十三式大回転

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zoom RSS 鏑木優希について。

<<   作成日時 : 2006/07/13 01:18   >>

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「始めて会った時の衝撃は今も覚えてるんですよ」
武藤慶介に鏑木庄司は言った。西海岸沿いの十一番倉庫。二人の対話は何時も飲み物は何も用意されない。鏑木庄司は懺悔するように先生と呼ぶ武藤慶介に言葉を話すだけなのだから。
「優希は凄かった。一歩間違えば俺と同じに成っていたはずなのに」
周囲に人がいる時に張り付いてる薄い笑みが今や完全な無表情だった。
「優希は俺に笑ってみせてくれた。俺の足りない心に感情を注いでくれた」
僕、俺、私、――そんな一人称で最も個性を強調するのは個人を強調するのは『俺』であろう。鏑木は弟の進めに従って、僕から俺に一人称を会った当日に変えた。
「俺はその時考えたんです。先生。無条件の好意について」
「無条件の好意?」
「――人間は人間にどれだけ無条件の好意を注げるでしょうか。見返りを望んだ上での好意ならいい。でも、一方通行でも構わない。そんな只管に自分を大事にしてくれる感情を俺は――知らなかった」
「――」
「与えてもらったんです。優希に。この先、もしかしたら幾ら生きていても一生得る事の無かったかもしれない物を、俺は優希に貰った。腹違いの弟に」
なんて、幸せなんだろう。と鏑木は無表情だった顔を僅かに震わせた。
「だから、俺は優希に恩返しをしなきゃと思ったんです。優希を脅かす総てのもの、優希を傷つける総ての事を俺は叩き潰す――そう誓いました」
「その決意があったから、君の対人能力は著しく向上したのか」
「そうです、先生。俺は人付き合いが苦手な鏑木庄司ではいけなかった。優希に相応しい、優希の家族を名乗れる存在になれなければならなかった」
「だから、演じたのか」
「そうです。俺は優希に気付かれないうちにまず笑顔だけを学んだ。笑っていれば切り抜けることの出来る事の多さに感謝しました。直に感情も、中身も入れようとしました」
「……だが、駄目だった」
「はい」
無表情に平坦な声で鏑木庄司は頷いた。
「優希からはこれは学べなかった。これは、優希が長い時間をかけて得た勲章のようなもので。簡単に大量生産できるものじゃなかった」
「感情というものは皆そうだ」
「はい。……実感しました」
鏑木の目は虚ろだった。薄い茶色の瞳が揺れていた。
「――そして実感すると同時に俺は知りしました。外面だけだったら、出来損ないの俺にも真似できる、と」
人は何時泣くのか。
人は何時笑うのか。
人は何時怒るのか。
「総て模倣しました。学校にいた同年代の連中は分かりやすかった。精神の複雑なものなど数えるほどしかいなかったから」
「だろうね」
沈黙。誰かが置いていった時計の針の音が五月蝿かった。
「――弾除けは無駄になったね」
沈黙を破ったのは武藤だった。
「――――?」
「防波堤の役目は果たしている。私達は群れることで他のグループと敵からの攻撃を受ける事を避けることが出来ている。だが、君が容易した弾除けの的たちは守るべき対象を失っているよ――最も私達自身は弾除けになる心算なんて欠片もなかったけど」
「――先生、すいません。先生の言っている意味が理解できない。だって、弾除けはまだ……」
鏑木は不意に走った頭痛に頭を抑えた。ノイズが走る。テレビの砂嵐。優希の笑顔。兄さん。兄さん。

その時、倉庫の扉を開ける音がした。
鏑木は一瞬で、無表情から優しげな笑顔に表情を変えた。
心からの親愛の情を込めて、新しく現れた人物に呼びかける。
「どうした、――――優希?」

ノイズ。ノイズ。血。砂嵐。ノイズ。砂嵐。ノイズ。血。砂嵐。内臓。ノイズ。砂嵐。血。砂嵐。血。ノイズ。血。血。血。内臓。内臓。血。内臓――――――。

「庄司君」
武藤は真剣な表情で、鏑木を見ていた。
「庄司君。――彼■は、■性だ」「庄司君。――優■君は、男性だ」「違う」「彼は」「黙ってくださいよ先生。優希どうしたんだ。こっちへ来いよ」「庄司君、気を強く持つんだ。意味を失うぞ。君が生まれて初めて流した■の意味もなくなるぞ」「知ったことか。先生。何を言っているんです」「庄司君」

ノイズ。

入り口に立っていた影が口を開いた。

テレビの砂嵐。ああ、もう。鏑木は鬱陶しいと思った。簡単だ。鬱陶しいなら簡単だ。テレビは消せばいい。ああ、そうか。そうだった。鏑木は何でこんな簡単なことも思いつかなかったんだろうと思った。

「これは、当然の帰結なのかい? 庄司君。君の心は優希君のためだけに作られたのだから、これは当然の終結なのかい? ……私はそうでないことを――――」

ぶつん。

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