十三式大回転

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<<   作成日時 : 2006/03/04 22:42   >>

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宝石剣の投影は矢張り、眼を覆うものであった。
ギルガメッシュは土倉で跳ねるようにして転がった、衛宮士郎を見下ろしている。
わかりきっていたことだ。無事には済まぬことなど。
立ち上がった士郎の目は何処か虚ろで、言動もおかしい。
断片的にしか、言葉を認識できていないように思える。
「小娘、雑種を休ませてやれ」
溜息混じりにいった。凛は宝石剣投影の成功に、喜んでいて士郎の状態にピントが合っていない。まあ、魔術師が己の求め続けてきた結果の一端に触れているのだから、仕方がないとも取れるが。
イリヤは眉を顰めていた。衛宮士郎が辿るべき運命を予測できているのだろうか。

凛がギルガメッシュの言葉に頷いて士郎に声をかける。だが、士郎は虚ろな目を僅かに動かすだけだ。―――――このまま、廃人になっても何らおかしくは無い。
凛が今一度、声をかけようとした時士郎の顔ががくん、と揺れた。眼の焦点が合わさる。
腕からは血が滴っていた。
「―――――」
手の平を突き破って、赤い宝石が見えている。
それは、どれほど力強く握り締めたのか。
皆が呆けたような顔をしている士郎に厳しい眼を送った。
当の本人は、自分の手の怪我を自覚していない。最早、痛覚すら狂ったのか。
凛がその手の甲から突き出ている宝石を見て、険しい表情を浮かべた。
二三のやり取りの後、衛宮士郎を此処で休ませておく事が決定する。
三人は連れ立って、土倉を出た。

「―――――なんなのアレ」
凛が唇を噛み締める。
「なんなのよアレはッ!!」
「あら、あれは私達が望んだことじゃないリン」
イリヤが薄い微笑を称えて言った。だが、そこに込められた感情は自嘲とも呼ぶべき物だ。
「上手くはいったわ―――――でも、魔術の基本は等価交換なんでしょ? だったら、リン。その宝石剣の分、士郎は削られてしまったのよ」
「その聖杯の言うとおりだ。小娘、―――――覚悟の時間は当の昔に終わっている。雑種とて、覚悟は出来ていた。己の体の異常だ、感じ取れぬ訳が無い。だがやったのだ。その意味を考えろ」
「―――――わかってるわ」
ぎり、と凛が奥歯を噛み締める。
「馬鹿言ってるのよ私。ええ、理解してる覚悟だって出来てた。士郎は信頼していたし、答えてくれた。―――――でも、滅茶苦茶じゃないっ!」
眼には涙が浮かんでいた。だが、それを流すことはしない。
「私は、アイツに死ねって言ったわ! 宝石剣を投影しろってことはそういう事だもの! ―――――わかってる! 私は、こんな事言う資格が無いっていうのも知ってる。でもアイツはあいつだった! 何なのよ、何なのよこれ………っ」
顔を俯けた。
「アーチャーと雑種は同一人物だった。―――――は、英霊の腕を取り付けているからどのような法を使ったのかと思ったがな。自分の腕だ。確かにそれ程馴染むものもあるまいよ」
凛もある程度は気付いていただろう。確信したのは、あの宝石を見てからだったが。
ギルガメッシュは言葉を続ける。
「結局は、あの雑種はそういう生き方しか出来んという事だ」
「―――――そうね」
イリヤは同意した。
「結局、シロウはシロウだから。サクラの味方になるって決めてもシロウはシロウだから」
「それに言ったな、小娘。お前は我に啖呵を切ったな。馬鹿に死ぬ思いをさせる、そう言ったな。―――――笑え、小娘。馬鹿は死ぬ思いをしたのだ。ならば、笑ってやれ。求めていた物はもう、お前の手の中にあるのだろう?」
宝石剣に眼をやる。それは七色に輝く、美麗な短剣だ。
凛は、ギルガメッシュの言葉を聞いて宝石剣に眼を落とした。
ばきん、と甲高い音がする。
「ええ、まったく。私はクズだわ―――――」
唇から血が流れると同時に、歯が吐き出される。
「『心の贅肉』ね。ああ、まったく自分に吐き気がする」
ギルガメッシュは微かに口元を歪めた。実にいい女であった。
矛盾を抱えながら、矛盾を自覚する。
「ともかく、後はアンタが士郎を連れて行くがどうか決めるだけだから」
左腕の傷痕は既に補修されていた。今までよりは多少、調子が良い。
そこで、凛がギルガメッシュを軽く睨んで言う。
「でも、どうやって決める訳? 私が言っておいて何なんだけど、士郎は絶対行くって言うわよ」
「内に意思を秘めるのは良し」
ギルガメッシュは口元の笑みを大きくした。

「だが、それを言葉で表すという事は尚更良いものだ」
凛は首を傾げる。イリヤは先程から一人思案気な顔をしていた。







士郎は、ぐらりと立ち上がる。
目の前には見慣れた家の玄関。ただ、そこに未だ、見慣れない人物が立っている。
「どうした、雑種」
ギルガメッシュは笑った。
「ここまで、来れば良い。我の元まで、この屋敷の門まで来れば良いのだ」
―――――そうすれば同行を赦そう。そう英雄王は呟いた。
ライダーは士郎を見ている。先程、手を出そうとしたのだが士郎に止められたのだ。
ざく、と足を踏み出した。
「―――――遅い」
その一言と同時に、宝具が飛んでくる。だが、殺傷に至るような宝具ではない。
例え、剣が飛んできたとしてもそれは切っ先では無く、柄を向けている。
また吹き飛ばされた。これで既に三度目。
「雑種。時間も無い。諦めろ―――――誰も貴様を責めはせん。人間には役割がある。鍛冶師に騎士の真似はできん。だが、騎士にも鍛冶師の真似はできんのだ」
そこに責めることがあろうか。
「背負う王は此処に居る。―――――膝を折れ雑種。貴様は貴様の役割をやり遂げた」
だが、士郎は愚直にも立ち上がり。一歩ずつ進み始めた。
ざし、と砂を踏む。何度も踏んだ、砂を踏む。
「―――――雑種」
眼を閉じるギルガメッシュ。
「貴様、勘違いをしてはおらんか。よもや、自分は死なん。そう思っているのでは無いか?」
ぱちん、と指を鳴らした。様変わりする宝具郡。それはギルガメッシュの普段の戦闘スタイル。
「ちょっと、ギルガメッシュ! アンタ―――――」
「黙れ、小娘。我に意見をするのは赦さん」
その一言で、凛は言葉を止める。止めざるをえない。
「安心しろ、運が良ければ死にはせん―――――」
その一言と供に、宝具が発射された。だが、それは士郎の周囲を穿つに留まる。
士郎は周りを見ることなく進んでいた。俯いていた顔を上げて、言葉を呟く。
今、士郎を見るものがいたならば、彼は剣の丘にいると表現するだろう。
数々の宝具に囲まれ、衛宮士郎は進んでいた。

「俺は、―――――憶えて、る」

びゅん、と風を切って宝具が飛んだ。士郎の頬を掠める。

「どんな、記憶を忘れてしまって、も」

足が、更に力強く前に踏み出される。
凛が眼を見開いた。少年の目からは涙がこぼれていた。
無様だ。凛はそう思った。私は泣くことはしなかった。泣けば折れてしまうから。
だから、泣いてしまう衛宮士郎は無様だと感じた。

―――――なのに。

なのに、何故。
傷つきながら、涙を流しながら進む少年の姿がこんなに胸を熱くさせるのか。

「桜の、笑顔を憶えて、る―――――」

なんども踏み鳴らした砂。なんども踏んだ衛宮家に続く道。
桜と何度も歩いた。何度も踏んだこの砂。

駆け出した。宝具すら後にして駆け出した。

「あの娘は、六十人以上の人間を殺した」
ギルガメッシュは呟く。それは、間桐桜の罪の罪状だ。
「それを、赦すか雑種―――――!」

問いに、返答はなく。ただ、只管に突き進んだ。

宝具による攻撃は止んでいる。

「決まって、る―――――!!」

赦す。赦す。赦す。赦す。己に彼女の罪の罪状を問うならばそれ以上の判決は無い。
衛宮士郎は、正義の味方ではない。
理不尽だろう。奪われた命は間桐桜の死を求めているのかも知れない。
だが、知ったことか。

―――――脳裏に炎の地獄が瞬く。

知ったことか。

―――――闇の飲まれ、食いつぶされた人達の叫びが聞こえる。

知った、ことか。

胸の奥が叫び声を上げる。理想に反するぞ。それはやってはいけない。
内に思うだけならば良い。それは言葉にされない、から未だ見逃されているに過ぎない。
それを口に出してみろ。

―――――衛宮切嗣の笑顔が浮かぶ。憧れた。安堵の笑みが頭に浮かぶ。

それすら、失うことになるぞ。

知ったことか―――――!!

駆け出す足は鉛のよう。足に絡みつくのは死者の叫び声だ。
それを、自分の内にあった大切なものと引き換えに振り払った。

―――――忘れえぬと思った、炎の記憶。それは擦り込まれた罪悪。

砕ける。

―――――親しい者に入れ替え、慟哭した怒りの記憶。それは噛み締めた理想。

砕ける。

―――――ただ一人、地獄から救い出してくれた大切な人。それは渇望した憧れ。

砕ける。

ギルガメッシュまであと数歩。

「俺は、―――――誰でもない」

笑わない、少女。
微かに笑った、少女。
何時も一緒に笑った、少女。
雨の日、泣いた少女。
体すら起こせないのに、笑った少女。

―――――二人で祈った。総てが終わったら桜を見に行こう。

それは、届かないと知っていた。
それは、叶わないと知っていた。
それは、無理だと知っていた。

だけど、その願いが―――――どこに続く希望だったかは憶えている。

大地を踏みしめる。もう一度なんて言わない。そんな小さな願いじゃない。
これからも永遠に、同じ道を歩いていく。
離れることなく、ずっと二人で。


「―――――俺は、桜の味方だ―――――ッ!!」


宝具の雨も、死者の呪いも、過去の理想すら、後にして。
衛宮士郎は叫んだ。

「―――――たわけ」

そのまま、前のめりに崩れ落ちた士郎を隻腕で受け止める。
「その理屈は貴様にしかまかり通らぬ。同じ理屈で間桐桜を殺そうとする者もいる。―――――だが、よく吼えた雑種」

それでこそ、この英雄王が認めた者。
理屈などどうでもよい。本人にすら解らぬ道理など腐る程ある。
唯一、違うのはそれを貫き通せるか否か。
侮蔑、嘲笑、恨言。それすらも跳ね除けて行かねばならぬ者だけが行く道だ。

嘗て、己が幾億の屍を重ねて歩んだ道である。
ギルガメッシュは笑った。
「ライダー」
既に近くに寄っていた、ライダーに士郎を渡す。
「貴様が運べ」
一言、言い捨ててギルガメッシュは身を翻した。
「何を呆けている、小娘。敵を潰しに行くぞ」
黒のライダースーツが一瞬で破け去った。
黄金の鎧を輝かせ、肩で風を切る。
片腕など無くとも、正にそこから発せられる圧倒的カリスマは、英雄王を世界に示した。
ギルガメッシュは叫ぶ。嘗て、戦場で下した号令のように叫ぶ。


「――――――――――聖杯戦争の幕引きだ!」



恐るべきは、セイバーである。怖れるべきは、アサシンである。

―――――そして何よりも畏れるべきが、間桐桜である。

柳洞寺の石段からわき道に入り、大聖杯のある場所へと向う。

「そう、何よりも私が危惧しているのは桜を守っている壁が厚いこと」
凛が呟く。
「セイバーは言うまでも無いし、アサシンだって暗闇の中で乱戦になれば魔術師である私たちなんて気付いたら首が飛んでいるって事になりかねないわ」
「サーヴァントとて、例外では無い。アレは殺しに特化したサーヴァントだ。殺すという一分野の天才だ。人殺しの英雄だ。我とて出来るなら相手にしたくはない」
ギルガメッシュが忌々しそうに呟く。
「―――――ですが、壁が厚いというのは未だ私達が有利な状況である事を示しています」
ライダーが言う。背には未だ士郎が背負われていた。
「聖杯は未だ起動していません。聖杯に吸収されるべきサーヴァントは六。アサシン、セイバー、そして私が残っている今、聖杯の起動には聊か余裕がある」
ギルガメッシュがライダーの意見を聞き、嘲笑した。
「ライダー、貴様は余程自分の主が可愛いらしいな。―――――何の為の犠牲だ。何の為の六十の犠牲だ。確かに従来の聖杯からしたら効力は弱まっていよう。だが、甘く見るな。あれは無限の魔力の釜。例え不完全な起動といえど動こう。―――――否、間桐桜が動かすだろう」

目の前には、洞穴の入り口。
それは幻影の岩で隠された、地獄への入り口である。

ギルガメッシュがその入り口に向って足を踏み出す。
皆もそれに続く。洞窟の中の空気は驚くほどに澱んでいた。
ギルガメッシュは暫く周囲を見回し、再度歩き出す。

「あれは、『この世総ての悪』の母なのだから。そして何より、孕んでしまった赤子は殺されるべきを良しとはすまい」
「桜の胎内にいるものが、桜を操るの?」
凛が眉を顰めていった。
「………言ってしまえば、道具なのだ。この世に憎悪している悪意にとって、母すら道具にしかすぎん。間桐桜という筋道を通ってアレは生まれる」

やがて、開けた場所に出た。皆の足が止まる。

その場に佇んでいたのは、最強の剣。

「そうであろう、セイバー。間桐桜は『この世総ての悪』を産み落とすと同時に」
「―――――死ぬでしょう。アレは自分を律するものを求めない。この世にアレが誕生した瞬間、サクラは食われる」
セイバーが淀みなく言った。閉じていた目をゆっくりと開ける。
「ですが、それが主の望みだと言うならば、剣である私は従うまで。私は振るわれるべき剣なのだ。そこに意思は必要ない」
ギルガメッシュは失望したように、頭を振った。
「堕ちたなセイバー。嘗ての貴様は美しかったが、今の貴様には微塵も魅力を感じん」
「切れぬ刃から、切れる刃になっただけの事。これが私だ、アーチャー」
不可視の聖剣は未だ抜かれない。
「リン、貴方は先へ。サクラから貴方は通せと言われています」
「―――――そう」
軽く頷いた。手に持っていた宝石剣を握りなおし、セイバーの脇を抜ける。
「………遠坂」
士郎の声が凛の背中を打った。
振り返ってみれば、ライダーから離れて自分一人で立っている衛宮士郎の姿があった。
「桜を、頼む」
それは遠坂凛に言うべき言葉では無いだろう。自分の責任を果たそうという少女に言うべき言葉ではないだろう。
「―――――保障はできない」
凛はそう冷たい表情で呟いた。
「アンタ、私を買い被りしすぎよ。私は万能じゃないんだから、少し力があるだけの子供よ」
士郎は首を振った。
「遠坂は強い―――――じゃなかったら、迷わなかった。魔術師に徹するなら桜を殺してた。姉に徹するなら桜の味方をしてた。でも、迷ったのは、遠坂の強さだ。魔術師として、遠坂桜の姉として、徹し切れなかった遠坂はきっと強い」
凛は冷たい表情を崩して、苦笑した。
「違うわ、衛宮君。私はね甘かったの。こんな状況に追い詰められても何処かで何とかなるって信じてた」
「違うだろ」
士郎が言う。

「何とかなるじゃない、何とかしてやるって思ってたんだろ」

凛は驚いたように眼を見開いた。
そうね、と一言呟く。軽く頷いた。
踵を返し、躊躇いなく歩を進める。



「――――――――――そうだった」



その言葉を残して遠坂凛は洞窟の奥に消えた。


セイバーはそのやり取りを黙って見ていた。聖剣は未だその手には無い。
士郎は、セイバーを見る。
「―――――止められないのか、セイバー」
「―――――」
聖剣が一瞬で具現化され、その切っ先が突きつけられる。
その動作が答えとなった。
士郎が尚も言葉を重ねようと、口を開く。
だが、それはギルガメッシュによって遮られた。
「下がっていろ雑種」
ギルがメッシュは士郎の肩を掴み強引に後に追いやる。
ライダーもその様子を見て、ギルガメッシュの隣に並んだ。
お互い軽い目くばせをした。
「眼帯を外します。―――――援護を」
「わかった。存分に戦うがいい」
現れる無数の宝具。
響く指の音。放たれる宝具。駆け出す騎兵。
ギルガメッシュは眼を細めて、セイバーを見ていた。黒く染まった鎧。黒く染まった聖剣。
この醜悪な存在が、嘗ての騎士王なのか。
(―――――気に入らん)
思考の途中に士郎がギルガメッシュの肩を掴んだ。
「何で、止めた!」
ギルガメッシュはその言葉に答えず、唇を歪ませた。
「雑種―――――」
「何だ」
ギルガメッシュは蔵から一本の短剣を出した。
唇の歪みが明確な笑みになっていく。


「―――――セイバーを助ける気はないか?」

士郎はその問いに息を詰まらせる。なぜならば、それは。
望んでいながらも叶えられない願いだったから。
「出来る、のか?」
「出来る」
ギルガメッシュは断言した。
「そもそも、我とライダーで波状攻撃を仕掛け続けていれば勝てる。先の戦いの時には魔力不足の余り強力な宝具を飛ばせなかったが今ではそんなことは無い」
士郎が眼を向けると、ライダーとギルガメッシュの宝具は暴風の如く荒れ狂い、セイバーを攻め立てていた。
「流石に宝具を使われたら不味いが、この攻撃の最中真名でも唱えて見ろ」
瞬間に串刺しだ、とギルガメッシュは笑った。
「雑種、その短剣の効果は分かっていよう。―――――そして、我が今から言う事は賭けだ。貴様がその剣を持ってセイバーを刺せたとしても、果たしてアレから解放できるかどうかは分からん」
「可能性は?」
「良く見積もって三割。貴様がセイバーまで辿り着ける確率も含めてな」
ギルガメッシュが宝具をさらに射出する。
ライダーに視線を送り、手で下がるように合図をする。
瞬間、ライダーが後退してきた。
「何です? 今、セイバーに時間を与えては不味いと思うのですが」
その魔眼はセイバーに向けられたままだ。
「ならば、速くすまそう―――――どうする雑種。我としてはこのままセイバーを殺すのは忍びない。アレ程の者はそういないからな。」
士郎はギルガメッシュの言葉に問うまでもないと、頷いた。
「やる。―――――俺の不始末でセイバーがああなったんだ。何とか出来る可能性があるなら、それに賭けたい」
そうか、とギルガメッシュは頷いた。
「ならば、命を懸けろ」
ライダーに一本の剣を手渡す。それは魔剣グラム。セイバーにとって天敵とも言える剣である。
「ライダーはそれと、己の武器を使って雑種を援護しろ。我も多少の魔力を使って宝具を撃つ」
ライダーは最期まで言葉を聞かず、走り向っていった。
ギルがメッシュは軽く舌打ちをする。
士郎もライダーの後に続くように前に出た。
「雑種」
士郎の背中をギルガメッシュの声が打つ。
「契約を切るというのは、間桐桜との契約を切るという意味だ。泥から解放されるのはまた、別問題かも知れぬ。それ所か、契約を切れた事を構わず貴様に切りかかるかもしれんぞ」
士郎は走り出す。
ライダーが雄叫びを上げて、セイバーと打ち合っている。
「セイバーは、未熟な俺に命を預けて戦ってくれた」
声は小さく、ギルガメッシュに届いているかも分からない。
士郎の頭に浮かぶのは、初めて会った時の風景。
その美しさと気高さに心躍った気持ちを覚えている。
道場で正座をしていた凛とした姿は、そこに騎士の存在を感じさせた。
そして、あの黒い泥と戦うと決めた時。彼女は忠告と供に、自分の意見を快諾してくれた。結果、彼女は黒い泥にその身を汚される事になる。
―――――赦せなかった。
間桐臓硯が?
黒い泥が?
それとも追い詰めたであろう、アサシンが―――――?

違う。

赦せないのは。何よりも赦せないのは、あんなに強く気高い彼女をそんな目に合わせてしまった自分自身だ。

だから。

「命を懸けろって言うのは間違いだ」
ギルガメッシュには聞こえているだろうか、否聞こえていなくとも構わない。
これは、己の決意の為の言葉なのだから。
「命ならもうとっくの昔から―――――!!」
あの時、衛宮切嗣に救われた時から。
雨の中で、自分以外誰一人の前で笑えなかった少女を抱きしめた時から。

「――――――――――懸けてるッ!!!」

鋭い叫び声と供に、宝具の嵐の中を掻い潜る。
ライダーが自分の存在を感じたのか、グラムとエクスカリバーが火花を散らしながらお互いを弾き飛ばした。ライダーは大きく後退し、セイバーは僅かによろめく。
だが、それだけで良い。それだけで充分過ぎる。
「セイバー―――――ッ!!!」
猛り狂う声を、抑えることなく叫ぶ。
「シロウ―――――!?」
予想外のモノを見たような目でこちらを見る。
それは、そうだ。英雄王の宝具とライダーの風の如き攻撃を耐えていたのだ。それも、魔眼の重圧に耐えながら。それを成してしまうセイバーの力に惜しみない賞賛を受けて余りある。
そのような力を持つ彼女をあのような泥に侵させてしまた自分は唾棄すべき所業をしたのだ。
だから、返そう。
そう、これは返すだけなのだ。
今までの感謝と、溜りに溜まった衛宮士郎への借りを返すだけなのだ。
短剣を振り上げる。口から叫び声が迸った。自分でも何と言っているのかは分からない。セイバーも叫んでいた。不思議に音が聞こえない。
セイバーの綺麗な顔が、どんどん近づいてく。
振り下ろす。アーチャーの腕に付いて行けると錯覚していた片腕以外の筋肉が次々と断線していく。ぎ、と漏らした。無意識に唇から漏れる声。
痛みと、その声と供に。言葉を思い出した。
セイバーの聖剣がライダーの鎖とギルガメッシュの宝具の連撃を受けるがそれでもセイバーの腕からは離れない。ライダーの鎖が切れ、ギルガメッシュの宝具は弾き飛ばされる。振り下ろされる聖剣。自分を守ってくれていた剣が振り下ろされる。

だが、士郎の方が速い。

短剣の刃は既にセイバーに突き刺さろうという刹那。
衛宮士郎は唇を開いた。どうしても聞いて欲しい言葉だった。
返す刃で切りつけられ、もし死んでしまったとしても聞いて欲しい言葉だった。
だから、言った。だから、呟いた。
「ありがとう、セイバー。―――――お前に何度も助けられた」
思いがあった。願わくば今一度肩を並べたいという思いが。
セイバーの不動の瞳が僅かに揺れる。
「シ―――――」
ろう、とセイバーが呟く瞬間に、契約破りの短刀が胸に突き刺さった。







ギルガメッシュはその光景を見ていた。
結果から言おう。セイバーの黒化は解けなかった。
それも自明。あれは既に受肉した英霊。契約破りの短剣では肉体情報まで書き換えることは出来はすまい。
だが、とギルガメッシュは笑った。
そう、だが聖剣は嘗ての主を切り裂くことはなかった。
士郎に当たろうかという寸での所で止まっていたのだ。

士郎がセイバーから短剣を引き抜く、そのまま手から滑り落ち床に転がった。
「―――――それで、どうする気ですか」
セイバーが静かに言う。刃は引かない。
「どうもできない」
士郎は言った。
「俺は………セイバーに何も言えない」
衛宮士郎の聖杯戦争は、彼女を失った時終わっていた。
例え、もう一度チャンスを与えられたとしても。
もう位置ど、自分の剣になってくれとは言えない。言える訳がない。
失った令呪。切れた絆。衛宮士郎と彼女の物語は既に終わっていた。
セイバーは静かに目を瞑った。
「シロウ、私の腕は既に血に汚れています。―――――何人もの人間を見殺しにしました。あの泥に食われる人間を見殺しにしたのです」
聖剣が士郎の体に僅かに傷をつける。
「この剣を見てください、シロウ」
黒い聖剣。それは今の彼女を象徴するものだ。
「私は、嘗てカリバーンを折ったばかりか―――――この剣まで汚してしまった」
自嘲する。
「………すまん」
「何故、謝るのです、か」
搾り出すように声を漏らした。目を見開く。
「私は―――――私が後悔していないのは! 私がたった一つだけ誇れる物として胸に抱いているのは………ッ!」

貴方を助けられたことだ、とセイバーは叫んだ。

「だから。だから、謝らないで欲しい。それだけは、それだけは謝らないで欲しい」
士郎は軽く首を振って、悲しそうな目でセイバーを見た。
「俺は、セイバーに色んなものを捨てさせた」
刃が食い込む。聖剣が血を浴びた。さらに刃は深く食い込んでいく。

「ですが、それは二度と取り返しの付かないモノなのですかセイバー」
ライダーが声をかける。既に眼帯で覆われ魔眼は隠されていた。
「―――――折れた信念は戻らない。消えた誇りは戻らない」
セイバーは首を振る。
「折れぬ信念と消えぬ誇りを持ち続ける英雄などいるものか」
ギルガメッシュがゆっくりと歩きながら近づいてきた。
「英雄とて人間だ。英霊とて心がある。史実が我等の事をどう語ろうとも我等とて、心が折れた時がある。抱いていた理想に反した決断を下さなければならん時があった」


「私は、それが我慢ならなかった―――――っ!!!」


セイバーが叫んだ。それは悲痛な叫びだった。何とかしようとして、どうにもならないモノの上げる叫びだった。
「何故、私たちは完璧ではいられない! 完璧であることができる筈だ! 私たちは英雄だ! 世界に認められ聖杯の座に収まる程の英雄であった筈だ! ―――――私は何とか出来た筈なのだ! 泣く人々を、必要な犠牲として切り捨てる必要もなかった!」
「―――――貴様は神かセイバー」
「神でありたいと願っていた!」
ギルガメッシュの言葉にセイバーは悲痛な叫びで返した。
「私は、笑って欲しかっただけなのだ! 自分の民に、笑って欲しかっただけなのだ!」
「―――――間桐桜に同情したか」
ギルガメッシュは嘲笑を浮かべた。
「哀れな子供に、嘗ての自分を重ね合わせたか。『得てしまった』立場に踊らされるアレを見て同情したかセイバー」
「ギルガメッシュ………」
ライダーがギルガメッシュの言動を咎める。
だが、ギルガメッシュは聞かない。動かぬものに、自分から動こうとしないものに英雄王が何ら興味がなかった。
「同情で振るわれる剣か、悲痛な叫びから振るわれる剣か、一人の女の悲しみの為に多くの民を切り捨てる剣か、それが貴様か」
「それの何が悪い! 私に多くは背負えない! 私に多くの民の笑顔は守れない! 私には代わりに傷を受けることしか出来はしない!」


「たわけ――――――――――っ!!」


ギルガメッシュは怒鳴り声を上げた。
「貴様が剣だと、笑わせるな貴様が剣だというならその雑種を早々に殺せ! 剣は感情など無い! 剣は揺らぐ事の無い鋼なのだ! 物言わぬ鉄こそ剣なのだ!」
その言葉を受けても、聖剣は動かない。士郎の体を浅く切り裂いているだけだ。
「出来るか!? 出来る筈あるまいな! 貴様は剣では無い、我が貴様を何と呼んだか忘れたかセイバー! この英雄王が貴様を何と呼んだか忘れたか!」
ギルガメッシュは怒り狂っていた。
彼女が泥に取り込まれた理由など知らない。如何な弱みと後悔があってどんな悲しみがあるのか等知ったことでは無い。
ギルガメッシュの中に刻み込まれているセイバーは、このような弱さを持っていなかった。否、持っていただろう。持っていたがそれを歯を食いしばって必死に隠していた。だからこそ、素晴らしかった。だからこそ、唯一自分の思い通りにならないのも良しとしたのだ。
自己の戒律にて己を律し、どこまでも誇り高く。誰もが憧れるような気高さで。
だから、呼んだ。自分以外にこの称号は相応しくない。そう思ったのに。
生前はその考えがまったく揺らぐことが無かったのに。
戦いという争いの中。聖剣を振るう彼女を見てその名こそ相応しいと。

「――――――――――騎士王よ!」

その響きに、どのような意味があるのか等セイバーは知るまい。
唯、肩を並べるのはエルキドゥのみとこの世一人の友のみと決めた王がそこに込める言葉の意味など知るまい。
「セイバー」
士郎が声をかける。
「俺は、お前の言ってることが良く解る」
セイバーは嘗ての主を見ていた。
「俺も欲しかった。折れない信念と消えない誇り。俺も完璧でありたかった」
誰も彼も救いたかった。誰も彼も生きられる筈だった。誰も彼も生きて良い筈だった。
あの、炎の地獄を幻視する。
「―――――救い、たかった」
今ではもう救えない。救いたいとは言えない。衛宮士郎はその理想を放り出したのだから。
養父がくれた笑顔はもう手が届かなくなってしまった。
「でも、俺は」
アーチャーの腕が疼く。頭の中に赤い丘がフラッシュバックする。―――――本来ならそこに辿り着かなければならなかった。
それが理想だった。笑って死んだアーチャーを見れば解る。そこは衛宮士郎の地獄であり、総ての罪が清算される約束の地だった。
正義の味方。砕けた理想の破片は未だ突き刺さっている。
「おれ、は―――――」
彼女は自分の理想だった。誇り高い騎士王。最強の幻想を持ち悪を憎む騎士。
アーチャーが自分の理想の完成形なら。セイバーは自分の理想そのものだ。
抱えていた弱さを知った今でもその思いは変わらない。
我慢ならない、と叫べる少女の強さを知っていた。笑って死ねる騎士だということを知っていた。
自分のような者を助けた事を誇りにしてくれる彼女だと知っていた。

「―――――理想を、捨てた」

一人で泣いていた少女の為に。
そうだ、セイバーは言っていた。多くは背負えない。その通りだ。自分には多くは背負えない。自分が背負えるのは一生背負って生きていけるのは。何時も隣で笑っていてくれた少女だけだ。雨の中、抱きしめた少女だけだ。
「後悔は、ないのですか」
セイバーが口を開く。
「後悔なんていくらでもしてる。今だって、胸の中はぐちゃぐちゃで叫び出したくなる。自分が拾われてからずっと付き合って来たものだったんだ。切嗣との最期の繋がりだったんだ」
残されたものは思い出だけで。主がいない家。一人では大きすぎる家。
「でも俺は、それを捨てた。後悔してる、だけど後悔を噛み殺して。それでも俺は桜を助けたいと思ったんだ」
だから、と言葉を繋いだ。恥知らずもいいところだ。一度失った彼女ともう一度肩を並べたいなんて。
それでも言った。

「頼む、セイバー。………桜を助けて欲しい」

セイバーは答えない。だが、聖剣をゆっくりと士郎の体から退いた。
かつん、と切っ先が地面にあたり音を立てる。
「私は、貴方のサーヴァントには戻れない」
「ああ」
解ってる。
「私は、貴方の剣にはなり得ない」
「ああ」
知ってる。
金色の瞳が細められた。
「ですが」
笑った。
「騎士王―――――アルトリア・ペントラゴンとしてなら貴方の為にこの剣を捧げましょう」

その笑顔にどれ程の葛藤があったかは知らない。
チャンスをくれたって戻れる訳が無いって知っている。
だけど、その微笑に。
「―――――ありがとう」
嘗ての彼女を思い出して、泣き出してしまいそうなのを隠すのが必死だった。
セイバーがその礼の言葉に何か答えようとした瞬間。

セイバーが咄嗟の判断で士郎を突き飛ばし、飛来してきた短剣を叩き落した。
その短剣の名はダーク。
英雄王。騎士王。供に相手逃げ切り、戦い抜いた暗殺者の短剣である。
「アサシン………ッ!!」
セイバーが声を上げた。
「呼吸の間。タイミング。総て完璧だった筈だが。―――――恐れ入るぞセイバー」
半分だけ血に塗られた髑髏面が笑う。
「男前になったではないか、アサシン」
何か叫ぼうとした、セイバーの前に出る。
「そこにいるセイバーのお陰でな」
アサシンが返した。二人の間には異様な雰囲気が漂っている。
「行け」
「何?」
思わず聞き返したセイバーに、ギルガメッシュが笑った。
「ライダーと雑種を引き連れて行くが良い騎士王よ。既に余り猶予もあるまい」
セイバーは僅かに迷う素振りを見せるが、頷いた。
三人で頷きあうと走り出す。
セイバーだけが、僅かに振り向いて。
「貴方の一喝は効きました。ギルガメッシュ」
ギルガメッシュは何も言わない。アサシンと向き合い、背中のみを見せている。
「―――――ご武運を」
その言葉を残し、セイバーも駆け去った。
ギルガメッシュは微かに唇を緩めていた。
「私と戦う気か、アーチャー」
「そうだとも、アサシン。我等の決着だ。我等の決着だぞ。この地獄こそ決着の場に相応しい」
「相性の悪さ、忘れた訳ではあるまい」
「それが、どうした。結局は生き残った者が勝者だアサシン。そして、それは貴様では無い」
「私が負けると」
「そうだ」
ギルガメッシュが指を鳴らす。無数の宝具郡。
「出し惜しみは―――――せん。受けろアサシン」
「手加減は無いぞ―――――アーチャー」
ダークがアサシンの手の中で数本蝶の羽のように広がった。
アサシンは足を踏み出し、ギルガメッシュは獰猛な笑みを浮かべた。

英雄王と暗殺者は相手の命を奪い合う―――――。

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