十三式大回転

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zoom RSS 夜、再び。(2)

<<   作成日時 : 2006/03/03 20:58   >>

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遠坂凛の予想通り、衛宮士郎は変わらなかった。
いや、少し周囲から前に比べて他人の手助けをする事が減ったという声を聞いたが。
それでいいのだ、と凛は想う。
自分の事を一番に優先し、他人はその次で。
凛は自室のベッドの上でぼんやりと天井を見上げた。
選択肢に正解も不正解もない。
衛宮士郎という個人の人間を見れば、彼は幸せになれるだろう。
問題は無い、そのはずだ。
その時、門を叩く音がした。
正確には結界に反応したという形だか。
凛は魔術師の顔になり階下に下りていった。
今度は本当に扉を叩く音がする。
「どなた?」
扉の前で宝石を構えながら言う。
「錬金術師です、メイガス」
少女の声がした。
「何用かしら」
「この町で起こる筈の未来について警告と協力を求めに来ました」
「……少し待ちなさい」
襲い掛かってきても迎撃できる自信はあった故の判断だが、いつもの自分はもっと慎重のように想う。
士郎の事が少し響いているのかもしれない。
その考えを頭から振り払うと、凛は鍵を開けた。
そこにいたのは、菫色の錬金術師、
「今晩は。 遅くに失礼します、冬木の管理者遠坂」
「ええ、まったく夜遅くに良く来てくれたわ、錬金術師」
彼女は、軽く会釈をした。
「シオン・エルトナム・アトラシアと申します」
「遠坂凛よ」
凛は家の中を指差した。
「とりあえずどうぞ」
「失礼します」
凛が先頭を歩きシオンが後に続く。
屋敷のリビングに到着し、凛はシオンに椅子を勧めた。(正解にはソファーだが)
シオンは「失礼します」と前置きをして腰を下ろした。
凛もそれを確認した後、腰を下ろす。
「言っとくけど、お茶は出ないわよ。最近うちのお茶くみ係がいなくなったから」
「結構です」
「そう」
凛は面白くなさそうに頷いた。
「で、用件は?」
「話しが早くて助かります。この町にワラキアの夜。二十七祖の一が出現する可能性が高まっています」
「………は」
「事実です。理由はいえませんが、私はアレの出現を感じ取る事が出来ます」
凛は頭を振った。
「それを、どう信じろと?」
「アトラシアの名だけでは不足ですか」
「……証拠がないわ」
「少し前になりますが、アトラスの錬金術師が研究結果を外に持ち出したという話は?」
「………聞いてるけど」
「それが私です。少し調べれば分かることですが」
「……OK分かった、信用するわ」
「助かります」
凛は頭を振った。
ここで彼女を突っぱねるのは簡単だが、もし彼女の情報が真実であったならば、事態は急変する。
シオンは、凛を不安そうに見た。
「協力はしてもらえるのでしょうか」
「ええ、出来る限りの協力はするわ。 私の庭で起こることだしね」
「助かります」
「でも、ワラキアの夜って……情報が少ない祖じゃなかったかしら」
「ええ、祖の中ではかなり知名度が低い部類に入ると思いますが」
説明をしても、とシオンは言葉を続ける。
凛は首を縦に振り了承した。
「では、説明させていただきます。 『ワラキアの夜』は公式的にはそのような俗称しか残っていません。ただ“ある”とのみ伝承される祖です。 奴の能力は噂を媒体にし一夜限りの固有結界を張ることで過去や噂の現象を再生します」
シオンは一端言葉を区切り、凛を見た。
「質問は後で纏めてするわ」
「聡明で助かります。 一夜限り、その噂の中で最良の姿を取りワラキアの夜は、その固有結界内に存在する人間を皆殺しにします。 しかもワラキアの夜は何度殺してもその夜が明けない限りは何度でも復活します。 ……以上が私が持っている大体の情報です」
凛は思わず身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待って。 それってとんでもなくやばい相手じゃない?」
「はい。 簡単に言うと、地震や竜巻などと戦うようなものです」
シオンは首を左右に振った。
「唯の一度を除いて、ワラキアの夜の被害を食い止められたことはありません」
「絶望的ってこと?」
「はい」
凛は顔を抑えた。
「……待って、噂を媒体にするって言ったけど。 この辺じゃそんな凶悪な噂は立ってないわよ」
「………は?」
シオンは目を見開いた、驚愕というよりも呆れたと評した方が正しい表情だ。
「何よ」
「いえ、遠坂。 貴方はこの辺りにおける噂を知らないのですか」
「……最近はちょっと色々あったのよ」
聖杯戦争後の処理、新しい教会の人間との会合、時計塔からのお誘い、それに―――

――――士郎の事。

「でも、そんな急に噂が沸き立つわけじゃないでしょう」
「いえ、遠坂。 貴方の認識は甘い。噂というものは少しずつ浸透していくものです。事実、多くの噂が立っています」
「例えば?」
「市街における光の柱。学園での集団貧血から導かれる噂。少々過去になりますが大きな橋が落ちたことや、多くの人間が死んだ大火事。……これらが真偽とわず様々な噂が立ち上っています。まだ、他にもありますが聞きますか」
「……遠慮しておくわ」
「わかりました」
「シオン、貴方さっき一度だけワラキアの夜を止めた前例があるって言ったわよね。その方法は今回も利用できないの?」
シオンは少し迷う仕草をした後、首を縦に振った。
「できます、ですが頼りたくありません」
その口調には確固としたものがある。
凛は溜息をついた。
錬金術師というのはもっと割り切ったものだと想っていたが、彼女が特別なのか、中々どうして頑固者だ。
「そんな事、言っている場合じゃないでしょ。方法があるなら迷わず使うべきだわ、少々のリスクを気にしていたら『こちら側』の人間はやっていられない。違うかしら」
シオンはその言葉を聞いて俯いた。理屈では理解できるが、心情が反発する。そんな感じだろうか。凛にもその気持ちが理解できる。
「ま、いいわ。さっきも言ったことだけど私の庭で起こることだし他所から手を借りるのも不明瞭な方法に総てを任せるのも面白くないし」
凛は腕を組んだ。さて、どうする。
この町にも多少は魔術師はいる。
だが、どれもこれもが取るに足らない程度の能力しかない。
マキリの血筋にいたっては今や続いているのかも分からない。
確か、慎二意外には子供はいなかった筈だ。
そこで一瞬、頭に妹の姿が浮かんだが振り払った。
あの子は、命のやり取りができるような子じゃない。
それに、もしこの場に士郎がいたら。
凛は笑った。
「飛び込んでいくでしょうね」
「……え」
なんでもない、と凛は笑った。
そうだ。
私は、士郎の幸せを望んだ。
だから、士郎に総てを捨てさせた。
なんて、矛盾。
君が望んだ幸せは、誰かの幸せで。
私が君に望んだのは、君自身の幸せ。
私の一人相撲。誰にも理解されないだろうこの想い。
でも―――

―――それでいい。そう、決めた。

総てが終わったあの時、空を見上げる透き通った笑顔を浮かべる君を見て。
ああ、この人は死ぬんだな。
そう、思った。
何処かの誰かのために生きて死ぬぐらいなら、衛宮士郎の為に生きて死んで欲しい。
あの笑顔を見て、そう願う事は……、そんなに不自然な事だろうか。
だから、決めた。
凛は立ち上がった。その姿は颯爽としている。遠坂凛の姿だ。
「いきましょうか。シオン」
「何処にです?」
怪訝そうに眉をしかめるシオンに凛は笑った。
「実は、知り合いに子供だけど頼りになる魔術師がいるのよ」
正義の味方にはなれないけれど。
士郎の理想を背負う事はできないけれど。
士郎の味方になら。
―――――きっと。



なんども、引き上げて。
その度に僕を突き落とす。
僕はそんなに醜いですか。
綺麗だって近づいてくる貴方達は信用できなくなりました。
嘘つき。



「衛宮、どうした箸が進まぬようだが」
「あ、ああ。ごめん一成」
「いや、かまわんが」
一成は士郎を見る。
この男、衛宮士郎と自分柳洞一成は結構な友情で結ばれていると信じている。
だから、わかる。
最近の衛宮士郎は変だ。
一成は士郎の弁当箱から拝借したから揚げを口に放り込んだ。
巧さは変わらない。一成は租借しながら頷く。
だが、一つ足りない。
あえて、例えるなら。
一成は士郎見た。
ぼんやりと、窓の外を見る士郎。
「心、か」
料理は心。寺の息子ながら現実主義な、一成はあまり信じていなかったが有り得ぬことでは無いかも知れぬ。
「衛宮」
「……ん? あ、すまん。またボンヤリしてた」
「………何か、悩み事か」
一成はそっと士郎の心に踏み込んだ。
士郎は誰にも親切で優しいが、その分人格が固まりすぎている所がある。
故に、悩み事を聞いても「なんでもない」と返される事がほとんどであり今回もあまり期待して言ったことではなかった。
「ああ、ちょっと」
だから、衛宮士郎がその様な返答を返した時には一成は内心驚きで跳ね上がった、表面上は口元を僅かに引きつらせるだけで終わったが。
「ほう、何かあったか」
何でもないことのように聞いた。
それが一成の友情の返し方であったし、初めてこの友人が自分を頼ってくれた嬉しさもあったからだ。
士郎は、胸の辺りを手で鷲掴みにした。
「苦しい……」
士郎の手もう当の昔に箸を手放していた。
「苦しいんだ。胸の中ですごく。何かが荒れ狂っているのに。俺、なんか」
―――取り返しの付かない事をしてしまったような。
士郎は手の力をさらに強めた。
「苦しい」
そう、呟いて士郎は俯いた。
一成は、士郎を見た。
複雑な表情だ。
士郎は気付いていないのか。
彼の目からは涙がこぼれている。
思えば、衛宮士郎が流した涙など見るのはこれが初めてではなかったか。
「衛宮……」
何がそんなに苦しい。
聞いても帰らぬ答えであることは士郎の言葉からも分かる。
だが、自分が問いただすべきことだと感じた。
その言葉を口に出そうとした時、扉をノックする音がした。
「衛宮、少々待て」
来訪者を中に入れるわけにはいかなかった。
男の泣き顔など進んで見せるものではない。
一成は、即座に扉に向った。
開けた先に立っていたのは、己が兄と呼ぶ男の姿。
「柳洞。少々時間はあるか」
「葛木先生。……すいません今」
「そうか」
葛木はそれ以上追求しようとせず退いた。
「放課後にまた来よう」
「すいません」
「いや」
葛木は去っていった。
一成はその後姿を見詰めた。
あの人も、少し変わった。
何がと問われても答えられないくらいの何かが。
一成は頭を振った。今は士郎の事が優先だ。
「衛宮、悪い。待たせたな」
戻った時には、衛宮士郎はもう泣いてもいなければ俯いてもいなかった。
「ああ、いや。悪い一成、俺ちょっと今日帰る」
「具合でも悪くなったのか」
「……ああ」
「そうか。ならばもう帰るといい。先生への連絡もしておく」
「ああ、悪いな」
士郎は弁当箱を仕舞うと立ちあがった。
一成に軽い微笑みを向け去っていこうとする。
「衛宮」
士郎は振り向かず、扉の前でぴたりと止まった。
何故、呼び止めたのかは自分でも分からない。
だから、なんとなく思いついた話題を口にした。
「セイバーさんは元気か」

「――――誰だ、それ」

「………何」
「いや、だから」
士郎は振り向いた。

その時の士郎の表情を一成は、忘れることがないだろう。

「誰なんだ、その人」

制服が破れんばかりに胸元を掴み、苦悶の表情を浮かべながら問いかける士郎の顔を。
忘れることなど、できようはずもない。
「……いや、すまん。俺の勘違いだ」
「そう、か」
そのまま、ふらつきながら扉を開けて出て行く士郎。
士郎の足音が遠ざかるのを感じながら、一成は机に拳をたたきつけた。
「何が、どうなっている………っ!」
己の手が届かない所で何かが起こっている。
それをどうにもできない己の歯がゆさ。
友人があのような表情をしながら、自分が何もできない無力感。
「くそっ……!」
一成はもう一度机に拳を叩き付けた。



「凛、貴方は馬鹿だわ」
「ええ、理解しているわ。イリヤ」
「そう」
イリヤは腕を組んだ。
さらりと綺麗な銀髪が風になびく。
「士郎は苦しんでる」
「ええ、でもその苦しみは幸せに繋がってると。私は信じたい」
「そうね。でもおかしいね。皆が士郎の異常性を指摘したりしていたのに、いざ士郎が皆の言う通りになったら誰もが士郎に違和感を感じるんだもん」
イリヤは肩を竦めた。
「で、何でアトラスの錬金術師となんて一緒にいるの。こいつら皆で仲良くひきこもってる学問馬鹿じゃない」
「そうですね。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。貴方のいう事は正しい」
「………フルネームで呼ぶって事は何か皮肉なのかしら」
「いいえ、別に他意はありません。申し送れました、私の名前はシオン・エルトナム・アトラシアです。以後よろしくお願いします」
イリヤはギロリと凛を睨んだ。
「で、何が『よろしく』なわけなの」
凛は苦笑いをして今までの経緯を説明した。
シオンは黙って、藤村の家の人から出されたお茶を啜っている。
イリヤは時々質問を交えながら凛との対話を終了させた。
「簡単ね」
イリヤはにこりと笑った。
「解決方法なんてちょっと考えれば分かる事じゃない」
シオンはお茶を置いた。
「……一体どんな妙策が?」
「対象になっている町の人間全員を一端避難させましょう。近場の魔術師全員に召集かけて片っ端から暗示でもかけて、コトが住むまで何処かに避難させておくの」
どう? とイリヤは胸を張った。
「………それは、ワラキアの夜から逃げるという事ですか」
「そう、逃げるの。……まさか、祖と真っ向からやりあうつもりは無いでしょう? 人間というのは事前に危険が予知できたら立ち向かおうとするのではなく、準備をして逃げ出すものよ。戦いというのは気分だけでするものじゃないと思うけど」
凛は呆れたようにイリヤを見た。
「貴方がそれを言うの、イリヤ。聖杯戦争で一番気分のままに戦ったのは貴方だったと思うけど」
イリヤは、むっと凛を睨んだ。
「それは私が最高戦力を持っていたからよ、凛。バーサーカーをサーヴァントとしていた私に怖いものなんてなかった。いわば、私は絶対に負ける筈のない勝負をしていたの。だったら当然遊び心も入ってくるものじゃない?」
凛は溜息をついた。
「でもね、全員を避難させられるわけじゃないと思うわ。必ず何人かは町に取り残されると思う。イリヤ、貴方はその人達をどうしろというの?」
イリヤは、無邪気に笑った。
「―――見捨ててしまえばいいじゃない」
その言葉を聞いて、凛の眼差しが鋭くなる。
「ちょっと、それは……」
イリヤは嘲笑した。
「凛、貴方は分かっている筈だけど。十の為に一を捨てるなんてこと誰だって当たり前にする判断よ。それとも、一の為に十を捨てることをするのかしら。あの遠坂凛が」
その言葉を聞いて凛は、息を詰まらせた。
冬木の地を管理する魔術として、どちらを取るかなど自明の理である。
もし、総ての人間を救いたいなど言えるのは、何もかも背負う覚悟ができて者だけだ。
例えばそう―――
「正義の味方のような」
イリヤはその言葉を口にした。
「正義の味方のようなモノがいたのなら、その言葉は正しいのかもしれない。十だの一だのうだうだ語るのは止めて、全部救い出そうとするのかもしれない。でも、凛。正義の味方はいない。そう、そればっかりは絶対に。絶対に正義の味方なんてもの存在しない」
なろうとしていた少年がいたが。
『彼』はもう、いない。
シオンは黙って二人の対談を見ていたが、一人立ち上がった。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。貴方は正しい。貴方の意見は正しい。貴方の言葉は正しい。貴方の理論は正しい」
そこでシオンは言葉を切った。
「ですが、正論すぎます。私が考えうる手段でも貴方の案は確率的に見てもかなり良い案であることは確かです。ですが、人間は正論のみで動くものでは有りません。人間は冷たい脳髄を持ちながら熱い血の流れる体を持っているのです。正論だけではすべては打破できない」
イリヤは面白そうにシオンを見た。
「錬金術師が随分と言うものね。貴方達は確率に乗っ取り総てを合理的に判断するものではなかったのかしら」
「ええ、そうです。私は統計や確率を総てとする錬金術師。いずれはこの世の最後まで読み切りましょう。ですが、どんな計算にでも間違いはありデタラメはあるものです。私はそれを学びました。錬金術師シオン・エルトナム・アトラシアは馬鹿ではない。一度知った事はそれをも計算にいれます。そして読み尽くす」
シオンは、イリヤを見下ろすような格好になりながら言った。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。なんどでも言いましょう貴方は正しい。ですが間違っている。貴方の正論に従わない馬鹿なヒトやデタラメなヒトは必ずいる筈だ。
そして、私はワラキアの夜を見逃せない」
シオンは、部屋の出口に向って歩いていく。
「私とて、手段も方法も皆無なわけではありません。そして、私は己の身がどうなろうともワラキアの夜を討つ覚悟がある」
シオンは襖を開け放った。
「これで足りぬというのなら、どうにもならないのでしょう」
そういい残して、シオンは出て行った。
イリヤは溜息をついた。
「何あれ、凛。彼女はカミカゼなの」
凛はイリヤを見ていた。
彼女は一度もイリヤから目線を外していなかったのだ。
「ねえ、イリヤ」
「何?」
「間違いかもしれないけど、愚かなのかもしれないけど。協力してくれないかしら」
「負けるって分かっているのに?」
「どうかしら。彼女も言っていたじゃない。貴方は間違っているって。……人間いつも叫びたいことがあるわ。違うって言いたい事が多すぎる。正義の味方っていうのはそれをちゃんと違うって叫べる人だと思う」
「シオンが正義の味方だとでも?」
凛は首を振った。
「それは当然違う。彼女だって個人的な理由があるんだと思う。貴方の正論に反発したのだって、彼女の中の何かに触れたせいかもしれない。でも」
誰かが、正義の味方になりたいと願うのなら。
その人はもう正義の味方なのではないかと。
「私も違うって叫びたい。いつも胸の中で鳴っている声に従いたい。これは、あの馬鹿の影響なのかもしれないけれど、それでも魔術師遠坂凛は、この判断においては冷静でいたくない」
「……凛、貴方は士郎の代償行為でもしようとしているだけなんじゃないのかしら。士郎の代わりに自分が。そう思っているだけなんじゃないの?」
「そうかもしれない。それは否定できない。私は唯単にあんな良い奴が苦しむのは嫌だから。どうせ助けられなかった人間を見てまたアイツは涙するに決まってる。だから、代わりに私が。そう思っている所も有ると思う。でもねイリヤ。―――この決意は私のものなの」
イリヤは溜息をついた。
「貴方変わったわ、凛。多分貴方は、一時の気の迷いって奴に捕らわれてるのよ。その狂熱は直ぐに冷めるわ」
イリヤは首を左右に振る。
「私は今の貴方を信じられない。魔術師としての遠坂凛だったら信頼できるけど、ただの遠坂凛は信頼できない。ごめんなさい凛。私は士郎やタイガ……他の大切な人達と一緒に避難させてもらうわ」
凛は苦笑した。
「わかった。じゃあそっちは頼むわ。……桜もよろしくね」
「ええ、もちろん」
お互いそれ以上交わす言葉などない、と無言のまま凛は退出し、イリヤは冷めてしまったお茶を手に取った。
「でもね、凛。そんなに悩むなら士郎を元に戻せばいい」
彼が総てを取り戻せば、事件解決の為に奔走することだろう。
しかし、イリヤだって彼には傷ついて欲しくない。
「結局、誰も彼もが我侭なのかしらね」
士郎に総てを捨てさせた凛も。
その状態を保ちたい自分も。
「うまくいかないわ」
イリヤは冷めたお茶を飲み干した。



「このような事が……」
間桐の長は呆然と呟いた。
普段の彼の目に光る爛々とした輝きは無く、ただ蹂躙されてく己の体を眺めている。
「馬鹿な」
「別に意外なことじゃないさ、ジジイ」
間桐の屋敷の地下で向かい合った二人は嘗ての立場とは完全に逆であった。
慎二は嘲笑を口に浮かべて、泥に食われる刻印虫達を見る。
「醜いものは舞台には登場できない、当然だろう」
「慎二の皮を被った妖物か。貴様何を考えている……っ」
その言葉を聞き、慎二は顔を押さえ狂ったように笑い始めた。
「あはははははははははははははっ!!!!」
瞬間、慎二の目が裏返った。
そこにあるのは、白眼ではなく、真紅の穴。
「おぞましい虫だいらないんだよこんなの」
「貴様、いったい」
「お前には知る必要の無いことだ」
「くっ……!」
「雑魚はそうそうに退場して欲しいなあ、目障りなんだよね」
慎二の体が膨れ上がり、真っ二つに割れた。
中からは夥しい呪いの泥があふれ出す。
臓硯は咄嗟に身を引こうとするが、すぐさま泥に絡め取られる。
「貴様ぁ……っ!!!」
そして、飲み込まれた。
慎二は真っ二つに裂けた、顔で甲高い笑い声を上げる。
そして、間桐の蟲倉で震えるもう一人の人物に目を移す。
「桜。お前は僕のものだからどう扱っても良いよな」
ぼとぼと、泥を垂らしながら震える桜に手を伸ばす慎二。
桜は必死に逃げようと、体をひきずっていく。
「助けて……せん」
そこまで言って桜は言葉を止めた。
それはいけない。
桜は衛宮士郎がどうなったのかを知っている。
なら、自分は言葉だけでも彼に助けを求めるべきではない。
もう、彼の『正義』に甘える事は出来ない。
ならば、どうする。この異形とも言える状態になった兄を打ち払うことが己にできるのか。
否、恐怖の対象であった、祖父までもが泥に飲まれた。
あの祖父が飲まれた時の心臓に走った痛みは、祖父の蟲の死亡を意味している。
つまり、あの泥は僅かにしか繋がりがなくても死に至らしめる強力な死の呪い――――
「聖杯……の」
漏らした言葉は絶望に起因するものだ。
聖杯の中に犇く呪い。
それを自由に操ることができるのは、黒い聖杯として造られた己でしか有り得ぬというのに。
思考の内にも慎二は迫ってくる。
駄目だ、どうする。この状況を切り抜けることが出来る己の最高の手段はなんだ。
「私、じゃ駄目だ……」
自分の実力では何を鑑みても、切り抜けることが不可能。
それこそ、あの聖杯の泥に対抗できるような存在ではなくては。
例えば―――――サーヴァントのような。
「捕まえた」
瞬間、桜に泥が覆いかぶさるように降り注いだ。
「くっ……あっ!!」
既に回避は不可能。
上方から迫る泥は一瞬で桜を飲み込み、祖父と同じ運命を辿らせるだろう。
ならば、もうゆっくりと考えている暇は無い。無理も無茶も無謀も承知の上だ。叫ぼう、己が考えうる最高位の幻想。

「――――ライダー、来てっ!!」

先程から室内に満ちる異様な魔力。
死んだはずの兄。
現れるはずのない聖杯の泥。
ならば、己の打ちたてた予想が正しければ。
ここに彼女は現れる。
桜は自分の体が抱え上げられ、一瞬で先程までいた場所から移動するのを感じた。
「良く、呼んでくれました桜」
そこには、間桐桜が最も信頼する幻想の人が存在した。

桜を抱え上げたライダーは一瞬で、慎二から距離を取る。
慎二は、ケタケタと笑った。
「良く気付いた、魔術師。君は私の舞台に参加するに相応しい」
その声色は既に慎二のものではない。
「貴方、いったい」
その問いには答えず、慎二の格好をしたモノは愉快気に笑った。
「ふむ、第三法顕現のシステムだからといって不用意に取り込んだのがまずかったか。余計なものまで現れるようになってしまった」
ライダーはその間にも少しずつ後に下がっている。
「だがまあ、おかげでこのように私も自由に動き回り役者のえり好みをできるわけだが。さて、良かろうよ復讐者。もう充分だろう」
『男』はタクトを振り降ろすような仕草をした。
一瞬で泥は『男』の中に引きずり込まれていく。
そして、裂けた傷はみるみる塞がって行く。まるで、逆再生でも見ているようだ。
「さて、魔術師。役者はそろった。開演のベルが鳴るぞ。皆が死ぬ。逃げても死ぬ、逃げなくても死ぬ、戦っても死ぬ、戦わなくても死ぬ、生きているだけで皆理不尽に死ぬぞ」
『男』の唇は裂け、目は総て真紅に染まる。
「今回の舞台は特別製だ。脚本は私、ズェピア・エルトナム・オベローン。演出は復讐者。演目名は皆様に大好評の御馴染みワラキアの夜」
恭しく一礼をし、静かに告げた。
「存分にお楽しみください……」
『男』は狂笑を残して、その場から消えた。
桜は自分の体の震えを止められない。
何か途轍もない事が起きようとしている。それが、理解できた。
「桜、今は信頼できる者と合流しましょう」
「ライダー……」
桜はライダーを見上げた。未だに彼女は抱きかかえられたままだ。
ライダーを呼び出せたわけは、予想することはできる。だが、詳しい事まで分からない。
あの、ズェピアという男の話もそうだ。
私は、また事態の外にいる。
いつだって私は逃げてきた。
今回も逃げるのか。
奴は言った「逃げても死ぬ」と。
だったら、私は――――
「……わかった」
桜は一端その思考を停止した。
とりあえず、イリヤや姉さんと合流しよう。
自分ひとりでできることなど限られているのだから。

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