十三式大回転

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zoom RSS 黒く、白く、赤く、青く。(9)

<<   作成日時 : 2006/03/17 00:04   >>

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「結婚ですか」
「ああ」
遠野秋葉はその美麗な顔に無数の皺を刻んだ。
「なんというか、兄さんはブレーキが無い車のような人ですね」
軽く睨まれると、志貴は苦笑いをした。
その例えは、比較的正確だと思った。
ガソリンが無くなるまで止まらないのだから。
翡翠は黙って俯いている。考える事や去来する思いで頭がパンクしているのだ。
琥珀はそんな妹を困ったような笑みで見つめていた。
「―――――まあ、何時かはこうなると思っていました」
「……すまん」
帰ってきてそうそう、アルクェイドと結婚したいと言った志貴に、秋葉は冷静に応対した。
その様子に寂しさを感じた兄である。そこで、ふと思った。人間は立ち止まっていないのだという事を。物語のように、自分も彼女もあの時のままではいられないのだ。
秋葉がもう二度と、自分の後ろを付いてくる事が無いように。
志貴がもう二度と、秋葉の前を歩く事が出来ないように。
自分も彼女も変わっていく。
「好きにしてください。もう覚悟は出来てました」
軽く首を振る遠野秋葉。いい加減にこの損な性格を自分でも直したいと秋葉は思った。
本当は、好きになんかして欲しくない。行かないでと泣いて縋ってしまいたい。
行かせない、と立ちはだかって邪魔したい。
でも、それは出来ないのだ。兄は何時も自由な人だから。
自分にこの人は捕まえられなかった。あの吸血鬼にはこの人が捕まえられた。
それだけの違いだ。きっと、それだけの違いだ。
サイコロを振って、一が出たか六が出たか程度の違いだ。
だけど、それは決定的な違いだった。
一は六にはならない。六は一にはならない。
「………すまん」
肝心な所で、口下手になる兄を見て秋葉は笑った。
この人は、自分に恋人としての役割を与えてくれなかった。誰よりも上手くやる自信があったのに。ただ、妹としての役割しかくれなかった。
嬉しくも思うし、寂しくも思う。
「いいです、兄さんはお好きになさってください」
再度同じ言葉を言った。琥珀に合図をする。
彼女は軽く頷いて、志貴を外へと促した。
立ち上がる志貴。背中を見せて扉へと向った。
翡翠は何かを呟きかけた。待って、という言葉では無い。そう言いたかったが、その言葉は言ってはいけないと思った。だが、口に出そうとした言葉は胸の中に荒れ狂う嫉妬心に邪魔される。
秋葉がぽん、と翡翠の背を叩いた。驚いた顔をする翡翠。秋葉は頷いた。
「志貴様―――――!!」
普段の彼女では考えられない大声。
志貴は驚いて振り向いた。胸に手を当てる翡翠がいた。
真っ赤な顔を俯かせて、彼女はニ三度呼吸をした後に、顔を上げて微笑んだ。
「お幸せに」
その言葉に、志貴は僅かに顔を歪めた。それは泣き顔への変化にも見えたし、笑顔への変化にも見えた。だが、結局は笑った。ありがとうと笑った。
「翡翠も」
幸せに。と志貴は言って琥珀と供に部屋を出て行った。
翡翠は胸に当てていた手を下ろした。幸せは遠い。だって今ここにある幸せ以上の幸せはたった今、二度と手の届かない所へ行ってしまったからだ。
それでも。
本人に聞こえない、と解っていて。
翡翠は泣きながら頷いて声を出した。
「………はい」
秋葉がその様子を見て、優しく笑った。



「琥珀さん」
「はい」
琥珀は穏やかな笑みを浮かべたまま返事をした。
「俺は酷い奴でしょうか」
「ええ、極悪人ですね。女の敵です」
微笑みながら言う琥珀に、志貴は情けない表情を向けて笑みを返した。
「やっぱりそうですか」
「志貴さんは、翡翠ちゃんや秋葉様の気持ちを知っていたんでしょう?」
「ええ、知ってました」
正確に言うと、つい最近知った。
アルクェイドと過ごす中で、彼女が自分を見る視線が誰かに似ていると自覚した時からだった。
はは、と琥珀は笑った。
「悪い人ですねー。志貴さん」
琥珀は志貴を見ない。前を向いていた。
「琥珀さん、少し自惚れた事言っていいですか?」
「駄目です」
ぴしゃり、と琥珀は言い放った。
「志貴さん。私は秋葉様のように寛大でもなければ、翡翠ちゃんのように優しくもありません」
言い聞かせるように、琥珀は言う。
「だから、私を傷つけないでください。遠の昔に塞がった傷を抉るような真似はしないでください」
「………すいません」
「いいえ」
琥珀は晴れやかに笑った。
「構いません。今の啖呵は唯の我侭でした。私を印象付けたいという我侭でした」
だから、いいです。と琥珀は言った。
「それに、結婚というのは良いと思います。女というのは形を欲しがるものです。男もそうでしょうけど、女は特に欲しがるものです。だから、誰が志貴さんとアルクェイドさんの結婚に反対しても私は賛成しますよ」
「……ありがとうございます」
「はい。どういたしまして」
門の外に志貴は出た。琥珀の見送りはここまでだった。
志貴は、『さようなら』とも『また』とも言わなかった。
唯、手を振った。琥珀が微笑みながら振り替えす。
それで終わりだった。
志貴は歩きだす。琥珀はその背中に声を飛ばした。
「志貴さん。あのリボンですけど」
志貴は聞こえていた。だけど、振り返ってはいけないと思った。聞き返してはいけないと思った。遠野志貴がこの屋敷から歩き出すように、琥珀が幸せになる為にはこの言葉を黙って聞かなければならないと思った。
「返さなくても結構ですから」
志貴は頷いた。背中を見せながら頷いたので。果たして彼女から見えたのかどうかは解らない。見えていたとしても頭が上下したようにしか見えなかっただろう。
けど、これはケジメだから。
きっと、それでいいのだ。



白翼公は静かに瞼を閉じた。
「久しいな、宝石の」
「さあてな。儂の時間間隔を当てにしてくれるなよ」
目の前には何時の間に現れたのか、一人の老人が立っていた。老人といっても背筋がぴんと伸びており老いを感じさせない男であった。
「やってくれたな、白翼公。よりによってあの子を傷つけるとは」
白翼公は体を揺らして笑った。
「ならば、私を殺すかね。私を無残に殺してみるかね? 宝石の」
「遠慮しよう。儂は死人をさらに殺す趣味はない」
「相も変わらず、冷たい男だ」
白翼公は眼を開いた。安楽椅子に腰をかけたまま、ゼルレッチでは無く天井を見つめた。そこはガラス張りになっており、空が良く見えた。白翼公は眼を細める。
「一つ、教えてくれないか」
「答えられることならば」
白翼公は意味も無く、手の中に納まっているグラスを揺らした。
片腕は再生できなかった。流石は直死といった所であろう。
「私の理想が叶った世界はあったかね?」
ゼルレッチは、暫く沈黙し頷いた。
「あった。貴様があの子を殺し、そして長い年月をかけて理想を叶える可能性は確かにあった」
「―――――そうか」
白翼公は何ら感慨を受けた様子も無く頷いた。
彼にしてみれば、この世界で実現できなければ意味がなかったのだ。
彼はこの世界のトラフィム・オーテンロッゼなのだから。
ゼルレッチは暫く白翼公を見ていたが、やがて踵を返した。
白翼公は呼び止めない。ただ、空を見上げていた。



教会の鐘が鳴る。

「なんというか、少し豪華過ぎないか」
「そうかもね。でも、嬉しいよ」
長い金髪を揺らして、アルクェイドは微笑んだ。
その姿は白いドレスに彩られており、彼女の美貌を際立たせた。
志貴とアルクェイドは、二人連れ立って歩いていく。
薬指には銀の指輪が光っていた。
「先輩が送ってくれた指輪……」
「銀なのは、多分私への嫌がらせね。シエルらしいと言ったららしいわ」
笑いながら、左腕の薬指を眺めた。さらに深く微笑む。
「ね」
「ん?」
「幸せになろうね」
「なるさ」志貴は笑った。「そうやって生きるって決めたから」
二人は、教会の扉の前に立つ、それを開け放った。


歓声が聞こえる。

アルクェイドがその総ての幸いを望む声に向って、笑顔を向けた。
志貴と顔を合わせて、手に持っていたブーケを。


―――――――――――――――放り投げた。
















月姫。


黒く白く赤く青く。





完。



















白翼公の手から、ワイングラスが滑り落ちた。
夜が屋敷を覆い、月明かりが独り安楽椅子に座っていた白翼公を照らした。
「―――――くだらん。くだらん人生だった」
そう、満足気に笑った。
顔は天井に固定されたまま、天を見つめる。
「上手くやれる気だったが」
所詮は弱い自分だった。
「まったくもって、決まらんな」
腕が力なく、だらりと下がった。
「ああ―――――気づかなかった」
ぽつり、と漏らす。

空には満月。

「こんやはこんなにも」




つきが、きれい――――だ―――――。





グラスから零れた赤が、床を濡らしていく。

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