十三式大回転

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<<   作成日時 : 2006/03/16 23:56   >>

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燃えるような痛みを訴えって来る。
それは心臓を軽く軋ませた。

「―――――私を殺すの」
月夜の夜。一人の女を殺した。
「そうだ」
手に持つ刃はこの女から奪ったものだ。持つ手を傷つけ血を流させる。
「貴方は、吸血鬼を狩りつくした後どうするというの。その先には何もないわ」
女は辛そうに言った。まるで救われぬと知っていて足掻く男を見る眼だった。

「……知れた事。最期の一匹を殺した後」

口からは自然に言葉が出た。決めていたことだ。少なくとも殺すという事は。
彼女は眼を瞑っていた、涙が頬を伝って落ちた。
その涙に、僅かに心が揺らいだが。
刃を祖の首に落とした。

―――――その刃で己の喉を掻っ切るのみ。

最期に、彼女が呟いた。その言葉は忘れてしまっても良い筈なのに、今でも憶えている。




白昼夢。掘り返された記憶は何時のものだっただろうか。
じくじく、と痛む腕と軋む体を引き摺って階段を上がる。
真祖の住んでいるマンションの一階分はまるまる借り切っているそうだ。
端から調べていってもいいが。どうするか。
「地獄のようだ」
呟いた言葉に意味は無い。意味を持たせるとするならば、今自分が生きているこの場こそ地獄のようだった。
白翼公は、自分に真祖を殺せと言った。このエンハウンスに。
「殺せ、殺せだと」
渇いた笑いが漏れる。月明かりに照らされる彼の顔は若々しいながらも老人のような雰囲気を携えていた。
殺してやるさ、一人残らず。もちろん白翼公も殺す。端からあの二十七の怪物供を殺しつくす。
アヴェンジャーがぎぎぎぎ、と唸り声を上げた。
笑う魔剣。啼く魔剣。
足を止め、目の前の一室のインターホンに手を伸ばした。
「はーい?」
返事が返る。それと同時にパタパタと足音が近づいてきた。
エンハウンスは笑った。アヴェンジャーを構えてそのまま扉に渾身の力を持って叩き込んだ。
刺した感触は無い。逃したか?
吹き飛んだ扉の奥には、何も無い。倒れ込む真祖などいない。
ゆっくりと玄関を見回した。靴はある。外に出た訳ではないのか。

ぞくり、と寒気が走った。
「く………っ」
咄嗟にアヴェンジャーを頭上に構える。
高い金属音。
「真祖かっ!?」
そのまま、アヴェンジャーを振り切るが既に敵は離脱している。
奇襲を仕掛けたつもりで、逆に奇襲を仕掛けられるとは。
「天井に張り付いていたのか」
「ええ。ビックリしたでしょ」
とん、と軽い音を立ててアルクェイドは床に着地した。
靴もちゃんと履いている。つまり、玄関にあった靴すら奇襲の為の布石だった訳だ。
「真祖が、姑息な手を使う」
「あら、それでも結局は生き残った者勝ちでしょ」
腕を組んで、笑った。態度も言動も温厚と評して良い筈なのに、肌が異常なまでにざわめくのは何故か。
アヴァンジャーが笑っている。ぎぎぎぎぎぎぎぎ、と。
喉を揺らして笑っている。
「その剣……」
アルクェイドの注意が僅かに逸れる。
その瞬間に、聖葬砲典を抜き放ち発砲した。自分の腕がからぐしゃり、と音がして指がひしゃげる。一発撃つだけでもこれだ。復元呪詛が働くからといっても無茶はできない。
「くっ……!!?」
流石に吸血鬼とは相性が良い。身構えてはいたが、単純に衝撃が大きかったのか後に吹き飛ぶ。
追撃をしようと一歩踏み出すが、その瞬間に頭を後から鷲掴みにされた。
みしり、と頭蓋骨が軋む。
咄嗟に聖葬砲典を後方に発砲し、アヴェンジャーで床に突き刺して足場を崩した。
今、このマンションには誰もいない。
少なくとも下の階には。
そのまま、墜落し着地した瞬間転がった。
ふわり、とスカートを翻して黒い姫が着地する。
「エンハウンス。貴方、目障りよ」
「―――――は」
エンハウンスは鼻で笑うと、魔剣を彼女に突きつけた。
「随分と過保護だな、あんた」
ぎぎぎぎぎぎ、とアヴェンジャーが啼いた。吸血鬼を殺せと言っている。
「ええ、大事な人を傷つけさせたくないのだから。自分が前に出るのは当然でしょう」
「ふん、吸血鬼が情を語るなよ」
とす、と軽い音がして上から、プライミッツが降りてくる。
彼女は薄く笑い、その頭を撫でた。
使えないカードだが、使えるように見せる事は可能だ。
「二対一、と言いたい所だけど。私一人で殺してあげる。貴方は私の妹を傷つけた」
「笑わせる」
吸血鬼を殺す者が、吸血鬼に殺されるだと。笑わせる。それこそ抱腹絶倒。
「良い言葉を教えてやるよ、化物」
アルトは軽く肩をすくめた。化物なのは貴様も同じだ、と。
エンハウンスは構わず、体を深く沈めた。
「―――――正義は勝つ、だ」
本人すら信じていない事を公然と言い放った。そして、突撃。
アヴェンジャーが、突き出される。
それを素手ではじきとばし、懐に潜って渾身の力を込めて拳を放つ。
アルトルージュの戦闘スタイルは何ら特殊なものではない。魔法を使うものでもないし、特異な装備に頼るものでもない。
唯、力。それのみである。
「げほっ」
血を吐き散らす、エンハウンスはそれでも手を止めない。
聖葬砲典を、自分の胸の中にいるアルトに撃ち放った。
貫通力が高い拳銃をまさか自分を貫く可能性すら無視して撃つとは思わなかったのか、アルトの胸にも風穴が開く。
忌々しげに眉を顰めて、アルトはエンハウンスの足を一撃で蹴り折り場を離脱した。

エンハウンスはどうしようもなく笑いたくなっていた。
復讐騎、片刃、吸血鬼殺し。
呪いの魔剣を握り、祝いの拳銃を握る。恐怖の吸血鬼狩り。
それが正にまったく歯が立たない。今、傷を負わせられたのは単純に自分の行動が意外だっただけであろう。まったく笑える。
折れた足が修復され、貫かれた肺も殆どが修復された。先程の一撃で破裂した内臓はまだ修復しない。
「退くなら赦す。両腕、両足、首を千切るけど死なない程度にはしてあげる」
「それは、ありがたいな」
内臓が修復するまで、もう少し時間が必要だ。
「しかし、随分速いな。トラフィムが足止めをすると言っていた筈だが」
「私の護衛に任せてきたわ。問題なんてこれっぽっちも無い」
ごきり、と彼女の指が鳴った。爪が鋭く伸び、手を鍵爪の様に形作る。
「それに、あんまり騒ぎたくないのよ。終わりにするわ。もう体の修復も終わったでしょう?」
息が詰まる。冷や汗が流れる。なるほど、トラフィムと反目しあう吸血姫。伊達ではない。
怯えは無い。躊躇いも無い。人間に一番近いはずの自分が人の形を取っている祖の中でも一番、人間に近くないと感じるのは何故だろうか。
一瞬で、アルトの姿が消えた。目も逸らしていない。単純に動くスピードが速すぎて捉え切れなかっただけの話。
危険を感じてアヴェンジャーを前に突き出すがそれより早く顔を掴まれた。
「終わりよ」
一言、言い捨てるとそのままぐん、と引っ張られた。
後頭部が壁にぶつかり、そのまま突き破る。
苦痛の呻き声すら漏らせない。口は手によって押さえつけられている。アヴェンジャーは手にあるが聖葬砲典は取り落としてしまった。
剣を振るう事もできない、超スピードの中、指の隙間から見える景色は唯動いている。
そのまま、何度か壁を突き破った。その度に頭が潰れる。吸血鬼は頑丈ではない。
傷は治るが肉体強度など術も何も施さねば人間のそれと変わらない。
ましてや、自分は半分人なのだ。
くすり、とエンハウンスは笑った。痛みの余り狂ったのかもしれない、と自分でも思った。
狂う、狂うだと? その思考すらエンハウンスに微笑みを与える。

意識が戻った時―――――人間のように思考が出来るようになった時にはもう過去の記憶は無かった。
唯、目の前には自分が吸血鬼になるまで守ってくれた女。先代の祖の姿があった。
彼女と自分に何があったのかは知らない。知る必要も無い、意味も無いだろう。
唯、一目見たときから殺したくなっただけで。
ゆっくりと牙を研いだ。あの女を穏やかなあの吸血鬼を殺す事だけを考えると微笑みが浮かんできた。吸血鬼というのも語弊があるのかもしれない。彼女は少なくとも自分が意識を持ってからは血を飲まなくなっていた。そして、よく自分に謝った。そんなことは別にどうでもよかった。その細い首を落として、心臓に杭を打つときだけが楽しみだった。
思えば、自分は狂っていたのだろうか。否、狂ってなどいまい。親殺しは呪縛を逃れる為の吸血鬼の本能とも言うべき行動なのだ。

そして、ある日。自分を守ってくれた女を、自分に謝っていた女を殺した。
女は抵抗しなかった。傷がついたのは奪い取ったアヴェンジャーが単純に身に余るものだったからに過ぎない。
唯、衝動のみがあった。ぼんやりと渡したくないと思ったのは何に対してだったか。
女は最期まで自分を案じるような事を言っていた。知らない、そんな事は知らない。
女が喋るたびに胸の奥が掻き乱される。腐った脳髄に浮かぶ映像は誰が微笑む姿だっただろうか。
最期に女が呟いた言葉は今でも覚えている。

『ごめんね』

何だ。何に対して謝っている。俺をこんな体にしたのはお前だ。魔を退ける血を持っていた己を、吸血鬼などという邪道に落としたのは貴様のせいだ。
お陰で、吸血鬼となった今でも体の半分は人のままだった。

それからは、吸血鬼を殺し続けた。
体に流れる血のままに、剣が命じる意志のままに。
突き動かされるように吸血鬼を殺し続けた。
そして、何時かこう呼ばれる。エンハウンス。片刃。傷つけるのは己では無く相手のみ、と。
笑う。エンハウンス。良い響きだ。実に。
魔剣を振るう度に体は裂ける。だが誰もエンハウンスなど見ていなかった。殺された方の悲惨さのみ歌っていた。
構わない、世の中に意味など求めてはいない。
傷つく体。それを引き摺って殺し続けた。嫌悪される同種から。
同種殺し? 否、違う。同種同士の殺し合いは稀にある事だ。己が嫌悪されるのは。
■■であった、■■を誓った相手を殺したから。そんな人間的すぎる理由からで―――――。

衝撃が止まった。
ずるり、と手が離され地面に体が落ちる。
「まだ、生きているでしょ。もう諦めなさい」
アルトは優しいとも言える声音で言った。
エンハウンスは笑った。お優しい事だ。
顔は既に潰れている。唇の動きだけで笑っていると分かったのかアルトは低い声をだした。
「降参するつもりは無いのかしら」
中指を立てる。
「くそ、が」
吐き捨てた。化物が情を語る事が赦せない。
アルトはそんな自分を何処か悲しそうに見ているだけだった。
「哀れだわ、貴方」
「知るかよ」
ごきり、と外れていた顎を無理矢理直す。
ゆっくりと立ち上がった。
攻撃も何もされなかった。勝利を確信しているからか。それとも単純な優しさ故か。
多分、両方だろう。
舐められている事には怒りを覚えない。唯、化物風情が人間の真似をして優しさ等という物を自分にかけるのが気に入らない。
ぎぎぎぎぎぎ、とアヴェンジャーが啼いた。わかっている理解している。
この女を殺せるのは、今しかない。優しさを持つ者は優しさに殺されるのが常だ。

「――――――――――喰い砕け」

呟いた言葉は死刑宣告。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ、五月蝿い程に音が響く。
黒い姫が異常を感じて下がろうとする。だが遅い。
異端殺し、異端食い。悪食、暴食。

「――――――――――アヴェンジャー」

復讐の魔剣は、今までのお返しのように素早く強く確実に。

黒き姫の体を引き裂いた。



「あ――――――――――――――――――――」
アルトは呆然と断ち切られた己の身を見下ろした。
勢い良く血が噴出す。
しかし、彼女はそんなモノには構わず自分の身を抱いた。
「嫌」
ごきり、と体の何処かが鳴った。
魔力が全身からあふれ出す。ごきり、ごきり、と体中が歪んでいく。
赤い眼が黄金に変わり、流した血涙は地に零れ落ちた。
「いやあああああああああああああああああああっっ!!!」
異常を感じ取ったエンハウンスが、アヴェンジャーを振り上げるがそれは途中で弾き飛ばされて終わった。
魔力がアルトを中心に渦のように現れ彼女を包む。
「何だと!」
アヴェンジャーも目の前の桁外れの魔力に反応するように啼きだす。
切れぬ筈がない。この剣で多くの吸血鬼供を屠って来たのだ。
それが通じぬなどと。
「随分と驚いているようじゃないか、エンハウンス」
声は唐突に響き、窓辺に猫が座っていた。上品に鳴くと、そのまま猫の仕草で手を舐める。
「彼女にその魔剣が通じないのは当たり前だ。彼女は今、君の持っている剣以上の呪いの存在なのだから。単純な強、弱の差だよ」
アルトの今まで何処か幼かった体躯が、鈍い音と供に変化していく。
その様はグロテスクと形容しても良いもので、変化しているアルトですら苦痛の叫び声を上げている。
「貴様、ヴァン・フェム」
猫は鷹揚に頷いた。
「ここまで、彼女はあまりならない。傷つける者も多くないし、彼女を殺しに来た者はあの二人の騎士に始末されるからだ」
「―――――真祖と、死徒の混血」
僅かに浮かんだ、アルトルージュ・ブリュンスタッドの情報が頭を過ぎる。
今までが力をセーブしていたとしたら、どうだ。
真祖は先程戦った。アレにはさほど恐怖を感じなかった。仕草も言動も人間的であり、取った戦法もまた人間的であったからだ。
だが。だが、これは。
総毛立つ、肌があわ立つ、冷や汗が流れる。
この怪物は殺せない。
頭の中で浮かんだ考えを打ち消した。
規格外の化物だという事は分かっていた。ならば、何を今更恐れる必要があろうか。
いずれは殺さなければならない相手。遅いか速いかの違いのみ。
一太刀で殺せぬのならば、何度でも切り裂こう。
「喰い砕け、アヴェン―――――」
「無駄だよ、エンハウンス。君は傷つけてはいけない者を傷つけた。彼女の優しさに甘えていれば良かったものを。何故彼女が領地も部下も多くない彼女が吸血鬼の中で白翼公と並べられてトップに上げられるのか分かるかい? それは単純に強いからさ。本気を出した彼女は死徒ではなくその身を裏切り、真祖に成る」
ヴァンの声が意味する通り、アヴェンジャーが振り落とされる前に手で掴まれる。
逸らすでも、受け止めるでもなく無造作に掴まれた。
「裏返ってしまった。さあ、エンハウンス、急いで逃げた方がいいな。尻尾を振ってその尻尾を引き千切られながらも逃げた方がいいな。泥水を口で啜る事になろうとも逃げた方がいいな。でないと」
魔力の本流が収まり、弾けた。
長い黒髪を靡かせて、妖艶な笑みを浮かべ女は笑った。
金の瞳が細められ、赤い唇が血を連想させる。
「これまた、月並みな台詞だけどね。――――――――――死ぬよ」
その言葉を証明するように、エンハウンスのアヴェンジャーを握る腕ごと。

千切れた。



「アルクェイド、大丈夫か?」
志貴はしばらく玄関に空いた穴を見ていたが、はっと頭を振ってアルクェイドに近づいてきた。
「うん、ちょっと痛かっただけだから」
「良かった」
志貴はほっと胸を撫で下ろし、アルクェイドの腕を取った。
「変な奴等がこっちに来てる。逃げるにしても戦うにしても一端退いて体性を整えよう」
アルクェイドの顔に微妙な笑みが浮かぶ。
「志貴は、戦ってくれるの?」
志貴はきょとん、と眼を丸くした。ゆっくりと片手を上げてこつん、とアルクェイドの頭を叩く。
「当たり前だろ。好きな人を守らない奴が何処にいる」
頬が微かに朱に染まるが、志貴は言った。
アルクェイドの笑みはだが嬉しそうな、何処か悲しそうなそんな笑みを浮かべていた。
「ごめんね、志貴。私、貴方を巻き込んでるかもしれない」
「いいよ。一緒にいるって決めただろ」
うん、と今度は嬉しそうに笑った。
「一緒にね」
「ああ、一緒にな」
二人は笑いあった。
「さっき、助けてくれた人は? もしかしてシエル?」
「違う。名前は教えてくれなかったけど、味方だって言ってた。敵は抑えるから、逃げろだって」
アルクェイドは釈然としない表情を浮かべていたが、逃げる方が先だと思ったのか頷いた。
志貴はアルクェイドの手を握って、玄関に向って駆け出そうとした。
だが、それは現れた声によって遮られる。
「そこまでです。よくもまあ、チンタラやってくれていました。それに吸血鬼の足を舐めすぎていたようですね」
かちゃり、と音がして玄関前に拳銃を構える吸血鬼。
「でも、これって考えてみれば凄くシュールな絵よね。玄関前で拳銃を構える金髪少女」
隣にいた女がぼそり、と呟いた。
「黙りなさい。酔いどれ吸血鬼」
「酒抜けてきたから、なんかもう」
スミレが頭を振った。手元に酒がない。酒があったら直に飲む。
腕を軽く握ったり開いたりする。震えもしなければ体に不住も感じない。
「そろそろ、本気かも」
ふっ、とリタが笑った。
「色々ありましたが、初めまして。真祖の姫君。私は正当なるロズィーアンを受け継ぐ吸血鬼リタです」
「スミレ。好きなように呼んで」
「なんで、祖が三人も……?」
アルクェイドの眼が細まる。
「三人? ああ、エンハウンスに合ったのですか。実はもっといるのですけどまあ、教えてあげません」
「ケチだからね」
後足で、スミレを蹴り飛ばす。
顎に良いのをもらい崩れ落ちるスミレを後にリタが笑った。
「真祖狩り。体現させて頂きます。貴方のようなシステムはもう不要です」
引き金が指にかかる。志貴にはそれが見えていた。あの二人がどうなったかなど、考える必要もない。ここにいないという事はつまり。
一瞬でアルクェイドの腰を抱き、眼鏡を乱暴に外した。
短刀を取り出すのと同時に、眼鏡を無理矢理押し込む。
「ん……?」
スミレが微かに唸った。肌が微かにざわめく。
「志貴っ!!」
アルクェイドが志貴の行動を止めるように叫んだ。
構わない。守ると決めた。だから守る。
壁の死を見る。
見えぬ筈はない。モノだって殺せる。そう生きているものだけではない。
この世に在るものなら、何だって殺してみせる。
志貴は部屋の壁を一撃で切り取った。
破壊ではない。完全に綺麗に切り取ったのだ。
「そんな」
「―――――切断の概念武装?」
その余りの美しいとも呼べる所業にリタは眼を奪われる。
スミレは敵の武装を考察した。
答えず、志貴はアルクェイドと供に外に飛び出す。
「アルクェイド」
景色が流れていく。墜落していく。
「悪い、着地は頼む―――――!」
「わかった―――――!!」
お互い叫びあい、アルクェイドが志貴を掴んだ。
そして、そのまま地面に着地する。
リタは我に返り発砲するが、闇に眼が利く吸血鬼といえどもこの状況では拳銃は当たらない。
「失敗しました―――――」
唇を噛むリタの背中を軽く叩き、スミレは出来た穴を覗いた。
「追うでしょ?」
「―――――当然」
二人も飛び出す。
地面に軽々と着地し、走る。
「人間と一緒ではそう速くは走れないでしょうっ!」
「そうだね」
二人は次々と景色を置き去りにしていく。
やがて二人の背中が見えた。走ってはいない。足を止めている。
「観念したということですか?」
「どうだろうね」
当然、諦めた訳ではない。足を止めずにいられない事情があったのだ。
志貴はアルクェイドを後に下がらせた。当然、後の二人の吸血鬼には気付いている。
だが、前に立つ男はそれ以上に危険だ。
先程、身をもって実感した。
「果報は寝て待て。急がば回れ。至言だな」
立ちふさがる白翼公が言う。
「先程、敵を始末したばかりでね。朝も近い。夜の住人の退場は近いな。真祖の姫君」
「―――――トラフィム」
「そう、君が嫌いな、君を嫌いな、トラフィム・オーテンロッゼだ」
志貴が前に出る。殺すしかない。今現在は奴の死は見えない。だが、あの時のように見える瞬間がある筈だ。それに賭ける。
「待てよ。誰に断って話しかけてるんだ、お前」
「断る必要があるのかね。真祖の騎士。君は確かに奇妙な動きをし、奇妙な眼を持っているようだが。私を殺せぬよ。障害に値せぬ者など石ころと一緒だ」
「―――――だったら試してみろ」
「ふむ?」
「俺が石ころと同じかどうか、な」
アルクェイドが志貴の服を掴む。志貴は安心させるように微笑むと優しくその手を振り解いた。
「それじゃあ、殺しあおうか吸血鬼。夜の住民は退場の時間なんだろ」
白翼公が笑った。
「できるものなら。やってみるのだな」
陽炎が揺らめき、白翼公の周りを覆う。
「できねば君が死ぬ」
青い眼の死神と、白い翼の吸血鬼が殺しあいを開始する。



結果は一瞬。一瞬が結果。
白翼公と志貴の攻撃方法では互いに一撃で死に至るものだ。
焼き尽くされるか。その体に死の傷を刻むか。
それしか在り得ない。
志貴は素早いフットワークを使い、白翼公の周りを回り始める。
「何処かに隙があるというのかね。無駄なことだ、これは私の生涯の結果だぞ? 俄かで敗れてたまるものか」
志貴は答えない。この男は喋りすぎだ。
「それに、考えても見ろ。真祖を生かしておく事が果たして人間の益になるか? それどころか、吸血鬼の益にもならん。アレが自然から生み出された物であったとしても、役目を終えたアレは邪魔だ」
志貴が足元の石を白翼公に向って蹴り飛ばした。
その石は音も立てずに溶解し、この世から塵一つ残さず消える。
「アレを例えるなら、竜巻や地震だろうよ。とても人間と共存できる物ではない」
白翼公は優雅に片手を横に伸ばした。
「真祖の騎士。分かりやすく言ってやろうか? 遠まわしに言っても分からないのなら理論性膳と分かりやすく、な」
陽炎が消え、白翼公の腕に白炎が立ち上る。その様は実に幻想的で、夜の闇を裂いた。

「“無駄だ、もう止めろ”だ」

陽炎が消えた事により、奴の体に死が浮かび上がる。コイツへの利点は唯一つ。自分の眼の能力が未だに判明していないこと。それだけだ。幾ら速く動けようが、幾ら七夜の体術を使い意表を突こうが、吸血鬼の圧倒的身体能力の前には総てが無意味。
せめて、四方に壁があれば。室内ならばまだ勝てる可能性があったのかもしれないが。
(それを今、考えてもしょうがない―――――!!!)
無いもの強請りをしている場合ではないし。勝てなくても勝つ。矛盾などない。後ろには彼女がいるのだから。
「リタやスミレのような甘さを私に期待しても無駄だぞ。年季が違う。君が飛び掛ってきたら私は問答無用で殺しにかかる」
白翼公は先程から目線を動かしていない。真っ直ぐ、二人の祖と戦う真祖を見ている。
「来ると分かっている攻撃など、私には無意味だ」
呟くように漏らすのと同時に、志貴が神速とも言える速さで飛び掛った。
漏らす声もなく動く様は正に闇夜に忍ぶ、死神。
見事だと言えただろう。見事と言っても良かっただろう。
トラフィム・オーテンロッゼが戦いを遊ぶような死徒ならば話は違っていたかもしれない。
だが、白翼公は遊ばない。
深く眉間に皺をよせ、眼を瞑った。
「馬鹿が」
軽い一振り。それで、夜の世界を割った。
あ、と志貴が声を漏らしたのかどうかもわからない。
目の前に広がる、白は圧倒的すぎた。
死ぬと、燃えると。
考える暇があっただろうか。
志貴は白翼公の炎を受ける前に。

投擲された何かに、吹き飛ばされて転がっていた。

「―――――何?」
白翼公が疑問の声を漏らす。
視線の端にいるのは、この世から燃殺される筈だった人間だ。
そして、その傍らに転がるのは。投擲されたモノは。
「―――――は」
思わず笑みが漏れる。苦笑とも取れるし、単純な微笑みにも見えた。
「エンハウンスじゃないか」
そう、投擲されたのは両手を捥がれた復讐騎だった。
右足も半ば千切れ、左足は薄皮一枚で繋がっている。
口からは小刻みな呼吸をし、まさに満身相違。

「そこまでよ」

白翼公は、降り立つ女に眼を丸くした。
「アルトルージュ。その姿という事は本気という事かね?」
「どうかしらね。自分の本気って分からないものじゃない。機械じゃないんだからね」
長い黒髪を掻き揚げて、アルトは笑った。
「そこの吸血鬼君、もっと痛めつける予定だったけど思わず投げちゃったわ」
「君にそこまでさせるとは、エンハウンスも中々やるな」
「災難だ、とは言わないのね」
白翼公は肩を竦めた。腕からは白炎が消えまた周囲に陽炎が見える。
「当たり前さ、自分でやりたいことをやり、決めた事をしたのだ。そこに同情の余地も彼に対する注意もない。在るとすれば賞賛のみだよ」
「相変わらずだわ、貴方。良くわからない人」
「数百年程度の付き合いで私が解ると思ってもらっては困る。数千年程付き合ってもらわねば」
「そうね。互いに分かり合えないからこうして対岸に立っているのよね」
「そうだな、実に残念だよ。黒の姫。お陰で君の護衛を一人は灰にもう一人は土の味を味合わせる事になった」
空気が一遍する。アルトの金の瞳が細まり、ごきりと手が鳴った。
「殺したの?」
「もう、我々は死んでいるよ。吸血種となったその時から。吸血種と生まれたその時から」
「言葉遊びは沢山だわ、貴族様」
「ふむ。じゃあ単純に言おう。簡単に解り易くな」
アルトの爪が真紅の色に染まっていく。
「黒騎士は灰にし、白騎士は両手を落とし地面に伏せさせた」
言った瞬間に、アルトは笑った。
「リィゾは死なないわ。彼は絶対に殺せない。フィナは私達の誰よりも強いわよ。そんな人を生かしておくなんて貴方、優しすぎじゃない?」
「戯言を。リィゾが時の病にかかっている事は知っている。だが灰になっても再生できるものか? 圧倒され完膚なきまでに叩きのめされた白騎士が強い?」
白翼公の両手に白い炎が点る。
「笑わせるなよ、小娘」
ふん、とアルトは鼻で笑い腕を組んだ。
「笑えるのはこちらの方だわ。いい加減に退場の時間よロートル」
ぶん、と風切り音が聞こえリタが吹き飛んできた。
白翼公は炎を消し、それを受け止める。
「すいません、力任せに投げられました」
左腕が折れたのか、庇うように立ち上がる。
「半端じゃありませんね。真祖」
スミレも後退してくる。
「抑えられない。無理無理無理」
アルトの隣にゆっくりとアルクェイドが並ぶ。
「……久し振り」
アルクェイドが小さな声で言う。
「ええ、久し振り」
互いに白翼公からは眼を離さない。
アルトが小声で言う。
「白翼公の炎は受けるのは無理よ。避けなさい」
「わかった」
軽く頷く。
白翼公は軽く苦笑する。
「いや、勢いが殺がれたな」
リタが俯き、スミレが頭を掻いた。
白翼公はその笑みを吸血姫の二人に向ける。
「こういう方法は取りたくなかったが、仕方が無い。君たちを二人とも相手をするのは流石に無理だ」
陽炎が消える。
アルトが眉を顰めた。
「降参かしら?」
「真逆。それをするぐらいだったら全速力で逃げるさ」
腕に白炎が点り、それが倒れ込む志貴へと向いた。
既にエンハウンスはそこにはいない。隙を見て逃げたのだろう。行動力は祖随一だ。
「彼は逃げられないぞ」
言う前に、アルクェイドが一瞬で志貴の前に跳んだ。
消え去るような速さ。瞬間移動したとしか思えぬ速さだ。
アルトが何かを言う前に、アルクェイドは志貴の前に立っていた。
「そうしてくれると思っていたよ」
白翼公が困ったような笑みを浮かべる。
「分かり合えないという事は実に残念だ」
轟、と炎が鳴った。
白炎が走り、アルクェイドに直撃する――――――――――。



「ある、ク……ェイド」
そこを、どけ。と志貴は言う。
「ごめんね、聞けない」
意味は通じた。だけど退かない。
「ねえ、志貴。今までが夢だったら、これが夢の終わりなのかな」
それを聞いた時、コンクリートに打ち付けられた体が。否、それよりもあの白い炎で炙られただけでコレなのだ。全身が引きつったように動かず、まるで言う事を聞いてくれない。
そう、それを聞いた時。
「ふざけるな!」
そう叫んだ。認めない。認めやしない。白い炎が彼女を飲み込む。
その現実を。
「馬鹿」
アルクェイドは既に炎を受けている。苦痛で顔を歪めている。
喋れない言葉だった今のは。総てを焼き尽くす炎。その前に躍り出たのは、黒い髪の美しい女。
「まったく、本当に迷惑を」
かける、とアルトルージュ・ブリュンスタッドは笑った。
まともに受ける気が無かった炎に、その身を晒す。
守るように。妹をその恋人を守るように。その身を前に出した。
アルクェイドが何かを叫んだ。志貴には目の前の女が燃えるのを見た。
女の周囲には赤い壁があり、それが辛うじて炎をせき止めている。
「足りない―――――か」
絶望的な呟きだった。
白と赤の拮抗が崩れ、赤が飲み込まれた。



「理解できる。実にな」
白翼公は無表情で言った。
目の前にある光景は、実に悲惨だ。
アルトの体躯は元のように縮み、体から煙を立たせ吹き飛んでいた。
アルクェイドは立ってはいるが、彼女も重症だ。
「だが、大した魔力の集積もなく。真祖の前に飛び出るとはどういう事だ。アルトルージュ」
彼女は答えない。
「万全の状態で望めば、私の炎は君にはそこまで効かなかった。咄嗟に? 『咄嗟』に飛び出たのか、君が。考えもなく。家族の為に妹の為に」
ゆっくりと白翼公の腕から再度白炎が燃え上がる。
「実に理解できる。だが、黒の姫としては失格だ。私は容赦しない。今の君を尊敬し憧憬し親愛の情を抱いたとしても私は容赦しない」
再度炎が放たれる。無常なる白き炎。今度こそ真祖を灰にせんと迫る。
アルクェイドは肩膝をついた。元々力を失っていた彼女なのだ。ここまでの高熱に晒されて無事でいられる訳がない。避ければよかったのか? 志貴を見捨てて自分だけこの身体能力を使って避ければよかったのか?
冗談じゃない。あの位置からじゃ横から抱えて飛ぶ事もできないし、前に飛び出るしか彼を救う方法は無かった。
姉が身を挺して自分を守ってくれたのは何故か。自分を―――――大切に思っていてくれるからだ。
ならば、私も大切に思える人を守ろう。
それこそ、アルクェイド・ブリュンスタッドの偽り無い姿である。
だが、またもやアルクェイドの前に立つ者がいた。
「――――――――――な」
それは全身に軽度の火傷を負い、身を震わせながらも立つ男の姿だった。
そう、志貴は言った。ふざけるな、と。
こんな終わりは認めない。これが夢だというならば、この至純の夢を壊そうとするものがいるのならば。

眼が細まる。蒼い眼は直死する。

それを、殺そう。

見えぬ筈がない。モノに死があるのだ。気体の死。液体の死。固体の死。ありとあらゆる森羅万象。この眼がそれを殺すことができる。
でなければ、意味がない。この眼を持った意味が。
ロアは他の方法で殺せたかもしれない。それこそシエルなら方法を持っていたに違いない。
ネロはそもそも、自分がいなければアルクェイドは苦戦する事はなかった。
勝利することは無かったかもしれないが、敗北もなかった筈だ。
だったら、自分の意味は。
自分にしかできない。この守ると決めた愛しい人にできることは。
「―――――ああ、そうやっと見つかった」
死が。出来る事が。
迫る炎に死が見える。
頭の軋みなんか聞こえない。痛みなんか感じない。
唯、ゆっくりと短刀を突き出して。
その点を突いた。

炎が真っ二つに裂けた。否、殺された。
「なん、だと」
白翼公の声が聞こえる。
志貴は軋む体を前に倒して駆け出した。
「それは、何だ。切断? 否、炎を切るなど聞いた事がない。そのような概念でも多少は炎に撒かれる」
その蒼い眼。
「そうか、――――――――――直死の」
志貴は地を這うようにして、近づき。
ナイフが白翼公に突き出された。
「そこまでです。一対一ではありません」
がぎん、と音がしてリタが拳銃でその短刀を防いでいた。
アルクェイドが駆け出そうとするが、スミレの金色の眼がそれを捉えた。
「――――――――――縛れ」
一瞬で具現化された空想の鎖が、アルクェイドを縛り付ける。
志貴はそれに僅かに注意をそらした。
「何処を見ているのですか」
その声と供に、一撃で志貴は宙を舞った。蹴り飛ばされたと解ったのは自分が地面に落ちた時だ。
「うわ」
スミレが声を上げる。アルクェイドが鎖を引き千切ろうと力を加えていた。
「そうか、直死。これならば――――――――――」
倒れ伏す志貴を見て、白翼公は呟いた。
「ちょ、トラさん。ほんとキツイんですけど」
スミレがありったけの魔力を注ぎ込んで鎖を再形成する。
「よし、リタ。彼は殺すな」
「またですか」
呆れたようにリタは溜息を吐いた。
「意味がある。情でもない。単なる利からだ」
リタは頷く。基本的に白翼公には逆らわない。彼の行動を信じているからだ。
「スミレ、彼女を運べるか」
「……無理すれば」
「無理してくれ、すまんな」
スミレも溜息を吐き、じと眼で白翼公を睨んだ。
「後で好きなだけ酒を奢ってやろう」
苦笑しながら言うと、リタが大仰に頷いた。
「まかせてください」
ぴしり、と背筋を伸ばした。
「財布はきっと空になりますよ」
リタが拳銃をしまい言う。
「それだけの苦労はかけている。報酬だよリタ。君も希望があったら言うと良い」
「私は、別に……」
言いながら、縛られた真祖を見る。
真祖の容姿をじっくりと見た事がなかったが、改めて見ると正に想像を絶する美しさだ。
思わず、息を飲んだ。絵にしてみたい。
「いえ、あの。後でスケッチをしても良いですか」
白翼公は快諾すると、倒れ伏す志貴に近づき囁いた。
「彼女は貰っていく」
志貴が動いた。眼は虚ろだが声は聞こえているだろう。
「安心したまえ、直には殺さないし外国にも出ない」
白翼公は志貴が持っていた短刀を手にとった。矢張りこれ自体は概念武装ではない。
言葉を続ける。
「彼女を攫っていくから取り返しに来たまえよ。真祖の騎士」
白翼公は笑った。
「何処にいるか、何時なのか。それは後で連絡しよう。そう、つまりは真祖を賭けて決闘としゃれ込もうじゃないか」
志貴の耳元から口を離す。
「待っているよ。真祖の騎士。君とのリターンマッチを」
こつこつ、と靴音をさせて白翼公は遠ざかっていく。
志貴はその音を聞き、無理矢理立ち上がった。
スミレが強くアルクェイドを睨むとさらに大量の鎖が彼女を縛り、自分から彼女を遠ざけていく。
リタが冷ややかな眼でこちらを見ていた。
白翼公は振り返らず、軽く手を振った。
別に攻撃でも何でもない。唯の挨拶だ。
志貴がそれを見たのかどうかは、わからない。
前に進もうとして、前に倒れ込んだ。
伸ばした手は当然に愛しい人に届く訳も無く。
地に落ちた。

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