十三式大回転

アクセスカウンタ

zoom RSS ギルガメッシュルート(4)

<<   作成日時 : 2006/03/04 22:44   >>

面白い ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 0


おめでとう。■■■。君は今日から暗殺者最大の名誉を与えられる。
―――――ん? その目は何だ。その顔は何だ。
不満などあろう筈も無かろう。役不足であると周りが言う訳も無かろう。
君は優れているのだから。
躊躇いがあるというのなら、もっと殺そう。もっと。もっと。もっと。もっと。
殺して、殺して、殺して、殺して。躊躇いが消えるまで殺し続けると良い。


ふざけるな。


ひゅん、と放たれた宝具が耳元を掠めた。
心は完全に凪いでいる。揺らがない。

名誉あることだ。誇りに思うのだ。君は殺しの才能の頂点だ。
だから、襲名できる。ハサンの名を。暗殺者達が求めて止まなかった名を。


私は、悲しい。


外套を放り投げた。セイバーに切り裂かれた血塗れの体が露になる。
少しずつ口が開いていく。足は前に進む。世界が遅い。

君には名前を捨ててもらう事になるが、大した事ではあるまい?
髑髏面がケタケタ笑った。私たちの名前は一つなのだから。
受け継がれし名なのだから。誇り高き名なのだから。
受け入れろ受け入れろ受け入れろ受け入れろ。


私の唇も同じ言葉を紡いだ。受け入れろ。


生まれは肥溜め。ならば死場は何処なのだろうか。
目の前にいる黄金の王は叫ぶ。

「アサシン!!」
宝具が迫る。私の口から自然と雄叫びが走った。

「おおおおおおおおおおおおッツ!!!」

解らなかった。理解できなかった。殺しは良い。それは知ってる。それは存在意義だ。それを否定してしまっては、アサシンとはなり得ない。
血を迸らせながら、走り進む。宝具の雨は総てアサシンに道を開けた。
ははは、とギルガメッシュが笑い声を上げている。
愉快でたまらないと笑っている。
その姿を見て、アサシンは心底彼が羨ましいと思った。
誰に憚る事無く。誰に咎められる事無く。我を通せる人間。
私や我など暗殺者には不要の俗物。刃に心はいらぬのだ。

―――――受け入れろ。

内から響く声を弾き飛ばし咆哮する。咆哮と同時に切り裂かれた場所から血が噴出した。
解らなかった。理解できなかった。

「いいぞ、アサシン! その猛りは心地よい!!」

もっと、冷徹に。もっと冷静に。何処に熱くなる場所があったというのだ。
あの男と向かい合った時は冷静であった。勝つ為の算段を立てていた。
吹き出る血が奪った体力と魔力を頭に叩き込み。踏み込む足や、運ぶ手さえ勝利への一手。元来、アサシンは行動そのもの総てがフェイク。偽りの中にある真実の刃は己でも見通せぬ必殺。

少数の宝具が、真っ直ぐ飛んでくる。それは気配遮断などというスキルなど物ともしない伝説の数々であった。

(出し惜しみしない―――――か)

ギルガメッシュの笑みは崩れない。
暴君め。と吐き捨てた。何と、良い男だ。
こういう男に仕えたかった。己で組織を組むのでもなく。誰かに使役される訳でもなく。覇業の添え物として、この男に仕えたった。

飛ぶ。
必中の魔が掛かった宝具の『上』に飛び乗った。
撃ち出されてくる宝具を足場にして、暗殺者は疾走する。

そうだ。

ぽつりと思考が浮かんだ。
あの目だ。あの真紅の目だ! 
燃えるような赤。あれが私を熱狂させる。
カリスマだ。
あの瞳と威風の前では、理性と薬で固めた自己など簡単に崩れてしまう。
剥きだしの自己が、声を上げている。熱狂している。王を殺せ。

ギルガメッシュが、蔵から最強の宝具を抜き取った。
「放てて、二度という所だが。―――――貴様に放つには聊かの躊躇いも無いぞ!」
魔力の暴風が吹き荒れる。風避けの加護が有難い。
「ここで沈め、英雄王! 貴様の立てる足音は響きすぎる!!」
凌げるか。あの一撃を。妄想心音では、あの宝具には打ち勝てない。
そんな事は当たり前だ。王と暗殺者だ。対等だと彼は言ったがそれこそ妄言。

「天地乖離す―――――――――」

避けるしかない。防ぐなどもっての他。
嘆くのは脆きこの身ではなく、アサシンでありながら避けられるか否かを考える己の遅きを思え。
体を捻る。宝具の上から飛び上がった。ギルガメッシュの頭上に身を躍らせる。
中空では動きがとれない? 無策の動作? ―――――真逆。

「――――――――――開闢の星ッッ!!」

それは天と地を割った剣。創生の剣。エアの名を冠する乖離剣。
己の身を抉り飛ばさんと、迫ってくる魔力の渦。
はあ、と息を吐き出した。アサシンは震える。
手の中にあるダークは三。
伝説も伝承も無い、短刀で世界を切り裂いた剣を防いで見せよう。

昔から思っていた。世には如何し様も無く貴賎がある。
顔、家柄、能力。努力で得られるのは水準並みの力でしかない。
顔を変えても、自分の真実の顔は変わらない。醜悪な顔は醜悪な顔のままだ。
家柄など望んでも、生まれた場所は変わらない。己を抱いたのは冷たい砂漠の砂だ。
能力? 能力だと。後付で身に着けた能力など天才には叶わない。
伸ばした手は冷たい刃しか掴めない。何故と問う声は心の内に消えた。
今日死ぬか。明日死ぬか。明後日死ぬか。
今日死ななかった。明日死ぬか?
明日死ななかった。明後日死ぬか?
何時までソレに怯えなければならない。人を殺した時の血の生温さや、死体の重みなど忘れてしまいたい。

―――――受け入れろ。

黙れ黙れ黙れ黙れ。思考は不要だ。己を律する声も形作る言葉も要らない!

『死』が空気を切り裂いて迫ってくる。

ギルガメッシュは笑っている。

解らない。何故、殺し合いの場で笑える。怖くないのか。恐怖を感じないのか。私のように薬で捻じ伏せてる訳でもあるまい。興奮して我を忘れる程、若くもあるまい。
何故、笑える。何故、殺し合いの場で笑える。

―――――私は笑えない。私は笑わない。

笑えるような現実に生きてはいないのだ。

ぶん、と短刀を一本投げた。
宝具の弱点は多くある。
真名の解放。そして、対軍宝具に置ける最大の弱点は。
使用者を束縛するものだということだ。
未だ、ギルガメッシュが握る乖離剣からは魔力の渦が放たれている。
投擲した腕にだけ気配遮断をかけた。
見るものが見れば、全身から片腕だけが欠けているように見えるだろう。
投擲された刃は、ギルガメッシュに気付かれる事無く彼の指に突き刺さった。
握力が弱まり、がくんと乖離剣がギルガメッシュの手の内で揺れた。
まるで、天を薙ぎ払うかのように一条の光が洞窟の天を焼いた。
小細工。
そう、これは小細工でしか無い。
「面白い! 貴様は何処まで我を楽しませてくれるアサシン!!」
迫ってくる魔力の渦。この一波さえ凌げば後続は無い。
だが、この一波で己は死ぬ。
手を尽くせるだけ尽くせ。死ねば終わりだ。それだけだ。
気配遮断をかけ、風避けの加護を纏った。
己の守る盾の薄さには笑いすら漏れる。
腕は防御に回せない。
重力に引かれて、跳躍した体が落下していくのを感じる。
魔力の渦に己から飛び込んでいく。















熱い。










灼熱する脳髄。怨嗟の言葉を吐く心中。
足先から熱が体を焼き、頭の先まで抜けていく。
転げまわりたい。痛みに身を震わせて苦痛の叫びを漏らしたい。
だが、そんな思考は頭の中だけで捻じ伏せて。

アサシンは唇を開いた。

「妄想――――――――――」

耳元を宝具が掠めていく。
脇腹を槍が抉った。
零れる血は赤黒く、宙に撒き散らされる。
落下している。墜落している。
アサシンは思った。
なんと、素晴らしい事か。

落下できているのだ。墜落できているのだ。

体が焼き切れる事無く。
アサシンは王に辿り着く事が出来る。
身は未だ中空、落下の最中。

「――――――――――心音」

呪いの言霊が放たれる。


かは、と英雄王は笑った。思わず漏れてしまった笑いだった。
愉快で堪らなかった。上空より迫るアサシンは己の最強の宝具すら退けて我を殺しに来た。よかろう。ギルガメッシュの指が踊る。放たれる宝具は次々とアサシンを抉っていく。だが、止まらない。瞳は燃える意思を燈したまま、決して退かぬと煌いていた。
その瞳を見て、再度思った。よかろう。我に剣を向ける僭越。

「―――――それを許すぞ、アサシン!」

呪いの腕が、ギルガメッシュの心臓を掴み取る。脂汗が吹き出た。
ぎりぎり、と胸が痛む。この手が握られた時、我は死ぬのか。
喜悦を顔に浮かべたまま、有得んとギルガメッシュは絶叫した。
「―――――有得んぞ!」
それでは足りん。この身を折るにその宝具では安すぎる。
その呪いの腕では、英雄王の才を握りつぶす事は出来ない。

―――――幸運という能力がそれを阻む。

アサシンは呪いの腕を動かした。手の中にあった仮想の心臓が握りつぶされる。
それは、勝利の瞬間であっただろう。相手がギルガメッシュ以外の者ならば、だが。
未だ無事な己の心臓を自覚し、英雄王は獰猛に笑う。殺し返そう。強者との戦いは心が躍った、だが此処までだ。

英雄王の指が鳴るより、速く。
英雄王が賛辞の言葉を送るより、速く。

アサシンは着地と同時に駆け出していた。

「何―――――だと!?」
その行動は予想外。炭化しているだろう足で、今にも崩れそうなその足で。
猛然と走ってくる暗殺者など、英雄王には予想できなかった。

血を撒き散らす。

「―――――」

雄叫びを上げる。

進む足は迷い無く。

手には二本の短刀。

ギルガメッシュは咄嗟に宝具を放とうとする。
アサシンはそれに反応し、一本の短刀を下から巻き上げるように投擲した。
今正に、発射されんとされていた宝具に短刀が当たり一本の宝具が上へと弾かれる。
そして、宝具同士の大衝突が起こった。



侮ってなどいなかった。
己の宝具が効かぬであろう事など知っていた。
故に、考えた。故に、思考した。
乖離剣を凌ぎ。己の宝具を放った後で生まれるであろう油断を予測した。

―――――宝具は切り札ではなかった。

投擲される宝具郡は一度見ている。あれは直線にしか飛ばない。
気配遮断では防ぎきれない宝具ですら、その法則は外れない。
文字通り、ギルガメッシュがアーチャーであればこの様な戦法は通じなかった。
ダークで宝具の軌道をずらして、互いを衝突される事など。

ぎらり、と手の中で唯の一本となった短刀を構える。

進む最中で足がもげた。
―――――構わない。

既に英雄王はすぐそこだ。

アサシンはギルガメッシュに飛び掛った。

「見事だ―――――」
英雄王のその言葉は溜息のようですらあった。表現するなら感嘆であろう。
目の前に閃く刃を、見つめ。

―――――笑った。

「だが、我の方が一枚上手だったな」
刃が迫る。首とその体を断たんと迫り来る。
「上空に向って放った宝具は何処に行ったと思う?」
アサシンは答えない。あるいは答える事は出来ない。
答えた瞬間に己の敗北が襲い掛かってくる事を知っていた。
異常な遅さで世界が流れていく。ギルガメッシュの首に今正に刃が食い込もうかというその瞬間に。

アサシンの腕が天から落ちた宝具に吹き飛ばされた。
「―――――」
ぶつり、という音と供に腕がくるくると舞って落ちていく。
言葉は無い。刃が駄目ならば歯がある。傷つける刃は己の命燃え尽きるまである。
食いちぎる覚悟は、捨てる程あった。
体が前へ、と叫ぶ。心が進め、と叫ぶ。
ずん、という衝撃で腰に刀剣が刺さったのを知った。
知らぬ。そんなものは知らぬ。
ぶちぶち、と体が裂けていく。アサシンは止まらない。
踏ん張る足も無く、相手を殺すための腕も無い。
否、そもそも殺す為に腕など必要であったか―――――?
血すら最早漏れてこない。口からは渇いたような音がするだけだ。
前に進むのすら足など必要が無い。
ならば、殺すのにも腕など必要が無いのが道理。

牙を剥きだしにするアサシン。
ギルガメッシュは、目を細めアサシンを見ている。
「繰り返そう、見事だったアサシン。そして、もう終わりだ」
その言葉と同時に、アサシンは最期の音を聞いた。
ずぶり、と。
何か大切なものが潰れる音だった。



アサシンの意識はぼんやりとだが、残っていた。
ギルガメッシュが潰れた頭に手を翳して、何かしている。
延命措置だろうか、殺しておいて延命も無いものだ。そう暗殺者は笑う。
そこで、思った。潰れた頭で英雄王を見る事が出来る筈が無い。
そう自覚すると同時に、自分が酷く不安定な存在になっている事に気付いた。
サーヴァントは英霊の魂を肉付けしたものだ。
だが、受肉とは違い能力はクラスに縛られる。
そして、偽りの肉が消滅した時魂は聖杯に取り込まれるのだ。

―――――だが、この状態は何なのだろうか。

「―――――まずいな」
ギルガメッシュが忌々しげに呟いた。
「アサシンの死体が消滅せん―――――」

それは何を意味する言葉だっただろうか。
「自身の愉悦に浸りすぎたか―――――否、着けねばならん決着だった。世界を秤にかけるに値しよう」
そこで言葉を切り、アサシンの死骸を見下ろした。
「意識はあるな、アサシン。唇は言葉を紡げず体は動かす事叶うまい」
アサシンは反応できぬと解っていて、頷いた。そのような動作をしようとした。
実際は、首が僅かに動く程度であったが。
「サーヴァントを殺すには、頭か心臓を潰すのが正道だった筈だがな。正道では在りえぬ展開という奴か」
苦笑を浮かべ、ギルガメッシュは歩き始めた。
「セイバーが止め損なったか、あるいは雑種が死んだか、あるいは小娘が死んだか、ライダーが黒の聖杯の手助けをしたか」
そんなことはどうでもいい、とギルガメッシュが呟いた。
「聞こえているだろう、アサシン。慟哭だ、慟哭だ、地を這うような恨みの声だ。サーヴァントを取り込まずして現界するとはな。己に迫る危機でも察したか?」
ギルガメッシュが洞窟の奥に消えていく。アサシンは動かない。動けない。
「―――――アサシン」
声は遠く、姿は見えない。唯、闇の中から白刃が閃いた。
ダークが、アサシンの傍らに突き刺さる。
「墓標としては貧相だがな。我に突き刺さった刃だ誇りにしても良い」
足音は遠ざかっていく。最期に一言だけ英雄王は告げた。
「さらばだ、ハサン・サッバーハ」

その言葉に、アサシンの胸の内が微かに跳ねた。
だが、その思いを自覚する事無く。その思いを口に出す事も無く。
アサシンは去る英雄王の足音だけを聞いていた。




―――――間違ったのは、選択肢だ。
凛は脱力している桜を抱きしめていた。
脇腹からは面白い程真っ赤な血が流れ落ちている。
桜を殺すかどうか迷うんじゃなかった。聖杯を壊すかどうか迷うべきだったのだ。
黒い影が、凛を取り囲む。それを何度も宝石剣で切り払った。
「無限地獄って奴かしら―――――?」
苦々しく呟きながら、何度も宝石剣を振るう。
先程から視界を埋め尽くすほどの影が、凛と桜を飲み込もうと迫ってくる。
正確に言えば、桜を取り返そうとしているのかもしれないが。
「ああ、糞」
ここで死ぬ。多分、遠坂凛は此処で死ぬ。
どうにも出来ない事をどうにかしようとして。
遠坂凛は死ぬ。
何も出来ないまま。
遠坂凛は死ぬのだ。
「衛宮君が来るまで」
呪詛のように呟く。衛宮士郎が来るまで耐えなければならない。
それが最低限の自分の役目だ。

―――――結論から言おうか。

この世総ての悪は、不完全な状態のまま現界した。
聖杯の起動陣の中央にある肉の塊。それが『この世総ての悪』であった。
サーヴァントを総て取り込めていれば、話は違ったのかもしれない。
アンリ・マユとして反英雄のサーヴァントとして現界出来たのかもしれない。
だが、現実は違った。泥と肉の塊。それが『この世総ての悪』だった。
人の顔がびっしりと体表に浮かび、怨嗟の声を吐き続けている。
その癖、体から伸びる不気味な赤黒い触手は、不気味に跳ねて地面を打っていた。

糞、糞、糞、糞。
桜に意識は無い。だが、今自分が切り払っているのは桜の魔力で生成された黒い巨人だ。
マスターが必要なのだ。あの肉の化物には、未だマスターが必要なのだ。
魔力供給という面ではない。母親として必要なのだろう。
「ふざ、けん………じゃない」
目が霞む。唯、腕だけは未だ力強く握っていた。
己の妹を。宝石剣を。
どちらも話す事無く、握っていた。

傷口が傷む。口から吐き出す言葉は己を鼓舞するものだ。
平行世界から宝石剣を使って幾ら魔力を汲み出しても、切が無い。
足場さえ、悪くて。何時足元から崩れるのか不安になる。
何度も、何度も、宝石剣を振って。
その度に腕の筋肉が引き千切れる音がする。
「―――――は、あ」
漏らす吐息は、熱く。顔は異常なまでに青かった。


「遠坂ッ!!」
声が聞こえた。だが、幻聴かもしれない。
この呪詛の中では何が真実かなんて解らない。
信じられるのは、桜の重みと自分の傷の熱さだけだ。
必死に切り払う。黒い巨人の形状すら良く見えない。
ああ、これは悪意なのだ。凛は不意に思った。
間桐桜が晒されてきた悪意。こうやって、自分が切り払えるのは行幸なのかもしれない。
本当だったら、もっと速く。
本当だったら、ずっと昔。

私は、妹に降りかかる悪意を押しのけねばならなかったのだ。

がくん、と膝が崩れる。歯を食いしばって踏ん張った。
此処で倒れたら何もかもが折れてしまう。
誰彼の信念総て巻き添えにして、折ってしまう。
衛宮士郎の決意とか。
ライダーの思いとか。
セイバーの無念とか。
あの金色の王の妙な信頼とか。

そして、アーチャーの思いも全部。

糞。糞。
腕はだらりと垂れ下がり、宝石剣は指先に引っ掛かっていた。
速く、振り上げないと。
速く速く速くしないと。
この子が。

桜がまた、遠くに行ってしまう。


顔を上げる。黒い巨人の腕が今正に、凛の顔を潰そうとしていた。


―――――そんな事、認められるもんか。
間桐桜を殺せなかった。その次点でもう遠坂凛は終わってる。
遠坂を名乗る資格は無い。


「なめんじゃ、ないわよ!!」

もう、自分は魔術師ではない。

―――――涙が出そうだった。
多くのものを捨ててきて。多くのものを裏切って。
結局は情に流される自分が、滑稽に思えた。

宝石剣を渾身の力を込めて、振るった。
一撃で切り裂かれる黒い巨人。

ぶちん、と体の内で一際大きな音が鳴った。
腕がだらりと垂れ下がる。

私利私欲の為に神秘を使うのは、魔術使いだ。
それが、善性に置ける欲であろうと、悪性に置ける欲であろうと。

関係がない。だったら、魔術師なんて止めだ。
使ってやる使い潰してやる。
神秘も幻想も伝説も全部使い潰してやる。
私は、魔法使いを目指す魔術使いになってやる。

口から血が零れる。無理をしすぎた。口からごぼごぼと血が出てくる。

だけど、叫んだ。言葉に出来ない叫びだった。絶叫だった。
響き渡る声は、洞窟を揺らして『この世総ての悪』の怨嗟の声すら飲み込んだ。

死。それを実感した。死なないという確信などなかった。
ただ、妹が大切だった。結局は何もかも裏切れなくて。捨てる事だって出来なかった。
ただ、一つだけ知っている事があった。解っている事があった。

―――――遠坂凛の聖杯戦争は、あの赤い弓兵を失った次点で終わっていたのだ。

だから、これは本来無かった物語だ。
聖杯戦争でサーヴァントを失った自分など、嘗ては想像も出来なかった。遠坂凛は勝つべくして勝つのだから。
―――――例え、失ったとしても教会の保護を受けていただろう。
それが、どうだ。この現状は。
サーヴァントを失い、それでも退場せずに必死に妹を取り戻そうとしている今の自分が理想の遠坂凛か?
父親が望んだであろう、遠坂の姿か?
真逆。これが『理想』である筈がない。聖杯を手に入れるべき遠坂である筈がない。

桜を一瞬だけ強く抱きしめた。

凛は凛だった。
どうしようもなく、馬鹿な姉であった。
―――――そして、それだけでこの少女は充分だったのだ。



桜を掴んでいた手を離す。


「遠坂ッ!!!」
必死な声が近づいて来る。
横目でふっと、それを見た。

足が千切れるのではないか、というぐらいに必死に走ってくる衛宮士郎の姿があった。
先程の声は幻聴ではなかったのだ。
うっすらと笑みを浮かべる。
彼の後ろには、何かを叫ぶセイバーと泥を打ち払いながら進むライダーがいた。

文字通り最期の力だった。

手を突き出し、士郎の方に桜を突き飛ばした。

「―――――バイバイ、衛宮君。私ここでリタイアする」

思っていた程、それは悔しい言葉ではなかった。

赤黒い触手の槍が、遠坂凛の体を幾重にも貫いた。



衛宮士郎は、弱い。エミヤシロウは、弱い。
助けたかったものを助けられない。
そんな、正義の味方はいない筈だった。
知っていた。己の無力を自覚していた。


体中に風穴が開き、崩れ落ちる凛。
その目は中空を見たまま動かない。誰にも焦点を当てないまま。
もう、誰も見ないまま。
一生、動かない。

「遠………、さか?」

腕の中にいる桜を抱きしめた。何かに縋っていないと、崩れ落ちてしまいそうだった。
在り得なかった。衛宮士郎の中で、遠坂凛は完璧な存在だった。
卓越した魔術師であり、人間的な強さも備えていた。
衛宮士郎が求めていた総てを持っていた。
遠坂凛程の力があれば。そう何度思ったかは解らない。
セイバーに魔力供給が満足に行かなかった時もそうだ。
遠坂凛であれば、彼女程の魔力があれば。そう何度も思った。

なのに―――――

それが、死ぬなどと。

欠けない故の完璧ではないのか。折れぬ故の完璧ではないのか。
「シロウ!!!}
セイバーが、士郎の襟首を掴み後に投げ飛ばした。
ライダーがそれを受け取り、後方に下がる。
「士郎、短剣を桜に」
ライダーの声が遠い。
セイバーの背中が遠い。

凛の死体は、地面に打ち捨てられたまま黒い泥に飲まれようとしていた。

「遠坂」

桜から手を離す。契約破りの剣を取り落とした。
ライダーが眉を顰める。士郎の肩に手を伸ばした。
「士郎、気持ちは解ります―――――ですが、優先すべきものがある筈です」
俺は桜を選んだ。
だが、その選択の意味は。

―――――桜以外の総てを捨てる事を意味していたのか?

違う。

無意識の内に体は走り出していた。
ライダーの手が空を切る。
「―――――士郎!!」

違う、違う―――――違う!
最早、正義の味方などという言葉は無い。縋れる理想は無い。
間桐桜を何よりも優先すると決めた時から、万人の為に働くエミヤは死んだ。
セイバーが怒鳴っている。来るなと怒鳴っている。
ああ、だけどな。セイバー。
そのまま放っておくと遠坂が死んじまう。
まだ、生きている筈なんだ。まだ、死んでない筈なんだ。
だって、彼女は遠坂凛なのだから。

次々と襲い来る赤黒い触手の槍を総て弾いていた、セイバーは僅かに唇を噛んだ。
「シロウ」
声は静かだ。
凛の死体は、セイバーの前に転がっていた。
黒い聖剣が掲げられる。
「何かを得ようとすれば、何かを失います。世界の天秤は決して傾かない。死ぬべきものが死に、生きるべきものが生きます」
その言葉は確かに衛宮士郎の鼓膜を震わせていた。
「戦場では次々と仲間が死に絶え、時にはそれに耐え切れぬ時もあるでしょう。―――――ですが」
剣が、走る―――――。

その剣は触手を跳ね除けるのではなく。地面に転がったていた、遠坂凛『だったもの』の首を跳ね飛ばした。

「―――――甘ったれるなッ!!」

血すら噴出さない遠坂凛の死体。
どれ程の血を吐き零し、流し続け―――――自分の妹を守ったのか解らなかった。

凛の首がごろごろと転がる。
「甘ったれるな! マスター! これは何だ! この地獄は何だか答えてみろ!」
士郎は転んだ。無様に、遠坂凛の死体に辿り着く前に転がった。
目には涙が浮かんでいて。どうしようもなく、悔しくて。
低い唸り声が、喉の奥から生まれてきた。
「聖杯、戦争」
「そうだ!」
セイバーが叫んだ。
「戦争! 戦争! 戦争!」
呪詛のようにその言葉を吐き散らす。
次々とセイバーを突き殺そうとする触手を弾き飛ばした。
「これは、戦争だ! 殺し合って殺し合って殺し合う戦争だ! そこには奇跡も都合の良い現実もありはしない!」
裂帛の気合と供に、触手を聖剣で薙ぎ払った。
「リンは何の為に死んだのですか! リンは何を守って死んだのですか! 貴方は何の為に此処に来たのですか!」
約束された勝利の剣が、敵を切り裂く。セイバーはさらに単身で突進した。声は高らかに響く。
「―――――サクラを助ける為でしょう! ならば、死体に縋りついて何をする心算ですか!」

解っていた。知っていた。己の無力さを知っているように。
―――――遠坂凛が完璧でないことを知っていた。
間桐桜を一番に選んだ時から、誰かが死ぬであろうことを。
自分は頭の隅で確信していた。

ただ、認められなかっただけ。
ただ、認めたくなかっただけ。

死ぬとしたら、自分だ。そう考えていたのに。
そう決めていたのに。
憧れていた少女の死を認められなかっただけだった。

「貴方の居るべき場所は前では無い、後では無い―――――」
セイバーは遂に『この世総ての悪』に、後一歩の所まで肉薄した。
跳躍し、聖剣を振り上げる。
「―――――貴方の居るべき場所は、サクラの傍の筈だッ!!!」
剣は肉塊に突き刺さった。だが、断ち切れない。切れた所から次々と新しい肉が盛り上がり、再生する。
体表にびっしりと生えている顔が絶叫した。
口から鋭利な舌を突き出し、セイバーの体を次々と串刺しにする。
だが、騎士王は倒れない。騎士王には堪えない。
人間なら死んでしまうような傷も、サーヴァントであるセイバーには無意味だ。
血を吐きながら笑う。
恨めば良い。責めれば良い。もしかしたら、凛は生きていたのかもしれない。虫の息という奴であろうが。
だが、魔術刻印すら輝かない彼女がたとえ生きていたとしても直に死んでしまうだろう。
荷物になる。生きていたとしても遠坂凛は荷物になる。
だから、殺した。首を跳ねた。

―――――天国には行けない。
天国などという物があるのかどうか知らない。セイバーは笑みを深くした。
それで結構。騎士王などと呼ばれていても結局のところ、自分は殺戮者としての一面も持っているのだ。
何人殺したのか知れない。
地獄に連れて行けば良い。
本当に怖いのは、そんなことではないのだから。

剣をさらに、深く押し込んだ。絶叫が響く。

「約束された―――――」

次々と体に舌が突き刺さる。目が抉り飛ばされ宙を舞った。

「―――――勝利の剣ッ!!」

本当に怖いのは、『死』を無駄にしてしまう事だった。
あの聡明な遠坂凛という少女の『死』を悲しんで終わらしてしまう事だった。
『死』は乗り越えなければいけない。糧にしなければならない。
空虚な思いを、無理矢理にでも滾らせて前に進まなければならない。
涙を流しても良い、後悔しても良い。
何故と問いかけれても良い。
死体は何も言わずにそこにあるだけなのだから。
思いを継ぐ事など出来ない。彼女が最期に何を考えていたかなど彼女にしか解らない。
ならば、意思を継ごう。
彼女がしていた行動を繋げよう。
彼女が求めていた事をしてやろう。
彼女が抱えていただろう、理想を叶えてやろう。

セイバーには剣しかない。セイバーには力しかない。

だから、力を振るおう。
ならば、剣を振るおう。

答えは、多分。
そうやってしか、出せはしないのだから。


聖剣の光は炸裂し、洞窟を揺らした。
肉塊は弾け飛び、粉々になって地面や壁にへばりついた。
セイバーも反動で、吹き飛びその体をゴムボールのように跳ねさせて転がった。

「セイバー!!」
士郎はセイバーに駆け寄ろうとするが手で制される。
「………シロウはサクラの元へ行ってあげてください」
聖剣を杖にして、立ち上がった。
肉の破片が寄り集まって形態を戻していく。
「どうやら、まだのようです」

その言葉を遮るように、声が飛ぶ。

「否、終わりだな。我が来た」

セイバーの視線が入り口にいる英雄王を捉えた。
「ギルガメッシュ」
その言葉には答えず、ギルガメッシュは足を進める。
「醜悪なものだ」
肉塊を見ながら呟く。
現れる宝具郡。
「即刻、踏み潰そうか。手伝え、セイバー」
その言葉が合図のように、宝具が次々と打ち出され。再生した『この世総ての悪』が絶叫を響かせた。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 9
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス
ギルガメッシュルート(4) 十三式大回転/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる