十三式大回転

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zoom RSS 黒く、白く、赤く、青く。(6)

<<   作成日時 : 2006/03/17 00:00   >>

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ヴァンの問い掛けに志貴はゆっくりと口を開いた。
「俺は、求めません」
「永遠を?」
「ええ、それに―――――」
アルクェイドの愛情も。
そう言って志貴は笑った。
「もう、駄目なんです俺。平気そうに振舞って、幾ら笑えても、体はもう薬で騙されちゃくれない。痛み止めを飲んでも、夜中に苦痛で飛び起きる。アルクェイドを起こさないようにシーツを噛んで苦痛を押し殺す。それが最近の俺の日常でした。―――――ああ、思います。あいつの一緒に、ずっと一緒に暮らせたらどれだけ良いかって。夢にも見る。あいつとだったら幸せに生きていける。ずっと俺とあいつは笑って生きていける」
―――――でも駄目だ。
アルクェイドが求めたのは吸血鬼の遠野志貴ではなく、人間の遠野志貴だから。
「俺は、あいつを縛る鎖にはなりたくない。思えば今の生活も我侭だ、俺は俺が生きている間だけでもアルクェイドを自分のものにしていたい、俺以外誰も見て欲しくない。興味も向けて欲しくない」
遠野志貴は、あの庭で殺された。
だから、今のこれは遠野志貴の人生のオマケのような物だ。
本筋よりも長く、楽しいオマケなど笑ってしまう。
でも、いいんだ。
思えば、この眼はあいつに興味を向けてもらえる為にあったのかもしれない。
あの時、初めてアルクェイドを殺した時のあの衝動。
殺人衝動。
あれは血の滾りではなく。心の衝動だと信じられるから。
殺した責任は取ろう。アルクェイド・ブリュンスタッド。
「―――――俺は、あいつに多くの事を教えた。教える事ができた。だから、きっと俺が死んだ後。愛情を知ったあいつは何時か。気の遠くなるほど何時か。俺を忘れてしまう何時か。違う、誰かを愛せるように」

―――――俺は愛情を求めない。

唯、注ごう。壊れた世界の中での唯一の完璧なる存在の月姫。

―――――この命、君の為に使いきる。

「君は、独占欲に溢れているようで、物分りがいいようで。実に人間的だ」
ヴァンは小さな笑い声を漏らした。そのまま顔をハンドルに当てる。
ビーと間延びしたクラクションの音が響いた。
車の運転は微塵も揺るがない。ヴァン・フェムは揺るがない。
唯、少しだけ震えた。
「君は彼女を愛している」
「ああ」
「君は彼女との永遠を望まない」
「ああ」
「君は過去現在未来総てにおいて、彼女の鎖にはならない」
「ああ」
「聖人君子のようでいて、君は嫉妬深い―――――――――」
「ああ」
淀みなく答える志貴。ヴァンは大声で笑った。
「良いね。最高だ。愛を語るな唇を焼けどする。さあ、行こうか。全速力で駆け抜けようかこれから起こる戦いは世界を憂える戦いでもなく、吸血鬼を討ち取る戦いでもなく。

――――――――――唯、男が女を奪い返しに行く戦いだ!」

車のスピードが上がる。ヴァンは笑う。釣られるように志貴も笑った。

そうだ。間違いなど無い。回答などない。エレンはエンハウンスと永遠を生きられない事を知っていた。その可能性の強さを知っていた。魔剣アヴェンジャーで切り殺された哀れな少女よ。踊り狂った夜に殺された少女よ。君の気持ちが聞きたい。

―――――君は、後悔してはいなかったのか。

涙を流しながら、首を刎ねられた少女よ。
受諾するも愛ならば、奪うことも愛なのだ。
形など求めてはいけなかった。ハッピーエンドの形が違った。
「そうか! そういう終わりか!」
ヴァンは笑った。こんなに笑うのは久し振りだった。
大人になれば成る程、大声で笑うのは難しくなる。
自分はまだこんなにも大声で笑えた。物事を穿って見るのは唯の馬鹿のすることだ。

愛するものに首を刎ねられた吸血鬼。君はそれでも彼の幸せを願っていた。

自分が生きるのがハッピーエンドでは無く。彼が生き残るのが君のハッピーエンド。

迷いは晴れた。くだらない迷いだ。ただ、頭で考えるのではなく誰かに教えて欲しかった。
あの時、エンハウンスが刃を掲げたその時。
彼女が後悔していなかったのか。それだけが知りたかった。
死者は語らない。不死者も語らない。死体は喋らない。真実は誰も知らない。
だが、自分自身の納得だけは欲しかった。
「では志貴君。これからは攻略話と行こうか。何、白翼公は然程脅威でない。むしろ弱いと言っても過言ではないよ。彼と戦うのはそこらにいる魔術師と戦うのと同じ要領でやればいいのさ」
志貴はその言葉を聞いて頭を捻った。アレはそれほど甘い存在ではない。
「彼は魔術師だ。だが、シングルアクション魔術しか使えない、ね」
にやり、とヴァンが笑った。
「そう、彼は究極の一工程魔術の使い手だ。実戦的であるが、一工程魔術というのは魔具さえあれば防げないものではない」
そこで言葉を切った。ヴァンは前を見据える。
「トラフィム・オーテンロッゼは弱い」



アルトは動かない。白騎士だげが肉薄して来る。
(戦う気がないのか? 否、一撃を狙っているという所か)
白翼公は考える。スミレはアルトルージュを警戒している。
つまりは、ここで白騎士を素早く倒してしまえばよい。
今の彼女ならば、押し切れる自信がある。
白銀の刃が眼前に閃き、瞬時に発生した炎に焼ききられる。
白騎士は敵ではない、注意を払うべきニアダークも今や唯の重い剣に成り下がっている。
負ける要素など存在しない。何処にも見えやしない。

なのに。

ニアダークが振り切られる。白翼公はそれを受けるような真似はせず後方に飛んだ。

何故、押されているのが私なのか。

くっ、と笑った。己を最強だとでも思っていたのか私は。退かぬことが強さだとでも。
そのような若さ。私には無い。私は弱い。そんなこと当の昔に知っていた。
だが、白騎士よりは己は強い筈だ。だが、押されているのは何故か。一度倒した相手にこうまで押される訳は。
笑みのまま問う。
「何は君をそこまで動かす!? 仕えるべき主君は君の後ろにいるぞ! 君のプライドは時間がたてば戻る! そういうものだ!」
サーベルを捨て、魔剣一刀になった白騎士は笑った。
そのような事は答えるまでも無い、と笑った。
「プライドは時間がたっても戻らないわ。また違うプライドが生まれるだけよ。アタシはね、アンタが奪った私のプライドを返してもらいに来たの」
素早い踏み込み、魔剣が唸る。
「アンタにあの時の負けを返すから、今の勝利をアタシに寄越しなさい!」
「横暴だな、君は……」
腕が閃いた。灼熱の炎は一瞬で、肉薄してきた白騎士の両腕を炭化させる。
空中に浮いたニアダークを一瞬で口に咥えた。くしくも前回と同じ構図。
「敗北が来るぞ! 白騎士!」
炎は使わない。拳が瞬時に走り、白騎士の歯を砕いた。白翼公の拳も僅かに傷がつく。
殴りつけられ、白騎士が口に咥えていたニアダークがまた宙に浮く。砕けた歯も、捲れ上がった唇も、潰れた鼻先もどうでもいいと言わんばかりに、血を吐き散らしながら白騎士はニアダークを蹴り飛ばした。白翼公に向ってではない。遥か上空へと蹴り上げた。
それを悪足掻きだと判断したのか、白翼公は僅かに首を振った。
白騎士は地面に倒れ伏し、白翼公は見下ろしながら言った。
「終わりだ。圧倒的暴力の前に屈しろ」



白い炎が眼前で揺らめく。
両腕を失っても立っている自分のなんと生き汚いことか。
ニアダークは遥か高みに蹴り上げた。悪足掻きではない。これこそ勝利への布石だ。
がつ、と靴を鳴らした。
「ふざけんじゃないわよ」
ああ、駄目だ。興奮している。押さえつけなきゃ。こんな自分は駄目だ。こんな自分は格好悪い。自分はもっと余裕を持ったキャラの筈だ。そういう風に装って来た筈だ。
―――――お姫様の前では。
勝利は決定した。ニアダークは落下してきている。当然それが白翼公に刺さるなんてコメディな、展開には成りはしない。仲間を信じるのだ。奴なら必ずやってくれる。
状況は整った。問題は解決した。後は冷静に自分の命の勘定をしていれば良いだけだと言うのに。
何故、この口は開くのか。
「アタシは屈しないわ。リベンジは一度のみ。二度目の敗北を味わった時点でアタシは死ぬ」
がつ、とまた音を立てる。足を踏み出した。
馬鹿め。ここまで自分が馬鹿だとは思わなかった。後は黙って時間稼ぎでもしていれば良いのに。何故、死に向ってこの足は進む。
「アンタみたいな偉そうな喋り方する奴は嫌いよ」
中指を立ててやりたい所だが、腕が無い。
ああ、そうだ。この余裕面が気に食わない。何を悲壮ぶっているのか。何を考えているのか。そんなことは知らない。どうでもいい。
一発ぶん殴らないと気がすまない。
「地獄に落ちろ、この糞野郎っ!!!」
回し蹴り。それは当然のように炎に撒かれて足を炭化させる。

だが、それに追従するように。稲妻のように“黒騎士”が魔剣ニアダークを携えて一撃を喰らわす。

「―――――馬鹿な」
ごぶ、と口から血が漏れる。ざまあ見ろだ。
ニアダークは白翼公の体を肩から胸にかけて断ち割っている。刃がそれ以上進まないのは咄嗟に発動させた炎の為か。
「そうか、時の呪い―――――! 貴様の時間は永遠に止まっているのかリィゾっ!!」
血が噴出し、地面に落ちる。

黒騎士は今まで再生を出来なかったのではない。しなかったのだ。
彼を本当に殺したいなら、魔剣を完膚なきまでにこの世から消滅させるしかない。その因果、過去、存在に至るまで総て。それが魔剣の呪い。リィゾを蝕む呪いだ。

「―――――教えてあげましょうか」
死刑宣告をしてやる。勝ったのはアタシだ。だったら横柄にいってやる。偉そうに叩きつけてやる。
「アンタの魔術はアタシが看破したわ。なんて事のない大したことの無い魔術ね。一工程魔術の究極系と言えば、聞こえがいいけどそんなのクズ能力よ。ニアダークは防げない」
ずっ、と刃が動いた。引き抜かれようとしている。そして、白翼公が地べたに倒れふそうとしている。
「アンタの防御能力はもっと単純よ。来るとわかってないと防げないんだわ。だから不意打ちに弱い。アンタを簡単に殺すのは銀の弾丸を込めた狙撃銃一つあれば良い。何が究極の防御能力よ。―――――笑っちゃうわ」
引き抜かれる。崩れ落ちる白翼公。
敗北を味わう為に言った。勝利を確信する為に言った。笑いながら言った。
「圧倒的暴力の前に――――――――――屈しなさい」



エンハウンスはビルの屋上にいた。
そう、現在白翼公とアルトルージュが戦っている場所の屋上に。
迷いがある。
殺す相手は決まっている。だが、本当に真祖を殺したほうがいいのだろうか。
アレは血を吸わない。そう聞いた。
ならば、処断する以外にも道はあるのではないか。
慌ててその思考を振り払うように、頭を振った。
「あの夢のせいか」
夢を見てから、どうも調子が戻らない。
何時もなら、下の階にいる二十七祖達を殺す為に潜んでいる所だが。
何もせず屋上にる。
エンハウンスは苛立っていた。同時に混乱してもいた。
この苛立ちは何なのだ?
復讐に燃えるなら、アルトルージュを狙い身を潜めていればいいものを。
ここでぼんやりと空を見上げる自分は何なのだろうか。
考えたくも無い、とエンハウンスは吐き捨てた。
そして、身を翻し階段を下りていく。
数階降りた後で鎖の音が僅かに聞こえた。
「真祖―――――か?」
漏らした声に力は無い。
ぐったりとしたその姿はエンハウンスの胸を無性にざわめかせた。
重なる。何が? この弱々しい姿の吸血鬼が何の姿に重なるというのだ。
頭痛がする。ガンガンと頭の奥で何かが戸を叩いている。
出せ、と叩いている。思い出せ、と叩いている。
五月蝿いと、体が震えた。心が反論した。
この声こそ、心地よいと。
記憶が頭を掠める。思考が混乱する。
訳の解らぬままに、歩を進め真祖の前に立った。
頭の奥底で声がする。自分を呼ぶ声がする。
笑う女がフラッシュバックし、目の前に火花が散った。
アヴェンジャーを抜き放つ。慣れた重み。初めて握った時の感触。
涙を流して謝った女。涙を流して許しを請うた吸血鬼。だが、それは何に対して?
ああ、夢の中に出て来た女と吸血鬼の姿が重なる。真祖の姿が重なる。
振り上げられる刃は、真祖ではなくそれを縛る鎖へ。

エンハウンスの不幸は。

あまりにも全身から血を香らせていたという事の他にない。
吸血衝動を抑えていた、必死で抑えていたアルクェイド・ブリュンスタッドを前に。
その身を血で香らせている以上の不幸があろうか。
服に染付いた血。剣に染付いた血。体に染付いた血。
それは、アルクェイドを狂わす魔性の香りだった。

エンハウンスの幸運は。

彼が鎖を断ち切った時、アルクェイドの力が弱く掴まれた頭を握りつぶされなかった事だけだろう。
百獣の王を前に怯えぬ獣がいようか。所詮吸血鬼など、真祖の為に用意された血袋に過ぎない。
記憶の中の女が笑うのと同時に、復讐騎はその身を空に躍らせる事になる。
壁を突き破り、その身を墜落させていく事になる。
究極の獣の咆哮を聞きながら、復讐騎は墜落していく。



世界は静止していた。
スミレの目の前で、ゆっくりと白翼公が崩れ落ちていく。

今の精神状態で空想具現化などしようものなら、絶対に白翼公を巻き込むだろう。
あ、と声を漏らした。なくしたくなかった。トラフィム・オーテンロッゼという人物を失いたくなかった。
決断をしようか。
決断をしようか。
決断をしようか。
体は駆け出した。私の体は接近戦には向かない。技術も習得していない。

私は死ぬだろう。

だが、何時までも酔っ払ってはいられなかった。日和ってもいられなかった。
零れ落ちる砂を、私は掴めないと知りながら駆け出した。
自殺行為? そうかもしれない。逃げてしまえよ。頭の中で声がする。あの人は責めない。
それは、そうだろう。助けて欲しいなんて一言も言ってなかった。私とリタが協力を申し出なかったとしても、一人でこの事態に赴いたに違いない。

私はトラさんの前を通り過ぎた。

トラさんが駆ける私を見て、眼を見開いた。逃げろと叫ぶ。
白騎士は口をぽかん、と開け。黒騎士は駆け出し来る。
ああ、そうだ。

私は、彼等の様子を横目で見ていた。

目の前にいる悪夢。
目の前に鎮座する恐怖。

それの眼球は異常だ。金と黒。白眼が無い。

アルクェイド・ブリュンスタッド口を開く。
鋭い牙が除き、耳を破壊せんばかりの金切り声を上げた。

決断をしようか。
決断をしようか。
決断をしようか。

未だ駆けつけていない友を守る為に。
私の後ろにいる人を守る為に。

周囲の空間が歪む。
世界を粘土のように捉える。
そう、いくらでも改変できる。

変えられるんだ。悲劇なんて望まない。
変えられるんだ。皆、笑顔で終わっていい。
私の力で。私の力で。
―――――悲劇なんて赦さない。
振るわれた腕は、巨大な衝撃となり真祖を襲う。
「逃げろ!」
トラさんの声が大きく聞こえた。腹が裂けているのにそんな大声を出すなんてトラさんも無茶するなあ。
あれ。
こぷ、と口から血の泡が出て来た。
自分の体を見た。肩から腰にかけて左半身が吹き飛んでいる。
あれ。
腹が裂けたのはトラさんで。私は奴に攻撃を。
あれ。
ぐらり、と体が倒れる。
どぼどぼ、と内臓が撒き散らされていく。
アルトルージュもトラさんも大声で何か叫んでいた。
トラさんは血を撒き散らしながら立ち上がる。
「――――――――――だ」
め。
動いてはいけない。私ではない。トラさんの方だ。魔剣の傷は復元呪詛すら働かない。
血を撒き散らし、内臓を迸らせ、髪も服も血で汚しながら、血の泡を吹きながら白き翼の主は叫んだ。

「アルクェイド・ブリュンスタッドおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

そんな叫び声をあげてはいけない。



「さあさ、物語はクライマックスを迎えようとしているよ。僕としては車を止める真似なんてせず、そのまま突っ込みたい所だけどね。インパクトはいいがその後が大変だ。愛車も凹むしね。その場の勢いだけでやってはいけない事は多々あるな。僕は良くそう思うよ」
エンジンが止まる。ヴァンはドアを開けて、車から降りた。
「さあて、まずい事態になっているようだね。なあ―――――エンハウンス」
体中土塗れになったエンハウンスがそこにはいた。
「なんなんだい、君は良く高い所から落ちる奴だな。いやそれとも趣味なのかい。そうなのかい。ああ、だったら僕は君の趣味を否定する事はできないよ。趣味は自由だからね。戦いには貴賎があるけどね。おおっと僕は漫画が好きだよ。つまり今の台詞は引用だった訳だ。僕の語彙も無限にある訳ではなからね」
「黙れよ」
ヴァンは呆れたように肩を竦めた。
「またそれかい。黙れ、黙れ、黙れ。君はそれしかいえないのかい。良い所なしだなまったく―――――そのままじゃ馬鹿みたいだろう? さあ立てよ。志貴君にリタは行ってしまったぞ。あの子達には迷いが無い。決意故に、その性質故に。羨ましい限りだね」
ヴァンはエンハウンスを無視するように、トランクに積んであった鞄を取り出した。
「人形師の辛い所は前準備が無いと戦えないところだな。それ所からまともに戦力になるかどうかも怪しい。死ぬかもしれないなあ。だって、敵はアルクェイド・ブリュンスタッドな訳だろ? 僕等吸血鬼では勝てないかもしれないなあ」
楽しそうに笑い、鞄を手に提げながらビルの入り口をへと向う。
「―――――まだ、立ち上がれないのかい君は」
悲しそうな眼で、ヴァンはエンハウンスを見た。
「何時まで、そこで蹲っている心算だ。あの子はもう帰ってこない。二度と笑わない。二度と何も言わない。死体すら灰になって消えた」
扉を開ける。
「君が何故、エンハウンスと呼ばれているか知っているかい? 名前には意味がある異名にもな。意味が無い名前なんて無いのだよ。片刃。相手を傷つけるからその名前なんじゃない。わかるかい。名前には意味がある。僕は言った筈だマゾなのか、とね」
声からは何の感情も読み取れない。
「君は、君しか傷つけていない。敵を殺すからではない。同種を殺すからではない。君は君を傷つけるから―――――エンハウンスなんだ」
そして、声に笑いが混じる。
「立ち上がれよ、エンハウンス。僕は君が嫌いだ。―――――だが、僕が嫌いな君は、何時だって立ち上がって来た」
そして、扉の奥に消える。
エンハウンスは一人、取り残されながら己の手を眺めていた。
俺は、
俺は、
俺は、
俺は、
俺は、
俺は、
俺は、
俺は、

俺は、――――――――――立ち上がってもいいのか。

震える膝に力を入れた。体が立ち上がる。
アヴェンジャーが啼く。悲鳴を上げる。
ああ、わかってるさ。戦っても勝てないってことは。
アルトルージュにすら負けたんだ。本気の真祖に勝てる訳がない。
勝つ気も無い。唯、刃を振るおう。
無様は終わりだ。土の味ももう飽きた。
胸に抱く思いはエンハウンスを前に進ませた。

「待てよ、ヴァン・フェム。俺は立ち上がったぞ」

当然、ヴァンにはそれは聞こえない。当然、格好つけた姿を見せたい相手ももういない。
「随分とかかったがな」
笑い、じゃりと地面を踏みしめた。
魔剣アヴェンジャーを携えて、復讐騎は渦中に飛び込んでいく。


立つな。そう訴える目を捻じ伏せて白翼公は立ち上がった。
我侭だった。真祖狩りなど極論、自分の我侭だった。
何が、死ぬのは真祖だけだ。
何が、誰も死なないだ。
叫んだ喉が、まるで刃で引き裂かれたように熱い。
熱。この動かす熱。私を動かす熱。
内臓を撒き散らし、倒れているスミレを見る。
生きている。―――――まだ生きている。
ならば、助けなければならない。
私の我侭で死んではならないのだ。
「―――――ス、ミレ」
後でリタの声がする。入った来た気配は二人、真祖の騎士とリタだろう。
「後を、頼む」
言って駆け出した。
纏う白炎が、確実な攻撃意思を持ち真祖を燃やし尽くさんと白翼公の腕から燃え上がる。

(足止めが精々だろう………)
白翼公は、体を低く屈める。一端はスミレを抱えて真祖の近くから離れるべきだ。
腕を振るう。白き炎が、一瞬で視界を染めた。
突進の勢いのままに、スミレを横から掻っ攫った。
「だ、め」
掠れた声でスミレが呟く。それは無視せなばならない。

―――――なぜなら、炎が消えている。

キャンセルされたというのだろうか。所詮は一工程魔術。真祖の相手には役不足だったとでも。
否、今は疑問も煩悶も不要。
下がらなければ。下がらなければ。後退しなくては。
白翼公は後に飛びのこうとする。
「―――――っ!? 止めなさい! アルクェイド!」
アルトの声が響く。何を止めろというのか。
ふっと、見たスミレの瞳の中に、凶器の腕を振り下ろそうとする真祖の姿。
狙いは、白翼公の頭だ。
「首をもがれて生きていられる生物は、いないか」
自明の理だな。と思った。この状態で自分の周囲に炎を出現させれば、スミレまで焼き切ってしまうだろう。
だから、首を飛ばされるか。この私が。
スミレの眼の中の真祖が哂う。
血に酔っている。吸血鬼が血に酔っている。
「―――――は」
笑いが浮かんだ。血に酔うような小娘にこの命くれてやるほど安くは無い。
「止めろ、リィゾ!!!」
大声で叫んだ。既に真祖まで肉薄していた、黒騎士が白翼公に振り下ろされんとする腕を魔剣で受け止める。
ふっ、と笑った。黒騎士。貴様は真祖を殺す心算などないのだろう。
今の私への攻撃を止めたのも、事前にアルトルージュが“止めろ”と言ったからであろう。
だが、黒騎士。君の行動は利用させて頂く。
「リタ!!」
一声上げて、スミレを後方に投げた。
受け止めた音。そして怒鳴り声。私のスミレに対する扱いを責めるものではあるまい。
私のこれからの行いを責めるものだろう。
「幸福だな、私は!」
自分の為に誰かが叫んでくれるのなら。
両腕から、白炎が噴出す。
躊躇いなどない。真祖は危険だ。アルクェイド・ブリュンスタッドは危険ではないかもしれないが、真祖は危険だ。
「リィゾ。君は死なないのだろう。―――――我慢したまえ、一度味わったものだ」
白翼公の魔術の特性は、一工程魔術故の発動の早さ。そして、単純な炎としての熱である。


「最大火力だ。―――――焼き切れろ、真祖の姫君」

炎、否。爆発が世界を白く染め上げる。



リタは混乱していた。
死にそうなスミレ。何も出来ない自分。
自爆の如き魔術を見せた、白翼公。何も出来ない自分。
無力な自分などお呼びでは無い。
なんの為に、武を学んだか。
趣味、そう趣味だ。眼の届く範囲と、好きな人を守る。
良い環境こそ、芸術には必要だ。良い友人こそ、私には必要だ。
評価してくれる、年長の者が必要だ。
「あ」
漏れた声は無意識だ。もうもう、と立ち込める煙。
―――――背中を待っていた。
自分を評価し、自分が評価されたいと思う者の背中を。
「アルクェイド!!」
志貴が叫ぶ。五月蝿い。その名前を呼ぶんじゃない。
腕の中のスミレが重い。血が出ている。否、これは臓物か。
「リタ、呆然とするのは止めてスミレをこっちに渡したらどうかな。僕はこれでも人形師の端くれだ。傷を塞ぐぐらいは出来るかもしれないよ」
言葉とは裏腹に、腕の中のスミレを奪うように取られる。
「ヴァン様。―――――これは」
「馬鹿だな。ああ、馬鹿だ。白翼公の馬鹿野郎がやってくれてしまったようだね。―――――そうか、決闘に昼間を選んだのは真祖を殺せる可能性が少しでも上がるからかもしれないね。夜になれば自分達の能力も上がるけど、真祖は死に難くなってしまうから」
口と手が物凄いスピードで動いている。
「元々、志貴君を魅了の魔眼で操って殺させる心算だったのだろうけど、いやいや物事は計画通りにはいかないものだね」
「ヴァン、少し黙って」
アルトが、鋭い眼で煙の奥を見ている。
「君は、妹の帰還を望んでいるようだね。しかし、暴走した真祖が生きていたら僕達も殺されることにならないかな。それとも君はそこまで盲目的に妹を愛しているのかな」
それには答えない。白騎士は既にアルトの傍らにまで戻ってきていた。
「ちょっと、アルト。リィゾは大丈夫なんでしょうね。余りの高熱で剣が融けましたじゃ笑い話にもならないわよ」
「大丈夫よ。アレはそんなに軟な剣ではないわ」
煙が晴れていく。
そこには、白翼公の後姿があった。
「―――――勝利か」
ヴァンが眉間に眉を寄せながら呟いた。
リタの顔が綻び、微笑む。
志貴とアルトは愕然とした表情をし、白騎士は何かに気付いたように眼を細めた。

ぐらり、と白翼公の体が傾く。

ヴァンは、引きつった笑いを漏らした。
「―――――否、命一つでは最強には届かない。トラフィム、君の末路は犬死にか?」
崩れ落ちた先にある者は、真祖の吸血鬼。燃え尽きるどころか傷一つ無い最強の姿。
突き刺さっている魔剣。像がぶれると同時に現れる黒騎士の姿。
魔剣、ニアダークを引き抜きそれを正眼に構えた。
アルクェイド反応しない。じり、と黒騎士が後に下がる。
「リィゾ!」
飛んだ、アルトの叫び声と同時に腕が振るわれた。リィゾの腹の半分以上が撒き散らされる。だが、それには表情一つ変えず転がる白翼公を抱えて後に飛んだ。
アルクェイドは追撃しようと、するが足が何かに引っ掛かったように縺れる。
「貴方、アナタはあ!」
リタが手に糸を巻きつけ叫んだ。
「私が、絶対に殺してやる!」
駆け出す、リタ。
引き千切られる糸。
「止せ!」
ヴァンが叫ぶが、リタは止まらない。
リタが飛び出すと同時に、出た影一つ。
白きサーベルを構えた白騎士の姿である。
「悪いけど、少し寝てもらうわよ!」
二人の吸血鬼が真祖に向っていく。

黒騎士は、手に抱えていた白翼公の体を地面に横たえた。
そして、自分もすぐさま駆け出していく。
ヴァンは、すぐさま白翼公の体に触れた。冷たい。当たり前だ。彼は吸血鬼なのだから。
傷の治癒が僅かながら起こっている。復元呪詛が働いているのだ。
「―――――は、犬よりは上等に死なせろということかトラフィム」
鞄を開け放ち、中からぶよぶよした肉のような物を取り出す。
それを、傷口に擦り込み、傷痕を埋めていく。
「―――――その、通りだ、ヴァ、ン。私、は、犬よ、り上等、に死、にたい」
掠れた声で呟かれる言葉。言葉は断片的で聞き取りにくい。
「死ぬ気だろう。殺す気だろう。相変わらず君は怖い男だ、トラフィム」
白翼公は微かに笑った。
「アルトルージュに、志貴君。君達はどうするんだい。真祖を放っておけばこの世を脅かす存在になることは確実だよ」
志貴は、眼鏡を外した。
「その答えは―――――」
ヴァンは肩を竦めた。
「―――――もう、出したのだったな」
こくり、と頷く。
「あの馬鹿女には、頭ひっぱたいて目を覚まさせなきゃ駄目だ」
駆け出す。短刀の刃がひゅん、と飛び出し光った。
「私、は」
アルトは俯いた。どうしたいのだろうか。あの子一人の為に、何もかも犠牲にする覚悟はあるか。この世界まで巻き込む気はあるか。
「わたし―――――は」
「迷うがいいさ。君の従者が時間を稼ぐ」
ヴァンは無責任に言った。その言葉を聞いて、倒れていたスミレがくぐもった笑い声を漏らす。
「ヴァンさんは相変わらずだなあ」
「おや、スミレ。もう大丈夫なのかい」
「うん、若さだね」
「若さか」
ヴァンはしみじみと言った。若いという事は素晴らしい。
立ち上がろうとするスミレを押し留めると、ヴァンは笑う。
「無茶は良くないな、傷が開き死にたくなければもう少し大人しくしてたほうが賢明だね」
ははは、とスミレは笑った。
「でもさ、ここで倒れてて皆が死んじゃったら後悔すると思うから。うん、立つよ」
ぐらり、と体を揺らす。
「あー、酒が抜けちゃったな」
血液の中に溶け込んだものさえ、吹き飛んだのだ。今や完全な素面だ。
「走り回るのは無理そうだから、機を見て援護射撃でもするよ」
「そうするといい」
ヴァンは頷いた。出来ることと出来ないことを自覚するのは重要である。
アルトルージュは口を開かない。
ヴァンは、戦いを見ていた。明らかに劣勢。祖三人。直死の魔眼持ち一人。これでも真祖には及ばないか。
思考の内に、扉が開かれる音がした。
誰が来たのかは解っている。何時までも膝を折っている男ではないと知っていた。
「五対一になれば、勝てると思っているのかな」
エンハウンスはその言葉を聞いて笑った。
「まさか―――――そんな数で押し切れるような相手じゃないだろうよ」
アヴェンジャーが啼く。
「だが、行く」
「そうだ。だが、行く」
エンハウンスが駆け出した。状況は五対一となるが。劣勢は変わらない。
「ふん―――――」
ヴァンは笑った。悪党が寄って集って、捕らわれのお姫さまを殺そうとしている。
なかなか、素敵な展開じゃないか。笑えてくる。
だが、ここでアルクェイド・ブリュンスタッドを止めることが出来なければ、この島国程度は吹っ飛ぶかもしれない。
―――――これまた、素敵な話だ。
街外れの廃ビルで世界の命運をかけた戦いが行われている。
笑えるか。笑えないよな。―――――まったくもって、笑えない。
ヴァンは、思考を止めて白翼公の治療に専念しはじめた。
僕は僕の出来ることをしようか。
そう、心の内で呟いて。

内臓がひっくり返った。
字面は何とも笑えるものだ。
だが、実際ひっくり返った本人からして見れば笑えない。
リタの腹の中でまた、手が動く。ああ、今度は胃だ。軽く握られ撫でるように動かされる。
ごぼごぼ、と血が唇から漏れる。意識は蒙昧と化し、視界には歪む吸血鬼の笑みしか見えない。
ああ、畜生。そんな言葉が頭の中に出て来た。自分らしくない言葉だが、今の心情を表すには丁度良い言葉だ。


最初は飛び込んだ白騎士だった。
サーベルは、真祖に届く事無く叩き折られ。無造作に振られた一撃が白騎士の首を捉えた。
ぼきり、と軽い音がして吹き飛ぶ。首があらぬ方向に曲がり殴られた頭は陥没していた。
復元呪詛が働いているが、立ち上がることはできまい。
黒騎士がその仇を討たん、と神速を持って真祖に迫る。
ニアダークは、この世一つの魔剣だ。新しく生まれた伝説の剣。
サーヴァントの宝具と比べても何ら遜色はあるまい。
それを、まるで小枝でも掴むように無造作に掴み取った。恐るべきは真祖の反射神経か。
拮抗したのは、たった三秒。不滅の肉体を持つというのは、無敵に思えるが―――――否、無敵だろうが、最強ではなかった。
みしり、と剣が軋む音が響き、初めて黒騎士がその表情を動かした。
憤怒。
叫び声も上げぬ、唯貴様が憎いと。自らの主の家族だという事も忘れてしまったかのように、その表情を刻んだ。
蹴撃。空気を切るその音と供に、真祖の腹を叩いた。
だが、不動。
真祖は眼を細めると、何の技術も何の魔術も使わず、黒騎士の体を上から叩きつけるように殴りつけた。
貫かなかったのは、抜き手ではなく拳だったからであろう。
黒騎士の体が、バウンドした。地面に当たって跳ねたのだ。
非現実的な光景。思わず、リタは呟く。

―――――なんて、デタラメ。

黒の姫はまだ、強さの尺が見えた。だが、真祖はどうか。
同じ場所に落ちて来た、黒騎士の体は既に再生し始めている。
真祖はその光景を見て笑い、ニアダークを黒騎士の心臓に深く突き刺した。
声ではない。声ではないが。
「―――――ごッあ」
黒騎士の喉が震える。
ずぶずぶと剣が埋まっていく、刀身が完全に埋まった。
柄だけが、黒騎士の体から生えている。
心臓を潰され続け、そしてそれを再生し続ける。正に無間地獄の如き苦しみだろう。

リタは叫び声を上げた。自身を鼓舞する。
あれが、何だ。それがどうした!
崩れ落ちた白翼公、傷を負った自身の友。
的である二人の騎士にした行為は怒る資格など無かろう。
だが、この燃え盛る思いは正しき怒りである。
仲間を傷つけられたという怒りである。
「―――――貴方にしてみれば、おかしいでしょう」
貴方を殺そうとしたのは私達なのだから。
これは手痛いしっぺ返しを喰らったとでも言うのだろうか。
「でも、知りません。そんなこと」
何時かは着けねばならぬ決着である。真祖であるというだけで、未来永劫平穏は無い。
同情もしよう、憐憫もある。だが、殺すのだ。
走り出した身は驚く程に軽く、今までの最速を自負しても良い。
取り出したるは二丁の拳銃。
討とう。真祖を討とう。
射撃。だが、当たらぬ。消えたと思ったその時には背中に気配。
頭を咄嗟に下げた。真祖の腕が空を切る。腕を捻り真祖に銃口を向けた。
発砲。続けて六。
総てが頭部に当たったが、銀の弾丸すら殺しきれぬか。
口内、眼。それを狙うしかない。
足を一本、支点にして無理矢理、身を捻った。
呆けたような真祖の顔。自分の攻撃が外れ、逆に攻撃を貰ったのが以外だったのだろうか。
―――――私は騎士ではありません。
正々堂々など持っての他。
使えるものは、総て使い切るのがリタの戦いである。
殆ど、零距離。真祖の間合いだが、構うものか。離れてもあの移動速度だ。間合いは意味を成すまい。
発砲。狙いは違わず総て眼球。

―――――だが、それすらも無意味か。

放った弾丸は、恐るべき事に中空で止まった。
その金色の眼に、不可能な事などあるのか。
ぎり、と歯が鳴る。
ぼとり、と片腕が落ちた。
肘から先にかけて、振られた腕に切られた。あれは爪か。爪が人の腕を切断しうるのか。
ぶしゅ、と血が噴出す。大切な血だ。自分が治めている領地の人間が態々好意で差し出してくれる血だ。無駄にはしたくない。
まだ、片腕がある。まだ両足がある。まだ命がある。
ならば、足掻こう。足掻くしかできないなら、足掻こう。
私を友と呼んでくれた者の為に、私を信じてくれた者の為に。
血が噴出す片腕を振った。目潰し。
無意味では無いと確信する。眼球があるなら、そこから視覚情報を取り入れているに他ならない。『ついで』で付いている眼球などあって堪るものか。

「あああああああああああああああッ!!!」
雄叫びを上げた。殺してやると意志を込めた。
腕が跳ね上がり、そのまま突き出される。
笑っていたであろう、真祖の口にそれは突き込まれた。
三十の呪詛を唱え、三十二の祝詞を唱えた。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね――――――――――!
だん、だん、だん、と銃声。
絶えることなく撃ち続ける。銃口が焼け、下手をしたら暴発するかもしれない。
いや、してしまえばこの首を吹き飛ばせるのだろうか。
「―――――何がしたいの、貴方」
ぞっとするような、声だった。
高ぶっていた殺意が一瞬で萎える。拳銃が、渇いた音を鳴らし銃弾が尽きた事を知らせた。
「人間の武器で、私を殺せる訳ないでしょう」
甘く、優しく囁かれる。
口に突きこんだと思っていた拳銃は、虚空を撃っていた。
これはいったい、何の冗談か。
一撃目の引き金を引く瞬間に、口から引き抜いたのか。
「少しは、楽しめたわ」
ぶん、と音がして体の中に腕が差し込まれた。
「だから、少し遊んであげる」


―――――畜生。
そう思う。真祖が理性を失っている事は確実だ。目が狂気に染まっている。
遠野志貴が駆けて来るのが見えた。後にはエンハウンス。
来るな、と言いたかった。
これは、理外の外の存在だ。
人の形をしたモノと戦うような存在ではない。
「アルクェイド―――――!!」
怒りか、悲しみか、志貴は吼える。
ぶしゃり、と自分の内臓が握りつぶされる音を聞きながらなリタは崩れ落ちた。
「会いたかった、―――――志貴」
血に濡れた、姫は言う。
―――――絶望への賛歌を歌うように。
二人は叫び声と、笑い声を同時に響かせた。


切る事は出来なかった。
傷つける事なんて、出来やしなかった。

彼女が泣きながら微笑む顔を見て、何度も身が引き裂かれる如き痛みを味わった。
痛みを上回る愛しさで、胸が潰れそうだった。
短刀が手から滑り落ちた。
会いたかった。彼女はそう言ってくれた。ああ、俺も会いたかった。
腕が迫って来る。思えば彼女に本気で殴られた事などなかった。
そんな事があったら自分は生きていないだろう。
後から、引っ張られ引き倒された。
「………馬鹿が!」
エンハウンスは脱力した志貴を怒鳴りつけて力任せに放り投げる。
アルクェイドの爪が振るわれて無防備だったエンハウンスを袈裟切りにした。
血が噴出すが、それも一瞬で治癒する。復元呪詛のスピードが上がっている。
喜ぶべき事か、それとも悲しむべき事か。
過去の自分は最早遠い思い出だ。断片しか思い出せない過去が酷く悲しく感じた。
アヴェンジャーを振り上げる。当たるとは思っていなかった。だが、時間稼ぎが必要だった。

この物語で、俺は主人公じゃない。

自覚していた。悲劇を背負って、何もかも切り裂く魔剣を持っていても。
結局、自分は有象無象の中の一人でしかない。
何故なら。

ぶおん、と音が耳元ですると同時に耳が千切れた。

真祖を仕留める力を持っていないからだ。

だから立ち上がるのを待っている。だから、誰かが何とかするのを待っている。
他人本意ではない。役目と自分を知っている。
それだけだ。そしてそれだけで、エンハウンスは充分にやっていける。

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