十三式大回転

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<<   作成日時 : 2006/03/03 21:01   >>

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キャスターは、柳洞寺の山門前まで飛んでいた。
すでに自分が造った、『神殿』は無い。空間移動は如何に神代の魔術師のキャスターでも困難なものだった。
「あれは……」
狂える吸血鬼を思い、キャスターは体をぶるりと震わせた。
見た瞬間に異常を感じた。
あれは、サーヴァントより弱いかも知れぬ。だが、サーヴァントより危険なものだ。
キャスターはそれを本能的に感じ取っていた。
「宗一郎様、大丈夫ですか」
葛木は、静かな表情でキャスターを見詰めた。
「キャスター」
「……はい」
キャスターの胸は躍った。
彼の声で彼の顔で呼ばれる事が、もう一度できるなんて。
まるで、夢のよう。
「力を抜け」
え、とも聞き返す間もなくキャスターは葛木に抱えられ飛んでいた。
今まで己が居た場所に、飛び込んでくる弓矢。
「――――っ!!!」
外れたと見るや、同時に三射。
だが、葛木はキャスターを抱えながら華麗とも言える動作で避けた。
キャスターとてやられっ放しでは無い。
高速で詠唱された魔術が、弓手がいるだろう場所に炸裂する。
「宗一郎様っ! 一端退きましょうっ……」
キャスターである彼女は敵の懐で戦う事の恐ろしさをサーヴァントの誰よりも理解していた。
「いや、キャスター。そう簡単にはいかないようだ」
闇から抜け出してくる影達。
姿形は見えぬ癖に、持ってる武器だけは炯々と煌いている。
「サーヴァント……」
いや、その出来損ない。
キャスターは戦慄を覚えた。
これだけの数。
果たして逃げ切れるのか。
葛木は既に、逃げる為に少しずつ後退している。
キャスターは、それを援護する為に口の中で魔術の旋律を唱える。
不意に、一人抜け出てきたサーヴァントがいた。
そのスピードはかなり速い。
持っている武器からしてランサーだった者であろう。
「ぬっ………」
その速度は当然葛木を超えている。
確かに避けに入ってはいるが、間に合わず二人は串刺しにされるだろう。
「……消えなさい!!!」
キャスターは光弾を放つが、焦りの最中放ったそれは敵の脇を掠めただけに終わった。
葛木は咄嗟の判断でキャスターを背中に庇う。
「宗一郎様っ!!!」
葛木はそのままキャスターを後に突き飛ばそうとした。

「その判断、悪くはない」

その声と同時に敵のランサーの胴体が真っ二つに両断された。
キャスターには見えた。
侍姿の伊達姿。
妖刀物干し竿を構え、優雅に微笑む暗殺者のサーヴァント――――

「だが、聊か焦りすぎというもの」

――――佐々木、小次郎。

「アサシン、貴方……っ」
思わず、叫んだキャスターに小次郎は笑いかけた。
「驚くことは在るまい、キャスター。これは一晩限りの夢。夢なら亡者の復活すら容易いもの」
そして、敵サーヴァントと向き合いキャスターに背中を見せた。
「何、千人切りとまではいかんが、この程度の数なら一人で充分。………行くがいいキャスター」
小次郎は刀を振った。
「誰も、後ろには抜かせん」

怒声。
駆け向ってくる、黒きサーヴァント。
葛木は既にキャスターを抱えて、石段を飛び降りるよう速さで下っていく。
「あの女狐が、乙女のような顔をするとはな――――」
あのような顔を見たら、この侍の矜持に賭けて殺させるわけもいかず。
愉快。
小次郎の口元に笑みが浮かぶ。
飛び込んでくる二体のサーヴァントを前に、小次郎は呟いた。

「来い、鬼人の冴えを見せよう――――」



葛木とキャスターは既に石段を下り終えていた。
相変わらずの葛木の身体能力にキャスターは思わず感嘆する。
「宗一郎様」
「何だ、キャスター」
「取り合えず、冬木の管理者と合流しましょう。この事態、異常すぎます」
葛木は黙って首を縦に振った。
「キャスター」
「……はい?」
「お前は、また消えるのか」
その問い掛けは、キャスターを驚かせた。
しどろもどろになりながらキャスターは答える。
「はい、多分今夜一晩で……」
「そうか」
葛木はその一言で黙った。
キャスターも問いかけたい気持ちを我慢しながら口を噤む。
「案内を頼む」
「はい、こちらです」
消えて欲しくないのだろうか、この人は。
キャスターを胸に抱いたまま走る葛木に、気付かれないように見上げキャスターは思った。
こんな、私に。ここに居てくれと言ってくれるのだろうか。
キャスターはその先は考えてはいけないと思い、思考を止めた。
これは、思い上がりだ。
この人が私を求めてくれる事なんて、多分無い。
キャスターは悲しくなって、葛木の胸に顔を埋めた。
とても、安心する匂いがした。



冬木の町を一人の男が疾走していた。
彼は警官だった。
「助けないと……!」
誰を……。
内心浮かんできた疑問は捻じ伏せる。
とにかく助けるんだ。
警官は、必死に走った。
誰を何から助けるのか。
そんな単純な事すら解らない。
彼の頭の中には『助ける』という言葉しか浮かんでこない。
警官は必死に助けを求める人を探した。

幸か不幸かは知らないが、それはすぐに見つかった。

小さな少女を抱えた、父親だった。
必死の形相で『何か』から逃げる父親。
少女は父親の腕の中で泣きじゃくっている。

警官は警棒引き抜いた。
これだ、という声が頭の中で鳴っていた。
「逃げてください!!」
叫びながら、父親を追う『何か』に殴りかかる。
『何か』は真っ黒な人間だった。影人間とでも言えばいいのだろうか。
警棒は殴りかかった勢いのまま、影人間の得物とぶつかり切れてしまった。
「……なっ」
影人間の持っていたものは、鉄パイプやナイフなどといった凶器ではなく、美しい飾りのついた西洋剣だった。
「…………!!!」
影人間は何かを叫んだ。
だが、それは言葉になることがない。
影人間は警官を西洋剣の一振りで吹き飛ばし、背中を見せる父親に凶刃を閃かせた。

「待て……!!!!!」
警官は立ち上がろうとしたが膝が崩れる。
切られたではないにせよ、吹き飛ばされた時の衝撃が効いていた。
助けろ!
頭の中で声が叫んだ。
「ぎっ………ああっ」
軋む体。動かぬと思っていた肉体が瞬時に動いた。
無理など知らない。
父親が死ねば子供が泣く。
そして、何より自分は警官だった。
警官は自分の身を無理矢理、間に滑り込ませた。
咄嗟に繰り出した右腕が、飛んだ。
思い出したように噴出す血。
助けろ助けろ助けろ。
まだ、止まらない。
警官は、地面に転げまわって泣き出したいのを堪えながら足を踏ん張った。
影人間に向き合う警官。
「おああああああああああああああっ!!!!!!」
そして飛び掛った。
警官に出来る事などもうこれしか無かった。
その姿は無様であろう、痛みのあまり赤らんだ顔や、唾を撒き散らす口。男の顔は世辞にも美形とは言えぬ。
だが、それは正義だった。
誰に馬鹿にされ揶揄されようとも、その姿は正義の具現であった。
だが、影人間は素早かった。
既に西洋剣は大上段に構えられ、今にも警官を両断せんとばかりに輝いている。
「………シネ」
その言葉は抑揚を欠いた声であったが、侮蔑が込められていた。
そして、矢張り警官が影人間に触れるより速く、西洋剣は振り下ろされた。
逆転の手段など無い。彼は勇者ではない、特別でもない。
幼い頃に正義を信じた、ただそれだけの男だった。

だが、その小さな正義に救いは降りた。

西洋剣を弾く赤き槍。
「そこまでだな、屑」
瞬間、現れる青き甲冑の槍兵。
彼の手の中には先程投擲した筈の槍が既に戻っていた。
その姿を、誰が知ろう。
彼こそ、アイルランドの大英雄であり。
前回の聖杯戦争で単身英雄王に戦いを挑んだ男。
サーヴァント、ランサー。

ランサーは、影人間を睨んだ。
「お前には、戦士の誇りが無い」
ランサーは豪快に笑った。
「だが、こいつにはある」
軽く顎で倒れ付した、警官を指す。
「どんな事情があるにせよ、誇りは胸に秘めるもの、勇気には敬意を表すもの」
影人間の手にも西洋剣が戻る。
ランサーはゲイボルグを構えながらにやりと笑った。
「テメエは外れた、早々に退場しろ外道」
閃光のように繰り出される槍。
影人間はスピードに付いていけない。
その時、警官は見た。
ランサーが苦悶の表情を浮かべるのを。
「諦めろよ、テメエの意思で振るわねえ武器なんぞ。遊びにもなんねえっ……!!」
その一言で、影人間の首が穿たれていた。
がくりと膝を折り、消え去る影人間。
だが、ランサーに勝利の余韻は無く、「気に入らねぇ」そう一言呟いただけだった。
ランサーは、警官に駆け寄り傷を見た。
「……は」
拍子抜けたような表情をして、警官を助け起こす。
「あ、ありが……」
「礼ならいい。俺は自分のやりたいようにやっただけだ」
ランサーは警官を近くのブロック塀に寄りかからせると、自分も隣に腰を下ろした。
「なあ傷、なんで塞がってるんだ?」
心底不思議そうにランサーが聞くので、警官は驚いて切り落とされた右腕を見た。
肘の付け根より少し上から切られているが、何故か血も止まり。切られた瞬間感じた、焼け付くような痛みも無かった。
「え、あ……いや」
警官は残った左腕でばりばりと頭を掻いた。
自分にも解らなかった。
ランサーはその姿を見て豪快に笑い飛ばした。
「まあ、そんな事もあるだろうよ」
笑うランサーを見て、警官も苦笑した。
不思議とこの男の姿も態度も気に成らなかった。
「あの」
「あん?」
「逃げていた親子は……」
ランサーはああ、と頷いた。
親子が逃げたであろう方角に眼を細める。
「……大丈夫だ。無事に逃げられたみてえだ」
警官はほっと胸を撫で下ろした。
「そうですか……」
助ける事が、できたのか。
そうか………。
「良かった」
警官は朗らかに笑った。
左手で懐を探った。
彼は愛煙家でもあった。
安心したら煙草が吸いたくなったのだ。
自分の意外な図太さに少し笑いがこみ上げる。
暫くして、煙草は見つかったがライターが見つからない。
警官はランサーに申し訳なさそうに言った。
「火ありませんか?」
「火ぃ?」
怪訝な顔して問いかけるランサーに口に加えた煙草を微かに揺らす。
ランサーに煙草が理解できた訳ではないが、元より気のいい男だ。
頷き、近くの小石を拾った。
そこに火のルーンを描き始める。

その姿を見ながら警官は再度思った。
助けることが出来た。
頭の中で鳴っていた声ももう聞こえない。
警官は空を見上げた。
空には月が浮かび、星が輝いていた。
それは、少年の頃に見上げた空と同じ空だった。
誰かを守りたいから、警察官になりたいと願った星空に。

ああ、本当に。

―――――――良かった。

「こんなモンでどうだ?」
ランサーが小石を渡す為に己の隣を見た。


そこには誰もいなかった。


「………」
一本の煙草だけが、そこに落ちていた。

ランサーは、地面に落ちた煙草をじっと見つめていた。
「おいおい、マジかよ」
ランサーは小石を投げ捨て、手で顔を覆った。
悪趣味だ。これは。
「つまらねえ、演出だ」
ランサーは立ち上がった。
今宵、一晩限りの命。
ランサーは決着の付かなかったセイバーやアサシンなどの強敵と再度矛を交えるつもりであった。
それが、彼の戦士としての願いだったのだ。
「予定、変更だな」
ランサーは落ちた煙草を拾った。
「……やることができちまった」
やれやれと首を振るう。
どうやら自分はかなりの苦労症らしい。

「……ぶっ潰してやる」

吐き捨てるように言うと、ランサーは戦いの臭いがする場所に向っていった。



敵は多く己は一人。
繰り出される刃は限りなく、腕を腹を足を胸を掠める。
だが、致命には程遠いと、小次郎は笑った。
「どうした、鈍いぞ」
物干し竿を振り、泰然と構える。
黒きサーヴァント達は、動こうとせずじっと小次郎を見る。
小次郎は鼻を鳴らした。
これでは、面白くもなし。
小次郎は自分から行こうと足を踏み出そうとした。
瞬間、空気が変わった。
殺気ではない。剣気。
黒いサーヴァントの間を割って歩み出てくる者に小次郎は見覚えが在った。

「――――なんという」

白銀の甲冑に金の髪。
手に持つ聖剣は不可視ながら、究極のそれだ。

「巡り合わせ――――」

小次郎は、喜悦に顔を歪ませた。
それは、武芸者。侍としての笑みであった。
「このような奈落で再度出会うとはな、セイバー。お互い地獄に縁があると見える」
セイバーは無言。彼女は黙ってこちらの間合いまで近づく。
小次郎は一瞬怪訝そうに眉を顰めるが、すぐにそれを捨てた。
戦闘に疑問はいらない。
小次郎も歩み寄る。
結果、セイバーと小次郎は両者目先の位置まで近づき止まった。
互いの獲物が剣ならば、この間合いは間違いだ。
剣とは中距離戦の武器。ここまで近距離まで寄ればそれはナイフや、拳の間合いであろう。
だが、両者にはそれは関係なかった。
セイバーの口は真一文字。小次郎の口は涼やかな笑みの形。

風が、吹いた。

瞬間、二人の立ち居地は入れ替わっていた。
小次郎はセイバーの居た位置より、前に。
セイバーは小次郎の居た位置より、後に。
お互い、切り抜けたのだ。

一瞬の間があった。

二人が振り返り様に同時に剣を打ち鳴らした。
即座に始まる、神業の如き剣舞。
小次郎の剣は鋭く速く、その一撃はまさに神速の一撃。
セイバーの剣は強く重く、その一撃は鉄槌の如し。
受け流し、切り込み。
弾き、振り下ろす。
単純とも言える動作が、幾重にも重なり甲高い鉄の音が鳴らされる。
小次郎は思った。
もっと強く、もっと速く。
刀としての性能が決して優れているとは言えぬ、物干し竿を振り回す。
さらに上がるスピード。
セイバーはそれに遅れぬ事無く剣をあわせてきた。

――――もっと。
――――もっと。
――――もっと。
――――もっと。
――――――――もっとだ!!!!

すでにその剣は神速を超えていた。
己が身一つで奇跡までたどり着いた武芸者。
それが、彼であった。
幼い頃からの『刀』に生きてきた。
唯の一つも迷う事無く、唯ひたすら『刀』に。
その美しさに惚れた。
そのあり方に惚れた。
その出会ってしまった運命に、惚れた。
自分はこの為に生きてきたのだと、胸を張って言える。
そう、例え己の名が。

佐々木小次郎で無くても。

巌流、無名。

名前など要らぬ。
この時、この瞬間こそ永遠に続け。

小次郎が退いた。
セイバーはその場に残る。

余計な言葉は無用だ。

「――――――――秘剣」

喋る必要も無い。

「燕返し――――――――」

唯、剣のみで語ろう。

一人の武芸者が辿り着いた、究極の一。

同時に三方向から襲い来る、絶殺の刃。
セイバーは、その刃の檻の中で聖剣を構えた。
セイバーが呟く。
刹那、聖剣が光を爆発させるのと、三方向からの刃が届くのはほぼ同時に思えた。
一直線に此方に伸びる光刃。
死ぬ。小次郎は冷静な頭でそう思った。
この一撃は生半可なものではあるまい。どうする。
その時、小次郎の頭に一つの言葉が浮かんだ。曰く『死中に、活あり』
これこそ、正に死中。では活は何処に―――?
回避に移ろうとする小次郎の足を掴む者があった。
「………!!」
そこには、黒いサーヴァント。
元アサシンだったサーヴァントは、気配遮断のスキルを利用し小次郎の動きを封じに来たのだ。
邪魔が入った怒りや、死に瀕した焦りは吹き飛んだ。
そう、これこそ。
「活路………!!!」
小次郎は一瞬で、黒きアサシンの腕を切り飛ばした。
だが、
光。









石畳の地面は、聖剣の余りの威力により破壊されていた。
そこに立つのは、唯一人。
セイバーだった。
燕返しの刃は前方の一刃は、エクスカリバーの効果で打ち払う事が出来たが残りの二刃はセイバーの体を深く傷つけていた。
どくどくと流れる血に眼を向ける事無く、彼女は剣を下げた。
戦いは終わったのだ。


――――――果たしてそうだろうか。
否、そうではない。


「油断だな、セイバー」

その声がするのは中空。
天に舞う、侍。

同時に落ちてきたのは、炭化した黒きアサシンの死骸であった。
それはすぐに消え失せるが、この時点でセイバーである彼女は臨戦態勢を取っていた。
つまり、自分の必殺は決まらなかった。
そういうことだ。

小次郎の傷は酷いものだった。
着物は焼け、肌も所々に酷い傷痕が見える。
結っていた髪の毛も、解けてしまっていた。
だが、笑う。

月下斬舞。

小次郎は、落下の勢いのままに、刀を振り下ろした。
セイバーは打ち払おうとするが僅かに及ばず。瞬間、無理矢理身を後に退いた。
それが救いとなったのか、セイバーの体を両断する筈だった一撃は左腕を切り落とすだけに終わった。

一瞬の交差。
セイバーはそのまま聖剣を突き出し、小次郎を串刺しにした。
「がふ……っ!!!」
小次郎の口から血が噴出す。
はらり、と解けた髪が顔にかかった。
口元だけが、声にならぬ言葉を呟いた。

見事。

その言葉を残し、アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎は舞台から退場した。



用意は十分。覚悟は万全。
躊躇う理由もなく、足ふみしている時間も無い。
「じゃあ、行きましょう」
遠坂凛は、言い放った。
頷くシオン。傍らに侍るアーチャーは無言だ。
凛は思う。もし生き残ったとしてもこの相棒とは一夜限りでお別れだ。
シオンや自分も死ぬかもしれないし、どちらか片方だけが生き残ることだってある。
死ぬような状況。危機。
……外の空気は冷たいのに、肌がちりちりとする。
「凛。柳洞寺まで真っ直ぐいくのか」
アーチャーが、傍らに並びながら問う。
「当然」
凛は、足早に歩を進める。
「奇を衒った行動をするには、数がいないし。正直正面から行くしかないってのが本音」
「そのことですが」
シオンが追いつき、三人が並んだ。
「ここで、私と遠坂は別れましょう」
凛はその進言に怪訝そうな顔をした。
「何故? 少数戦力を分けたって意味ないわ」
「奇襲、か」
アーチャーがぼそりと呟いた。
その言葉にシオンは頷く。
「私達が向っている柳洞寺には、山門に続く道のみが唯一の道でしたね」
「ええ、あとは周り林に囲まれてるわ」
「そこを突きます」
三人はもはや、駆け出している。
「確かに、アーチャーがいる遠坂には山門以外の道は危険です。その可能性を取る必要も無いでしょう。ですが、私は違います。今まで、攻められた事が無い場所からの攻撃は確実に相手の虚を突く」
「……待って、林の中で襲われたらどうするの」
「心配無用です。私は錬金術師。無謀とは一番縁が遠い存在です」
「……わかった。死なないでね」
「そちらこそ」
凛が高く手を上げた。
シオンは一瞬、きょとんとして何かに気付いたように微笑んだ。
ハイタッチ。絶望が溢れる夜の町に希望の音が響いた。
お互い、それ以外は何も言わずに分かれた。
「凛、良かったのか。今の策は……」
「ええ、詭弁ね」
一人で行う奇襲など高が知れている。大体、敵は強大であり。シオンは戦闘者ではなく探求者の類である。
凛はそれら総てを理解した上での了承だった。
「私達に見せたくないものがあるんでしょ」
まったく。人間とは面倒くさいものだ。
凛は溜息をついた。
隣を疾走していたアーチャーが止まる。
「凛、どうやらお客さんのようだ」
皮肉気に笑う彼の手には、愛用の双剣が握られていた。
凛の手にも輝く宝石がある。
「土足で人の庭に上がる馬鹿には早々にお帰り願いましょうか………!!!!」
戦いが始まった。



イリヤは、バーサーカーの肩に乗りながら柳洞寺への道を走っていた。
今現在、『向っている』連中の中で彼女が一番柳洞寺に近い。
イリヤは能面のような表情をしていた。
自分とバーサーカーだけで相手を殺せるか。
彼女の小さな頭はそれだけを考えていた。
考えに考え抜いた答えでも勝率は四割程度。
低い。
既に麓まで来た彼女は、長い石段を見上げた。
勝てない。
ふっと、その考えが浮かんだ。
山門までの道には七体のサーヴァント。
階段の頂点には騎士王の姿もあった。
あれは予想外だ。
イリヤは自分の考えた勝率が、二割を切るのを悟った。
「だから、って」
逃げるわけにもいかない。
自分の後には何がある。
否、自分の後には誰が来る?
それは当然。
「正義の味方」
冗談にしかならない言葉。
でも、きっと来る。
「お願い、バーサーカー」
バーサーカーはゆっくりと白の少女を下ろした。
そして、一人石段を登っていく。
石段の上のセイバーが、聖剣を地面に突き立てた。
それと同時に、飛び掛る六体のサーヴァント。
咆哮。
「■■■■―――!!!!!」
斧剣が奔る。
その一撃を一番大柄なサーヴァントが受け止めた。
黒く染まっても隆々と盛り上がる筋肉が解る。
一撃が止められると、残りの五体が持つ宝具が唸った。
それぞれが、その存在を英雄と足らしめた必殺の一撃。
槍が突き刺し。
矢が飛び。
魔術が奔り。
呪いの腕が抉り。
騎兵が敵に飛び込んだ。
一撃、一撃が致命。
だが、最強のサーヴァントはどこまでも最強だった。
「■■■■■■■――――!!!!!」
斧剣の一撃で肉薄していた、ライダーを弾き飛ばす。
槍を引き抜くと、そのままランサーごと投げ飛ばした。
そして後方にいたサーヴァントを打ち倒す為に石段を駆け上がっていく。
怒声。

乱戦必死の長期戦になる。
イリヤは思った。
確かにバーサーカーは強い。十二の試練という宝具もある。
だが、果たして一対六。それを覆せるか。
しかも、セイバーが出てきたら硬直は一瞬で瓦解するだろう。
イリヤに打つ手は無かった。
あるとしたら、後からくる援軍を待つことだけだ。
……なんて、無様。
敵を柳洞寺に陣取る奴一人と考えたのがそもそもの間違い。
イリヤは唇を噛んだ。



士郎はライダーと供に、衛宮家に向っていた。
天馬に乗り、空を翔る。
「士郎。……貴方は総てを思い出したのですか?」
「いや」
士郎は首を左右に振った。
「まだだ。最後のひとつが引っ掛かってる」
それは大事な事だ。
それさえ思い出せば、衛宮士郎は走り出せる。
その時、唐突に天馬の翼が千切れた。
鳴き声を上げ落下する天馬。
ライダーは即座に士郎を抱えて飛んだ。
「ライダー!!! これは!!?」
「わかりません!! 下から何者かの攻撃を受けたとしか!!!」
ライダーは士郎を抱えたまま完璧な着地を見せた。
そこには三人の黒きサーヴァント達がいた。
その内の一人が弓を持っているところから、狙撃したのは奴であろう。
士郎は咄嗟に双剣を投影した。
逃げるつもりは毛頭なかった。
だが、ライダーはその少年を手で制した。
「行って下さい、士郎。桜が待っている」
「ああ、ライダーと一緒にこいつ等を倒したらな」
士郎は聞き入れなかった。ライダーは眉を顰める。
「士郎、貴方の正義は押し売りですか」
その言葉に思わず士郎は口を噤む。
「正義なんてものは状況や立場によって変わる……。確かにそうですが、そんな使い古された言葉では貴方は納得しないでしょう」
ライダーは釘剣を取り出し、構える。
「貴方にとっての正義とは、『弱きもの』の為の正義のはずです。そして、正しい事というのは誰かを泣かさないということです。士郎」
ライダーは、敵と戦う為に前に進んだ。
「桜は、泣いてはいません。今も一人で貴方の帰りを待っています。貴方の無事を必死に祈っています」
士郎はライダーの背中を見る。
「貴方はここで死ぬかもしれない戦いをして、桜を泣かすつもりですか」
それ以上語る言葉は無いと、ライダーは敵に立ち向かっていった。
ライダーは死ぬつもりだ。
ライダーは自分の役目を果たそうとしている。
だが、俺は?
ここで、衛宮士郎が飛び出していっても邪魔になるだけだ。
だったら、俺は俺のやるべきことを。
今は助けられない。だけど。
「解った!! ライダー俺が戻ってくるまで頑張ってくれっ!!!!」
士郎は駆け出した。

ライダーはその声を背中に笑った。
良い人間だ。彼は。
きっと、誰もがそう思う。
幸せになれる。
自分とは違って。
ライダーは眼帯を外した。
現れる魔眼。
果たして、自分は彼が来るまで生きていられるのか。
それとも………。
ライダーは、思考を止め戦いに移った。



士郎は走っていた。幸い、落下地点から衛宮家までの距離はそう遠くなかった。
すぐさま家に到着し、家の中に入ろうと戸に手を掛けたが、後に人の気配がした。
「やあ、士郎」
その声に、士郎は驚愕を覚えた。
だって、その声は。
「大きくなったね」
衛宮切嗣の声だったから。
士郎は殊更ゆっくりと振り向いた。
そこには、生前の衛宮切嗣の姿があった。
切嗣は薄く笑った。
「少し、話さないか」
士郎は混乱する頭の中で辛うじて首を縦に振った。
切嗣は士郎の手を取って、縁側まで引っ張っていった。
「ちょ、ちょっと待てよ親父! 子供じゃないんだから手なんて引っ張んなくても付いて行くって!!」
その言葉に切嗣は笑った。
「親にとってみれば、子供はいつでも子供だよ。士郎」
その言葉に、士郎は沈黙した。
少し、泣きそうにもなっていた。
自分の目標であり憧れ。
そして何よりも、衛宮士郎にとって衛宮切嗣は掛け替えの無い父親だった。
やがて縁側に着き、二人で腰を下ろした。

切嗣は士郎を見て、微笑み。
そして、顔を上げて月を見上げた。
「僕はね、士郎。君に済まないことをしたと思っている。」
士郎は切嗣の顔を見つめた。眼には否定の意志が混じっていた。
切嗣のしてくれたことで、間違いなどないと、その眼は語っていた。
「正義の味方という、僕の夢を君に押し付けてしまったのではないかと。君に、重圧を背負わせてしまったのではないかと。僕はずっと思っていたよ」
「そん……な…こ」
士郎は泣いた。
溢れ出てくる涙が止まらなかった。
幼い頃に総てを奪われた士郎。
本当の家族の顔だって覚えていない。
そんな空っぽの自分に再度ぬくもりを与えてくれたのが、衛宮切嗣だった。
そんな彼に自分の至らなさのせいで後悔させている。
それが、士郎には悲しかった。
「士郎。君を拾ってから幸せだった。……何年も生きてきて、世の中の汚濁に塗れている僕には、勿体無い程の幸せを貰ったよ。………本当に、幸せだった」
切嗣は、泣く士郎の頭に手を載せた。
「だから、君はもう自分の人生を生きていいんだ。正義の味方になんかならなくてもいい。僕は、君に『衛宮士郎』になってもらいたい。君に、君だけの人生を歩んでもらいたい」
総てを捨てて進んでもいいと、踏みつけてきたモノ総てを捨てて幸せになってもいいのだ、と切嗣は言った。
それは、衛宮士郎にとって最大の赦しだったように思う。

でも。

「俺は……色々な人に助けられて」
遠坂、こんな俺の為にありがとう。
短い間だったけど衛宮士郎は衛宮士郎になれた。

「うん」

「必死で努力して、受けとめてもらって」
家で待っていてくれる桜。ありがとう。
君がいるから俺の日常は暖かい。

「うん」

「馬鹿だ、って言われるけど結局そうしか生きられなくて」
託された理想などは関係なく。
―――――衛宮切嗣の背中を知っていた。

「それに……」

置き去りにしてきた物の為にも自分を曲げる事などできない、そう士郎は言った。

イリヤ、藤ねぇ、一成、俺を心配して思ってくれる人が居る。
それは、なんて――――幸せなことなのかと。
青年は涙した。
「士郎………」
「俺は馬鹿だ。損な生き方だってことも知ってる。傷ついて二度と立ち上がれなくなることもあるかもしれない、それでも………俺は、正義の味方に―――――なりたい」
手が届かない命があった。
目の前で死んでしまった青年。
炎の地獄の中で、手を伸ばしてきた多くの人々。
それを、救えたら。
奇跡ではなく、運命ではなく。
ただ己の力で。

士郎は、顔を上げた。
切嗣も、士郎を見つめている。
「だから、安心しろよ―――爺さんの夢は俺が」
簡単でないことは、とうに知っていた。
大人になるほど世界の欺瞞が目についた。
切嗣の言葉が少しずつ解ってくる。
大人になったら、正義の味方には成れない。
それは、人が裏切るものだと知ってしまうからだ。
救えるものは、自分が味方したものだけだと知ってしまうからだ。
それでも、望んだ。
何度でも、記憶が無くなっても。
衛宮士郎は望んだのだ。

「俺が、形にしてやっから――――」

切嗣は、微笑んだ。
「そうか……………」
安堵の笑みを浮かべ。
満足げに眼を細めながら。
「安心した」
そう呟いて、衛宮切嗣の幻想は消えた。



死んだ者は蘇らない。
悲しみは総て胸にしまっていく。

涙を拭いた。もう、迷うのは止めていた。
士郎は、総てを思いだしていた。
そう、何もかもすべて。
士郎は立ち上がった。
向う場所は、土倉。
微かに重い扉を開けた先には、月明かりの差し込む中。
一人立つ、騎士王の姿があった。

美しさに息が詰まった。
愛しさに胸が詰まった。

「問おう―――――」

それは、始まりの言葉だ。
衛宮士郎の戦いは、何時だってその言葉で始まる。

「――――貴方が私のマスターか」

その言葉は、決別でも忘却の言葉でもなく。
これから、供に闘う為の誓いの言葉だった。

「ああ、そうだ。セイバー俺がお前のマスターだ」

はっきりと、告げた。

そして、衛宮士郎は彼女と闘った日々の始まりと同じように。


――――――その日、運命に出会う。

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