十三式大回転

アクセスカウンタ

zoom RSS 黒く、白く、赤く、青く。(2)

<<   作成日時 : 2006/03/16 23:55   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

志貴は夜の町を走っていた。
腕時計をちらりと見る。時刻は深夜十二時を回ったところだ。
何だかんだで、長居してしまった。
アルクェイドはもう寝てしまっただろうか。
公園の前まで来る。ここを横切れば近道だが。
「うん、まあ誠意って奴」
一人でぽつりと呟いて公園に飛び込んだ。
一歩足を踏み入れた瞬間、この公園の異常さに気付く。
音がしない。鳥の声も虫の声も車道からも近いのに、車の音すらしなかった。
何故、そこに眼がいったのだろうか。自然と視線がそちらを向いた。
そこには、月を仰ぐ一人の男がいた。
彼の周りには、無数の鳥が群がっている。本来なら夜は行動しない筈の鳥までが眼を爛々と光らせてその男の下に跪づいていた。
志貴が無意識に喉を鳴らし唾を飲み込んだ。それと同時に一度に飛び立つ数多の鳥。
白き羽が舞い、自分と男の間を割った。
「面白いものだな」
「―――――」
声は低く、心地良く耳を打った。
「君のような何の変哲もない少年が真祖の騎士?」
男と眼が合う。その眼は血のように赤かった。
不味い。こいつは異常だ。狂っている。風景から、否世界から乖離している。
ネロ・カオスのような異常性では無い。ロアのような妄執も感じない。
唯、圧倒的な存在感が男を異常だと己に警告する。
無意識にポケットに手が伸び、短刀を掴んでいた。
「君がここに来たのを運命だと断じよう。真祖の騎士。私の名前は死徒二十七祖が一、トラフィム・オーテンロッゼ。人は私を白翼公と呼ぶ」
白翼公は唇を吊り上げた。
「お前は―――――」
「分かり難かったかね? ああ、そうだな。分かり難かったな。知識を既存のものとして語るのは非常に不親切なものだ。分かりやすく言おう。私は吸血鬼であり、君の主の真祖を殺す者だ」
あるいは、殺される者かもしれんが。と白翼公は笑う。
頭が混乱しているが、唯一つの単語にだけ志貴は反応した。
真祖を殺す。
それは、つまり。
「アルクェイドを」
「完膚なきまでに殺し尽くすということだ」
かちり、と頭のスイッチが入った。運命? 運命だと。
ここで俺とお前が合ったのが運命というのなら。
彼女を傷つけるお前を俺が先に殺す事ができるという至純の運命に違いない。
眼鏡を震える手で取った。短刀は既に手の中にある。
「止めたまえよ。火傷するぞ」
余裕をこいている今がチャンスだ。相手がこちらの手札を知らない今がチャンスだ。
頭の中から先程から声が鳴り響いている。殺せ? 違うもっと何か別の声だ。
構うものか、奴が消えれば声も止む。
「―――――っ!!」
余計な口上はいらない。つらつら語って馬鹿を見るのは御免だ。
白翼公の体が月光に反射して、良く見えた。
だが、そこに本来見えるべきモノが見えない。
「―――――は?」
在り得ない。あの怪物666の獣ですらこの眼は死を見通した。
なのに、何故。あの男の死が俺に見えない―――――!
「浄眼か。いかなる目だ?」

―――――ああ、気付いた。やっと分かった。
先程から鳴り響いている声。殺せではない。それよりもっと大きいもの。生前本能にそれは基準し、ひたすら遠野志貴を急かす。

曰く、―――――逃げろ。

走り出した体はもう止まらない。今から背中を向けて逃げる訳にもいかない。それ以上に、こいつはアルクェイドを殺すといった。一番言っちゃいけない事を言った。幸せそうに笑う彼女を壊すと言った。叩き壊すと、殺し尽くすと言い切った。
「恐れを知って、恐れに屈しないか。人間にしては上出来」
白翼公の周囲が陽炎のように揺らめいた。
「だが、殺すと思った後で迷いが生まれるようでは甘いな」
陽炎が消える。同時に逃げろという声も消えた。奴の死が白日の下に晒される。
こいつは、今自分の意思で陽炎を消した。俺へのハンデの心算で。
体に無数に走る死の少なさはコイツが如何に死難いかを表している。
だけど、殺せる。その余裕のお陰で殺せる。
無理矢理に体を捻った。死をなぞる様に動く。
白翼公の顔が一瞬、凍った。
「奇妙な」
男は大地を踏み抜かんとする踏み込みで、一瞬で立ち居地を変えた。
「―――――ぐっ!!!」
体当たり。否、肩を突き出したタックルか。
一撃で吹き飛ばされ地面を無様に転がる。
「背筋が冷えたぞ。何だ、その動きは。何だ、その目は」
志貴は体の間接の悲鳴を聞きながら、無理矢理立ち上がった。
「手加減は出来なかったというのに、タフだな」
スーツについた埃を落とす。
「伊達に、真祖の騎士では無いということか」
「俺は、騎士なんかじゃない」
ほう、と息をついた。
「では何だというのだ、小さな島国の小さな人間。奇妙な能力故に真祖に魅了されたか」
「そんなんじゃない」
ふざけるな、と叫びだしたくなるのを抑える。こいつはオカシイ。また陽炎が奴の周囲で揺らめいている。お陰で死が見えない。冷静だ。冷静になれ。生き残る為に。彼女の笑顔を守る為に。何だってやると誓った。何だって受けてやると誓った。多くの人を泣かせる事になってもたった一人だけは笑えるように。
「俺は」
陳腐だ。場違いだ。今から吐くべき台詞はきっとコイツには馬鹿のように聞こえる。あの彼女と駆けた日々を暮らしてきた年月を知らないコイツが聞けば俺はとんでもない馬鹿に聞こえるだろう。

「あいつの、恋人だ」

白翼公の余裕の笑みが消え、何処か優しげだった目元が一気に冷えた。
「冗談はよせ、あの兵器に連れ合いなどできるものか」

「冗談は貴方のほうよ。この変態野郎」
白翼公がその一言を聞いた瞬間に大きく後に飛び去った。
そこには何時の間にか投擲されたのか白銀のサーベルが一本突き立っている。
「愛に国境は無い、愛に種族は関係ない。誰でも知ってることだわ」
髪を靡かせる白き騎士。
闇の中から現れる黒き姫。
それに付き従う、黒い騎士と地獄の猛犬。
「アルトルージュ」
「この子にからんだのは、宣戦布告の心算かしらトラフィム」
「そうか、君はそちらに着くのか」
アルトは軽く頷き、酷薄な笑みを浮かべた。
「妹を裏切る姉なんていないわ。姉を裏切る妹ならいるかもしれないけど」
黒騎士が静かに剣を抜いた。
「ニアダークか」
苦々しげに呟く。
プライミッツは何もせず静観している。
「ここは退いたら方が無難よ。これだけの数を相手にして勝てると思うのかしら?」
アルトが言うと、白翼公は笑った。
「確かにな、もう時間稼ぎは充分だろう」
「―――――何ですって」
白翼公が公園にある時計に目を向けた。
「君たちはいったい何時にここに着いたのかね? ちなみに私は午後二時にはここに着いていた。そしてこの深夜までの空白の時間、何をしていたと思うかね」
空白の時間。時間稼ぎ。
「彼はまだ、半分人間、半分死徒というなんとも奇妙な男でね。体自体が不安定だから日光も浴びる事ができないのだよ」
「―――――エンハウンス」
呟いた言葉は、戦慄と供に吐き出された。

「そう、魔剣を持ち聖銃を持ち体を削りながら死徒を殺し続ける復讐騎。彼は、今何処にいると思う―――――?」

「―――――っ!!! フィナ、リィゾここは任せたわ!」
アルトは志貴の腕を掴み言う。
「貴方アルクェイドの家を知っているんでしょう、案内してっ!!!」
言うまでも無く、志貴は駆け出した。腕を引かれる形になってアルトも続く。無言でプライミッツはのそりと体を持ち上げ追いかけていく。

白騎士は真紅に染まった眼で白翼公を睨んだ。
「やってくれたわね。あの魔剣だったら妹ちゃんも殺せるって訳?」
「彼は元々、吸血鬼が嫌いでね。大本とも言える真祖を殺せるとなったら喜んで従ってくれたさ」
白騎士は引き抜いたサーベルを突きつけた。
「気に入らないわ。まったくもって気に入らない。アンタは行動に義がないわ。美しくない」
黒騎士も剣を構える。
「スミレとリタを連れていないのは失敗だったわね。一対二よ」
「吸血鬼殺しと会いにいったのだ。彼女達を連れていく訳にもいくまいよ。私はあの子達が嫌いでは無いのでね。―――――それに間違いが一つある」
白翼公が優雅に手を広げた。手に白い鳥が止まる。

「ええ、まったく間違いは三対二だという事です。カマ吸血鬼」

白騎士が即座に振り向いた。
そこにいるのは、肩に白い鳥を止まらせている美しき吸血鬼令嬢。
「リタ・ロズィーアン」
そして、それに肩を並べるは、空想具現化を操る海の吸血鬼。
「スミレ」
白翼公が笑った。
「逆転、かね?」



白騎士はと黒騎士は背中を合わせた。
「リィゾ。私が白翼公を殺るわ。アンタは残りの二人をお願い」
黒騎士は微かに頷いた。
白騎士はにっと唇の端を吊り上げて笑う。
月下二刀。
白銀のサーベルと。
漆黒の魔剣が抜かれる。
互いに剣の柄を叩き合わせ、同時に飛び出した。
「リタ、スミレ! その剣には触れるな!!」
「了解です」
白翼公の声が響き、リタが頷き返した。

「人の心配をしている余裕がるのかしら」
「私にはある。戦略的失敗だな白騎士。リィゾを私に当てるべきだった」
「あたしを、なめんじゃないわよっ!!」
ぶおん、とサーベルが風を切る。
人外の力で振られたそれは一撃で白翼公の首を落とすだろう。
だが、白翼公は片目を閉じた。そしてからかうような笑みを浮かべる。
「最強の魔術―――――否、能力を知っているかね」
そんな言葉には構わぬ、と白騎士のサーベルは見事に『振りぬかれた』。
「―――――え?」
疑問の声を漏らす、全く手ごたえが無い。思いっきり振り切ったサーベルを見る。
「何」
これ、と言葉は続いた。白銀のサーベル。その刀身の半分以上。つまりは、白翼公に直撃した筈の部分が完璧に無くなっている。
「それは、完璧なる防御能力だ。ミサイルの雨の中でも散歩できるような、瓦礫が幾ら自身に降り注いでも全く傷を負わないような。そんな防御能力」
元魔術師たる、吸血鬼。彼は講義をするように言う。片目は閉じられたままだ。口元の笑みすら消えていない。
舐められている。黒の姫君の騎士のこの自分が。
「能書き垂れるのは、地獄に落ちてからにしなさいっ!!!」
残ったサーベルを投擲した。だが、それは白翼公に触れる前に消える。
「それを私が体現していたとしたら、どうする? 君の一撃は果たして近代兵器以上の威力が、高所から墜落してくる瓦礫以上の威力があるのかね」
空間消去? 違う、そんなトンデモは無い。物体を即座に何処かに飛ばしているのか? 違う、それは防御能力とは呼べない。あるいは超スピードで刃を掴み取り放り投げているのか? それこそ真逆だ! あのサーベルはどう説明する。
何だ。何がこいつの防御能力を象っている?
「冷や汗が流れているぞ、白騎士。吸血鬼がそれを流すのはこの私でも始めて見る」
「ふん、ならば有り難くおがみなさい。これ以降は見ることは無いわ」
分からない。理解できない。ならば考えるのは止めだ。
白騎士は笑った。そう、どんな状況でも笑う者こそ勝利者。そして、自分はこの勝負に勝つのだから笑う。面白いじゃない、と。

「号令する――――――――――」

満ちる魔力、心の中に沸き立つイメージ。そう何時だって勝ってきた。自分を舐めた馬鹿者、自分の主を貶めた糞にも劣る輩を、総て叩きのめしてきた。
宣誓するように手を振り上げた。荒れ狂う海、そこに生きる無法者供。
さあ、出番だ。何時ものように。そう合言葉は何時ものように。
騒がしく、騒々しく、道を踏み荒らせ。

「――――――――――この糞野郎を叩き潰せ」

世界が引き裂かれ、新たな世界が生まれた。



「ふふっ」
楽しい。楽しい。戦いは楽しい。
リタはちろり、と舌を出して赤い唇を舐めた。
既に手には二丁拳銃。背中には親愛なる宿敵。ああ、この身を謳歌する幸せよ。
「スミレ、援護なさいっ!」
その一言と供に、踏み込んだ。
銃の間合いでは無い剣の間合い。情け容赦なく、魔剣が彼女を真っ二つにしようと迫ってくる。
だが、甘い。
上体だけを逸らし、剣を裂けた。風を切る音がする。
「死になさい」
発砲。黒騎士の左目に穴が開く。だが、奴も吸血鬼だ復元呪詛がある。
そのまま、飛び上がった。
空中で相手を踏みつけるように蹴り飛ばす。
何度も、何度も蹴り飛ばす。時々思い出したかのように発砲。
黒騎士も黙って蹴られている訳ではない。すぐさま、上方に剣を突き出した。
神速、そう形容しても可笑しくない一撃。
だが、それすら甘い。ギリギリの瞬間。リタはタイミング良く黒騎士の顔を蹴り飛ばした。
浮き上がり、巧く避ける。
「あは」
黒騎士の目は既に治っている、まるでタイムラグが無い。潰れたのは確認したので復元呪詛が異常なまでに強いのか、または、別の要素があるのか。
だが、有利だ。今は、自分が優勢。
剣とは近距離武器では無く、中距離武器だ。ナイフや拳のような物の間合いで今自分は戦っている。一瞬でも相手に主導権を握らせてはいけない。握らせたら、自分とスミレが死ぬ。相手はそれだけの脅威。それだけの吸血鬼。
風切り音、敵からではない後から。
黒騎士は即座に反応して、飛来してきたそれを切った。
勢い良く液体が飛び散る。そう、黒騎士が切ったのはスミレが投擲したビール缶だった。
「あー、もったいない」
悲しそうな声を上げるスミレ。リタはその瞬間に自分の拳銃を上に放り投げていた。
信頼しているのだ、相棒を。宿敵を。親友を。
そう、主導権を握っているのは私達二人だ。黒騎士が振った一刀分の隙それを有効に使う。
足に取り付けているホルダーからサブマシンガンを二丁取り出した。フルオートで至近距離でばら撒く。
黒騎士は即座に反応し、剣を構え銃弾を何発か逸らした。
だが、それで終わり。黒騎士の体は下手なダンスを踊るように小刻みに震える。
撃ちつくしたマシンガンを放り投げ、落ちてきた二丁拳銃を掴んだ。
駄目押しとばかりに、渾身の力を持って黒騎士の頭を蹴り飛ばし後方に飛ぶ。
だが、この男。化物か。体中を穴だらけにされても追い縋ってきた。
そうはさせぬ、と。後からまたスミレが何かを投擲する。
今度は黒騎士は切り払わなかった。それこそ迂闊。
どん、と音が響き巨大な針が黒騎士の頭を穿っていた。
リタの位置からは見えないが、今スミレの眼は金色に染まっている事だろう。
空想具現化。戦いの時まで彼女は唯の酔っ払いではない。
誇り高きリタ・ロズィーアンの盟友。祖の中で唯一空想具現化を可能とする祖である。
「地獄に」
落ちなさい、とリタは自分の手の中にある拳銃を撃ち放った。
脳髄が弾け飛ぶのが見え、心臓が銀の弾丸によって抉られる。
完全勝利を確信した。
魔剣ニアダークが、黒騎士の手から滑り落ち。黒騎士はその長身をぐらりと倒れ込ませた。
戦闘時間は最短。戦闘結果は勝利。
正に、戦いの舞踏。生ける芸術とはこのことか。
「スミレ、中々の援護でした」
振り向こうとした、その時にスミレの鋭い声が飛ぶ。
「まだ」
眼を戻し、驚愕した。
一瞬、眼を離した隙に何があったというのか。黒騎士の体は完全に再生され、魔剣ニアダークも彼の腕の中に戻っている。
「は―――――」
呆れたように息を吐いた。不老不死の祖六位。そんな話信じていなかったけれど。
「まさか、本当に不死身なのですか。貴方は」
呟きには答えない。思えばこの死徒は先程から一言も言葉を発していない。それどころか表情すら変えていなかった。
「まず」
間合いを離してしまった。格上の相手にこれは最悪。
スミレが自分を後から、思いっきり引っ張った。
文句を言う前に、目の前に魔剣の刃が突き刺さる。
中距離―――――。
思考が危険を叫ぶ前に、拳銃が跳ね上がっていた。
発砲。明らかに、目の前まで来ていた黒騎士の頭を抉り飛ばす。
「駄目」
スミレがリタを抱え込み思いっきり飛んだ。
「なんて―――――」
黒騎士の傷は再生などという物ではない。戻っている。
一瞬で、砕けた頭が。瞬きの瞬簡に総て元に戻っている。
「―――――デタラメ」
あんな、怪物をどう倒せばいいのか。
間合いは離した。だが、どうする。
黒騎士は悠然と魔剣を構えた。

黒騎士の後方で大きな爆発音と供に僅かな水音がした。



世界が遮断され、新たな世界が誕生する。
それは卵の中の世界だ。
フィナ=ヴラド・スヴェルテンの心象世界。
それは荒れ狂う海を雄々しく渡る、猛者達の雄叫びが響く世界。
誰もが諦めず、誰もが騒々しく、飲み込もうとする波の前に莞爾と笑ってみせる者達の船の群れである。
固有結界パレード。
それは、白騎士と供に世界を渡る、騒々しい幽霊船団である。
「これが」
白翼公ですら眼を見張った。
溢れる海水が彼を飲み込もうとするが、白翼公に触れる前に消えていく。
「君の能力か、白騎士」
帆船の遥か高みから白翼公を見下ろし、彼は笑った。
「ええ、そう。これがアタシを祖として祭り上げている私自身の才能よ、トラフィム・オーテンロッゼ」
ずらりと、白騎士の後ろに並ぶ帆船はどれも大砲をこちらに向けている。ぼんやりとして判然としないがその船に乗っている船員もまた、拳銃を構えていた。
「戦闘は火力に数。ええ、まったくその通りだわ。近代兵器以上の破壊力? 落下する瓦礫以上の威力?」
白騎士は目を瞑った。瞼の裏に思うは自身の勝利か、矜持か、それとも主への忠誠心か。
腕を振り上げた。異様なまでの緊張感が場に満ちる。
「――――――――――超えましょう」
無敵の防御? それが何だ。
「何時だって、一撃。号令一下の元私の船団は容赦しないわ」
「ほう」
白翼公が笑みを消し、閉じていた片目を開いた。その眼は毒々しいまでに真紅。
「ならば、こう言うべきだろうな。年若い、白の騎士。―――――やってみせろ」
貫けるものなら貫いてみよ、と白翼公は言い放った。
「貫けぬ時、君は私が何故、『白翼公』と呼ばれているか知る事になる」
「―――――くっ」
良い啖呵。良い台詞。お前とは敵対したくなかった。
コイツの言葉だったか。実に良い言葉だ。
燃えるじゃないか。

「下す―――――っ!!!」

手を振り上げた、その手は縦横無尽に空を切る。

「百四十二の大砲っ! 四百九十六の鉄銃っ! そして叩きつける威勢の雄叫び―――――!」

咆哮した。姿無き者供は、己達の船長の姿に突き動かされるように叫ぶ。

「常に貫かれるは我が前に立つ、愚か者。荒れ狂う海に飲まれる者へ、我等は最期の救済を下すっ!!」

そう、フィナ=ヴラド・スヴェルテンの海は凪ぐ事が無い。
何時だって、新たな波を生み出し続ける。

そして、何もかも断ずるように腕を振り下ろした。

「――――――――――撃て」

最期の声はむしろ静かなものだった。
轟音にかき消され、爆発が周囲を振るわせた。

そして、白騎士/白翼公は。
唇を吊り上げて笑ったのだった。



「なんだっていうのですか、これはっ!!!」
スミレの肩を踏み台にして、リタは荒れ狂う海を見ていた。
リタは未だ、流水が克服できない。というか、克服できた吸血鬼などスミレしか知らない。
スミレは顔だけ浮かび上がらせて、難しく眉をしかめていた。
黒騎士は、自分達を殺す事が出来た。間違いなく。
ところが、この固有結界が発動した瞬間に身を翻して、恐らくは白翼公達が戦っている方向に向って走って行ってしまった。
冷静な思考をしている自分に苦笑する。酒が抜けてきているようだ。
直にでも飲みなおしたい所だがまだ、そうは行くまい。
「リタ、どうするの。一端退く? それとも―――――」
「問うまでもありません」
一声で断じて、リタは言った。
「相手が軍なら、こちらは郡です。打倒しましょう」
「……わかった」
苛烈。芸術家って奴は偏屈が多いというが正にその通りだとスミレも思う。
「でも、どう戦うの」
リタはスミレの肩の上に乗っていて、その上から動けない。
ぐむ、とリタは唸った。すごい唸り方だ、とスミレは思った。
「それは、ですね―――――」
リタが何か言う前に、轟音が響き世界が真紅に染まった。



「――――――――――素晴らしい」
白翼公は笑った。傷一つ無い姿で笑った。
「嘘、でしょ」
白騎士に至っては唯、戦慄するしかない。
あれだけの砲火を喰らってかすり傷の一つもついてないだと。
どんな化物だ。
「素晴らしいぞ、白騎士。君は久々に私に感情の動きをさせた。恐怖だ。一度に迫り来る砲火には流石に私も肝が冷えた」
心底楽しそうに笑う。
「では、こちらの番だな。―――――約束を果たそう。本来なら此処で此処まで見せる気はなかったのだがな」
白翼公の意味。
「私が何故白翼公と呼ばれているか、疑問に思った事は無いか? 別に翼がある訳でもない。まさか、正体が白い鳥だという訳でもない。そして、鳥の使い魔を使っている事など当然なんら関連性は無い」
まずい、まずい、まずい。こいつは危険だ。
肌がびりびりする。最古の二十七祖。なんで、こいつが十七位なんかに甘んじている理由が分からない。
白騎士は震えそうになる唇を噛んだ。畜生。アタシがビビっているのか。畜生。違う、ビビってなんかいない。OK、アタシはビビってない。当然に未だ勝利を諦めた訳ではない。
唇を無理矢理吊り上げた。ああ、糞。何でこんな時に麗しの我がお姫様の顔が浮かぶんだ? 
楽しいじゃないか、愉快じゃないか、笑えて来るぞ。
「――――――――――撃て」
再度号令、再びの砲火。
だが、白翼公はそれを待つ事なく腕を振った。
彼を守っていた、揺らぎ―――――陽炎が消え、両手に白い炎が点る。

「私の翼は羽ばたく時にしか、見えん」

両手に、白炎。何もかも焼き尽くす絶対温度の炎。
それを両手に抱える様は正に白翼。

「消えろ」

白い翼が羽ばたいた。
一撃で砲火の雨がかき消され、帆船が次々と撃墜される。

「そうか―――――」

最強の矛と最強の盾。
それを併せ持つ最強の吸血鬼。
最古の二十七祖。
白翼公。
トラフィム・オーテンロッゼ。

振るわれる世界を焼く翼。

だが、活路は見えた。
「アンタは攻撃と防御を」
同時に発動する事はできない。
不可視の炎のヴェールは総てを防ぐ、故に攻略法は無い。
貫けるとすれば、それ以上の異形でなければ。
だが、この攻撃。この最強の矛の一撃にこそ。
自分が掴み取るべき勝利がある。
固有結界が壊れる。
白騎士の手には二刀のサーベル。
それを渡した二人の幽霊船員に笑いかけ、白騎士は帆船から飛び降りた。
掴むべき勝利は目の前にある。
「トラフィム―――――ッッ!!!!」
こっちを見ろ、アタシを見ろ。
不意打ちなんてしない自分はあの子の騎士なのだから。
「君は本当に素晴らしいな―――――」
腕の白炎は消えない。
迎え撃つ心算だ。
「そんなの、言われなくても―――――」
知っている、と。サーベルと最強の白炎がぶつかり合った。



結果は見えていた。
「―――――は」
だが、白騎士は死ななかった。
叩き付けたサーベルはほんの一瞬も白炎を足止めする事もなかった。
狙うべき勝利は最初の一歩から躓いた。だが、構わない。自分の死に様を見てリィゾが白翼公の能力を判断する。そして、あの黒騎士は勝利する。
そう、それで良い筈だ。なのに。なのに、何故―――――。
「リィゾ……」
そこには、彼を突き飛ばし最強の白炎と相対する不死身の黒騎士の姿があった。
「ほう、リィゾ。君か」
ニアダークは完全に白炎を受け止めている。
だが、リィゾの体が持たない。
血液が所々沸騰し、血管が破裂する。赤い血が飛び散る。
「血、だと?」
白翼公が眉を顰めた。吸血鬼には血そのものは流れていない筈だ。
「リィゾ。君は」
摂取した血液が溢れ出すなら分かる。だが、人間のように毛細血管ですら破裂していくのは何事か。
否、深くは考えまい。白翼公は魔剣ニアダークの能力を知っている。そして、黒騎士がどの様なものを病んでいるのか知っている。ならば、そういう事なのだ。彼は……。
がくり、と黒騎士の膝が折れた。
眼が余りの高温に晒された事で火傷を負いそれがまた修復される。
だが、長くは続くまい。
白翼公は手を突き出した。無駄に苦しませるのは趣味ではない。意味があって苦しませるのは別だが。
「灰になるが良い。さようならだ、リィゾ」
黒騎士は最期まで剣を引く事無く、最期まで叫び声を上げる事無く。
魔剣ニアダークだけを残して灰になった。

彼が何故、自分を助けたのかは分からない。仲間意識以上のものがあったかどうかと聞かれれば頭を捻るしかないだろう。だが、助けられた。唯の同僚としてではなく。多分、あの子を守る騎士つまりは、仲間として。
だったら、立つだろう。だったら、勝つしかないだろう。
だが、自分が立とうとする寸前に、自分の肩に半ば溶解したサーベルが突き立てられた。
そのまま、近くにあったコンクリートの壁に磔にされる。
反対側の手で抜こうとすると、そちらにもサーベルが突きたてられた。
「白騎士、君との戦いもこれで終わりだ」
「まだよ、まだ、アタシは死んじゃいない」
壮絶に笑った。自分は思えば何処か余裕があった。相手は祖の中でも下位の連中だと舐めていた。その事実どうだ。この現実はどうだ。
「この状態で、どう戦う。この状態で、どう勝つ。君には敗北しかない」
「それこそ、まさかだわ」
みちみち、と両腕が叫び声を上げた。
痛覚が無い訳じゃない、後で直ると言っても痛いものは痛い。
ぶちぶち、と腕が肩から引き千切れて行く。
「良いこと、教えてあげるわ。死ななきゃ負けじゃないのよ」
ぶちり、と音を立てて白騎士の体が解放された。
そして呟かれるその声は、今までの何処か女性的だった声とは違い。低い男の声だった。

「だから、勝った心算で笑うなよ。糞野郎」

牙を剥き出しにして、飛び掛った。
白翼公は僅かに眼を細めていた。笑っているのではない。眩しいものを見るように眼を細めていた。
「君をアルトルージュが傍に置きたいと思った理由が何となく分かる気がするよ」
だん、と銃声。
「ええ、確かに気迫は立派。所業も立派です。ですが、ここまでです。勝負は初めから決していました」
白騎士の首が撃ち抜かれ、彼は地面に倒れた。
復元呪詛が働いているが、今殺そうと思えば殺せるだろう。
だが、白翼公は僅かに首を振った。殺すには惜しい男だった。
「リタ、止めは刺さないでくれ」
既にリタは地面に伏せる白騎士に拳銃をポイントしている。
「何故です? 生きていても不利益しか及ぼさないと思いますが」
「それこそ、情けというものだよ。殺しに来るのも殺されるのも一興だ」
リタは迷った後、溜息をついて拳銃をしまった。
「まあ、よろしいです。次、襲い掛かってきたら殺せばいいのですから」
「あー。ダルい」
ふらふらと木陰からびしょ濡れのスミレが出て来た。
「もう、帰って酒飲んで寝たい」
「オヤジ臭い事言ってないでいきますよ」
ぱん、とスミレの背中を叩いた。
「そうだな。あの少年を追う。真祖の首は近い」
リタが頷き、スミレを引っ張って走り出した。
白翼公は、倒れる白騎士を僅かな時間見ていたが、踵を返して歩き出した。

残ったのは、敗北者と魔剣だけだった。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
黒く、白く、赤く、青く。(2) 十三式大回転/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる