十三式大回転

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zoom RSS 夜、再び。(5)

<<   作成日時 : 2006/03/03 21:03   >>

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「セイバー悪いけど、少し待っててくれ」
セイバーは黙って頷いた。
「入り口にいます」
一言残して、セイバーは去っていった。
士郎はその姿に苦笑すると、家の中に入った。
家の中に電気は点いておらず、唯一人の気配がする居間もそうだった。
「桜……」
暗闇の居間に、士郎が呼びかけると桜が飛び出してきた。
「先輩! ……良かった」
桜は心底ほっとした笑みを浮かべた。
「ライダーが、先輩を見つけてくれたんですね」
「その事だけど、桜。ライダーが危ないんだ」
「……え?」
「俺を庇って、敵に襲われてる。……直ぐに助けにいきたい」
士郎は俯いた。自分の所為で大分時間を使ってしまっている。
桜は士郎を呆然と見た。
「先輩、記憶が」
「ああ、全部戻った」
「……そうですか」
桜は何か言いたそうな顔をしたが、やがて苦笑した。
「先輩は、先輩ですよね」
「あ、ああ……」
「だったら、仕方ないです。行きましょう先輩。ライダーが……」
桜は真剣な顔になり士郎を促した。
「ああ、急ごう」
士郎もすぐさま頷き返す。
二人はセイバーを伴って外に駆け出していった。

もう、既に手遅れだったが。





奮戦。そう呼んでも良かった。
たった一人で三人のサーヴァントと闘うライダーは、正しく英霊と呼んで余りある。
釘剣を振り回し、素早い動きで敵の同士討ちを狙う。
射線だ、とライダーは考える。
危険なのは遠距離武器の不意打ち。
近距離戦をしかけてくる敵の影に隠れろ。
敵は、剣、騎、弓、の三体。
防ぎきれるか。
切り抜けられるか。
元よりここは死地。
今宵一晩の命なら惜しむ命もあるわけもなく。
(戻ってくる事は、期待しない……!)
事、戦場において不確定要素を当てにする事ほど愚かな事は無い。
思考しろ、思考しろ、思考しろ。
数で劣っているなら、策で巻き返せ。
弓兵の矢が飛んでくる。
だが、それはライダーの直ぐ前にいた剣兵に辺り、その体をよろめかせた。
魔眼で動きを鈍くされた剣兵には、避け切れなかったようだ。
ライダーはその隙を外す事無く、敵に肉薄し喉笛に釘を打ち込む。
後、二人。
しかし、これで有利になったかといえばそうではない。
『壁』が無くなりライダーの姿が無防備に晒される。
騎兵は、馬のような生き物に乗りながら、突撃槍を構え間合いを取っている。
どうする。
『騎英の手綱』は使えない。魔力消費も大きすぎるし、何より隙が大きすぎる。
天馬を召還している内に、頭を射抜かれるなり、串刺しにされるなり、末路は用意に想像できた。
基本的に、素早く動いて敵を撹乱するしかない。
何より、後方にいる弓兵さえ仕留めれば、戦況はまた変わる。
ライダーは思考の合間にも足を止めていない。
今、ここで足を止めるという事は死ぬという事に他ならなかった。
弓兵は、的確に的が大きい胴体を狙い撃ちにしてくる。
その数一度に四。
二矢は釘剣で打ち払ったが、残りの二矢は見事に腹部に突き刺さった。
「くっ……」
苦痛の呻きを噛み殺す。一呼吸の乱れすら命取りだ。
その隙。
騎兵は確実に読み取り、一瞬でライダーの間合いまで飛び込んできた。
その速さ、まさに刹那。
ライダーは咄嗟に身を捻るが、脇腹の肉をごっそりと持っていかれた。
だが、唯では終わらぬと、釘剣の鎖を一瞬で騎兵の首に巻きつける。
そのまま敵を飛び越え、敵の突進力を利用して首をへし折った。
「後、……一人」
だが、ライダーは最早動く事が出来ない。
臓腑は深く抉られ、血がぼたぼたと流れる。
ライダーは、高い不死性を持っていたが傷つけられた武器が悪かったのか、明らかにその傷はライダーの命を短めていた。
魔眼の輝きも失せてきている。
(眼が、霞む……)
この状態で、果たして正確無比な矢を避けられるか。
答えは否。
これ以上、眼を開けているのは無意味。
見えない眼ではなく、耳に頼ろう。
風切りの音で、飛んでくる矢を判断するのだ。
その考えは無謀だった。
だが、やるしかない。
決意と供に、風切りの音。
ただし、それは自分に向けられた物ではなく、弓兵に向けられたものだった。
何かが炸裂するような音が響き、ライダーが眼を開けるとそこには消滅していく弓兵の姿があった。それを確認すると、緊張の糸が切れライダーは倒れ伏した。
「ライダー…………!!!」
正義の味方の登場だった。

駆け込んできた士郎と桜、そしてセイバーはライダーの余りの惨状に息を飲んだ。
細かい傷跡はそれこそ無数であり、何より脇腹の傷は内臓がはみ出ている。
「らい、だー」
桜は、呟いた。
自分のマスターの声を聞くと、ライダーは無理矢理笑みを作った。
「良かった、桜。士郎と会えたのですね」
「……うん、貴方のおかげよ」
桜は傷ついたライダーの顔に手を触れた。
ライダーは眼帯をしていないが、その魔眼はもう輝きを失っていた。
「桜……」
ライダーは思う。この子には幸せになってほしいと。
かつて、清純だったもの。
ライダーと桜の在り方は余りにも似ていた。
だからこそ。この子には幸せになってもらいたかった。
泣いて、欲しくなんて無かった。
「泣かないで……ください、桜」
桜は傷ついたライダーの頭を撫でながら涙をこぼしていた。
無理をさせた。
自分の事を考えてくれるこの優しい人に、自分はどれくらい無理をさせただろう。
聖杯戦争では、自分の兄にこの人を押し付け。
今回も自分の助命の為に呼び出し。
そして、自分の我侭の為に死なせようとしている。
なんて、愚か。
間桐桜は、失ってからではないと何が大切かなんて解らなかったのか。
謝罪の言葉が口から漏れそうになる。
でも。それだけは言ってはいけなかった。
唇を噛み締めて堪えた。
だって、そうしたら彼女の命が無意味になってしまう。
彼女の戦いが。
彼女の思いが。
総て、無意味に。
涙を流してはいけないのも解っている。
これは、誰の責任だ?
遅れた衛宮士郎の咎か。
否、『頼む』と。この優しい人に『頼む』と言ってしまった自分の咎だった。
だから、泣いてはいけなかった。
よくやってくれた、ありがとう。
そう、自分は言うべきだった。
ライダーは、傷ついた腕を伸ばして桜の涙を拭った。
「桜、私は貴方の役に立てましたか」
貴方の幸せに少しでも、助力できましたか。
ライダーの体は消えかかり、既に体はぼんやりと透き通ってきている。
当然だ。
いくら感謝しても足りない。
桜は震える喉で叫んだ。
声にならない。
伝えたい言葉は、いつだってこの喉からは出てこない。
嗚咽のままに、途切れ途切れに。
「ありが……と……う」
その一言しか、言えなかった。
ライダーは、その一言だけで充分だと。
笑って、散った。
「いや、いやあああああああああああああああああああああっ………!!!!」
慟哭。
何時だって、自分は。本当に。
どうして、こうなのだ。
桜は泣き叫んだ。
その背中に士郎が手を伸ばそうとしたが、セイバーが止めた。
黙ってセイバーは首を左右に振った。
戦乱で生きていた彼女には、こんな時は黙っておいてやるのが一番の優しさだと知っていた。
士郎は自分の拳を血が出るほど握り締めて、俯いた。
己の、不甲斐なさを呪った。

桜は、やがて涙を拭いと立ち上がった。
「先輩、行きましょう。この元凶を倒しに」
士郎は、驚いた。桜の口から明確な敵意が現れる事は滅多にないというのに。
「足手まといかもしれないって、自分でも分かってます。でも、行きたいんです」
誰にも遠慮していた少女は、立ち上がった。
誰の力も借りずに自分の力で。
「桜、それを言ったら俺だって似たようなモンだ。……無理はしないって約束してくれるか」
「ええ、先輩。大丈夫です」
無理はしません、と桜は微笑んだ。
士郎はその笑みに力強さを感じた。
「じゃあ、行こう。遠坂やイリヤもきっと向ってる」
「はい」
「私が先頭を歩きます。シロウは殿を」
「わかった」
軽い、打ち合わせの後三人は走り出した。
それぞれの決意を胸に。



ランサーは夜の街を歩いていた。
柳洞寺には向ってはいない。
元凶は確かにあそこだろう。
最終的には自分も其処に行くつもりではある。
だが、やるべき事があった。
ランサーは、気配を慎重に探りながら夜の街を歩く。

「おい、おにーさん。こんな真夜中に何処へいくんだい」

ボロボロの帽子を被り、これまたボロい外套を纏った男が声を掛けてきた。
帽子は目深に被られていて、見えるのは唇のみという奇妙な姿だった。
「さあな。泣いている人を探している」
「慰める為かい?」
「助ける為だ」
ボロを纏う男は、からからと笑った。
「何故、おにーさんがそんな事をするんだい?」
「それに命を懸けた男がいたからだ」
「『いたからだ』過去形かい。無駄だったんだろどうせさ。おにーさん悪い事は言わない止めちまえよ。意味が無いぜそんなことは」
「そうだな、意味が無いかもしれない。だが、やろうとすれば必ず何か意味があるものだ。立ち上がらなければ何も無い」
ランサーは、不適に笑う男を睨んだ。
「お前、何者だ」
「キャスターさ。弱っちい、サーヴァント最弱クラス」
キャスターは、自嘲した。
「総てを忘れたが、他の奴らとは違って意識までは奪われなかった。幸運だね」
「その幸運は何に使うんだ」
「自分の為さ。自分に回ってきた幸運だもの」
「くだらん」
ランサーは吐き捨てた。
キャスターは苦笑した。
「強いなおにーさんは。運命に逆らうかい」
「それが英雄だ」
キャスターは外套の中から手を出した。
そこには、一本の笛が握られている。
「……ご立派だ。誇り高い。おにーさん、アンタはカッコイイよ」
そして、その笛を口に近づける。
「でも、正直そういうの鬱陶しいんだよね」
甲高い笛の音がした。
ランサーは咄嗟に耳を押さえる。
良い判断だ。とキャスターは笑った。
「おにーさん。僕は総てを忘れたって言ったよね、ああでも自分の原典ぐらいは覚えているのさ。笑ってくれよ、おにーさん。僕は誇りなんていらない」
道の路地からぞろぞろと人が出てくる。その眼は虚ろで皆口からは涎を垂れ流していた。
「ハメルンの笛吹き。僕は伝説の英雄じゃないが、伝承の音楽家なのさ」
「人攫いか」
ランサーは苦々しげに、操られているであろう人間を見る。
「不躾だな。僕だってプライドくらいあるんだぜ」
不愉快そうに言うと、キャスターは笛を鳴らした。
合計六人の男女が、ランサーに襲い掛かる。
「は――――」
嘗められたものだ。
ランサーは向ってくる中年の男の肩に足をかけて飛んだ。
操られている人間を飛び越え、キャスターの前に着地する。
ぴたり、と槍の穂先がキャスターの喉に突きつけられた。
「くだらねえ真似をしやがるな。俺がそこまで鈍いと思ったか」
「思わないね」
笛に口を当てようとする、キャスターを見てランサーは躊躇わずにキャスターの喉をついた……
「残念」
……かのように思えた。
槍は、後ほんの少しという所で停止した。
ランサーの腕がぶるぶる震えている。
「音ってのはさ、耳塞いだ程度で防げるモンじゃないんだぜ。おにーさん」
キャスターは、後ろに退く。
「そんで、僕が一人でアンタを狙ってたと思うのが間違いさ」
現れる黒きサーヴァント。
バーサーカーとライダーらしき者達が暗い路地から出て来た。
「随分、用意がいい」
ランサーは、流れる汗を感じながら言った。
この状況は不味い。
体は動くか? 
否。
渾身の力を込めようとも、ランサーの体はぴくりとも動かなかった。
「指向性の音当てたのは一回だけだけど」
キャスターは肩を竦めた。
「僕はこれしかできないんだ。そこでヘマはやらないさ」
動け、動け、動け。
ランサーは体に力を込め続ける。
キャスターは笑った。
「おにーさん、アンタが自分に自信があるように僕だって自信があるのさ。正攻法じゃ敵わないけど、絡め手ならこの通り」
キャスターは、笛を口に当てる。
ランサーの槍が、くるりと手の中で回り自分の喉に狙いをつけた。
バーサーカーとライダーも夫々の武器を構え、ランサーのそっ首を叩き落さんとする。
「ばいばい、英雄のおにーさん。これに懲りたら意味の無い事はやめるんだね」
キャスターは笑みを浮かべ、死の笛を吹き鳴らした。
だが、ランサーの槍は動かない。
バーサーカーとライダーも固まっている。
キャスターは焦った。笛は確かに鳴らされ、ランサーの脳髄に逆らう事が不可能な命令が下されているはずだ。
例え、笛が何らかの要因で無効になったとしても、その為の黒きサーヴァント。
それすらも動かないというのはどういうことだ。
そのキャスターの疑問を一発で解決する声が響いた。
「王の前だ。武器を下ろすがいい、出来損ない」
バーサーカーと、ライダーの武器が地面に落ちる。
ランサーは未だ、喉に槍を突きつけたまま変化がない。
キャスターはその様子に驚嘆した。
事、操作という物に関してはキャスターとて一流という自負がある。
それを一声で断ち切られるとは。
キャスターが恐る恐る眼を向けた。
そこには、黄金のサーヴァント。
最強にして、最古の英雄王ギルガメッシュの姿があった。
「…………ふん」
ギルガメッシュはランサーを見つめて嘲笑した。
ふい、と軽く手を上げる。
キャスターは呆然とそれを見た。
一挙一動足に、どうしようもなく惹き付けられる。
ぱちん、と指が鳴る。
瞬間、高速で飛んできた槍が笛を持つキャスターの手を串刺しにした。
「ぎゃああああああああああああああっ!!!!!」
叫び声を上げるキャスター。
笛が地面に落ちると同時に、ランサーの操作が開放され槍が喉への狙いを外した。
「…………余計な真似を」
ランサーはギルガメッシュを睨んだ。
ギルガメッシュは軽く肩を竦めた。
「噛み付くなランサー。今夜の我は気分が悪い。お前のような野卑な男、すぐさま殺してしまいたくなるほどにな」
さらりと言葉を吐くと、英雄王は苦痛にうめくキャスターを見た。
「汚い成りだ。汚物だな貴様は」
「な………」

「平伏せ」

その一言で、無数の宝具が放たれる。それは無抵抗なバーサーカーとライダーを串刺しにして殺し尽くし、キャスターを完璧に地面に這い蹲らせた。
ギルガメッシュは嘲笑した。
「汚物にはそれがお似合いだ」
ランサーがギルガメッシュを睨む。
決定的に、こいつとは気が合わない。それを実感した。
ランサーとて、敵を殺すのに躊躇いはない。
だが、そこには自分の手で敵を下し、正々堂々と戦い合うという『形』がある。
例え、それを敵が守らなくてもランサーは守る。
それが、ランサーの矜持だからである。
ランサーの頬から微かに血が流れた。
宝具が微かに掠めたのだろう。
ランサーはその傷を無視し、ギルガメッシュに近づく。
「おい」
その一言は無視された。
ギルガメッシュはランサーなど眼に入らぬように、キャスターに向っていく。
「貴様か?」
英雄王の声を受け、キャスターは地面に磔になりながらギルガメッシュを見た。
「この我を不躾に呼び出した輩は」
キャスターは必死に首を左右に振った。
それを見て、ギルガメッシュが笑う。
「では、我を呼び出したのは誰だ」
「……ワ…ラキア」
「何処にいる」
「柳洞……、寺」
「ご苦労」
もう用は無いと、ギルガメッシュは指を鳴らした。
キャスターが絶望の表情を浮かべ、落ちてきた魔剣に脳髄を叩き割られた。
キャスターの体が消滅すると、ギルガメッシュはすぐさま歩き出す。
「待てよ」
後から鋭い声。
ランサーが槍を構えていた。
「ほう」
笑いもせず、冷えた表情でギルガメッシュはランサーを見た。
「クー・フーリン。野蛮と勇気が混同しているようだな」
「ぬかせ、この糞野郎」
その一言で、ギルガメッシュの体が完全にランサーに向いた。
「死にたいようだな。安心しろランサー。『前』のように楽に殺してやる」
ランサーの心臓が跳ねた。
そう、彼はこの英雄王に敗北している。
否、勝てる筈がない。
彼は総ての英雄の宝具を持っている。
こと、カラドボルグの前ではランサーは敗北せざるを終えない。
(だが、状況は前よりはいい)
前回は狭い、教会の地下での闘いだった。
だが此処なら、ランサーの能力の総てが生かせる。
「死ぬのはテメエだ。アーチャー」
勝算はある。そして、何より、気に入らない。ランサーは思った。こいつは敵だ。
奇しくも、ギルガメッシュも同じ事を思っていた。

夜の街で再び、二人の英雄は相対した。



アーチャーというクラスを逸脱している。
ランサーはギルガメッシュを見て深くそう思う。
前回のアーチャーも接近戦を挑んで来たりと、かなりの曲者だったがアーチャーとしての戦い方は心得ていたように思う。
つまり、姿を見せず遠距離からの射撃。
前衛がいるなら姿まで隠す必要は無いかもしれないが兎も角、アーチャーというのは真っ向勝負に向いているクラスではない。
(だが、こいつは……)
不適に笑うギルガメッシュは逃げ惑うランサーを見て、嘲笑を浮かべている。
負ける事など微塵も考えていない、見下す目付き。
惜しげもなく暴雨のように振り回されるそれは、どれもこれも伝説級。
「どうした、ランサー。我を殺すのではなかったのか」
からかうような声に、ランサーは無言で返した。
ギルガメッシュはその様子に不快の表情を見せる。
「嫌な眼だ」
指が鳴らされる。
英雄王の号令により、殺到する宝具。
ランサーはゲイボルグを回転させながら、それらを叩き落す。
(あの指を鳴らす動作。あれは多分、『魅せ』だ)
本来、英雄王の宝具を発動させるのにあの動作はいらない筈だ。
簡単に言えば、カッコつけ。
嘗められている。
ランサーは歯を噛み鳴らした。
だが、この屈辱。貴様の敗北で漱ごう英雄王。
その油断が。
その傲慢が。
貴様の喉を抉る槍となるぞ。
ランサーはギルガメッシュとの距離を一定に保っていた。
距離を取りすぎたら、二度と近づく事は敵わないだろう。
近づきすぎても良い的だ。
この距離。
これがベスト。
飛来してくる宝具を弾きながら思う。
必勝のシナリオは既にランサーの中で完成している。
後は、実行に移すだけだ。
絶え間ない宝具の雨の中、ランサーは全神系を集中させてギルガメッシュを睨んでいる。
宝具の雨が止んだ。
瞬間、ランサーは不利になると分かっていて後方に飛んだ。
ギルガメッシュが笑う。
「馬鹿め……」
その言葉を聞いて笑った。
この後に及んでも自分が負けぬと思っているその思考。
「たわけ」
一言呟いた。
必勝のシナリオの開始だ。

「突き穿つ―――――」

氷る空気。
濃縮される魔力。
ギルガメッシュの笑みが消えた。
「は」
呆れたとでも言うように、吐息を漏らす。
「ランサー、貴様程度の宝具で我を貫けると思ったか」
ギルガメッシュはそう言って、無表情に空中に飛ぶランサーを見た。
「もういい、貴様はつまらない」
指が鳴り、宝具の群れがランサーを狙い撃ちにする。

「―――――死翔の槍」

それは空気を焼く、絶対死の閃光。
ギルガメッシュの宝具を悉く弾き、英雄王を突き殺さんと進んでいく。
ギルガメッシュはそれでも嘲笑した。
「くだらん」
数多くの宝具が、ゲイボルグに殺到する。
だが、ゲイボルグは止まらない。
勢いは弱まっているが止まらない。
その事実にギルガメッシュは表情を変えた。
そして、ここに止まらないモノがもう一人いた。
ランサーは、ゲイボルグの射出と同時にギルガメッシュに向って走り出していた。
「くっ!!!」
それを見て、ギルガメッシュに焦りが浮かぶ。
だから、隠れて戦えばよかったのだ。
弓兵としての戦い方は決して矮小なものでは無いというのに。

最強の英霊は貴様だ。
ああ、それは認めてやる。
その威風。その宝具。その圧倒的存在感。
どれもが、一級だ。
だが、お前には覚悟が無い。
死ぬ覚悟はあるだろう。
闘う覚悟もあるだろう。
だが、どんなに傷つき泥に塗れても相手の喉笛を食いちぎる。その覚悟はあるまい。
それは、貴様が戦士ではなく王だからだ。
戦士の前に、ギルガメッシュという存在の前に、貴様は王だらかだ。
無様を知るまい。そこにある勇気を知るまい。

飛んで来た宝具に、脇を裂かれた。
だが、止まらない。

ここまで汚れて勝利をもぎ取る、俺の生き汚さをお前は考え付かないだろう。

ゲイボルグがついに止まった。
否、止められたと言うべきか。
ゲイボルグ自体は動きを止めていない。殺到した宝具が無理矢理押し止めているのだ。
だが、それはギルガメッシュの間近だ。

ランサーは笑った。
「信じてたぜ、相棒」
ランサーは未だ突進する愛槍を掴む為に、跳んだ。
「くっ……貴様程度に!!!」
ギルガメッシュの手元に、奇妙な形をした剣が現れた。
「犬風情が、王に逆らった僭越を知るがいい!!!」
魔力が暴風のように吹き荒れる。

「天地乖離す―――――」

(ああ、あるだろう)
ランサーは、中空に身を躍らせながらゲイボルグを掴んだ。
(お前にだって奥の手って奴がな)
殺到する宝具が、その主の放つ魔力の嵐によって吹き飛ばされる。
(だがな、宝具の一番の手間は真名を口で唱えなければならない事だ)
ギルガメッシュとランサーの眼が合った。
(そう確かに、お前は最強の英霊)
だが―――――
(最速は俺だっ!!!!!)

「刺し穿つ―――――」

ゲイボルグの宝具の二倍掛け。
何度弾かれても敵を貫く、突き穿つ死翔の槍。
必ず敵の心臓を穿つ、刺し穿つ死棘の槍。
それの同時使用。
魔力の暴風はランサーの肌を焼く。
余波でもこれなのだ。英雄王の宝具が解き放たれれば、己の敗北は決まっている。
それに、無茶な同時使用のせいで槍を持つ手は爛れ、頭の中はこれ以上も無いほどに軋んでいる。
だが、これも勝利への一手。
体が壊れようが、頭が割れようが、この一手に躊躇いはない。

「―――――死棘の槍」

「―――――開闢の星」

奇しくも同時。
だが、矢張りランサーの方が速かった。
ランサーの宝具は因果の逆転。
それは必殺の一撃だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」
英雄王の乖離剣の光に飲まれながらもランサーは突進した。
この身は槍だ。
ランサー。
そう、この身は槍。
この名を冠せられた時から、敵を貫く槍。
そして、突き抜けた。

驚愕の表情を浮かべる英雄王。
ランサーは会心の笑みを浮かべた。
英雄王は咄嗟に乖離剣を手放した。
その行動を考える間もなく、槍はその性質を発揮しようとしている。
しかし、一瞬の内に英雄王の手には一つの剣が握られていた。
(カラド、ボルグ……!?)
それは、ランサーのゲッシュに関係する剣。
確かに、明確なゲッシュ破りではない。
ギルガメッシュはウルスターの縁の者ではないからだ。
だがランサーの体の切れを確かに、カラドボルグは微かに鈍らせた。
そして、英雄王が危機を脱出するにはそれで充分だった。
彼は最強の英雄王。油断はあっても己の実力に慢心はない。
降り注いだ宝具はランサーを地面に磔にした。
ランサーのゲッシュを利用した策と『幸運』がギルガメッシュの命を救ったのだ。

「凌いだぞ、ランサーっ!!!!」

ギルガメッシュは勝利の雄叫びを上げた。柄にも無く猛っていたのだ。
命を狙う危機を英雄王は総て捻じ伏せた。
「へ……」
ランサーは笑った。
奥の手がる。それは自分の命を奪うもの。
そこまで分かっていた。
読み切っていた。

そして、それ故の同時行使。

「な」
ごぼり、とギルガメッシュの口から血が吐き出される。
ギルガメッシュは己の心臓を穿つ、赤い槍を呆然と見つめた。

そう、初めから宝具のみで倒しきれるとは思っていない。
己の槍が穿つのは貴様の油断。
何度弾かれても敵を貫く絶対死の槍は、確実にお前を突き刺す。

「俺の、勝ちだ」
地面に這い蹲りながらランサーは言った。
クランの猛犬は、英雄王にその牙を突きたてた。
信じがたい物を見る眼で、ギルガメッシュはランサーを見た。
その姿は瀕死、嘗て己を打倒したセイバーの美しさには遠く及ばない。
だが、敗北。ランサーは生きており、ギルガメッシュは助からない。
「……良い」
ギルガメッシュは笑った。
血に彩られたその笑みは壮絶なほど美しかった。
「戦いであった……」
ギルガメッシュはランサーを見下ろしながら言った。
この者、何処までも王。死の瞬間にも格を一切揺るがせなかった。
ランサーは思う。ギルガメッシュを快くは思わないが、敬意を払おうと。
「ああ、まったくだ……」
ランサーがそう言うと、英雄王は豪快に笑って消えた。

英雄王の宝具も消え、そこには這い蹲るランサーだけが残される。
ランサーは這って進み、ゲイボルグを掴むとそれを杖にして立ち上がった。
「行かねえと……な」
英雄王の乖離剣や宝具の矢は、既にランサーを死に至らしめる程に傷つけていた。
それでも、進む。
臓腑が地面に撒き散らされ、血は滝のようにランサーの体から流れていた。
「行かねえと」
誓いがあった。
己の中に一つの誓い。
その誓いは世界の誰にも知られていないが、ランサーのみが知っていた。
一人の男が、命を懸けた思いがあった
その男は良い男だった。
そんな男を殺してしまうような事を起こした奴を、ぶん殴る。
ランサーは誓っていた。
誰にも知られない、死んだ男すら知らない。唯、一人だけのゲッシュ―――――。
裏切れない、裏切らない、裏切ることなんて知らない。
自分の交わした数々の誓い。
何故そんな物に誓いを立てると笑うものもいるだろう。
下らない誓いもある。
笑われるような誓いもある。
だが、それらはランサーの中でもどれも価値があるものだった。
その価値は、己一人が知っていればいいと。ランサーは笑った。
血塗れのまま笑い、崩れ落ちた。
「ここまで……か」
そんな言葉が口から漏れる。
否、心はまだ折れていない。
再度、立ち上がりまた崩れ落ちた。
「ちく……しょう」
終わりか、自分はこのまま終わるのか。
「畜生……ッ!!」
情けない、なんと情けない。
立ち上がろうとする腕は何度も崩れた。
足は最早動かない。
腕立て伏せのような形で、必死に立ち上がろうするランサー。
だが、今度は崩れ落ちなかった。
彼を受け止めた者があったのだ。
「セイバー……か」
それは、ランサーが前回の聖杯戦争で救った騎士王であった。
金の髪や、銀の鎧が血に塗れる。
もはや、眼が霞みセイバーの姿も朧けだった。
「……セイバー、頼みがある」
セイバーはしっかりと頷いた。
「なんなりと、今こそ前回の恩を返しましょう」
『このご恩は必ず』
セイバーのその言葉が蘇る。
(律儀な奴だな……)
ランサーは笑い、拳を差し出した。
「ぶっ潰してくれ」
誰を、等とは聞かない。そこには英雄達の無言の遣り取りがあった。
拳には、一本の煙草が握られていた。
セイバーはそれを受け取ると、深く頷いた。
「必ず」
ランサーも深く頷き、消えた。
セイバーの腕の中には、何も残らなかった。
否、残ったものがある。
セイバーは手を胸に当てた。
―――――誓いはここに。
「セイバー……」
士郎が声をかける。
「ええ、行きましょう士郎。敵を倒す理由が一つ増えた」
桜は黙って二人を見つめた。
強い人たちだ。
背負って生きている。
託されたものを、唯の一つも零さずに。
自分も、ああ生きてみたい。
「行こう」
士郎の声に二人は頷いた。



奪え、奪え、奪え、総てを略奪しろ。
知識、知恵、戦術、戦略、闘法、戦法。
何でも良い、自分を成長させてくれるものだったら、何だって構わない。
形振り構わない。そんな姿勢が重要だと、シオン・エルトナム・アトラシアは考える。
そう、形振り構わない。
それは、自分が如何に嫌悪するものであろうとも、自分に良く働くものならば飲み下すそういった意味だ。
シオンは、木の幹を踏んだ。
覚悟だ。
一言で言えば、それ。
言葉にすれば驚くほど簡単な事に思える。
だが。
「…………っ」
右腕を押さえた。
そこからは血が流れてきている。
矢張りワラキアは周囲の林にも、サーヴァントを見張らせていた。
如何に、動きが鈍くなるといってもサーヴァントだったものと、自分とでも戦力差があり過ぎる。
「ライダー……いや、アサシン」
自分を狙う黒い影を思い浮かべる。
問題提示。
―――――倒せるか?
是。
戦力差を引っ繰り返す方法が一つだけある。
シオンは空を見上げた。そこには、美しい月がある。
吸血鬼化。
分割思考が、素早く展開する。
あくまで、吸血鬼化は一瞬。
敵を引き寄せ、インパクトの瞬間だけ自分を『変化』させる。
できる。やってみせる。
エーテライトを自分の頭に取り付けた。
神経を焼き切る事も可能なエーテライトだ。
自分の体の調整ぐらい可能。
(長くて、三秒)
吸血鬼化できるリミットだ。
それ以上は、変化させた体が元に戻らない可能性がある。
バレルレプリカの銃弾を装填する。
エーテライトは使用できない。今回は拳銃と己の頭脳のみ。
シオンは、手の平に汗が滲むのを感じた。
充分だ、頭脳だけでも良いくらいだ。それに拳銃というプラスαが加わるのだ。
失敗要素は無い。
最終的に、アサシンが接近戦を挑んでくれれば、詰みだ。
やってやる。
シオンは隠れていた木の陰から飛び出て、先ずは適当に銃弾を放った。
すぐさま、お返しのように帰ってくる短刀。
予測しろ、今の弾道は当てにできないがサーヴァントの運動能力を考えれば良い。
続けて二発。撃つ間にも足は止まらない。
一発は木に当たって外れた、だがもう一発はヒット。
夜目が利くのは何故か余り考えたくない。
(形振り構わない……っ!!!!)
そう、それだけだ。
短刀の逆襲。
避けられない事を思考が冷静に判断する。
左腕で、払った。
突き刺さるが、構わない。
相手の短刀も無限という訳ではあるまい。
撃つ、牽制。
自分が、アサシンに短刀を総て投げさせる間に『死ななければ』接近戦に切り替えざるをおえまい。
様は、拳銃で戦ってるフリをして、適当に追い詰められれば良い。
銃弾を撃ちつくした。
ここぞとばかりに短刀の雨。
(ここだ……!)
生死の境目。
全部避けきってはいけない。
相手に強い警戒心をもたれてはいけない。
分割思考が一瞬で展開する。
あれは避けろ、これは当たれ、それは危険だ叩き落せ。
総て体がトレースした。
何本か当たった短刀の所為で如何にも戦闘能力を失ったように崩れ落ちてみる。
ここからは、賭けだ。
もし、今ので短刀を総て投げつくしていなかったら終わり。
否、投げつくしている。
確信があった。
殺す時に、殺せない暗殺者なんて屑だからだ。
その点相手は伝説級の暗殺者。
一本ぐらいは用心に持っているかもしれないが、それは私の心臓に突き立てる物だろう。
ガサリと草の音がして、アサシンが近づいてきた。
予測通り。
(此処からが、真の賭け)
相手は、練達の暗殺者。
死んだふりや、それで逆襲を望む人間を何度も見ているだろう。
油断は無いと見て良い。
それを緩める為には、シオン・エルトナム・アトラシアという人間が取るに足らない屑だと錯覚させれば良い。
「助けて、ください」
哀れっぽく言う。
「命だけは、どうか。お願いします……どうかっ」
必死に、如何にも必死に。
「助けてください助けてください助けてください助けて……」
近づいてくる。相手は無理矢理再現させられた所為で思考能力も多少は鈍っている筈だ。
いける。
シオンは降参の印とでも言うように、拳銃を投げ捨てた。
それを見て、アサシンがさらに近づいてくる。
(後、二歩近づいて来い)
それで終わりだ。
アサシンはさらに一歩踏み出した。
エーテライトに命令を下す。
体の活性化、血液が沸騰しているのではないかという錯覚。
そして、アサシンが死への一歩を踏んだ。
瞬間、シオンのそれは雌伏していた肉食動物が獲物に襲い掛かるのに似ていた。
跳ね上げるように飛び起き。反応できないアサシンの頭を鷲づかみにして。
ねじ切った。
アサシンの体は、しばらく立っていったが思い出したかのように倒れ込み消えた。
首もそこには無い。
「くっ、は…………」
危なかった。
赤く染まっていた眼は元の眼の色に戻り、彼女が人間に戻れたという事を教えてくれる。
「はぁ……はぁ……」
熱い吐息を吐き、シオンは胸を押さえた。
躊躇いも当然あった。あれは生き物ではないにしろ人の形を取っている。
いかに、知識深い錬金術師といっても自分はまだまだ若い。
しょうがない事、と割り切れるほど大人でもなかった。
苦しい。シオンは思う。
この胸の苦しさは吸血鬼化の反動ばかりではあるまい。
だが、殺さなきゃ殺されるのだ。
クール&キューク。
「形振り構っちゃいられない……」
シオンは万能じゃないし、神様でもなかった。



ワラキアは呆然とした表情で、柳洞寺の池の上に開いた孔見上げていた。
そこには、擬似的に呼び出されたサーヴァントが擬似的に作られた聖杯によって収納されている。
「至る―――――」
ワラキアは愕然とした表情で呟いた。
「至る、至る、至る、至る、至る至る至る至る至る至る至る至る―――――」
この結果は予想外。
脚本の外の出来事。
ワラキアの夜の効果で、発現したに過ぎない聖杯の孔。
そこから流れ出てくる魔力に、ワラキアは驚嘆していた。
「第六法に―――――」
念願、悲願、この為に魂すら売った。存在すら捨てた。
それに手が届く。
「ふは、はははははハハハハはハハハ…………ッ!!!!!」
これ程の魔力量、ワラキアの夜と化した自分。
何より、五回分の全サーヴァントが収納されたらどれ程になるのか、ワラキアにも想像がつかない。
「ついに! ついに叶う!!!!!!」
我が悲願!
「人類の救済が!!!!!」
総てを赦された罪人のような表情でワラキアは叫んだ。
だが、その時ワラキアの側頭部に風穴が開いた。
「そこまでだ……、タタリっ!!!」
シオン・エルトナム・アトラシア。
ワラキアは穴が開いた頭のまま。ぐりんと首を動かしてシオンを見た。
「シオンか」
ワラキアは穴の開いた眼でシオンを見た。
彼女の前では、ワラキアはズェピアの姿のままでいられる。
「シオン」
ワラキアは感情の伺えない平坦な声で呟いた。
「この中断は高くつくぞ」
一瞬でシオンの眼前に現れるワラキア。
策を練る暇もなかった。切り札すら切る暇もなかった。
「舞え」
一言で空中に飛ばされ、追いついてきたワラキアに顔を掴まれる。
そして、そのまま地面に叩きつけられた。
「が…………ッ」
骨が折れたか、頭蓋骨が陥没したか。
判断もつかない。
「シオン、今回の舞台が無事に済めば」
ワラキアは語りながら、シオンを引き摺った。
池の前までたどり着き、ふわりとワラキアの体が浮く。
シオンもだらりと四肢を垂らした状態で引っ張られた。
「君を解放しても良い」
空中で吊り下げられるシオン。
「何、これさえ終われば私は消滅しても構わない」
陶然とした表情で呟くワラキア。
「だが、君は邪魔をするだろうな」
指の隙間からシオンの眼光がワラキアを貫いた。
それを見て、愉快そうに笑う。
「追いかけっこも楽しかったが、―――――終わりだ。我が娘」
シオンはその言葉と同時に、バレルレプリカを抜いていた。
ワラキアに突きつけ、発砲。
その銃弾はワラキアの眉間を貫いたが、ワラキアは笑みを消すことは無かった。
「ブラックバレル……そのレプリカか。君に相応しい」
シオンは何発も発砲する。
「シオン、君は人を形作っているものを知っているかね」
撃つ、撃つ。
「それは、情報だ。人は周囲、そして自分の情報を把握し己を形作る」
撃つ。
「―――――だが、奪った情報で形作られた『それ』は果たして明確な自己と呼べるだろうか」
銃弾が尽きた。

「答えは否だ。シオン、君はシオン・エルトナム・アトラシアでは無い」

シオンの手から、バレルレプリカが滑り落ちる。
それは呪いが渦巻く池に落ちた。
「ブラックバレルは、純粋な人間しか持てない物だ。そのレプリカを持つのは君の吸血鬼としての自分を否定する意味もあったのか?」
必死にシオンはワラキアの腕を引っかいた。
その動作はまるで子供のようだった。
ワラキアは世にも優しい笑みを浮かべた。
「君は、吸血鬼であるべきだったシオン。情報を奪い取るその在り方は吸血鬼とまったく変わらない。その自分を認めるべきだった」
錬金術師シオン・エルトナム・アトラシア。
その自分が否定されるなら、もう一つの自分に寄りかかるしかない。
「君は、吸血鬼の自分すら否定した」
シオンの腕が抵抗を止めた。
ワラキアは最後にシオンの耳元に口を近づけた。

「君は、偽者だ」

突き落とした。

シオンは呪いの池に落ち、ワラキアは哄笑を上げた。
闇が、深まった。



キャスターは、正義なんて信じていない。
だから本当は今ここで何が起きて、誰が不幸になろうとも知ったことではなかった。
「あの、宗一郎様」
「何だ」
「お、下ろしてくださいっ」
柳洞寺からの逃亡からずっとキャスターは、葛木に抱えられ上げられていた。
葛木は、少しキャスターを見つめて丁寧にその体を下ろした。
キャスターは、ほっと息をつく。
嬉しいが、恥ずかしい。
大体、少女のように恥らうのは自分の柄ではないだろう。
自分は、魔女だ。魔女なら魔女らしく務めを果たそう。
思考が頭を巡っていく。
キャスターは葛木が幸せならそれで良い。
助けてもらった、救ってもらった。あれだけの奇跡が何処にあるだろう。
恩を返したかった。
彼の幸せを望むのならば、冬木の管理者などには会わずに此処から逃げてしまったほうが良いのではないだろうか。
自分は、英雄願望なんか無い。大切なものだけ守れればそれでいいのだ。
そして、此処にある大切なものなど―――――このマスター以外には無い。
矮小だな、と自分の器の小ささに苦笑が漏れる。

葛木はその笑みを、静かな表情で見つめていた。

急ぐ事も無い、このまま夜が過ぎ去ってくれればそれで良い。
今回は冷たい剣ではなく。暖かい人の腕の中で消えることが出来るかもしれなかった。
腕の中なんて、少し贅沢だ。とキャスターは微笑んだ。
一緒に居られればそれで良い、消えるその瞬間まで彼の姿をこの瞳に捉えていよう。
そんな、ちっぽけな願いでいいから。
「キャスター」
「……はい?」
キャスターは、葛木に目を向けた。相変わらずの鉄面皮。
何時か、彼が笑うところを見てみたい。
そう思ってしまうのも、贅沢だ。
「お前の願いは何だ」
その問い掛けは唐突過ぎて息が詰まった。
「願い、ですか?」
「……前回は聞きそびれた」
葛木はふい、と視線をずらす。
キャスターは、考える。
願う。何を願うというのか。
これ以上の救いなんて無い。
これ以上の幸せなんて無い。
貴方と一緒にいられれば、もうこれ以上は無い。
だから、キャスターはその問い掛けに答えなかった。
薄く微笑んだだけだった。
葛木は目線をずらしたままだ。だからこの微笑は見えない。
「いえ、もう充分です。私に願いなんてありません」
聖杯はもう無い。彼とこれからも一緒に生きる願いはもう叶わない。
だったら、重荷を背負わす事は無い。
この感情をぶつけて彼を困らせる事は無い。
「―――――そうか」
葛木はその一言だけで沈黙した。
「どしますか、マスター。冬木の管理者の所へ行きますか?」
「…………そうだな」
葛木は受動的だ。だが、意志が無いわけでは無い。
むしろ彼は義理堅かった。
彼には恩がある柳洞寺の人々を救いたいのだろう。
「では、行きましょう」
彼が望むなら、信じていないものだって信じてみせよう。
少しでも、役に立ちたい。
二人は、お互い肩を並べて歩き始めた。
体は近いのに、心はとても遠かった。



「これで、終わり……っ!!」
凛は最後に残った黒いサーヴァントに、宝石魔術の一撃を食らわして消滅させた。
「こちらも終わったぞ、凛」
背中から声がかかる。
凛は、頷きアーチャーを促した。
「急ぎましょう」
「ああ」
時間が無かった。
黒いサーヴァントは、街中に溢れ出している。
絶対数が少なく、結界の効果もあるが被害者は必ず出ている事だろう。
凛は唇を噛んだ。その事実が耐えられなかった。
影のような、それこそ現実から乖離した存在に大切な人を殺された人の憎しみは何処に行くのだろうか。
事が済めば、魔術教会や、退魔機関などの手が回ってこの事態は隠蔽されるだろう。
だが、失ったものは帰ってこない。
真実を知っているものはどうなる? 例えば目の前で大切な人を殺された者は?
新聞でも、何でも良い。その事実が隠蔽されている事を知った時の絶望は酷いものだろう。
形が無い。憎しみは何処にも行く事が出来なくなる。
調べても、訴えても、その事実は『現実』には存在しないことにされているのだ。
その苦しみや、憎しみは何処に行く?
傷痕は、どうなる。
どうにもなりはしない、放っておかれた傷痕は膿むだけだ。

凛は駆け出した。
アーチャーが後を追う。

自分も聖杯戦争で親を失った。
殺された。
覚悟していた自分でも、響いたのだ。
理不尽に、唐突に奪われた者の気持ちなど計り知れない。
(納得が欲しい)
居なくなってしまうだけでも理不尽なのに、そこに理由が無いなんて残酷すぎる。
だから、納得が欲しい。
自分の中のエクスキューズ。
この事態を終結することで、遠坂凛は納得を得る。

前方に二つの影。一人はキャスター。もう一人は自分の学校の教師。

凛は思う。
仲間が欲しい。自分一人の手じゃ足りない。両手に抱えたものすら滑り落ちる。
だから、凛は叫んだ。
「キャスターっ! 協力して!」
唐突の呼びかけ、アーチャーは肩を竦め、キャスターは驚いて眼を丸くする。
関係ない。私は遠坂凛だ。
キャスターと葛木の目の前で、足を止めた。
「あなた達の力が必要なの」
その言葉にキャスターは、呆れたように溜息をついた。
「貴方、将来大物になるわ」
アーチャーは苦笑する。凛が良くも悪くも大成することを知っていたからだ。
「いいわよ、協力してあげる。こっちにも理由はあるしね」
キャスターはちらりと葛木に目を向けた。葛木は微かに首を縦に振る。
凛は満足気に微笑んだ。
「良いわね、利害の一致って言うのは共同戦線張るのには最高の理由だわ」
キャスターは頷いた。
「状況説明をお願い」
凛は、今までシオンに聞いた多くの情報をキャスターに提供した。
その言葉を聞いてキャスターは思案顔になる。
「成る程、あの異常性……」
ぽつりと言葉を漏らした彼女は何かに納得したように頷いていた。
「キャスター、他に協力できそうなサーヴァントを知らない?」
手が足りない。イリヤは連絡がつかない。ライダーは桜と士郎を連れて避難しているだろう。ランサーは頼りになりそうだったが、まだ一度も遭遇していなかった。
「……駄目ね。アサシンも消えてる」
キャスターは気配を探ったのか、微かに顔を歪めて答えた。
「とりあえず味方が欲しいの。敵とこっちに数の違いがありすぎ…………」
その時、凛の肩を叩く者がいた。
アーチャーは苦虫を噛み潰したような顔をしており、キャスターは「味方、いるじゃない」と呟く。葛木は無表情。

「俺じゃ駄目か、遠坂」

その声に凛は一瞬反応できなかった。
「し、ろう?」
「ああ、セイバーと桜もいるぞ」
照れ臭そうに笑う、正義の味方。
彼はここには現れない筈だ。
何より、自分が舞台から引き摺り下ろしたのに。
「何で……?」
その問い掛けには多くの意味が込められていた。
衛宮士郎は笑った。
「遠坂、悪い。俺、結局馬鹿だったみたいだ」
衛宮士郎は、衛宮士郎でしかなかった。
正義の味方は総てを取り戻し、そしてまた遠坂凛の前に帰ってきた。
認めなければならない。己の認識が間違っていたことを。
傷つき、血を流しながら、歯を食いしばり、生きていた。
その生き方はどうしようもなく歪だった。
そして、裏切られる将来も決まっている。
放っておけなかった。幸せにならなければ嘘だと思った。
だが総てを失った衛宮士郎は、総てを取り戻したのだ。
何も無い所から、己の意思で。
認めなければならない、自分が間違っていたということを。
彼は―――――何処までも衛宮士郎だった。
「そう」
しょうがないわね。と続く言葉は出なかった。
死の運命。正義の味方という理想を追う限り士郎はあの丘にたどり着いてしまうだろう。
利用され、裏切られ、死後も利用され裏切られる。
「ほんと」
それでも行くというのか。
重い理想を背負い、足を止める事も無く。
止める事だってできた。
苦労を背負い込むことなど無かったのに。
「馬鹿なんだから」
悪夢すら、君は踏み越えて正義を目指すと。
「ああ、すまん」
笑って言った。

凛は歩き始めた。
もう、語る言葉は無かった。
アーチャーが後に続き、キャスターと葛木が二人並んで続く。
桜が苦笑した。素直じゃないんですと呟いて彼女も続く。
セイバーと士郎も後に続いた。
「シロウ、貴方は果報者だ」
「ああ、感謝しても足りない」
セイバーと士郎が微笑みあった。

さあ、夜は終わりだ。
朝へと駆け出そう。

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