか。あいつに弓に興味があるっていうんで私が貸してやったんだ」
早朝なら誰もいないから、丁度良いって教えたんだ。と続ける。
慎二は軽く頷いた。
「ふーん」
弓の弦が切れた。

その日は桜を滅茶苦茶に犯した。
体の色んな所を痛めつけた。
次の日また士郎に呼びだされた。
もう、士郎と呼ぶのはやめていた。
士郎は何かと怒鳴っているが、慎二は黙って士郎の腕を取った。
士郎の指は自分に比べれば、綺麗なものだった。
ぎしり、と頭が鳴った。
天才っているんだな。
綾子の声が蘇る。天才だと、糞。そんな奴はいない。天才なんていない。
魔術の名門遠坂の嫡子、凛の顔を思い出す。
彼女は何時も自分を見下していた。
魔術師の家に生まれながら、自分は魔術回路が無い。故に見下されている。
だか、これだけは。
弓だけは。誰にも負けたくない。
親友との完璧な決別の日。自分は弓での勝負を持ち出した。
天才などいないと証明する為でもあり、自分の価値を確認する意味もあった。
そう無価値であれば、母のように父のようにあの蟲に喰らわれてしまう。
三射で勝負を決める事になった。
敵わなかった。天才はいた。
一射目はお互い互角。
二射目は慎二が僅かに外し、士郎は中央を穿った。
焦りが手を揺らす、的には当たったが勝てるような射ではなかった。
このまま士郎が完璧に、射を行えば慎二も諦めがついた。
悔しかっただろうが、血を吐くほど悔しかっただろうが。
認めることができたように思う。
だが、士郎は射を外した。
的にも当たらず、それは近くの土壁に刺さった。
慎二は激昂した。
明らかに手を抜いたのが分かった。士郎は慎二の努力を知っていたから『弓』で負かすのをやめたのだ。
慎二は、気持ちが抑え切れなかった。
自分の努力が、高みから簡単に踏み潰されたような気がした。
掴みかかる慎二に士郎は黙って首を振り、自分の弓を折った。
「俺の、負けだ」
それから二度と衛宮士郎が弓道場に現れる事はなかった。
だが、それから慎二は弓に対して昔程の情熱を注げなくなっていた。
努力しても届かない領域がある。その事実が未だ精神的に子供だった慎二から情熱を奪うのは簡単だった。
そして聖杯戦争。与えられた英雄。失った英雄、新たに得た英雄王。
自分は魔術師ではないのに、士郎は魔術師で。あの憧れていた凛と一緒に行動していた。
苛々が胸につのる。
そして、自分の肉を引き裂き生まれた聖杯。
地獄を見た。
魔術回路の跡を無理矢理こじ開けられ、地獄を味わった。
その後病院で目を覚ました時、どこか気持ちにフィルターが掛かっていた。
魔術が使えるようになった時思いついたのは、あの目を―――――自分に向けられる見下された目を総て変える事であった。
力もある。方法も頭の中に浮かんだ。
『人畜無害な慎二』『俺の、負けだ』。
湧き上がったのは殺意と欲望。
あの目を哀れむような目を、あの見下す目を。
すべて変えてやる。
憎悪は腹の下で煮えくり返り、表面上の感情は驚く程に凪いでいた。
何もかも焼き尽くす殺意は、方向性を失いやがて爆発した。
後悔はしていない。後悔するぐらいなら始めからやりはしない。
何を失っても構わない。ただ、無価値と断じられるのが気に入らない。
胸の中に何か一つでも良い、誇れるモノが欲しかった。
凛を捻じ伏せ、士郎を殺せばそれが手に入る気がした。
だが、勝負は勝ち負けがある。
自分が士郎に弓で負けたように。
次負ければ、奪われるのはプライドでは無く命だ。
穏やかな笑みを浮かべながら覚悟した。
人を殺すのだ。殺される覚悟を持とう。
これから、皆を殺す奴の台詞ではないと慎二は笑った。
もう、躊躇うことは止めていた。慎二は魔術師になった。
憧れていたモノとは程遠い魔術師に。

慎二は宝具が炸裂する衝撃で後ろに吹き飛ぶ。
そこには自分を受け止めてくれるべきフェンスが無い。
慎二の体が、空に舞った。

そう、だからこの結末にもなんら文句は無い。
自分が死ぬ筈が無いなどと都合の良い事は言わない。
相手は天才なのだから。凡人の自分が届くか否かの相手なのだから。

「馬鹿野郎っ!!!」
士郎が叫ぶ声が聞こえ、自分の体に誰かが飛び掛ったのを感じた。

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蟲の檻。(7) 十三式大回転/BIGLOBEウェブリブログ
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