十三式大回転

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zoom RSS 夜、再び。(6)

<<   作成日時 : 2006/03/03 21:05   >>

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イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの一生は作り物めいている。
母親の胎内から生まれた彼女は、純粋なホムンクルスではなかったが、その一生はホムンクルスの在り方そのものだ。
父が自分を捨て、母が死に、自分を守ってくれる筈のものを総て奪われた彼女は、辛い幼少期を過ごした。物心がついた時には体を痛めつけ、命を縮める魔術の習得に明け暮れた。
血反吐を吐いた事は一度や二度では無い。
だが、弱音を吐いたことは無かった。
「痛い」とは口にしたが「止めて」とは口にしなかった。
こういうものなのだ、と納得していた。自分は『使われる』ものなのだと。
誰にも心を開く事は無く、ただ心の中にいる父の虚像に罵詈雑言を喚き散らした。
吐いた言葉が、何故か彼女自身も傷つけた。
急速に精神が成熟した彼女は、自分の心を無邪気という殻で覆った。
何時から辛い時だって笑って見せることが出来るようになったのかは、もう覚えていない。
総てを信じていなかった。父、母、自分に使えるホムンクルス、そして自分さえも。
この世は生まれたときから暗闇で、光なんて何処にもないのだと思っていた。
そう、思っていた。
聖杯戦争の時期が近づき。アインツベルンの悲願の達成の為に、バーサーカーを呼び出した。
第一の感情は恐怖。
その容貌に、纏う空気はイリヤを凍り付かせるのには十分だった。
第二の感情は憎悪。
彼を動かすたびに体中が裂けた。
張り巡らされた魔術回路から血が噴き出し、何度己の身を赤く染めたか分からない。
第三の感情は―――――親愛。
そう、一つだけ絶対に信じるものを見つけた。
この巨人は彼女を裏切らない、私を置いて何処にも行ったりはしない。
言葉は喋らない、だが繋がっていた。
バーサーカーとイリヤスフィール・フォン・アインツベルンはこの世界にたった二人だけの家族だった。

「バーサーカーっ!!!!」
片目を槍で抉られ、体中に刺さった無数の矢はまるで剣山のようだ。
六体のサーヴァントを相手にしていては流石のバーサーカーも分が悪かった。
だが、まだ殺された数は四度。
「■■■■―――――!!!」
咆哮と供に、斧剣が敵サーヴァントに襲いかかる。
その斧剣はアサシンを袈裟に切り裂き消滅させる。
強い、無敵だ。
残り八度の命を使い切ることなく、バーサーカーは残りのサーヴァントを殺し尽くすだろう。
山門にて睥睨するセイバーは一向に動く気配が無かった。
―――――だが、セイバーには勝てまい。
セイバーの強さは、折り紙つきだ。
しかも今回は魔力消費などあってない様なもの。
彼女の聖剣は、確実にバーサーカーを葬り去るだろう。
分かっている、いくら強いバーサーカーでも、無敵の彼でも死ぬ。
負けると分かっている、そんな戦いにバーサーカーは望んでいる。
何の為に問いかけられれば、己の主の為と答えるだろう。
イリヤは、手を握り締めた。
自分が何も出来ないのが辛い。
自分が積んだ修練が総て役に立たないのが辛かった。
敵のアーチャーがバーサーカーからイリヤに狙いを切り替えた。
奔る矢、バーサーカーはそれに気付き体で止めようとするが何本かは突き刺さり、何本かは、バーサーカーの後に抜けた。
イリヤは迫る矢を見つめた、自分でも驚くほどに冷静に迫る死を眺める。
今回、バーサーカーとイリヤは契約の関係を結んでいない。
故にイリヤが死んでも、バーサーカーは消えない。
イリヤは避けようとも思わなかった。
自分の死すら勝利の布石と考えていた。

大切なものが増えてしまったから。

一つも手放せない、一つも失くしたくはない。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンには、家族が増えた。
それを守るためなら、己の命すら懸けよう。
元々、この身は聖杯となり死ぬ筈だった。
現在謳歌している生は、自分の人生には無かったものだ。
還元する。消える筈だった命を、消えようとする命の為に。

矢がイリヤを射抜こうと近づいてくる。

だが、その矢は彼女の後方から来た矢によって相殺された。
「バーサーカーのマスターともあろうものが」
吹き抜ける風の如く現れるアーチャー。
「自殺とは、笑わせる」
イリヤは笑った。
「貴方が来てくれるって信じてた……って、言ったら駄目かしら」
アーチャーは皮肉気に笑みを返した。
「生憎だが、私では役者不足だ」
アーチャーはその言葉を残すと、バーサーカーに加勢する為に駆け出していった。
「イリヤ無事っ!?」
後からアーチャーを追いかけてきたであろう、凛が声を上げた。
イリヤは微笑みで答える。
「随分、沢山つれているのね」
「ええ、もう終わりにしようと思ってね」
葛木が無言で彼女等の脇を通り過ぎ、石段を登り始める。
慌てて呪を唱えるキャスター。
「遠坂、道は開く」
一言呟いて、襲い掛かってきたライダーの首を裂いた。
凛は、呆然とそれを見る。
なんて、デタラメ。
戦力としてカウントしていなかった葛木がサーヴァントを打倒するなど。
葛木はちらりと目線をこちらに向けた。
「行け」
皆が頷く。
「イリヤ、悪い。無茶する」
士郎は言った。この少女が何の為に単身ここに来ていたのか。
その理由は分かっていた。
「うん」
にこり、と笑い手を振った。
「いってらっしゃい」
士郎とセイバーはその言葉を聞いて、駆け出した。
凛と桜も後に続く。
イリヤは動かなかった。
彼女はバーサーカーのマスターだ。
そして。
「……やっぱり来ちゃったんだ、士郎」
駆け上っていく背中を見る。
全部思い出さなければ、幸せになれたのに。
「でも、それが士郎なんだもんね」
直向に、愚直に、青年は駆け上っていく。
襲い掛かるサーヴァントをセイバーが切り伏せ、アーチャーがこじ開け、バーサーカーが叩き潰し、葛木とキャスターが道を開いた。
「私は、士郎のお姉ちゃんだから」
支えてあげよう。その背中を。
それはきっと、自分にしか出来ないことだから。
誰に否定されて、裏切られても、家族というもののは受け入れるものだから。
「頑張って、士郎」



アーチャーは、山門の上に立つセイバーと相対した。
「ちょっとアーチャー!!!」
凛が大声を上げる。
「行け、凛」
両手には双剣。
「君は結末を見届けろ」
赤い弓兵はセイバーに踊りかかった。
剣戟。
奇しくも、前回と同じ情景だった。
凛は微かに迷った後、声を張り上げた。
「分かった! 偽者なんてぶっ潰しちゃいなさいよっ」
信頼に答える為には、行動で示せばよい。
士郎、セイバー、凛、桜は山門を抜けた。
残りのメンバーは山門のサーヴァントを駆逐する。
葛木はその卓越した格闘術でサーヴァントを翻弄している。
キャスターはそれを援護し、バーサーカーは斧剣で周囲を圧倒する。

凛達の足音が消えていくのを確認すると、アーチャーも山門を抜けた。
セイバーは無言でそれを追う。
この場は前回のギルガメッシュとセイバーの戦いの場であった。
この状況は、それの焼き回しを思わせる。
だが、結果は違うものに成ろう。
アーチャーは双剣を振るった。
ここで、セイバーは食い止める。
彼女達の後を追わせはしない。
駆け抜けていった、衛宮士郎の背中を思い出す。
「ふん」
アーチャーは微かに笑った。
感傷だ。過去が違うのなら奴はもう自分ではない。
例え、英霊エミヤに成ろうとも。あの丘で独り佇むことになろうとも。
正義の味方を張り通そうが、途中で挫け様が関係ない。
未来は変わった。確かに、変わった。
自分殺しなどする事も無く、衛宮士郎は『エミヤシロウ』には成りはしない。
もっと酷い結末を見るかもしれない。それどころか、ここで死ぬかもしれぬ。
だが、この物語はエミヤシロウには無かった物語だ。
ここで奴が何を得るのかなど知らない。ここで奴が何を失うかなど知らない。
ただ、見届けてやろう。総てを失い、再度己の意思で取り戻した大馬鹿者よ。
お前は、どこまで正義の味方を張り通せるのか―――――。
「大馬鹿に付き合うのは、結局大馬鹿なのだろうよっ!!!」
一足で切り込んできたセイバーの剣を弾きアーチャーは叫んだ。
さあ、今宵限りだ。
今宵一晩、英霊エミヤは休業だ。
当の昔に忘れた熱い思いが蘇る。
魔術回路は沸騰し、頭の中には幾つもの宝具が浮かぶ。
当に磨耗した。そう、思っていた。
だが、それでも。夢破れても。遠坂凛の姿すら霞がかっていた時にさえ。
諦めた時にさえ、忘れていなかった。

「正義の味方―――――」

冗談のような口上。聞くものが聞いたら笑ってしまうような科白。
だが、誰もが一度は抱く夢だ。何処かで、気にも留めない程の何処かで諦めてしまう夢だ。
エミヤシロウですら諦めた。遠い、果てしない程に遠い理想だ。
それでも、擦り切れて、何もかも諦めてしまった男は叫んだ。
己は正義の味方なのだと。英霊エミヤは叫んだ。


そう、何時だってそれだけは忘れていなかった。


「―――――参る」


正義に味方が、走る―――――。



キャスターは黒いサーヴァントを吹き飛ばした。
だが、その隙を狙って敵が肉薄する。
それを神速で伸びてきた腕が殴り飛ばす。
「キャスター、一人で戦うな」
葛木とキャスターが背中合わせに立つ。
「はい、宗一郎様」
薄く笑い、キャスターは魔術の旋律を唱える。
バーサーカーは、イリヤを保護する為に石段を降りている。
「随分と、多い」
葛木はぼそりと呟いた。
そこには先程よりもサーヴァントが増えていた。
「残りのサーヴァントを総て集結させたのでしょう」
言葉と同時に放たれる魔術。
葛木は、突き出されてきた槍を引き寄せ、ランサーを地面に転がした。
そして、無防備に晒される首に拳を落とす。
単体でいっては無駄だと悟ったのか、サーヴァント達が円陣を組み始める。
だが、それも横から飛び出してきたバーサーカーの一撃によって崩された。
「凄く強いのね、何者?」
イリヤがバーサーカーの肩に乗りながら葛木に問う。
「ただの枯れた殺人鬼だ」
葛木は平坦な声で答え、油断無く周囲を伺う。
ふーんと呟いてイリヤも周囲を見回した。
「これ全部倒すのは無理だね」
「それより、数で押されたらこっちが負けるわ」
キャスターが忌々しそうに呟いた。
自分の放つ魔術も、バーサーカーの一撃も余り効いていない。
「一撃で致命傷を与えなければ」
葛木の倒したランサーが消える。
「無駄だ」
「みたいね」
イリヤが肩を竦めた。
バーサーカーはイリヤというハンデ持ち。
キャスターの魔術はそこまでの威力は無く。
葛木の格闘術では、何時か逆襲される事は明白。
不利な状況だ。この場はバーサーカーがいるから持っているに過ぎない。
だが、イリヤは微笑みを浮かべた。
「でも、きっと士郎が何とかしてくれる」
「衛宮か」
葛木が呟いた。
キャスターは彼に託した己の宝具を思い出す。
あれは切り札となるだろうが、果たしてそれを突き刺すことができるのか。
あの化け物に。
「分の悪い、賭けだわ」
「ええ、でも」
イリヤはバーサーカーを促し、前に出た。
襲い掛かる、サーヴァント。バーサーカーはそれを迎え撃つ。
「信じてる」




迫る剣戟は神速。
人の身で反応できる代物ではない。
だが、アーチャーはこの剣を生前、何度も見た。
強く憧れ、焼きついた剣。
どの英雄に防げなくとも、エミヤシロウに防げぬ道理は無く。
双剣で叩き落した。
重い。
アーチャーの腕は彼女の一撃を受けただけで痺れが残る。
首を刈らんとするセイバーの聖剣を咄嗟に避ける。
じわりと、汗が浮かぶ。
そう、真っ向勝負では勝てない。
エミヤシロウは、セイバーを超えられない。
聖剣の一撃で双剣が砕け、アーチャーは咄嗟に後方に跳んだ。
追撃しようとするセイバーの出鼻を挫くように、投影された宝具の群れが彼女を襲う。
それは彼の英雄王の攻撃手段。
「ふっ―――――」
一呼吸。
目の前で、セイバーが総ての宝具を叩き落していた。
強すぎる。
まさに、聖杯戦争最良のカード。
己の味方の時にはこれ程頼もしい者も居なかったが、敵に回ると正に圧倒的。
「ふっ―――――」
二呼吸。
勝てない、エミヤシロウでは勝てない。
アーチャーは笑った。
流れる汗が、アーチャーの頬を伝って落ちる。
そう、今までの自分ならここで終わっていた。
勝てない相手がいたら退き、好機を待てばよかった。
如何な最強も、四六時中最強な訳ではない。
隙を狙い、気の緩みを伺い、殺す。
だが、彼女には隙など存在しない。
少なくとも今現在この状況では。
まばたきすらしない。

勝利するには、死を持って戦わねばならない。

そう、今までの自分ならばその解答は正解。

だが、『正義の味方』としてはその答えは不正解。

理想を抱いた。見果てぬ夢。その先は破滅しかなかった。
闇の先に光は無く、闇を払っても光など見えなかった。
それでも生きた。生き抜いた。己の未来が見えたその時にさえ。
傷つき倒れて、理想が嘘だと分かった時にも最後まで生き抜いた。

それは、何故か。

「死ねなかったからだ」

アーチャーは、双剣を再度投影する。

供に地獄を駆け抜けた、彼女を見据える。

「裏切れなかったからだ」

背負うものがあった。
複雑ではない、混沌ともしていない。
単純な理由だ。
己が世界を救えば、幸せになって欲しい人たちも救えると思った。
子供のような理想だ。

それを聞き笑う者も居れば、眩しいものを見るような者もいて、利用しようとする者もいた。
結果。笑いが嘲いに変わり、眩しいものを感じて味方してくれた者は死に、そして利用され己も死んだ。

じゃり、と地面を踏みしめた。

それで良かった。幸福と不幸が神様とやらに天秤で量られて振り分けられているのなら、不幸を己の身に掻き集め幸福を分け与えようと。

口が自然に開いていく。

『正義』とは。生前、死ぬ間際に考えた。
正義とは何か。衛宮切嗣は何故『正義』では無く、『正義の味方』を選んだのか。
人は絶対的正義にはなれないからか?
―――――否。
法によって定められた事を厳格に成す事なら出来る。己の心を鉄にすれば良い。
そうすれば揺るがず、女も子供も老人も殺しつくせる。
己が正義を名乗る事などおこがましいと思ったからか?
―――――否。
衛宮切嗣は己の行動に後悔をしていたのかもしれないが、失敗だったとは思っていない筈だ。
彼は、聖杯を壊す事で一を捨て九を守ったのだ。
それこそ、正義。甘ったるい理想とは違う。

ならば、何故。
資格も理由も充分だった。
『正義の味方』では無く、『正義』を名乗っても良かった。
その時、エミヤシロウの頭の中に一つの言葉が浮かぶ。
『正義の味方が守れるのは、味方したものだけ』
正義を名乗らなかったのは、それが守りたかったものだからではないのか。
そう、答えは出ていた。
エミヤシロウは、正義を信じた。
切嗣の信じた正義。
それは―――――

吼えた。

―――――笑顔。
いつでも眼を細めるようにして笑っていた彼が一番愛しかったもの。
それこそ、笑顔ではなかったのか。
人は嬉しい時、人種も立場も文化も総てが違っても浮かべる笑顔は同じだ。
正義とは、誰かの涙を止め誰かを笑わせることではないかと。
だから、衛宮切嗣は世界中を周っていたのではないか。
何処かの誰かの涙を止め、笑わせる為に。
そんな事は、意識せずとも誰でも思うことだ。
笑っていて欲しいなどという事は、誰でも。
無理だとも知っている、誰でも。
幸福は平等に皆に降り注がない。

駆けた。剣同士がぶつかり火花が散る。

無理だと誰もが嘲った。
ああ、だが俺は知っている。
正義は確かにあった。
総てのものを幸福にするのが信じた正義なら。
その継ぎ接ぎだらけの理想を貫いた者こそ―――――

―――――正義の味方なのだと。

アーチャーは声を上げた。

「俺は―――――」

双剣がセイバーの聖剣を受け、砕ける。
砕け散った破片がアーチャーを傷つけ、額から一筋の血が流れる。

「―――――間違えてなどいなかった」

そう、理想を抱いた“まま”溺死した。
彼はその理想を貫いた死んだ英雄。
英霊エミヤ。正義を信じ、理想のままに死んだ英雄。

正義に絶望し、自分殺しを考え始めるのは英霊となった後。
つまり、英雄エミヤシロウは。

いまここに、再び現れた。


再度投影される双剣。
正義の味方は、負けない。
単純だ。子供でも知っている。
そう、正義の味方は何故負けないか。
それは正義を信じたから。

「―――――完璧だ」
血が流れる。
「総て揃った!」
叫ぶ。
「信じた理想、受けついだ想い、そう何もかも総て……っ!」
笑う。
「―――――揃った!!」
答えは初めから己の内にあった。
誰よりもそれを知っていた筈なのに、エミヤシロウの敵は目の前の彼女ではなく、自分自身なのだと。
アーチャーは双剣を投擲する。
セイバーはそれを叩き落し後方に飛んだ。

セイバーが聖剣を構える。
それは最大級の幻想。
約束された勝利の剣。
燦然と輝くそれはエミヤシロウを焼き尽くすものだ。

だが、笑う。
「投影―――――」
頭に浮かぶのは剣の墓標。
「―――――開始」
後悔の証ではなく、誇りの証。
その一番、高い所にある剣を引き抜いた。

「約束された―――――」

セイバーが真名を叫ぶ。

「―――――勝利の剣」

アーチャーの手の中には一振りの剣。

「勝利すべき―――――」

そう、それはエミヤシロウがその在り方に憧れた誇りの剣。

「―――――黄金の剣」

光がアーチャーを飲み込む。

あ、と叫んだのか。お、と叫んだのかは分からない。
だが、叫んでいた。
アーチャーは叫んでいた。
カリバーンは折れない。
最強の幻想を前に、誇りの剣は折れない。

切り裂いた。

「セイバーッアアアアアアアアっ!!!!!」
セイバーが咄嗟に、聖剣で防ごうとする。
だが、アーチャーの一撃を受けた瞬間。
黒く染まった左腕が千切れた。
そして。

駆け抜けた英雄の一撃は―――――

―――――偽りの英雄を切り裂いていた。


セイバーは、ゆっくりと己の傷を見つめた。
微かに笑い、誇り高き騎士王の幻は消えた。

アーチャーは倒れ付す。

「くっ………」
勝因は。
自分がセイバーを知っていて、彼女が自分を知らなかったこと。
だが、そこに。
正義の味方という理由を入れても赦されるだろう。

消滅する程ではない。
カリバーンがエクスカリバーの光を切り裂いたお陰で傷は致命傷ではない。
「だが立てない、か」
騎士王の宝具はそれ程に甘い訳もなく。
アーチャーはもう動けない。
「しかし、これで良い」
後は、此処のエミヤシロウがやる。

「頼んだぞ、正義の味方」

後はお前の役目だ。




衛宮士郎は、己の手の中にある短剣を見つめた。
キャスターはこれを渡す時、こう言った。
これは、賭けだと。


「私ですら、あれの詳細を読み取るのは不可能だったわ」
そう言い、衛宮士郎に短剣を託す。
「でも、外に繋がるラインが見えた。あれは、多分契約に関わるもの」
悔しそうに、キャスターは言った。
「悪いけど、確信は持てない。契約の魔力と奴の存在の同化が強すぎて……判断はつかないわ」
だから、これを使う使わないは貴方の自由だと。


握り締める。
躊躇いは無い、キャスターは自分より数段上の魔術師。
彼女の判断を疑う余地は無い。彼女に看破できないのならそれこそ魔法使いでも連れてくるしかないだろう。
そう、答えは初めから決まっていた。
短剣を使おう。

「それは、難しいわ」
凛はその話を聞いて、唸った。
「敵に肉薄しなきゃいけない。そこまで、近づけさせてくれるかしら」
「その役目は、私が」
セイバーが、呟く。
「この身を剣として、奴に刃を突き立てましょう」
「待て、セイバー。その役目は俺がする」
「何故です?」
士郎の発言にセイバーは戸惑うような目線を向ける。
「単純な実力から見ても、私が適任だと思いますが」
桜が呟いた。
「セイバーさんがワラキアの夜の産物だから……ですか?」
ああ、と士郎が頷いた。
「失敗はできないし、不安要素は一つでも消しておきたいんだ」
それは建前。本音はセイバーが傷つく所を見たくなかった。
なんて、自分勝手。だが、譲れなかった。
衛宮士郎は、アルトリアを愛しているから。

「ええ、確実を望むならシロウの意見は正しい。ですが私にも退けぬ理由がある」
託された想いがあった。裏切れぬ英雄の誓い。道を切り開いてくれた者達の願いもある。
だが、何よりも退けない理由は。
この真っ直ぐな青年が傷つく所を見たくなかった。
もう充分傷ついた。私がここに居る間はその傷を引き受けよう。
アルトリアは、衛宮士郎を愛しているから。

ずっと思案顔をしていた凛が苦笑した。
「これ以上やると喧嘩になるから止めなさい」
その発言に二人とも押し黙る。
凛は苦笑を深くし言った。
「そんなに言うなら二人で行けばいいじゃない」
桜も苦笑した。
「そうですね、そうしたほうがいいと思います」
凛は言った。
「道は私と桜で作ってあげる」
宝石を握り締める。
「正し、絶対にやってみせなさいよ―――――」
そこで言葉を切る。もう聖杯の孔が視認できる距離になってきた。
皆の表情が真剣なそれになる。
その中で凛は呟いた。
「―――――正義の味方」



世界は暗い。
体を包む水は柔らかく暖かい。
まるで、誰かに抱きしめられているようだ。
沈む、沈む、沈む。
シオン・エルトナム・アトラシアはゆっくりと沈んでいく。

沈む? 否、引きずり込まれていく。

包む水は絡みつく無数の腕に。
暖かさは身を切り裂く冷たさに。

「――――――――――っ!!!!」

下を見れば、地獄があった。
シオンが始めてワラキアの夜と出会った時に皆殺しにされた騎士達。
腐った腕が、骨だけの腕が、醜くめくり上がった唇で呪詛を呟く。

『死ね』

言葉は杭になってシオンの胸を穿った。
死者達は、呟く。
何故、我等が死んで、貴様が生きているのかと。
お前も。

『死ね』

唇を噛んで、その光景を見つめた。
眼を逸らしてはいけなかった。
この者達はシオンが生きるために踏みつけてきた罪の証であった。
危険性は情報として知っていた。教会の応援を呼ぶべきだとも思っていた。
だが、しなかった。盾の騎士と自分さえいれば恐れるものは無いなどと何処か高をくくった。
それが総て間違い。錬金術師は、思考に私情を交えてはいけなかったのに。
その為に、大勢の騎士は死に、盾の騎士も自分を守り死んだ。

腕がシオンを暗闇の中に引きずり込もうと絡みつく。

視界が滲んだ。
眼だけは逸らさない。
だって、これさえも捨ててしまったら。
この意地さえも捨ててしまったら、シオン・エルトナム・アトラシアには何も残らない。


仇を討ちたかった。


自分が踏みつけた者の為にも、踏みつけられた自分の為にも。
屍の山を歩き、茨の血道を歩いた。
傷つき、血を流し。傷つき、血を流し。傷つき、血を流した。
歯を食いしばって耐えた。
侮蔑や嘲笑を受け、帰るべき場所すら失ってもあの悪魔を追い続けた。
そう、アレを追う決心をした時、シオン・エルトナム・アトラシアは死んだのだ。
自分が歩む筈だった人生を捨て、得る筈だった栄光を捨て、造れる筈だった友人も捨てた。
背中には、自分が殺し、彼女を守るために死んだ者の声を聞きながら。
彼女は悪魔を追い続けた。


仇を討ちたかった。


誰の仇だ、と聞かれればシオンには答えられない。
騎士達の仇を討ちたいとも思う。
友であった盾の騎士の仇を討ちたいとも。
でも、それでも―――――。
失った『自分』の仇を討ちたいと思う気持ちの方が強くないのか。
そう聞かれたらシオンには答えられない。
呪われた体が、軋む。
蝕まれた心が、軋む。
ああ、だって私が“こんな”になってしまったのは奴の為なのに。
裏切りたい、裏切ってしまいたい。
死者の呪いの声など、そんな事は知らないと振り払ってしまいたい。
私は鉄の心を持っている訳ではないのに。
君が求めるのか―――――
貴方が求めるのか―――――
私が求めるのか―――――

誰が、求めるのか―――――






「ようこそ、今回の演目最終幕へ―――――」
ワラキアは笑った。
「―――――と、言いたい所だか」
ワラキアの後方の聖杯の孔が胎動する。
「今回は構っている暇が無くなってしまってね。悪いが」
ワラキアの夜の姿が言峰綺礼に変化する。
「ここで終わりだ。脚本も無く、筋書きも無く、意味も無く、意義も無く、唐突に、ここで君達は退場だ」
周囲の泥がうねる。
「第六の顕現が近い。君達、運が良ければ人間の救済の瞬間を見ることが出来るかもしれんぞ」
凛が宝石を構えながら言った。
「第、六?」
ワラキアはその呟きを聞いて笑みを深くする。
「そう、新たなる魔法。第六の魔法。それは滅びの運命を背負った種の救済だ」
士郎とセイバーが会話の途中にも隙を伺う。
桜は眼を閉じ地面に手をかざした。
「冗談、魔法っていうのはあくまで個人の所業よ。平行世界に渡ろうが、とんでもない破壊力があろうがそれは個人単位の話でしかないわ」
「しかし、在り得ぬ所業を成すからこそ魔法。そして何よりこの聖杯と私は相性が良い。無限の魔力の釜……願望機。そして総てを顕現させる私の固有結界。そして何より邪魔者も取るに足らない者達ばかりだ」
唐突に泥が飛び込んできた。
凛が宝石魔術で吹き飛ばす。
「……だいたい、人間の救済って何なのよ」

その言葉を聞いた時、ワラキアの表情が消えた。

「悪魔だよ、魔術師。この星は遥か後に星の悪魔に襲われる」
ワラキアの声は何の感情も無く乾いた物を感じさせた。
「その際、人間は滅亡する。ヒトという種は唯の一人も生き残らない」
泥が激しく、うねる。
「初めて知った時は絶望した。その事実を知ってしまった自分に。『何もしなければ』そうなってしまう未来に絶望した。だから決意をした」
ワラキアは、叫んだ。
「運命と戦う決意を! いくら汚濁に塗れようと、いくらこの身を堕とそうと、可能性など億に一つも無くとも決意をしたッ!!!!」
血の涙が、流れる。
「人を救うと!! その為に何度も未来を計算し挑んだ!」
セイバーと士郎が駆け出した、泥が進路を塞ぐ。
「敗北し、敗北し、敗北し、いかなる要素を用いても未来は変わらなかった!! それでも足掻いた! それでも渇望した! 人を救うと決意をしたからだ!!!」
凛の魔術が、泥を打ち払う。
「―――――そして、今回機会が巡ってきた。億に一つの機会がだッ!!!」

ワラキアは、壊れた笑みを浮かべた。

「だから、邪魔してくれるな。人の子」

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