十三式大回転

アクセスカウンタ

zoom RSS 黒く、白く、赤く、青く。(4)

<<   作成日時 : 2006/03/16 23:57   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「それでは、リタ。いってくるよ。真祖の見張りを頼む」
ここは、三咲町から二駅程はなれた郊外の廃ビルだ。否、廃ビルに見せかけた活動拠点とでも言った方が良いか。外側は貧相だが、中は中々に綺麗で生活用品もちゃんとある。
「ええ、お任せを。ただ、スミレには余り我侭を言わせないほうが良いように思いますが」
白翼公は苦笑し、手を振った。スミレは既に外に出ている。
これから二人は酒を飲みに行くらしい。外見年齢が親子程離れているのだ。恋人同士には見られまい。色気も糞もないものだ。
リタは軽く溜息をついた。
白翼公が出て行った一室にはリタと強固な鎖に縛られた、真祖の姿しかない。
「ご気分はいかかです?」
何となしに問いかけてみた。
「最悪よ」
返事があった事に多少、驚く。リタは微笑みを浮かべて頷いた。
「そうでしょうとも。まあ、お許しください。本来だったらさっくりと殺したほうが良いように思いますがこれも白翼公の指令なので」
アルクェイドの眉が顰められる。
「吸血鬼同士って余り、徒党を組まないものだと思ったけど」
「ええ、そうですね。余り集団では行動しません。何年も生きているとキャラクターというか性格というか。それが固まってしまって。自我が強すぎるんですね。余り回りと巧くいかないのです。下手をすれば殺し合いです」
「うんざりするわ」
「ええ、まったく。確固たる自分があると言えば聞こえは良いですか、客観的に言えば単純に頭が固まった馬鹿としか形容できませんからね」
すっと、席を立ち部屋の隅に放り出してあったスケッチブックを拾い上げた。
手には既に鉛筆が握られている。
「凝ったものが手に入らなくて」
言い訳のように言う。アルクェイドは不審そうにこちらを見ている。
リタは肩を竦めた。
「別に変な事をしようというわけではありません。唯、絵を描かせてもらいたいだけです」
「変わってるわね」
「貴方には言われたくない台詞ですが」
リタは椅子をアルクェイドの正面に持ってくる。
「十字架に貼り付けられた美女ですね」
「……なんなのこれは?」
アルクェイドは巨大な十字架に貼り付けられ、その上から鎖でガチガチに固められていた。
「処置というか、なんというか。スミレが空想具現化で作り出した物ですから私からは何とも」
「……最悪」
「ええ、まったく。あの女のセンスには私も脱帽させられます。よりによって十字架に鎖とは」
アルクェイドが耐えかねたように怒鳴った。
「違うわ! 何で今更、貴方達が私を殺しに来るの!? 放っておいてくれればいいじゃない。そうしたら私は勝手にいなくなるわっ! もう私達の事は放っておいてよっ」
鎖が悲鳴を上げた。ぎしぎしと歪むが切れない。
「……下手に暴れない方が良いと思います。その鎖は貴方の力を利用して存在しているので。ネズミが回す滑車を想像してくれれば解り易いでしょうか。体力と気力と魔力が尽きない限りの永久機関です」
椅子に座り、絵を描き始めた。
「白翼公が何を考えているのかは、不明です。私は余り興味がない事ですが」
アルクェイドが静かになる。だがその瞳は静かな憎悪で滾っていた。
「じゃあ何で協力しているの?」
「恩義、でしょうか」
口元を僅かに緩ませた。腕は素早く動く。
「下らないと思いましたか? 恩のみで黒の姫と対立し、真祖に挑みかかるなどと」
アルクェイドは答えない。リタは微笑みを向けた。
「ですがそれが、リタ・ロズィーアンの流儀。そしてそれ以上にそれが―――――」
びっと、鉛筆が振られ動きが止まった。
「――――――――――良い女の条件なのです」
その絵には十字架に貼り付けられた吸血鬼と、その首に手を伸ばす白き翼の主が描かれていた。



「トラさん、さー」
「ん?」
そこは小さな料亭だった。そこの座敷に座り二人の吸血鬼が酒を飲んでいる。
スミレはジョッキの中のビールを眺めながら呟く。
「何、考えてるの?」
白翼公は答えない。困ったように笑うだけだ。
「スミレ、君は鋭いな。君は自分の愚で智を覆い隠す」
スミレはビールを煽った。
「口が巧いね。喋り過ぎは嫌われるよ」
「性分でね。これでもヴァンよりはマシだと思っているが」
あー、とスミレが唸った。目の前に刺身が運ばれてくる。白翼公が追加で酒を注文した。
飲ませるだけ飲ませる約束である。
スミレは刺身を食べながら、酒を煽った。
「刺身には焼酎かな。ビールも悪くないけど」
呟き、白翼公にその眼を向けた。
「トラさんって自分の為に真祖狩りしたい訳じゃないでしょ」
白翼公は答えない。箸を刺身に伸ばしマグロを掴んだ。
醤油につけ口に運ぶ。
「どうかな」
曖昧に言った。
「トラさんってモテナイでしょ」
「ああ、まったくもってね。理由がわかるかい?」
スミレは酒臭い息を吐いた。
「意味ありげに語りすぎ、秘密主義は格好よくも何ともない」
白翼公は苦笑した。自分もビール瓶に手を伸ばしコップに注ぐ。
「中々、手厳しいなスミレ。……そうだな。私は確かに自分の為に真祖狩りをしているのではないよ」
「その先を言う心算は?」
白翼公はビールを煽った。
「無いな。あるとしたら私が死んだ時か」
「嫌だなあ。トラさんが死ぬ状況って何? 核戦争が始まったり、オルトが暴れ出したり?」
「あるいは、アルトルージュや真祖が私の心臓を握りつぶす時かな」
「―――――笑えないよ」
「冗談ではないからな。基本スペックで彼女達に勝てる存在などいない。人の形をしたものではアレ等は最強だろう」
焼酎が運ばれてくる。スミレがいそいそとそれを受け取り、早速飲み始めた。
「私は、リタにもトラさんにも死んで欲しくないな」
白翼公は笑った。
「君はリタが好きだな。面目上私に敬語を使うのは、リタが私に敬意を払っているからだろう」
「うん」
「だから、二人っきりになると、口調が随分さばける」
「気に入らない?」
「まさか、若人からフレンドリーに接せられて嬉しくない老人はいないさ」
白翼公の外見は未だ、初老といった程度だ。見る人が見ればまだまだ若いと言うだろう。
スミレもそう思ったが口には出さない。本人が老人と言っているのだから、否定する理由もない。
「トラさんは、優しいね」
スミレは言った。白翼公は驚いたように眼を見開く。
「長年生きているが、そんな風の評されたのは初めてだな」
「だったら、今までのトラさんは優しくなかったんでしょ。でも、今のトラさんは優しい」
白翼公は黙った。自分も焼酎を飲み始める。
「トラさん。私はさ、別に死んでもいいよ。やりたいことも、したいこともしたしね。贅沢を言うならリタに殺されたいけど、まあ別に良いよ」
「………スミレ、君は」
スミレはその声を遮る。
「でもさ、トラさんとリタには生きて欲しい。吸血鬼が、肉体年齢止まってる吸血鬼が言うのも。生きて欲しいなんて言うのは変だと思うけどさ」
「――――――――――死ぬのは君たちではないよ」
「相手でもないでしょ」
「真祖一人だ。他は誰も死なせる気はない」
「そう、巧くはいかないでしょ。敵を殺すのはできるだろうけど。トラさん、結局躊躇うでしょ。だから、あの人間が自分と戦おうとするのを止めた」
「あれは単なる脅しだ」
蒼い眼をした青年を思い出す。彼は当然再起し、自分を殺しに来るだろう。
「……そうかな。そうかもね」
スミレは頷いた。何故か目元が怪しい。手が震えている。
「でもさ、いざとなったら私が止めるからトラさんはリタを連れて逃げてよ」
「できない」
「お願い」
スミレはコップをテーブルの上に置いた。
「あー、ごめんトラさん。私倒れるかも」
その唐突の申し出に白翼公は苦笑した。
「君が、か?」
「うん、雰囲気に酔った」
そしてそのままテーブルに倒れた。ごんと、頭がテーブルにぶつかり凄い音を立てるがスミレが何も反応せず寝息を漏らしていた。
ふっ、と白翼公は笑う。
倒れ込んだ、スミレの頭を軽く撫でて言った。
「それはできんよ」
優しくなった。それは甘くなったと意味は同じだろうか。
違うと良いと思う。そう願う。
白翼公は立ち上がった。勘定を頼み料亭の主人が抜け出てくる。客は自分達しかいなかった。
「ありゃ、お連れさん酔いつぶれちゃったんですかい」
「ああ、悪いがタクシーを呼んでくれないか。勘定は多めに払う」
「そんな、いいですよ」
主人は手を振ってやんわりと拒否した。
「また、来てくだされば」
にこりと笑う。白翼公も笑った。
「商売上手だな」
「いえ、辺鄙な場所にあるもんで客も少ないんで」
「そうか。では、また来よう」
生きていれば、と胸の内に置いて言った。
主人が下がっていった。白翼公は靴を履き、スミレの靴を酔いつぶれているスミレに履かせる。
そのまま、スミレを背負う。
「すぐに来るらしいです。ここから近いんで」
「ありがとう」
言って、財布をポケットから出す。スミレを片手で支えるのは簡単だ。力に頼るタイプではないとはいえ、筋力はある。
勘定を渡し、外に出た。
途中、中で待っていたらどうかと声が聞こえたが、酔い覚ましに外で待つと答える。
ぴしゃり、と戸が閉まった。
車の音や人の声が聞こえる中。スミレを背負い白翼公は空を見上げた。
空は満天の星空だった。



路地に荒い、呼吸音が響く。
「糞、くそくそくそっ!!!」
どかり、と壁を殴りつけた。一撃でそれは崩壊し、大穴を作る。
何もかもが気にいらない。
エンハウンスは荒れていた。あれから腕も足も再生できたものの、聖葬砲典やアヴェンジャーは総て失ってしまった。
エンハウンスの周りには多くの人がいる。ホームレスに、髪の毛を金に染めた若者。誰も彼もがエンハウンスを無視している。
服は血だらけで、明らかに怒りを撒き散らしているエンハウンスを、だ。
だが、エンハウンスも周りを気にしていなかった。否、視野狭窄に陥っていたと言った方が正しいか。
「何を、そんなに荒れているのかな。エンハウンス」
その声は非常に聞き覚えのある声だった。そうこの声はあの猫から聞こえてきた物と同じだ。ヴァン・フェムの声だ。
思わず眼を向けると、そこには先程から地べたに座っていたホームレスがいた。
にたり、と笑う。
「落ち着きが無いな。落ち着かないな。落ち着けよ、エンハウンス。大の男が取り乱しているなんて情けないね。いったい君は今、何歳なんだい?」
「ヴァン・フェム………ッ!!!」
「そう、僕こそ魔城の主。吸血鬼嫌いで、人間大好きなヴァン・フェムさ」
ホームレスの男、否、人形が手を差し出した。そこには聖葬砲典が乗っている。
「拾っといてあげたよ。感謝すると良い」
エンハウンスは黙ってそれを手の上から掻っ攫い、そしてそのままの勢いでホームレスの人形に向けて発砲した。銃弾は頭に当たり、脳髄を割って真っ赤な血を飛び散らせる。
「酷いな」
何時の間に後に立っていたのか、金髪の若者が言う。
「それも、これも。僕にとっては中々の自信作でね。壊されると面白くないんだが」
金髪は手にアヴェンジャーを持っている。それをエンハウンスに差し出した。
「こんなモノを使うのも君ぐらいのものだろうね。自分も傷つけ相手も傷つける魔剣。その価値はあるのかな―――――エンハウンス」
「何が言いたい………」
「単純な破壊力が欲しいならサブマシンガンでも携帯していればいいのさ。古い物は確かにそれだけで強い。魔剣とも成れば名前を聞くだけで非常に強そうだね? だが、祖に数えられる程の君だ。手に入れようと思えば、そんな諸刃の剣以上の、魔剣などという物騒な名前ではなく、概念武装という笑える必殺武器があるじゃないか」
それなのに、何故。とヴァン・フェムは言った。
次の言葉が発せられる前に、エンハウンスがアヴェンジャーを力任せに振り切り、金髪の人形を割った。血が噴出し、内臓が散らばる。
「今の一撃だけでも、そうだ」
電線の上。何の種類とも解らない鳥が言う。
「君の手がズタズタになってまで使うべきものなのかい? わからないな、それとも君はマゾなのかい、エンハウンス。自分が攻撃する時、痛みを感じてマゾイスティクな喜びに浸っているのかい?」
エンハウンスはその狂眼で鳥を睨んでいる。
「いや。実は僕は理由を知っているのだけれどね。君すら忘れてしまった理由って奴を。長生きはするものだ。多くのものが見れて、多くのことが知れる」
エンハウンスは眼を逸らして歩きだした。
「怒るなよ、エンハウンス。片刃の恋人殺し」
「――――――――――」
一瞬で場が氷る。エンハウンスから殺気が噴出す。
「ああ、そうか。まだ知らなかった筈だね。でも微かに憶えているのかな。まあ、それもそうかもね。君達はあんなに――――――――――」
「黙れ」
エンハウンスが振り向いた。
その眼は真紅を通り越してどす黒くなっており、血走っている。
「嫌だね。僕はね、エンハウンス。吸血鬼は嫌いなのさ。基本的にね。若かろうが年をくっていようがあいつ等は選民意識が強すぎる。大仰な口調が格好良いと思っている所がまた救いがない」
「その口を閉じろ」
エンハウンスが一歩踏み出した。
「意味すら良く理解できていない言葉を並べ立て、造語を語り、実の無い生活をする。子供すら産めない生物で、まったく生産性が無い。ああ、でも祖の連中は嫌いではないよ。彼等はそれぞれ分を弁えている。自分達が人に寄生しているか弱い生き物だって事を理解しているからね。生産性という面では、アルトは違うかもね。彼女は厳密に言えば吸血鬼ではないし、性交をすれば子供を産めるかもしれない」
エンハウンスは聖葬砲典を、鳥に向ける。
「話が逸れたな。まあ簡単に言うとだね、エンハウンス。僕は君が嫌いなのさ。死んじまえ、とすら思っている。だって君は憶えていないかもしれないけど言ったよ。確かに言った。彼女が死ぬ時が、自分のし―――――――――――――――」
弾丸が鳥の頭を抉った。鳥は力を無くして地面に落ちる。
エンハウンスの胸の中は千切に乱れていた。
気にするな、と何時もの自分の声が聞こえる。
そう、気にする必要など無い。どちらにしろ、もう過ぎ去った過去の話だ。恋人。殺し。
それが何だと。それが、何だと。
「クソッ!!!!」
訳のわからない苛立ちが胸の中で収まらずに、口から出た。
エンハウンスはその眼をぎらぎらさせて、夜の町に消えていった。

「だから、君は死ななければならないんだ。エンハウンス」
暗い路地の奥で、猫が呟いた。



とん、とん、と包丁が叩く音が聞こえる。
志貴はうっすらと眼を開けた。
そこは何時ものマンションの一室だった。
「痛………っ」
ずきり、と頭が痛む。
片手で瞼を揉み、眼鏡を探す為に周囲に手を伸ばした。
かちり、と当たる物がありそれを手にとる。
しばらく、呆然と朝日が差し込む部屋を見ていた。
台所からは未だに包丁の音が聞こえている。
体中に包帯が巻かれてはいるが、傷は殆ど無い。
ゆっくりと、立ち上がった。ぎしぎし、と体が軋む。
「――――――――――」
言葉が出ない。夢であって欲しかった。
最期の光景が眼に焼きついている。
届かなかった。守れなかった。多くの人を悲しませても。
一緒にいてほしいと願う人々を振り切っても。彼女を守り、幸せにすると誓ったのに。
遠野志貴。自分の不甲斐なさを呪え。遠野志貴。自分の情けなさを呪え。
役立たずな自分自身に失望するがいい。
苛立ちのまま、腕を壁に叩き付けた。
「糞………」
呟く言葉にも力が無い。
思わず手で顔を覆った。涙が滲んでくる。
「馬鹿」
ごつん、と俯く志貴の頭にフライパンが振り落とされた。
「起きたなら挨拶にぐらい来なさい。その程度も出来ないなら良い男なんて程遠いわよ」
顔を上げると、フライパンを持った白騎士の姿があった。
「あんた……、公園の」
「そう、格好つけてやられた馬鹿よ」
肩を竦めると、台所に戻っていく。
志貴は滲んだ涙を拭って立ち上がった。
白騎士の後を追っていく。
「何で、ここに?」
「ぶっ倒されて、眼が覚めてから来てみたら家のお姫様とアンタが倒れてるじゃない? もうびっくりしちゃったわよ」
「………」
台所には多くの料理が並んでいる。白騎士はフライパンを置き包丁を手に取った。
「何だこれ?」
「当然、力をつけるためよ。昔は良くやったもんだわ。無様に負けた後は食って力を付けて」
ぶん、と包丁を振った。魚が三枚におろされる。
「リベンジする――――――――――」
白騎士は笑いかける。志貴も釣られるように笑った。
白騎士の隣に並び、包丁を取る。
「あんたはアルクェイドの味方のなのか?」
「俺の味方なのか? って聞くものだと思うけど。頭の中、自分のお姫様の事でいっぱいね貴方」
呆れたように溜息をつく。
「ええ、そう。ミカタよ。ミカタ。もう命懸けちゃう程、味方だわ」
顔が険しくなる。
「まず、家のお姫様に焼けど負わせた糞野郎には、煮えた油でも浴びせてやるわ。当然、私の木っ端微塵に吹っ飛んだプライドも利子つけて返してもらう」
「倒せるのか、あいつ」
リンゴを剥く志貴。しゃり、しゃりと音がする。白騎士は手を止めていた。
「ええ、余裕よ。あんな鳩野郎。地べたに頭擦り付けさせてやるわ」
虚勢か、それとも真実か。
あの化物を倒せるというのか。
「疑ってる?」
志貴は躊躇いながら頷いた。
「少し」
白騎士は包丁を置いた。志貴を促し、食卓に料理を運ぶ。
「吸血鬼なんて存在自体がファンタジーでしょ。いや、ファジイかしら?」
どっちでもいいけど、と白騎士は呟く。
「日光に弱い。十字架の弱い。ニンニクに弱い。流水の上は渡れない」
ごとり、と大皿を置いた。
「それだけ聞けば貧弱にしか聞こえないでしょ。でも真実は違う」
窓に近寄り、カーテンを開けた。
「日光の下では能力が格段に落ちるけど、それでも死ぬような事はない。ああ、当然日光が苦手な吸血鬼もいるわ。浴びるだけで灰になる奴も。その辺は、相性と年月の問題よ」
にっ、と笑ってカーテンを閉める。
「中には殺しても死なないような奴もいるし、正真正銘不死身臭い奴もいる」
志貴も皿を置いた。
二人でまた台所に戻り料理を運ぶ。
「吸血鬼っていっても人間が認識しているイメージとは大分違うわ。それ所か、人間以外の奴を吸血鬼と見なしている傾向もある。血を飲んだから吸血鬼だー、なんて言う所もあるしね」
料理が総て並び終わり、白騎士が優雅に椅子を引いた。
そこにふらつきながらも、現れたアルトが座る。
傍らにプライミッツが座り、その前にも皿が並べられた。
「吸血鬼だって昔は人間だった。そして人間は人間によって殺されるの。それだけは絶対に真実。違う生き物になったって料理を食べれば味を感じるし、巧いとも思う。そして心臓を潰されれば死ぬし、頭を潰されても死ぬわ」
「そして何より」
アルトが言う。
「絶対防御なんて不可能なのよ」
「そう。そんな事は不可能」
白騎士も頷く。
「アイツの攻撃能力は確かに強力だけど、避けきれない程の速さは無い。避けだけに専念すれば良い。でもあの防御能力は酷く厄介だわ。攻撃しても無駄ってーのは無敵ってことじゃない? でも私は奇妙に思ったのよね。アイツ、私に自分の能力について語った」
白騎士も席についた。それを見て、志貴も席につく。
「自分の防御能力を語った。でもね、それが全部真実だとは限らない」
アルトが言葉を繋ぐ。
「敵側に自分の情報を開示する。これは多くの偽情報が入っていると思ったほうが良い。だから、多分だけどあの防御能力は完璧じゃない。必ず穴がある」
アルトはちらり、と志貴を見た。
「自己紹介もまだだけど、省略しても構わないでしょう? 私達の目的はアルクェイドを助け出す事だけなんだから」
「馴れ合いは必要ないってことか」
「ええ……。そうね、そう必要ないわ。それに私と知り合いになっても不幸な目にしか合わないしね」
自嘲するように笑う。
「名前だけ教えるわ、アルトルージュ………」
そこで一端言葉を切った。
「好きなように呼んで」
「わかった、よろしく。こっちは」
「遠野志貴でしょ、知ってるわ」
言葉を遮って、アルトが言った。
憮然とする志貴に白騎士が苦笑を浮かべ謝る。
「今、気がたってるのよ。許してやってね。私はフィナ。後の名前は長くて面倒だから覚えなくていいわ」
白騎士が志貴にウインクをして、手を振った。
志貴は苦笑いを浮かべる。
「オカマ?」
「ストレートな子ね。顔は好みだけど、歳が行き過ぎだわ。七年ぐらい前に会いたかった」
志貴が僅かに後に下がる。椅子がぎい、と音をたてた。
ひらひら、と白騎士が手を振る。
「簡単なのは」
アルトが場を取り成すように言う。
「貴方がその眼を使って無茶してくれることだけど」
志貴は頷く。
「ああ、それはやってもいい。だけど、あいつには俺は近づけない。近づけたとしてもその時点で戦える状態じゃないと思う」
「そうね、人間には火傷っていうのは馬鹿にならないわ。それに貴方にそんな事をさせたら、アルクェイドに怒られそうだから止めておく」
とん、と白騎士が口に運んでいた湯呑をテーブルに置いた。
「白翼公の相手は私がやるわ。そして絶対に殺す」
「フィナ。これはプライドの問題じゃないわ。直死の魔眼というアドバンテージがあるなら有効活用すべきよ。熱くならないで」
白騎士は目の前にある、ステーキにフォークを突きたてた。
「冗談。私が熱くなるですって? もうとっくにオーバーヒートしているわよ、アルト。それにね、私は同じ相手には二度と負けないの。勝つと言ったら勝つわ」
ふっと、笑う。
「ああ、熱くなってきた。そうよね、一度負けたら格好つけて余裕ぶるより特訓してドロだらけになった方が全然良いわ」
呟く白騎士を見て、アルトは軽く頭を振った。
「連絡が来るまで待つしかないわ。貴方の傷は治療したとはいえ、もう少し安静にしておいた方が良いし、私ももう少し魔力を溜めたい。次の戦いでアルクェイドを取り返せなかったらあの子は二度と帰ってこないわ。これは確信。白翼公は甘い男ではないから」
アルトの手の届く所にあった料理は総て消えていた。ゆっくりと立ち上がり奥に消えていく。そこはアルクェイドの寝室だった筈だ。プライミッツがその後を追った。
「愛想が無くて、ごめんね」
肩を竦める白騎士。
「やー、まさか私たち負けると思っていなかった訳よ。白翼公が戦う所なんて殆ど誰も見た事がなかったしね。領地に引っ込んでるばっかりの祖だったから。アルトにしてみれば、華麗に敵をぶっ倒し、そして感動の再開。そんな所を望んでいたのかもしれないけど。全部おじゃんになっちゃったから」
両手を頭につけて角に見立てる。
「これよ」
そのまま、腕をぱたんと下ろす。軽く溜息をついた。
「――――――――――食べましょうか」
「ああ」
志貴は頷いて、目の前に置かれた料理を食べ始めた。
食べて、力をつけて。
――――――――――リベンジする。
目の前の男の台詞だが、今の自分のやるべき事を実に巧く現しているように思えた。



フィナはリビングに一人、ソファーに腰掛けて天井を見上げていた。
目の前には、黒騎士の魔剣ニアダーク。
アルトは現在、眠っている。渇望していた妹の部屋で。
遠野志貴は、一端実家に戻っていった。自分が死ぬかもしれないから、別れぐらいはしておけと言った為だ。
何となく、懐に手を突っ込み煙草を取り出した。
食料を買出しに言った時についでに買ってきたものだ。
昔は良く、吸っていた。アルトの護衛になった時から吸ってはいない。
百円ライターで火をつける。
「あー」
唸ってみた。意味など無い。思い上がっていた自分の無力さが、笑ってしまうほど哀れだ。
守ると決めた存在を傷つけさせ、主に止めろと命令されたそれすらもこなせない。
あの公園での戦闘は、自分にしてみれば随分と長い間戦ったように思えたが、外野がいれば短かったと評しただろう。
お互いに一撃必殺だった。固有結界と、あの炎。
弱点はわかっている。そう初めから提示されていた。
白翼公は、最初の自分が投げたサーベルを『避けた』。
絶対防御能力があるのなら、そんな必要は無かった筈だ。
考え出される物は複数だ。
敵の視認の有無。攻撃が何処から来るのか。
それを分からないと発動できないのではないのか?
ぷかり、と煙が天井に浮いた。
「ねえ、リィゾ。アンタ、もう再生できるんでしょ。ああ、いいわ。分かってる。アンタも私と同じ思考に行き着いたって事よね。私が死ぬ気で、アンタが殺す気なら、――――――――――白翼公をブッ殺せる」
ニアダークは何も反応を示さない。白騎士は笑った。何時もの事だと。
「アンタは死んでないし、そこで牙を研いでいる。私はまだ負けた気はないし、プライドだって修復させる心算」
あのサーベルを何故避けたのは、もしかしたら無意味な行動だったかもしれない。反射的に避けてしまっただけかも。
「関係ないわよねえ」
天井を見上げながら、また煙草を吹かした。

負けっぱなしなら死んだほうがマシだ。



総てを、愛していた。
薄紅色の長い髪。燃えるような赤い瞳。
生命力溢れるその姿は彼女が、その身を止めた吸血鬼だということすら忘れさせるものだった。
穏やかな彼女。活発な彼女。良く笑い、良く泣いた。
最初は本当に、ただ殺す気で近づいたに過ぎない。
彼女と供に生活する中で、彼女の多くに触れた。
笑顔の中にある、幸福と悲しみ。
彼女は永遠の孤独を生きる、夜の住人だった。

「無理なんだよ。だいたい君は退魔だろう? その身を襲う衝動だったある。気が狂うだろう。愛情と憎悪。君の中には多くの感情が渦巻いている」
髪の毛をオールバックにした伊達男が言う。
スーツを着ているが、固い印象は与えない。不思議な魅力があった。
「それでも、俺は」
誰かが喋っている。
「あの子が好きなのか」
男が言う。その眼は悲しげに細められた。
「人間が僕等に恋をする。僕等が人間に恋をする。どちらも悲劇しか生まないよ。現実はハッピーエンドでは終わらない。君が吸血鬼化できる可能性は一般人のそれより低い。例え成れたとしても、君の中に流れる退魔の血が君を縛るだろう」
そうだとしても。
例え、そうだとしても。
気付いてしまった。
「俺は」

――――――――――あいつが、好きだ。

「哀れだな。僕からすれば君達のやろうとしていることは結果が見えている。悲劇しかない。喜劇でしかない。狂った男に殺される女など、哀れすぎて見ていられない」
男は月を見上げた。
彼女の屋敷の中庭。
そこは美しかった。ああ、そういえば彼女は植物が好きだった。
例え、花が枯れてしまってもまた芽吹くから。
何度でも自分の前に現れてくれるから。
「君は、後悔する。僕は知っている。君達のような二人の末路を。止めろとは言わない。止めてくれと懇願しよう。僕は君もあの子も嫌いではないのだから」
「ヴァン・フェム。俺は、退魔の使命を捨てた。魔に怯える人々の為に戦う事を誇りにしてきた。だが、俺はあいつに出会ったことで、自分を持ってしまった」
「悪いことじゃないさ」
「救える筈の人を、見捨てた。だが俺はそれ以上に―――――彼女を、これ以上一人にさせたくないんだ。何時も泣いている。仲良くなった人は死ぬ。他の吸血鬼の殆どは彼女の地位を掠め取る事しか考えていない。辛くて、寂しくて、何時も一人で」
だから、もう。
誰かが、彼女の隣に並ぶことがあっても良いのでは無いだろうか。
「悪い、ことじゃないさ」
搾り出すように言う。
「あの子の脆さは知っている。あの子の優しさは知っている。あの子は、偶々才能があっただけで、偶々吸血鬼になってしまっただけの少女だよ。それなりに幸せに一生を終える筈だった。こんな畜生道に落ちる事も無く、ね」
何の因果だ、と誰かが首を振った。
耐え切れぬと、誰かが泣いた。
「君は人間だなあ。どうしようもなく人間だ」
羨ましがるように、男は言った。
「だったら、一つ約束してくれないかな。僕に悲劇を見せないと。眼を背けたくなるような事はしない、と」
「何を、誓えば良い」
「永遠の愛……、なんて言う心算はない。ただ、彼女の傍に何時もいる事を」
誰かが、顔を上げた。男と目線を合わせる。
「ああ、誓おう。いくらでも誓う。そう、彼女が死ぬ時が――――――――――」

――――――――――俺が死ぬ時だ。



「夢、か?」
エンハウンスは、眼を覚ました。
暗い廃屋にその身を横たえている。
何時の間にか流れていた涙を拭った。
「訳が、わからない」
何故、泣いているのか。
本当に、訳がわからない。
夢の内容は朧だ。
捉えようとすれば、するりと手を抜け何処かに行ってしまう。
唯、女の笑顔だけがちらついた。
腐った両腕、傷む体。
少しずつ体は崩れていく。死への未来はそう遠くはない。
でも、その前に。
この女の名前ぐらいは思い出したいと思った。



「私はね、ヴァンさん。色んなことがどうでもいいのよ」
「へえ、例えば」
ヴァンは薄紅色の髪の毛を振り乱す少女に問う。
「他の祖がしている権力闘争とか、人があーだこーだとか。真祖とか教会とか別にどうでもいいの」
ヴァンと、彼女は向き合っていない。彼女は大きな机の上に乗っている物と熱心に向き合っており、そのついでにヴァンと会話している。
ヴァンは、そんな彼女の背中を楽しそうに眺めた。
「眼に見える辺りが平和で、皆が笑っていて、私の庭にはちゃんと花が咲いて―――――」
僅かに俯いた。後からでも顔が紅潮しているのが分かる。
耳が赤い。ヴァンはにやにやと笑った。
「それで?」
先を促す。彼女は怒ったように声を上げると、金槌を此方に投げてきた。
ひょい、と避け、苦笑を浮かべる。
「言わなくてもいいでしょっ」
「そうだね、君は素直だなあ。エレン」
エレンは、にこりと笑う。
「貴方は性格は捻くれているわ。ヴァンさん」
「はは、性分でね。経済の世界に立てば騙しあいの毎日さ。だから、偶には君が治めるこの静かな町に来たくなる」
エレンは微かに笑い声を上げながら、作業に戻った。
「冗談では無いよ。僕はここにいると随分と心が休まる」
「じゃあ、いくらでも居て良いわ。大歓迎よ」
ヴァンは肩を竦める。
「嬉しいが、僕にも親交がある人間が結構いてね。彼等の信頼も将来も裏切る訳にはいかないのさ」
「大変ねえ」
「ああ、大変だよ」
エレンがこちらに振り向いた。
「でも、嫌じゃないんでしょ。そういうの」
笑った。
ヴァンも笑みを返す。
「ところで、何を作っているんだい?」
「ああ、これ?」
机の上にある鉄塊に目を落とす。
「これから、退魔機関の追っ手とか来るかもしれないし、それに彼が吸血鬼になれたら」
不安を打ち消すように。
「これ、あげるの」
「剣、かい?」
「うん」
つっと、今は形を成さない魔剣を撫でる。
「もし、私がいなくなっても。彼を守ってくれるように」
寂しそうに、仕方がなさそうに。
そう、言った。

なんでもない子だった。
何処にでもいるような子だった。
強がっていても、時たま思い出す今はいない友人を思い出して涙する。
そんな普通の子だった。
魔術師、製作者としては傑出した才能があった。自分はそれに興味を持ち彼女と親交を結んだ。
でも、普通の子だった。
魔術師としての陰惨さは無く。吸血鬼としての傲慢さは無く。
心地よい娘だった。
エンハウンスは、馬鹿な青年だった。
実直で、愚直で、あの子は好きだと叫ぶ馬鹿な青年だった。
だからこそ、心地よい男だった。
結局、彼は吸血鬼化と退魔の血の鬩ぎ合い、そして長い年月の末、磨耗し彼が彼女を殺した。
なんという、悲劇だろう。
彼女の隣にいたいと言った男が。
彼が好きで頬を染めていた女が。
殺し合うなんて。

「―――――死ぬ。生きる。救われる。見捨てられる。行き場を失った愛情は何処に行ってしまったのかな。エンハウンス」
ぎし、と男は椅子を軋ませた。
オールバックの髪に手を入れる。
広い部屋に男は一人、月を見上げた。
あの時、見た月と今見ている月が同じであれば良いのに。
ふと、そう思った。



努力して報われないなんて当たり前だ。
努力して報われないなんて当たり前だ。
だれだって、努力している。
「臭いわ」
白騎士は、ベランダに止まっていた鳥を握りつぶした。
伝書鳩の心算だろうか、足には手紙が括りつけられていた。
『今夜、十時に映画館で待つ』
それだけ。
アルトは部屋から出てこないし、志貴は未だ帰ってこない。
「これは、巡りあわせって奴ね」
ふふん、と笑うと白騎士は適当に志貴の洋服から着れそうな物を選び出し、外に出た。
手には先程握りつぶした鳥の血がこびり付いている。
臭い。
ぺろり、と血を舐める。
「さあて、リベンジ始めましょうか」
まずは、決闘の申し合わせからだ。






「はろー、可愛いお嬢さん。ごめん待ったあ?」
「よりにもよって来るのは貴方ですか、白騎士」
リタは映画館の上映表を見ている時に、このオカマ野郎に肩を叩かれたのだった。
「そりゃあね、下っ端の仕事でしょうよこういうのは」
白騎士がリタの隣に並び、上映表を見始める。
「何か希望はありますか」
「そうねえ………。あ、これ見たいわ」
白騎士が指したのは、昔のゾンビ映画のリメイク版だ。
リタは内心、趣味が悪いと思った。自分のような美女を供にするのだ、その選択は無いだろう。
「馬鹿にするもんじゃないわよ。良いものは良いし、リメイクされれば面白くもなるし詰らなくもなるわ」
白騎士はチケットを二枚買い、一枚をリタに渡した。
「それじゃあ、行きましょうか」
肩を竦める白騎士。この口調が無ければかなりの伊達男だ。
リタは、ずんずんと前に進む白騎士の後を追った。

「で、どうなのよ」
スクリーンの上で人がゾンビに襲われている。
「ええ……その」
ゾンビの顔がアップになった。思わず、息を飲む。
言葉が不自然に止まり、僅かに体が跳ねた。
「ガキねえ」
白騎士は笑う。映画で驚く吸血鬼というのも笑える話だ。コッチの方がよっぽど性質が悪いホラーだろうに。
「うるさい……っ」
こほん、と咳払いをし、仕切りなおす。
「場所はコレに書いてあります」
かさり、と封筒を出しそれを手渡した。
「アナログだこと」
「文化というものは素晴らしいものです。それは大抵、最先端のものより良い」
リタは言い切ると、スクリーンから僅かに横目で白騎士を見た。
「そんな眼でみないでよ」
しなを造り、ウインクをする。リタは眼を細めた。
「気持ち悪い人。男なら男らしくしたらどうですか」
「女に持てたかったら男らしくもするわよ。アタシなんて黙ってれば女が寄ってくるでしょう? 顔が良いし」
映画は終盤だ。バス二台が外に飛び出した。
「アタシはねえ、最高の女を知ってるのよ。性欲すらも抱かない、欲望すらも届かない。そんな最高の女。損してばっかでも優しさを忘れない女。だから私は、女に憧れる。あの子が女だからこんな口調も使う」
「下らない。貴方は男で、黒の姫は唯の馬鹿なだけでしょう。裏切られたら、疑うことを憶える。そうでなきゃ本当に唯の馬鹿です」
白騎士が愉快そうに笑った。
「黙れよ、糞女」
銃声、悲鳴、決意、涙、別れ、スクリーンは映し出す。
暗い映画館の中で、白騎士の瞳がぎらぎらと光った。
「芸術家被れの人間被れ、アタシのお姫様を傷つけた糞吸血鬼。地獄に―――――」
落ちろ、否違う。
映画は最期を向え、叫び声ばかりが聞こえる。悪趣味な終わり方だ。
「―――――落としてやる」
ぶつん、と音がして映画館が明るくなった。
そこには、リタと白騎士しか客が居ない。
白騎士はリタの襟首を掴み、引き寄せた。
「それが貴方の地ですか、カマ野郎」
「黙れよ、女。ベラベラ喋るんじゃねぇ、俺の言葉だけを聞け、俺の言葉に押しつぶされろ」
白騎士の言葉遣いが豹変し、声が低くなる。
「俺はな、テメエの尻の拭き方ぐらい知ってる。わかるかよ、俺は最高の女に、テメエが信じた最高の女に、人生を懸けて従ってきた女の前で恥かかされたんだ」
止めろ、と言われた。足止めではない。まさに『ここを任せる』。
それを、裏切った。信頼を裏切った。
「思い知らせてやるよ。俺はな、他の祖の奴等と違って生まれは肥溜めだ。吸血鬼になるまでは臭え事は腐るほどやった。悪人つったら俺だろうよ。だがな、悪党だからこそ信じるものがあるのさ。譲れないものがあるのさ」
「それは―――――?」
リタは聞き返す。
白騎士はにこり、と笑う。出てくる声は軽く、先程までの男の声ではない。
「愛よ、愛。ラブ。正義も金も勇気も仲間も悪も命も運命も神様もなくても地球は回るけど愛がなくちゃ地球は回らないわ。これが理解できないならアンタは私にとって唯のクズよ」
リタは、その言葉を聞きにっこりと笑い返した。
素早い動作で、白騎士の襟首を掴む。
「御高説ありがとうございます。オカマさん。ええ、愛は偉大。そんな事は知っています、知らない人間なんて生まれたばかりの赤ん坊だけでしょう。ですが私は、愛より重く、愛より心地よい物を知っています」
白騎士はリタの襟首から手を離した。
肩を竦める。
「それは―――――?」
「誇りです。貫き通すべき信念です。いつでも唯、気高く。いつでも堂々と。失うことを恐れず、感情を捨てず、悪党にも正義の味方にも、啖呵を切ることができる。誇りが胸にあればどんな化物でも小さく見えるもの。私は知っています。真祖が危険だということを。それは人にも吸血鬼にも、否生物にとって危険だということを」
「正義を語ってみる? リタ・ロズィーアン」
「まさか、恋人同士を引き裂いて私達は唯の悪党でしょうよ。しかもこの世の最下層に位置するね。でも、私は後悔もしてはいないし、退きもしません。殺さば殺せ。死ぬ時は笑って死にましょう」
リタは、掴んでいた手を離し立ち上がった。
「映画館で、罵り合い。中々、愉快な体験でした」
優雅に一礼をする。
「こういうのはね、宣戦布告って言うのよ。憶えておきなさい」
リタは薄く笑う。
「憶えておきましょう」
リタはすたすたと、歩いていき扉に手をかけた。
「あ、そうそう」
白騎士は振り向く。リタと眼があった。
「今の啖呵、中々素敵でしたよ。貴方とは戦いたくありません」
そう言って、消えた。ぱたん、と扉が閉まる。
「は―――――っ」
負けた。なんとまあ、見事に負けました。
「クールだわ」
初戦は敗北。最近負けっぱなしだ。
「大将首、とらないとねえ」
最期に勝てば良い。死んでなくて、牙が折れてなければ。
まだまだ、だ。





「志貴様は足が、お速いですね」
遠野家の屋敷。その廊下で翡翠が呟いた。
「え?」
志貴は秋葉への言い訳を考えるのに夢中でその小さな呟きに思わず聞き返した。
「何時だって、私は追いつけませんでした。近頃では背中を見ることも叶わなくなりそうで、怖いです」
志貴は困ったように、笑う。
「翡翠、俺はいなくならないよ」
嘘だ。遠野志貴は生きてようが死んでようがもう、二度と帰ってこないことを知っている。
彼の心はずっと自由だった。縛り付けるものはいなかった。故に彼はどこか仙人のような雰囲気を持っていて掴みづらい人だった。
ある日現れた、金の鎖が彼を地上に引き摺り落とした。
仙人は死なない。人間は死ぬ。
幻想だとは分かっている。嫉妬だということも分かっている。
そして、自分に手が届かないことも知っていた。
「翡翠?」
「―――――はい」
返事をするが、ただ何となくだ。
翡翠は志貴よりも前に出た。
昔のように、少しだけ自分の背中を追いかけて欲しかった。
木製のドアを開けて、主への道を開く。
「こんにちは、兄さん。こんなに早く帰ってきてくれるという事は色々考え直してくれたんですか?」
遠野秋葉が嫣然と微笑み、志貴を迎え入れた。
志貴はそれだけで、背筋が凍った。





「で、もしかしたらあの吸血女に付いて外国に行くから、帰ってこれないかもしれない、と」
「ああ、うん。……そうなんだ」
志貴は嘘をついた。真実を言えばこの場で縛り付けられて止められるに決まっている。
だから、嘘をついたのだが。
「それは、それは。兄さんは随分とあの女の尻にしかれているようで」
「―――――いや、秋葉。あのな」
「良いです、何も言わなくても結構。どうせ止めても行くのでしょう? 私の静止など、文字通り、無意味です」
俯けた顔と同時に、とんでもない威圧感が感じられる。
泣くかもしれない。否、今まさに泣きそうだ。
秋葉が? 違う。俺が。
「なあ、秋葉。もしかしたらなんだ。巧くいけば直に帰ってこれる。そうだ、帰ってこれたら最初にお前に会いにくるから。だから」
「だから、許せ。だから、止めるな―――――とでも?」
「いや、うん」
傍らで琥珀は困ったように笑っているだけだし、翡翠は先程から顔を伏せている。
しばらく、膠着状態が続いたが、突然ふっと秋葉から威圧感が消えた。
美しい笑みで、そう計算しつくされた美しい笑みで微笑む。
志貴は、ほっと胸を撫で下ろした。
そうだ、秋葉は俺の妹だぞ。何を心配する必要がある。そりゃあ少し気の強い所もあるが基本的には優しい自慢の――――――――――。
秋葉がゆっくりと立ち上がった。笑みは固定されたままぴくりとも動かない。
「わかりました。理解しました。了承しましょう。そんなにあの女が良いなら」
志貴も思わず立ち上がる。何故か足が後に下がった。
「暫く帰ってこなくとも結構です、兄さん」
ぺし、と体を押された。
少し後に下がる。
さらに、体を押される。
また後に下がる。
広間の出口までそれは続いた。
「そうですね。妹を可愛く思う兄心がまだ、兄さんの胸にあるのならお土産をよろしくお願いします、外国にいくのでしょう? 類稀なる素晴らしいお土産を期待しています」
翡翠と琥珀がそっと後の扉を開ける。
志貴は、ああこりゃバレてるな。と思いながら苦笑した。頭の良い妹。やはり自分の自慢だ。それとも自分が嘘が苦手なだけなのか?
「さようなら、また会いましょう兄さん―――――」
とん、と先程より少し強い力で押されて廊下に押し出された。
「お土産期待してますね」
琥珀は笑い。
「お気をつけて、志貴様」
翡翠は僅かに礼をした。
そして扉がしまる。
広い玄関口に一人取り残された、志貴は笑った。
何時の時代も男は女には勝てはしないのかもしれない。



「秋葉様、よかったのですか?」
「ええ、別に何の問題もありません。あるわけがありません」
足を組み、組んだ指先を世話しなく動かす。
何だかんだいって甘い人だと思う。
翡翠はもういない。志貴が去ってしまうと同時に掃除に戻ってしまった。時間通りの行動。時間通りの仕事。彼女の仕事は彼がいなくなってから正確さを増している。ただ、料理は作らなくなった。食べさせたい相手がいないからだろうか。
「なんというか、大変ですね」
「ええ、まったくあの人は私の苦労を知らないに違いありません―――――今日は付き合いなさい、琥珀。飲んで飲んで飲みまくってやるわ」
「はあ。ええ、もうそれは喜んで」
酒は好きだ。酔うのも好きだ。自分が曖昧になるのが凄く良い。
琥珀は思考を少し漏らすことなく微笑んだ。
「じゃあ、志貴さんが帰ってきたらもっと盛大に酒盛りでもしましょうか」
「そうね。それもいいわ」
秋葉の指の動きが止まり、顔が外に向けられた。
丁度、その窓から志貴が出て行くのが見える。
「欲しいものは手に入らないものね。いらない物ばかり付いてくる」
「そういうものでしょう?」
自分には一番も二番もなく、手に入らなかったが。
秋葉は寂しげに笑った。
「そうね。生き難い世の中だわ」
立ち上がり、琥珀に微笑んだ。
「じゃあ、私も仕事をします。琥珀、後で何か飲み物を持ってきて」
「はい、わかりました」
頷いて、秋葉は去っていった。甘いのに強い人だ。
苦いチョコレート。嵌ったら抜け出せない人。
遠野秋葉はきっとそんな人だ。
あれ、と琥珀は頭を捻る。
今は結構、楽しいのかもしれない。
総ての状況は自分の手が離れた所で終わってしまった。
四季はもう帰ってこない。哀れな四季様。笑った顔が眩しい四季さま。
彼がいなくなるのと同時に、私の憎しみも何処かに飛んでいってしまった。
時間は進んでいる。秋葉も翡翠も昔のままではない。皆、変わってきている。古い遠野を表すものなど、あの檻に捕らわれた哀れな少年と、自分だけであった。
忘れる気はない。何も。それでも、今胸には憎しみがない。
「それでいいのかもしれませんね」
総てが止まったままだったら良かったのに。
そうすれば、憎しみも冷えることがなかった。
秋葉にも優しくしたくもならなかった。
「ええ、本当にまったく」
生き難い世の中だ。
でも、だから楽しいのかもしれない。
琥珀は微笑むと台所に消えていった。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
黒く、白く、赤く、青く。(4) 十三式大回転/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる