十三式大回転

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zoom RSS 夜、再び。(3)

<<   作成日時 : 2006/03/03 20:59   >>

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苦しい。
衛宮士郎は声にならぬ、言葉で呟いた。
苦しい。
すでに外は夕闇。
衛宮士郎は、学校を出てから一人彷徨い歩いていた。
通り過ぎる町並み総てが、士郎の頭を軋ませる。
どこもかしこも、思い出がある。
それは、当然一人の思い出ではなくて。
誰か、俺の隣に。
――――いなかったっけ。

『どうしました、■■■』

頭が痛い。
幻聴まで聞こえる。
だって、その声はもう聞けるはずの無い、■■■■の声だから。

「あ」

今、俺は何を考えてた。
誰の、声だと。
「ぐ………っ」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
でもそれ以上に胸を押しつぶそうとするこの苦しさは何だ。
叫びだしたくなるような、この苦しさは。
「俺は……俺は……っ!!!」
いったい、何がそんなに苦しいんだ。

衛宮士郎は気付くと、坂の上にある教会に来ていた。
士郎はその教会を呆然と見上げる。
「懺悔でも、しろって言うのか……」
士郎は教会の前で膝を折り、胸を押さえた。
胸の空虚感。衛宮士郎は、何を失ったのか。
そして、何を得たのか。

「ほう、懺悔をしたいのか、衛宮士郎」

士郎の頭の上から聞こえた声は、とても慈悲深い声だった。
顔を上げるとそこには、一人の神父が立っていた。
「………あんた、誰だ」

神父は、悪夢を見るような視線で衛宮士郎を見下ろす。
だが、やがて笑った。
「言峰、綺礼」

―――――あ。

衛宮士郎は転がるようにして、後退した。
体は震え、脚は笑い、歯はカチカチと鳴る。
わからないが、アレは悪いものだ。
生き物として、衛宮士郎はアイツの前に立ってはいけない。
「ほう」
言峰はその士郎の姿を見て感嘆した。
「素晴らしい、衛宮士郎。それこそお前の人間としてあるべき形だ」
言峰は、大仰な仕草で両手を広げる。
「人間は自分の命が一番可愛い。それは当たり前の事だ。己を傷つけるものを恐れ、避けられる障害は避けるものだ。総ての外装が剥がれ落ちた今のお前はこれ以上も無く純粋な衛宮士郎だよ。そうだな、当たり前だな。あれ程の人間を見殺しにしたのだ。お前はその矮小さが相応しい」
「みご、ろし?」
「随分と自分に都合の悪い事だけ忘れているじゃないか、衛宮士郎」
言峰が世にも優しい顔をして、士郎の頭を鷲掴みにした。
「再手術になるな、衛宮士郎。今一度、お前の罪を切開する」
言峰の腕に浮かび上がる魔術刻印。
「己が罪を思い出し、深く懺悔しながら生きていくといい」

がきん。

衛宮士郎の中で、何かが外れる音がした。

「ああがああああああああああああああああああっいぎあああああああああっ!!!!」

罪、罪、罪、罪。
俺が起こした罪。

「そうだ、全部お前のせいだ。衛宮士郎」

――――赦さない。

助けてと伸ばされる手を振り払って、自分一人だけが生きる為に大勢の人間を見殺しにした。

――――赦さない。  

「助けることができる命もあったのではないか?」                                       

――――赦さない。

そうだ、炎に巻かれても必死に我が子を守った母親がいた。
子供は生きていた。
自分に手を伸ばしていた。

――――赦さない。

「それをお前はどうした」

――――赦さない。

振り払った。俺は自分が生きていたかったから。

――――赦さない。

「そうだ、衛宮士郎。『衛宮士郎』を思い知れ。お前が如何に罪深い人間なのか」

――――赦さない。

あの命も、あの命も、あの命も、あの命も。全部全部全部。

――――赦さない。

「そうだ、お前が殺した」


そんなお前が赦されるわけが無い。


士郎は最後の気力で、言峰の腕を振り払って駆け出した。


士郎は訳の分からない叫び声を上げた。
それは、謝っているようにも聞こえたし、抗っているようにも聞こえた。

一人駆け出していく士郎の背中を、言峰は見詰めている。
「凛か、余計な真似を」
そう呟き、言峰は空を見上げた。
すでに日は落ち、時刻は夜を迎える。
「明日だ」
その一言と同時に、言峰綺礼と呼ばれる神父の像は消えた。
「明日で総てが終わる」
教会の前には、もう誰もいない。




二人の魔術師と一人の錬金術師、そして一人のサーヴァントが遠坂邸に集っていた。
「これは」
凛が直立不動で立つライダーを見つめて、首を振った。
「とんでもない事だわ」
ライダーが本当は桜のサーヴァントだったという事も中々の驚きだが、今はそれ以上にこの事態が驚きである。
シオンも同意する。
「どうやら、ワラキア自体が変質してきたようですね」
シオンは、軽く腕を振るう動作をした。
凛と桜はその動作に微かに疑問を抱いただけだったが、ライダーは何か気付いたように、錬金術師を見つめたが、結局何も言わなかった。
「状況から言って、ワラキアは従来のワラキアの夜を捨てたと考えていいでしょう」
シオンはすっと指を立てた。
「先程の話から、第三のシステムを殆ど取り込んだような印象を受けました、事実そうなのでしょう。第三は『魂』に関係する魔法です。故に英霊の魂を召還し個々の役割を与えるサーヴァントシステムが実現できます」
凛はシオンを意外そうに見つめた。シオンは錬金術師である、第三の知識はともかく、サーヴァントシステムまで既知であるというのは、少々驚きであった。
だが、有り得ぬことではない。と凛は思い直し口を引き結んだ。
「ワラキアの夜は噂を実現することができますが、その噂とは情報です。もし、魂という『情報』としては申し分ない物を取り込んだとしたら、ワラキアの夜は噂ではなく魂を実現する固有結界となる事でしょう」
凛は幾つかの疑問を見出し、シオンに質問した。
「まず魂が実現されるとしたら………その、この辺りで死んだ人間全部が『ワラキアの夜』で蘇るのかしら?」
もし、そうなら冬木は死人で溢れかえることであろう。
しかし、それは幸いにシオンが「いいえ」と否定した。
「いくら、ワラキアの夜でもそこまでの異端、異常性はありません。魂が実現されるのは例えば」
シオンはライダーに目線を移した。
「彼女のような英霊。……そして相当に強い思いを残した死んだ人間」
「じゃあ、召還すればこの場にアーチャーは現れるのかしら」
「いえ、それは無理です。桜の状況は擬似的にその場でワラキアの夜が発生していたからできたのであって、今ここで例え遠坂が呼びつけても……良くて僅かに一瞬実現するだけでしょう」
「そう」
凛は頷いてソファーに体をうずめた。
自分自身の矛盾を知っている。
アーチャーは、衛宮士郎の末路の筈だ。
自分はそれを知っている。
だが、今は事態を収める為に彼の力を借りようとしている。
なんて、矛盾。
「ですが、ワラキアの夜が本格的に発現したら、それも可能になる筈です。むしろサーヴァントシステムを取り込んでいるところから、聖杯戦争に参加したサーヴァントの多くは現れるのではないでしょうか」
そこで、桜から声が上がった。
「あの、ずっと疑問に思っていたんですけど」
「はい」
シオンは促すように返事をした。
「固有結界っていうのは、術者の心象風景を表すものですよね。ならば、そう簡単に『ワラキアの夜』が変質するとは考えにくいんですけど」
遠慮気味に桜が問うと、シオンは微かに微笑んだ。
「ええ、その通りです桜。貴方は聡いですね。……ワラキアはもう既に自我がかなり薄れています。アレは既に人格を捨て現象と成り得てしまっている。彼の心象風景の変質もそう無理な話ではないでしょう」
他にはないですか、とシオンが声を上げようとした時に遠坂邸の扉が吹き飛ぶような強さで開いた。
「凛…っ!!」
その声は白い少女のものだ。
普段冷静な彼女が、焦っている。
そのことで、凛は事態の性急さを悟った。
「どうしたの、イリヤ」
「士郎が…っ!!」
その名前を聞くと桜も目の色を変える。
皆の注目を集める中、イリヤは叫んだ。
「士郎がいなくなっちゃったのっ!!!」



凛の内心は荒れ狂っていたが彼女はどうにかそれを押さえ込んだ。
「そう」
凛は聞くものには冷たいと取られるような返事をする。
それを不満そうに、イリヤは凛を睨んだ。
それも当然か。彼女は大人と子供の面が同居している。
そして、彼女の世界は自分以外のその他大勢が住む世界ではなく、自分と自分の好きな人が住む世界だ。それ以外の人間の事など頭に入っていないのだろう。
「シオン」
「はい」
「ワラキアの夜の発現は何時頃になるか分かる?」
「……多分、明日の夜になるかと」
でも、この地を治める遠坂凛はその他大勢を救わなければならない。それが、責任というものだ。
「じゃあ、時間が無いわね。私これからワラキアの夜が現れそうな場所に人払いの結界を張ってくる」
凛は、自分の部屋に魔力を溜め込んだ宝石を取りに行くために階段に向おうとした。
「遠坂先輩っ!!」
桜の声が後から響く。
「衛宮先輩の事が心配じゃないんですか!!」
ぴくり、と眉が動いた。
凛は背を向けているので誰にも見られなかったが。
「だったら……」
どうしろというのか、衛宮士郎が心配じゃないかって? 心配に決まっている。今のアイツは唯の人だ。どうにも予想外の動きを始めたワラキアの夜はアイツにも牙を剥くかも知れない。だが、だからどうしろと? 無垢な娘のように衛宮士郎を心配して焦ればいいのか。違うだろう。それは違う。それは他の誰かがやるだろう。だったら遠坂凛がすることは、もっと別の事だ。
「……貴方が探してあげなさい。今すぐ」
その返答を聞くと桜は呆然と自らの姉を見た。
凛はこの時になっても、自分に振り向こうともしない。
桜はその事に悲しさと僅かな苛立ちを覚えた。
「遠坂先輩は、冷たいんですね」
一言言い捨てて、桜は駆け出していった。
その後を無言でライダーとイリヤが追っていく。
そしてそこには、凛とシオンのみが残った。
「シオンはすまないけど、私に付き合ってくれないかしら。多少ワラキアの夜の気配が読めるんでしょう?」
「ええ、わかりました」
シオンは頷く。
「じゃあ、ちょっと待っていて」
凛が居間から姿を消すと、シオンは溜息をついた。
彼女の腕には極細のワイヤーのようなものが巻きついている。
これこそが、エーテライト。シオンの錬金術師としての『武器』である。
シオンはこれで先程から、桜と凛両方から情報を採集していた。
エーテライトで伝わる情報は確かなものしか無く、事実桜が話した間桐襲撃の話も簡単に正確に彼女に伝わった。
だが、時には己の望む望まざるを考えず、心の内の声が聞こえることがある。
シオンは二人の姉妹の葛藤を読み取っていた。
己の責任を果たそうとする姉と、愛しい人を探して奔走する妹。
一途という所では二人は案外と似ているのかもしれない。
「お待たせ」
凛が皮袋に入れた宝石を持ってきた。
「それを全部使うのですか?」
それを聞くと凛は苦笑した。
「宝石でも屑だし、結界を張るだけならこれぐらいでいいわ」
そう言って、凛は開け放たれた扉に向って歩き始めた。
それぞれには、それぞれのやるべきことがある筈だ。
と、凛は顔を引き締めた。



くだらない野郎にあっちまった。
くそったれ、これは何だ、俺は正義なんて知らない。
単なる子悪党だよ。
誰かと群れる事も出来ず、一人で煙草を吹かし他人から金を奪う。
未来なんてこれっぽっちも考えちゃいない。
「おい、衛宮」
死んだ魚の目をした男が此方を向いた。『ような』ではない。死んだ魚の目だ。
男はそんな士郎を見て忌々しげに金に染めた頭を掻いた。
「手前が何でこんな所にいるんだ」
そこは新都の一番寂れた場所、ゴミ達の溜まり場のような路地裏だった。
男は衛宮士郎を知っている。彼は衛宮士郎の『正義』の恩恵を受けた人物であった。
時刻は深夜で、それこそ出来が宜しくない輩ばかりが集るような時間帯。
それを。
「何で、こんな時間にお前がいるんだ」
「……あんた、誰だ」
士郎は、何か酷いモノでも見るような眼で男を見た。
「それとも、俺がまだ忘れているのか」
「はぁ?」
男は、困惑した。自分の名前や顔を覚えていないのは別にいい。付き合いなど皆無だったし、自分が勝手に名前を覚えていただけだ。
だが、今の衛宮士郎の姿は彼が知っている衛宮士郎ではない。
ぼろぼろの姿。涙や鼻水が乾いて酷い状態になっている顔、何より意思の感じられない眼。
彼の思い出の中にある、衛宮士郎は正に英雄そのものだったと言うのに。
「クソッタレ」
男は毒づいた。
衛宮士郎に何があったかなんて知らない。知ろうとも思わない、知りたくもない。
男は、再度毒を吐きながら、士郎の襟を引っつかんだ。
「おい、衛宮」
士郎は無言だ。有ろう事に、その表情からは怯えすら感じられる。
違う。
男は痛感した。
これは、馬鹿で屑な男が人知れずずっと憧れてきた英雄の姿ではない。
衛宮士郎は格好良い。
足りない頭での最大限の尊称。
それが踏みにじられた気がした。
「ここから失せろよ、衛宮。『出口』までは案内してやる」
男は士郎を突き飛ばすように離し、先をずかずかと歩いていった。
士郎は、その後を恐る恐る付いていく。
その態度が気に入らない男は再度、毒を吐いた。
「な、なあ」
後から、士郎が男に問いかけた。
「俺とアンタはどんな知り合いだったんだ」
「別に知り合いでもなんでもねぇよ」
男は切って捨てた。
そして皮肉気に言う。
「あえて言うならお前の夢が好きだった馬鹿野郎だ」
自分と同じような人種に絡まれた時。
相手は複数、こっちは一人。
当然ボコボコにやられた。
そこに現れた『正義の味方』。
夢かと思った。
俺は腐った野郎で誰からも見てもらえないそんな奴だったから。
だが、一人が二人になってもあんまり状況は変わらず結局二人ともボコボコにされた。
その時、男が馬鹿だ。と言った。お前みたいな生き方は損だと。
衛宮士郎は、この時名前も知らなかった男は、仕方が無いと笑った。これが性分なのだと言った。馬鹿だ。そうだな。そんな会話。
士郎は最後に照れ臭そうに夢を。理想を語った。それこそ馬鹿にしか考え付かないような理想で、夢で。
だが、男は思った。こいつなら……。
「手前だったら、あの夢を諦めない……。そう思ってたんだがな」
しかし、それは自分の勝手な思い込みだったのだと。
男は自嘲した。
だが、士郎はその言葉に問いかけた。
「……なあ、俺の夢って……、何だったんだ」
その言葉は、男の逆鱗に触れた。
男は、感情のままに振り返り士郎を殴りつけた。
「糞野郎!! 逃げたのかお前は! 逃げたのかよっ!!!!」
夢から、理想から。それ自身を忘却するような逃げ方をしたのか。
男は倒れた士郎を無理矢理立たせて、無理矢理を引き寄せた。
射殺さんばかりに睨む男。
「忘れたんだったら何度でも思いださせてやる!! 手前の夢はな……!!」
正義の味方だったんだよと、男は口から血を吐き出しながら叫んだ。
「あ」
士郎は二重の衝撃を受けた。
叫んだ男の言葉と、男の腹から伸びてきた刀剣。
それが完全に男を貫いていた。
「あ……?」
男は、悪い夢でも見るように自分の腹から伸びてきた物を見た。
血がでてる。
そんな事をぼんやりと思った。
膝から崩れ落ち、男は汚い地面を舐めた。
倒れた男の後には、一人の美しい女がいた。
白銀の甲冑、金の髪。男を貫いた両刃の剣は血で濡れている。
「…………」
女は無言だ。
男は思った。美しいことは解るが、どうもぼんやりとした女だなと。
どうにも輪郭がはっきりと見えない。
「は……」
口から血の泡を噴き出しながら男は立った。
自分がこの唐突に現れた死に晒されるのはいい。
笑われてしまうような覚悟だが、こんな事もあるだろうことは予測していた。
それこそ、喧嘩中にナイフで刺されるような物だったが。
(変わりは、しねぇ)
そうだ、変わりはしない。
死ぬ事には何の変わりは無い。
だが、後にいるこいつは別だ。
「行けよ、衛宮」
掠れた声で呟いた。
借りは返す。
そんな事を思った。
「正義の味方……」
士郎はその言葉を呟いた。
「ああ、なりたいんだったら走れよ」
生きてれば、まだ可能性はある。
男は、その言葉だけを言って女に飛び掛った。
同時に士郎は走り出した。

逃げ道では無く。女の方へ。



白銀の甲冑、金の髪。ただ顔が見えない。
その姿がどうしようもなく士郎の頭を揺さぶる。
「正義の、味方……っ」
その言葉は、世界に有触れていながらどこにも無いその言葉は士郎の胸をかき乱す。
だったら、この胸の苦しさが。自身の犯した罪だけではないとしたら。
衛宮士郎は逃げるわけにはいかない。
「この、糞野郎」
自分を殴り、そして引き上げてくれた男が言った。
男の腹からは血が流れその姿はどうしようもなく死を暗示させられる。
「俺は……、俺は!!!!」
正義の味方になりたい。
青年は時も場所も状況も総て違う所で、過去と同じ事を思った。
この女を打ち倒し、この男を救えるような正義の味方に。
俺は、なりたい。

そう、ならば逃げるのはこれで止めだ。

がきり。

士郎の頭の中で、またその音がした。
頭の中で急速に描かれる外法の知識。
魔術。
溢れ出た知識は、両手に馴染み深い短刀を顕現させ女に肉薄した。
女は士郎の一撃を受ける前に後ろに引く。
その時、微かに女の顔が見えた。
窪んだ目元からは血の涙が溢れ、顔は笑っていた。
その姿が、どうしようもなく冒涜されたものだと感じた。
だって、それは■■■■の姿だから。
一撃、二撃、三撃。
流れるような動作で双剣を振るう。
その動作を見て、女は引いた。
「まさか、試運転で面白い役者にあったものだ」
その声は男の声だった。
「君も来るがいい」
その一言を言い女は消えた。
まだ、時ではない。そう呟くのが聞こえた。
士郎は頭痛を無理矢理抑え、男に駆け寄る。
男は途中で倒れこんでいた。
情けないというつもりは無い。
男は、命を懸けた。
それだけで充分であろう。

男は駆け寄ってくる士郎を見て笑った。
先程より大分マシになっている。
「やりゃあ……できるじゃねえか……よ」
その一言と同時に、名も無き青年は絶命した。
士郎は、ただ黙ってその死を見ていた。
「ありがとう」
彼に送る言葉はこれが一番正しいような気がした。
士郎は、青年をそっと抱え上げて路地裏の比較的綺麗な場所に置いた。
「総てが終わったら」
そう言い残して士郎は駆け出した。
自分にはやるべき事がある。
いまだ胸に残る苦しみ、思い出された罪。
そして、今それに抗う手段を見つけた。
青年の死は士郎に膝を屈する絶望ではなく、駆け出す勇気をくれた。
ならば、取り戻そう。
自身が忘れた総ての事を。
士郎はここに一つの誓いを立てた。

――――闘うと決めた。

それが、彼の誓い。



奪ったもの奪われた。物総ての価値は等価だ。
ならば、遠坂凛が衛宮士郎から奪った事によって、遠坂凛が失ったモノは何か。
それは当然、自分への矜持であろう。
魔術師としての、という前置きがつくが。
人格には人格を。
凛は確かに支払ったのだ。

時刻は、桜たちと別れてから随分と立つ。
自分は朝日が昇ると同時に帰宅し、自室のベッドに倒れ込んだ。
今日は学校があった筈だが、気にもしてはいられない。

そして目覚めたのは、正午だった。
寝過ぎで痛む頭を抑えながら下の階に下りる。
そこには当然のように既に馴染み深い存在となった錬金術師がいた。
「おはようございます、遠坂」
その言葉と同時にシオンは、凛に冷えた牛乳が入ったコップを渡した。
凛はその行動に一切の疑問を挟むことなく、寝ぼけた頭で礼を言い、それを一気飲みする。
「あー」
飲み切り、知らずの内に声が漏れた。
それを見て、シオンが微笑する。
「お疲れのようですね」
「うん、少しね」
凛は微かに痛む頭を振った。
「顔、洗ってくる」
そう言って、ふらふらとリビングを去る。
その時、凛の頭に一瞬、疑問が過ぎった。
自分が牛乳を飲むことや、冷えたそれを用意できた事。
それらは、予測が付かない事ではないだろうか。
だいたい百歩譲って牛乳を飲むことは知っていたとしても、冷えたそれを用意する事は……。
まあ、そんな疑問も顔を洗い身嗜みを整え戻ってくる間には霧散していたことだが。

凛は、シオンから未だに士郎が発見できていない事を報告された。
「桜が?」
「はい、連絡を入れてきました」
律儀なものだと少々皮肉気に考えてしまうのは起き抜けだからであろうか。
「まあ、人一人探すのって案外と難しいからね」
本気とも冗談とも付かない口調で凛は言うと、シオンを見た。
「で、ワラキアの夜についての追加情報は?」
凛はシオンという人間の優秀さを知っている。
ただここで呆けていただけの事ではないのは確かだ。
予測通り、シオンは頷いて報告を始めた。
「バッドニュースですが」
「だからって聞かないわけにもいかないんでしょう」
シオンは苦笑した。
「潔さは貴方の美点ですね遠坂。……聖杯戦争は貴方達の回で何回目ですか」
「……五回目ね」
「では遠坂、私達は二十八ものサーヴァントと戦わねばなりません」
その言葉を聞いた時、凛の思考は停止した。
「は」
凛の思考停止に関わらず、シオンは言葉を勧めていく。
「先に話をした通り、私はサーヴァントの実現を示唆しました。それは第五回目に関わらず、総ての聖杯戦争のサーヴァントの実存をも指しています」
「ちょ、ちょっと待って!」
凛は思わず手を前方に突き出していた。
「……何で第五回は含まれないの?」
七×五=三十五だ。
小学生にだって解る。
「第五回目が含まれない理由は、魂の密度の問題です。考えてもみてください遠坂。つい最近起こった第五回聖杯戦争とそれまでの聖杯戦争では魂の情報密度が違います。故に第五回に参加した英霊達には明確な意思というものがあるでしょう。ですがそれ以外には意思などというものは望めません」
「……自分が薄まっているから」
「その通りです。情報とは常に塗り重ねられていくもの。今さら過去のサーヴァントシステムに記録されている英霊を呼び出したとしてもそこに意識は望めないでしょう。魂の情報だとしても、です」
「……不味いな。そりゃ」
凛は思わず顔を片手で覆った。
「ええ、確かに再限度が弱くなっているとはいえ英霊です。私達で打倒できるレベルのモノではないでしょう」
「ワラキアの夜は、その出来損ないの英霊を『使えるの』?」
「ええ、かなり高い確率で」
レプリカント・コーディネーターの応用とでも言うべきか。
意識の無いそれはワラキアの先兵として使われることだろう。
「……サーヴァントにはサーヴァントでしか対抗できない」
「その通りです凛。……第五回のサーヴァントで協力が望めそうなサーヴァントはどれ程いますか」
凛は考え込んだ。
セイバー、アーチャー、バーサーカー。そして現在の手駒としてライダー。
これは絶対に確保できるだろう。
何せマスターがこちら陣営だ。
……いや。
(セイバーは微妙、かな)
どちらにしても、ワラキアの夜が始まったら現れるのだ。彼女だったら此方の頼みを断るとも思えないが。
保留、と凛は頭の中で呟いた。
残りのキャスター、アサシン、ランサー。
こいつらは敵対していた、完膚なきまでに。
だが、絶対的敵対関係なのはキャスターのみであろう。
ランサーは好漢だったし、アサシンは掴み所の無い奴ではあったが仲間に引き込む予知もあるように思えた。
だが、キャスターは。
串刺しにされたキャスターの姿が思い浮かぶ。
「あ」
そこで、最悪の存在に思い至る。
ギルガメッシュ。人類最古の英雄王。
彼は第四回のサーヴァントだが退場したのは第五回だ。
当然、意識を持ったまま現れることであろう。
アレと今一度闘うハメになるとは。
もっとも、倒したのはセイバーと士郎だが……。
「めちゃくちゃ旗色悪いわね」
敵対サーヴァント数は、ギルガメッシュの欠番で二十七に減ったものの大して変わらないようにも思えた。
それに、アイツが味方に回るなど想像できない。
凛は思わず頭を抱えた。
それを見て、シオンは溜息をつく。
「どうやらかなり不味いようですね」
しかし、シオンの眼からは希望の光が消えてはいない。
「しかし、敵サーヴァント総てと戦う必要はありません。うまく立ち回ってワラキアの夜の元まで行って倒すことが出来れば良いのです」
「そうね……」
どっちにしろ難しい事になるだろう。
凛は溜息をつき、今日訪れる災厄に頭を巡らせた。



ライダーは走っていた。
……正確には彼女の姿は霊体なので走るというより飛ぶが如くと言った所だが。
ライダーは回想する、己が主人の姿を。
憔悴し、膝の上に眠るバーサーカーのマスターを見ながら彼女は言った。
お願い、と。
特殊な呼ばれ方をしたライダーに今や令呪の縛りは無い。
だが、ライダーは己のマスターの為に走っている。
何故か。
ライダーは微笑した。
考えるまでもない。あの桜という子が好きだから。
それでいい。それだけでいい。
ライダーの動く理由は充分だ。
「お願い」と託された思いを考えれば御釣りがくるというもの。

時刻は夕闇。
既に、開演の時間は迫っていた。



士郎は新都を駆けていた。
凛の施した士郎への記憶操作はすでに解けかけている。
嫌、士郎が解きかけているといったほうが正しいか。
士郎が向う場所は唯一つ。
衛宮士郎の出発点に他ならない。
震える肺を押さえ、士郎は自分が罪を犯し、救いを得た場所に立っていた。
「はぁ……、はぁ」
呼吸が苦しい。
ただここに立つだけで、罪の意識で狂いそうに成る。
でも、ここには。

「頼む……! 頼む……!」

士郎は思考の途中で、己の隣を通り過ぎていく男を見た。
くたくたのコートにぼさぼさの髪。
微かに見えた眼は血走っていた。
「切、嗣……?」
不意に出た言葉と同時に、世界が地獄に変わった。

燃え盛る炎。
それは空をも茜色に染め上げ、地面は焼き鏝のようだ。
苦しみ、慟哭の声すら聞こえない。
そこにあるのは人の死体のみだ。
士郎はそれを見た。
切嗣が必死に生き残りを探す様を。
瓦礫に押しつぶされながらも、微かに息のある者がいた。
切嗣はすぐさま瓦礫をどけようとする。
押しつぶされていた女は安堵の表情を浮かべ、胸に抱いていた赤ん坊を渡し死んだ。
切嗣が赤ん坊を抱きかかえて、安堵の表情を浮かべた。
否、浮かべかけた。
既に赤ん坊は死んでいたのだ。
手がだらりと、力なく垂れた。
切嗣が叫び声を上げた。恐怖ではない。嫌悪でもない。
悲しみによる叫び声だ。
切嗣は半狂乱になり赤ん坊を投げ捨てた。
非道とは思わない。
士郎はぼんやりと思った。
救ってやれなかった。
救ってもらえなかった。
切嗣は走る。
先のような事を何度繰り返しただろうか。
彼の表情は、数分の内に驚くほどにやつれていた。
そこに、一人火傷を追いながらもうつ伏せに倒れる少年の姿があった。
切嗣は懲りずにまた向った。
すぐさま、少年を抱きかかえる。
少年は意識があるようだった。
切嗣は呆然とした表情を浮かべた。
「生き、てる」
救いがあった。
そこに。
絶望のみが支配するその場にも。
確かに、救いはあったのだ。
「生きてる……っ!!」
それは、安堵、喜び、数々の感情が入り混じった叫びだった。

生きていてくれた。

切嗣は万感の思いを込めて叫んだ。
切嗣は、少年を抱きかかえてこちらに走ってくる。
「切嗣……?」
それは、父親の名前。
彼に、■■を託した。
世界一の憧れ。
すれ違った。
その瞬間、士郎は叫んでいた。

「親父!!!!」

士郎は振り返った。
そこには当然誰も居ず、その場も炎の地獄では無かった。
「今のは」
自問しても答えはでない。
だが、士郎の中で一番大事な何かが疼いていた。

約束。

その言葉が頭に浮かんだ。

「セイバーのマスターっ!!」
その声は士郎が知っている声だ。
何故なら、■■■■と死力を尽くして闘った相手でもある。
「ライ、ダー?」
軋む頭の中から漏れてきた言葉と同時に、夕日が落ちた。



桜は、落ちた太陽を見て愛しい人の無事を祈った。
両手を胸の前で組んだ。
「先輩……」
穢れた己の体だが、思いだけは純粋であるように。
桜は、祈った。

イリヤは、普段より暗い夜を見て覚悟を決めた。
面白いじゃない。
私の大切なものを壊そうとするなら相応の覚悟は出来ているのだろう。
笑ったイリヤの前には、彼女が信を置く無敵の巨人の姿があった。
「おかえり、バーサーカー」

凛は、宝石を握った。
やってやる。
相手が何だろうが関係ない。
ここは私の庭だ。
不法侵入者には、一晩と言わず即刻出て行ってもらおう。
士郎の事が気にかかるが、流石に桜がもう保護している筈だ。
後は思い知らせてやるだけ。
遠坂凛の強さを。
開け放った扉の前には当たり前のように赤い弓兵の姿があった。
「さあ、一発ぶちかましてやりましょうかアーチャー」
弓兵は笑った。
凛も笑った。

シオンは一人、遠坂邸の窓からワラキアがいる場所を睨んでいた。
気配がする。
同時に押さえられていた吸血衝動の活発化。
大丈夫だ。
胸の中に冷たさはない。
(志貴…………)
力を貸してください。
シオンは肩のホルスターに収められているレプリカを握った。

今回の聖杯戦争終結の地。
柳洞寺。
その池の上空で、深くお辞儀をするワラキア。
目の前には、キャスターとそのマスター葛木。
ワラキアは口を開いた。
「皆様ようこそ参られました。今宵一晩限りは眼が離せぬ、喜劇、悲劇、活劇の連続で御座います」
ワラキアが口を開く間にも、影のように姿形がハッキリとしないサーヴァントが現れる。
その影達はワラキアを敬うように一度に優雅に礼をした。
「どうぞ、お楽しみの程を」
キャスターの詠唱と供に、葛木とキャスターの姿が消える。
ワラキアはそれを全く意に介さぬように笑った。
「開演」

それぞれの決意。
意志。
ある者は、戦いの決意を固め。
ある者は、未だ心定まらぬままに。

―――――夜、再び。

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夜、再び。(3) 十三式大回転/BIGLOBEウェブリブログ
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