十三式大回転

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zoom RSS 鏑木庄司について。

<<   作成日時 : 2006/07/13 01:16   >>

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「庄司君は、人間としての大部分が欠けている。取り繕った部分でなんとか人間を演じている。そんな人物だ」
鏑木に先生と呼ばれている、武藤慶介は言った。
「そうは見えませんが」
藤枝優理は何時ものように上品に紅茶のカップに唇をつけた。
武藤慶介の安息の場所。西海岸沿い第十一番倉庫。そこは今や多くの少年少女に利用されている。何故か? 鏑木が呼び込んだからだ。
「庄司君が君達を仲間に引き入れた理由は分かるかい?」
藤枝はカップをテーブルに置いた。紅茶もカップも総て藤枝の自前だった。藤枝は考えを纏めるように紅茶のカップの淵を指でなぞった。指先に紅茶の雫がつく。
「味方が欲しかったから?」
藤枝の視線は自分の右手の中指に嵌っている指輪に注がれていた。それはファッションでも何でもない。ただ、外れない呪いのアイテム。
「味方」
武藤は笑った。それは二十三歳の男にしては苦みばしりすぎた笑いだった。
「或いはそういえるのかもしれない。――鏑木は弾除けと防波堤が欲しかったんだ」
「ああ」
なるほど、と藤枝は呟いた。紅茶で湿った指先を長い舌でぺろりと舐めた。
「でも、そんな底の浅い人間には見えませんでしたね。私の見る目がないだけなのかも知れませんが」
「当然、自分の保身の為じゃないさ。というか、彼は自分の命なんて余り守る意義を感じてないと私は思うけど」
「冗談でしょう?」
藤枝は失笑した。
「自分の命が大事じゃない人なんて」
「中にはいるのさ」
藤枝の言葉を遮る、武藤。
「――まあ、いいかな。うん。君には話しておこう」
武藤は手に持っていた湯呑をゆっくりと回した。
「庄司君の子供時代は悲惨に過ぎた。彼の父親は中々の性豪でね」
「……せいごう」
藤枝が僅かに頬を染めた。
「ああ、いや。……セクハラになるのかな。これ」
「どうでしょう。続きを」
うん、と頷く。
「父親はそこら中に女を作っていた。女性を何人も囲えるご身分でね。存分にこの世の春を謳歌していたわけさ。正妻に不満を募らせながらね」
だけど、そんなことだから。当然望まぬ結果を生む事もあるわけだ。と武藤は苦笑した。
「過程が目的なんですね」
「楽しむ、という点ではね。人間は四六時中発情状態だから。……まあ、そんな訳で数多の愛人の一人に庄司君は産まれたわけだ。当然、望まれた子供じゃなかった。彼はある程度までは育てられた。まあ、産んだ人も鬼じゃなかったわけだね」
一口、お茶を啜った。武藤は緑茶であった。態々、藤枝が入れてくれたものである。お茶葉もいいのを使っているな、と思った。
「だが、途中で飽きた」
「育児に?」
「子供そのものに」
「それはそれは、立派な女性ですね」
お互いに辛辣な笑みを交わした。
「飽きられた後は簡単だった。押入れが庄司君の部屋になった。女は外に遊びに行った。そうそう帰ってこなかった。食事は適当に冷蔵庫のものを食べる。そして押入れに戻る。そんなことをずっと繰り返していた」
「逃げればよかったのに」
「外、という概念を知っていればそうなったのかもしれない」
藤枝は怪訝そうな顔をした。
「庄司は、八歳までそうだった」
「……義務教育は」
「さてさて、子供に飽きた親だからね……。まあ、繰り替えすけど女は鬼じゃなかった。冷蔵庫にはいつもきちんと食料が積まれていたそうだ」
「――気持ち悪い人間がいるものですね。飢えさせなければいいとでも思っていたのでしょうか」
「世の中にはね。想像力が欠如している人間がいるんだ。庄司君の母親はそれだったんだろうな。まあ、父親もそうだったみたいだけど」
「というと」
「父親は正妻に殺されかかったのさ。当たり前といったら当たり前の帰結で、火曜の刑事ドラマみたいだけど」
藤枝は薄く笑った。
「その心の動きも分かりませんね。そんなクズ捨てればよかったのに」
「そういう選択肢が浮かぶ『育ち』じゃなかったってことさ正妻殿は」
武藤は肩を竦めた。
「まあ、そんなこんなで愛人との関係を解消した」
「お金で」
「そう、お金で」
武藤はある意味この世で最も尊い物の名前を口にした。
「庄司君の父親は愛人に何人か子供がいたらしいね。父親はその子供を全部引き取った……というか、押し付けられた。その中に当然、庄司君もいた」
「優希も?」
藤枝は鏑木庄司の弟の名前を口にした。
「そう、君と名前を一文字違いな彼も望まれない子供の一人だった。やがて二人は一つの家で生活することになる。庄司君は外界を知らなかった。他者も殆ど知らなかった。彼は本来なら育まれるべき感情を、学ぶべき時に学ばなかった」
「――だから」
「そう、だから彼には殆ど感情がない。心が少ない」
武藤は口を閉じた。彼の話には続きがあるのが分かったがこれ以上は藤枝に話す心算はないようだった。藤枝は、ほうと息を吐き出す。
「なんというか」
「ん?」
「辛い話しですね」
武藤は一瞬、無表情になった。
「そうだね」
ことり、と湯呑を置いた。
「……そうなんだろうな。その程度の話になってしまうんだろうな」
藤枝は何も言わなかった。
「人の一生に残る傷跡の話なんて、辛い話、酷い話で」
独り言のように呟く。
「終わってしまうんだろうな」
藤枝は無言だった。そして、その無言は静かな肯定であったのだった。

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